選択肢は増える
日が落ちる前に移動しようと提案したのは、シノーシュだった。
ずっと荒野のど真ん中で立ち話状態だった。もっと早く思いついてもよかったかもしれない。瑞葵は魔王に引きずり回されていただけだが、他は自分の足で走っていたのだから疲労もたまっているはずだ。
「移動?」
魔王は首を傾げた。
「私の質問はどうなったの」
瑞葵も首を傾げた。
(魔王の質問って何だっけ)
記憶を遡っているうちに、シノーシュは言った。
「保留だ」
シノーシュは確認するように弟子たちを振り返った。アートリーは正しくは友人の弟子なのだが、シノーシュの意見に異論は無いようだ。エナとゼマー同様に、無言で頷く。つまり三人とも魔王の質問を覚えていたようである。
「保留なんて――」
「むしろあんたは、俺たちをどうしたいんだ?」
「どちらでもかまわないのよ。どちらを選んでも、私の前からいなくなるのだから」
(どちらを……あ、思い出した)
魔王は当初、自分に刃向かうのか、このまま立ち去るのかを選ぶように言ったのだ。シノーシュは答えを保留だと言ったが、
「そういうことなら、オレ、いなくならない方を選ぶ」
はい、と手を上げてゼマーがまたとんでもない方向から発言をした。眉を顰めた魔王を見て、にやりと笑う。気づいていないのかもしれないが、その笑い方はシノーシュそっくりだ。
「どっちを選んでもあんたの望むとおりなんだろ。だったらあんたが望まない方を選ぶ」
「……大した捻くれ者ね」
あきれかえった魔王に、ゼマーはますますニヤニヤ笑いを広げる。
「師匠譲りなんだよ」
「そんなもの譲り渡した覚えはねえぞ。元から捻くれてたくせに人のせいにするな」
「なんだと……」
「だがまあ、その意見には俺も賛成だ」
「師弟揃って捻くれ者ってことね」
魔王は精一杯の嫌みを返したようだが、ゼマーにもシノーシュにも全く効いていない。むしろ師弟の絆が深まり合っただけかもしれない。二人は真っ向から否定するだろうが。
「それでは私もそこに含まれていますね」
エナが言った。言葉を失った魔王に、微笑みかける。これはシノーシュに似ていない、大丈夫だ。
「私から離れないと? まさか、この期に及んで配下に加えて欲しいとでも言うつもりかしら」
「そういうことでは――ミズキ様、いかがなさいました?」
高笑いが似合いそうな台詞を口にしているのが、かつての自分の姿であることに、瑞葵は悶絶していた。
(誰か……魔王を止めて……!)
地味顔にあの台詞はイタすぎる。見ているのが辛いし、他人に見られているのはもっと辛い。
「……ちょっと……普通に会話して欲しいなって」
「普通に、ですか」
エナは訳がわからない顔をしている。それはそうだろう。仕方ないので瑞葵は自分でこの場を正すことにした。
「あのね! 配下とかそういうんじゃなくて、みんなあなたの話が気になってしょうがないのよ!」
ふわふわびしっと指を突きつければ、魔王は怪訝な顔になった。
「私の話……?」
「そうよ。さっきからもう、すっごい意味深なことばっかり言ってるじゃない。魔王がラスボスじゃないの。世界が勝手に終わるとか、魔神とかって何よ。そんなこと言われて気にするなって方が無理でしょ」
その通り、とその場の全員が頷いたのを見て、魔王は不機嫌そうに言う。
「……気になるから聞きたいと? それで私が話すとでも思っているの?」
「意外と話してくれそうな気がしてる。さっきから、ちょっと誘導しただけでボロボロしゃべってるし」
「……」
魔王はしばし遠い目をしていた。反省していたのかもしれない。
「ついてくると言うならすくにすればいいわ。途中で撒けばいいことよ」
心の整理がついたらしい。少しばかりムキになっているように聞こえる。が、エナも負けていない。
「そういたします。アートリー、この辺は、どこか休むところがあるでしょうか」
「休むとこ?」
「ええ。あれだけ走ったのですから、少なくとも魔王、いえ、救世主様の身体は休める必要があります」
「ごめん、運動不足で……」
エナに言われるまで気づかなかった。魔王の、元自分の顔には明らかな疲労が浮かんでいる。どれだけ走ってきたのかわからないが、ここ数年、五分以上走り続けた記憶は、無い。消え入りそうな声だったのに、魔王は厳しい目でこちらを振り返った。
「……救世主の身体なら、と最初は期待していたのよ」
「ごめん」
そもそも魔王が身体を乗っ取ったりしなければこんなことにはならなかったのでは、とは言えなかった。申し訳なさ過ぎて。
「休むつもりなら、小屋に戻った方がいいかもしれないが」
じっと考え込んでいたアートリーが言った。エナは首を横に振った。
「それはやめた方がいいと思います」
「のんきな奴が待ち伏せてるかもしれないしな」
シノーシュも勧めないようなので、アートリーは軽く目を閉じた。
「それだと……『穢れ地』に戻る方向しかない、か」
「道だけ教えてもらえれば、ここで別れてもらっても結構です」
元々、『穢れ地』から出るまでの道案内だった。が、アートリーは口を曲げて言った。
「もういまさらだからな。どこでも案内してやる。少し歩くが、確か細い川があったはずだ」
こっちも自棄になっている。いなくなった師匠の言葉が後を引いているようだと見当はついたが、後はアートリー自身の問題である。
「だ、そうだ」
行くぞ、と促してくるシノーシュを、魔王は胡散臭そうな目で見上げる。
「私が何も手出ししないと思っているの?」
「隠し技の一つや二つあるんなら出してくれても構わん。俺も全力で相手をする」
「結果、死ぬだけでしょ」
「そうだな。まあ、死ぬのはいつでもできる。一休みした後でもいいだろ」
「……勝手にしなさい!」
魔王は地面を踏みしめるようにしてアートリーの後についていった。
ゼマーがぽつりと言う。
「……意外と話せる奴かもな、魔王」
「そういう問題かな……」
ただのうっかり者じゃないだろうか。そんな気がしてならない瑞葵だった。
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