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エナとゼマー

「どうか、世界を破滅に導く魔王を倒してください」


 ゲームと小説ではよくある依頼のセリフだけど、自分には縁の無い言葉だと思っていた。

 それがまさか、今、ここで、恭しく跪かれて言われるなんて夢にも思わなかった。

 ……否。実を言えばもしかしたら自分もと、白村瑞葵しろむら みずきも、夢は見た。異世界に英雄として召喚される、あるいは転生する夢。きっと誰しも転職したい職業ランキングの番外編には『異世界の勇者』と書かれている。

 もはや現代社会の流行病に、ごく平均的な一般市民の瑞葵が感染するのも仕方ない。独身アラフォー女という、妄想に転がりやすいお年頃ならなおさらだ。


「え、っと……それ、あたしに言ってます?」

「もちろんです」


 妄想に転がりやすいとはいえ、常識も捨てきれないお年頃でもあったので、気づいたら見知らぬ場所にいた上に複数のイケメンに跪かれるという状況に、瑞葵は狼狽えていた。周りには日本人であり得ない絶世の美少女とか、歴戦の強者っぽいおじさまなんかも勢揃いだった。ごく普通な感じの人もいたのだけど、瑞葵の視界は複数のイケメンで塞がれていた。今考えてみると、イケメンに圧されていたと言った方がいい。


「神に選ばれたあなただけが最後の希望の光です。どうか我々を救ってはいただけませんか」

「はあ……神?」


 それはどんな神なのかと尋ねようとした時だった。


「――これが神の選んだ救世主とやらか」


 脳内を砂で擦られるような、気味の悪い声が響いた。振り返って、瑞葵は硬直した。


(煙……?)


 瑞葵がイケメンに跪かれていたのは、屋根と柱だけの建物の中央だった。四方は数本の柱が立つだけで、その先は茶と灰色の冴えない景色が広がっていた。その一方が今、真っ黒い噴煙のようなものに覆われている。煙の近くに待機していた人たちが、悲鳴を上げて逃げ出した。

 煙、と瑞葵は認識したが、その中心には人の姿をしたものが立っていた。黒いフードと長いマントに身を包んでいるので、顔も性別も年齢も、全て不詳の一言で終わってしまう。一つだけわかるのは、あれは人の姿をしているが、絶対に人ではない別の存在だと言うこと。理屈ではなく、本能がそう叫んでいる。


「……魔王だ!」


 誰かが叫んだ。


「いきなり魔王なの?!」


 こういうのは魔王の腹心の部下の弟分の部隊の斥候辺りが様子見に来るのが定石じゃないのか。伝説の武器だってまだ受け取っていないし、最強のパーティもまだ組んでいない。恋愛フラグだって立ってない状況でやってくるなんて、空気の読めない魔王だ。


「救世主殿をお守りしろ!」


 瑞葵に話しかけたイケメンが我に返ったように叫ぶ。その声に応じた数人が剣を抜いて駆けつけ、瑞葵の前に並んだ。別の一人が瑞葵の手を引いて、下がらせようとする。


「救世主様、こちらに――」

「邪魔だ」


 ざらついた声と同時に、横殴りの衝撃が瑞葵の前を通り過ぎた。


「……え」


 悲鳴を追いかけて視線を動かせば、瑞葵の前に並んでいた剣士達は、風に吹き散らされた落ち葉のように、ある者は柱に引っかかるようにして倒れ、ある者は柱と柱の隙間からこぼれ出ていった。誰も、悲鳴すら上げなくなった。瑞葵の脳内も真っ白だ。


「神が選んだのなら」


 扉がきしむような音がした。何かと思えば、黒装束の何者かの笑い声だった。


「おまえも、我が物だ」


 漆黒の煙から手が何本も伸びてきて、掴まれた。身の危険を感じたときには遅かった。

 最後に顔を掴まれて、瑞葵は何も見えなくなった。


***


「と、覚えてるのはここまでなんだけどね」

「ほんっとぉにっ! 申し訳ございませんっんんんーーー!」


 瑞葵の足下で、女性は額を床にこすりつけて謝罪を繰り返している。ゆるく結わえられた金の髪が、汚れた床に触れているのか気になって仕方ない。こんなに暗くても金色に輝くような綺麗な髪なのに、もったいない。


「えーと……」


 瑞葵は途方に暮れていた。最初に出会ったときから彼女はずっとこのままである。仕方ないので思い出したことを話していたのだが、逆効果だったかもしれない。


「えーと……」


 瑞葵の前に現れたのは男女の二人組だ。女性の方はいきなり土下座を始めてしまったので顔はよく見えなかったが、男の方はランタンを持ったまま、不機嫌を隠しもしないで突っ立っているのでよく見えた。顔立ちは、ファッション雑誌の読者モデルでもいけるくらいには整っているが、表情が良くない。生意気と傲慢が絶妙な配合で混ざり合っている。年齢は十代から抜け出ていないと思うので、三日に一度は親を困らせている生意気坊主だと瑞葵は断定した。


「えーと。」


 ちらちらと何度も視線を投げてやると、ようやく大きなため息と共に少年が動いた。


「おい、エナ、いい加減にしろよ。こんなのが救世主のはずが――」


 少年が女性を立ち上がらせようと手を伸ばす。が、女性は顔も上げずにその手を掴んだ。


「この方が救世主様に間違いありません! このようなお姿になってしまったのは、私たちの責任です。私たちは、救世主様にとんでもないことをしてしまったのです! あなたも一緒にお詫びをするべきです、ゼマー殿下!」

「うお?! ちょっと待て、エナ!」


 エナと呼ばれた女性は掴んだ手を引っ張った。引っ張られたゼマー少年は、不自然な体勢から前のめりに倒れ込んだ。殿下と呼んでいたにしては、手荒い扱いだ。

 ゼマーが床に打ち付けられた拍子にカンテラが手から離れて、部屋の隅に転がっていく。割れて消えるかと思ったが、そのまま弱々しく光り続けていた。


(ほっといたら火事になっちゃうんじゃ……)


 瑞葵は急いでカンテラを拾い上げた。鏡に触れたときのように手の感触はおかしかったけれど、きちんと持ち上げることができた。


「ほら、ごらんなさい。聖なる光を宿したカンテラに近寄れる亡霊がいるはずありません。救世主様である証ですわ!」

「ああ、そうかよ」


 はしゃぐエナの隣で、ゼマー少年はあぐらをかいてふてくされていた。

 瑞葵は二人の前にカンテラを置いた。ようやくエナの顔が見えた。


(こっちも可愛かった)


 エナもまた十代の少女だった。しかもこんな暗くて埃だらけの部屋には似つかわしくない美少女だ。隣の殿下が読者モデルなら、エナは本職のモデルである。


(まあ……モデルさんにしては着てる物がアレだけど)


 エナが身につけているのは、マントと上着とズボン。飾りの類いは一切無い。マントの生地は、瑞葵の記憶だとコーヒー豆を入れる麻袋にそっくりだ。その下に見える上着は、分厚そうな生成り色。ズボンは黒で、こちらは分厚いの膝に当て布までしてあった。魅力を一つも引き立たせていない服を着ているのに美少女だと思えるのだから、それなりの服を着たら全世界が驚くだろうと思う。


(こっちも……お揃い?)


 ゼマーの方も同じような服装だったが、こちらは着替えてもそんなに驚かないと思う。

 全く映えないペアルックの二人に、瑞葵はようやく一番尋ねたかったことを口にした。


「ところで、あなたたちはどなた?」

お読みくださってありがとうございます。

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