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「……力量分、か」


 シノーシュが呟くと、魔王は肩をすくめた。


「命懸けで試すのは勧めないわ」


 魔王とシノーシュは、お互いの腹を探り合うように見つめ合った。絡まった視線は最後に瑞葵に注がれた。


「……」


 その視線は、もしかしたら自分の前後左右上下のどこか違う所に向けられているのかもしれない。

 瑞葵は、じわっと数センチ移動してみた。

 魔王とシノーシュの視線はもれなくついてきた。絶望的だ。


「えーと」


 直前に聞こえた『命懸け』と『試す』の物騒な二つの単語と、つきまとってくる視線が何を意味するのか理解できてしまう程度には、慣れてきてしまったようだ――魔王の力を持つ自分という存在に。


「あなたくらいの腕なら一瞬で終わることも無いでしょうけど、今は遊んでる時間が無いのよ」


 魔王の口調は馬鹿にした様子も無く、真剣にシノーシュの腕を推し量っているようだった。


「遊ぶ、か」


 シノーシュは視線を外すと、ふっと笑った。その笑みを見て、瑞葵は安心するどころか掻くはずの無い汗が背中を伝ったように気がした。


(え、なに?)


 言葉にならない感覚はすぐに消えた。シノーシュが、魔王に話しかけたからだ。


「時間が無いと言ったな。こっちのふわふわしたのを探していた様子からすると、元に戻る儀式でも準備してるのか?」

「だとしたら? 力尽くで阻止するのは無理だと、さっきの兵士たちのでわかったと思うけれど」

「今の話だと、ふわふわした方を狙えばそうなるんだろうな」

「だったら無能の私を狙えばいいと? そう思うのも無理は無いけど、残念ね、同じことよ。私はアレで、アレは私」


 アレ、と魔王は瑞葵を指した。


「もうわかってると思うけど、無意識にアレが力を使って敵を追い散らしているのは、防衛本能からよ。我が身を守るために私の、『魔王』が持っていた力を使って敵を追い払っているの。今回のことではっきりしたけど、その守るための我が身というのは、元の自分の身体も含まれているのよ」


 どうだとばかりに魔王はふんぞり返った。


「確かに……こいつだけ狙ったにしては、倒れた方の数は多かったな……」


 先ほどの襲撃を思い返しながら、ゼマー。


「エナ以外も見てたんだね」


 思わずそう言うと、ゼマーは当たり前だろと、むっとした顔をした。


「私のあの力は魔物にしか効きませんから、人相手の場合はどうしてもゼマー殿下に負担をかけてしまうのですわ」


 残念そうにエナはため息をついた。


「オレは別に、負担なんて思ってねえから! オレに全部任せていいんだからさ!」


 慌てふためくゼマーの姿は予想通り過ぎて、もはや誰も見向きもしない。


「……神殿の牢獄から脱獄できたのも、その防衛本能のせいか」


 シノーシュなど、全く聞こえていないように魔王と話し続けている。魔王の方は一瞬だけ気を引かれたようだったが、すぐに何事も無かったように話を戻す。


「あんな所から出るだけなら何の能力もいらないと言ったはずだけど」

(地道に壁を掘ったりしたのかなあ……)


 脱獄再現ドラマで見た手口は、どれも地味すぎて魔王の称号に不似合いな気がする。他に思いつくのは警備がザルだったと言うことくらいか。無能の魔王ということで油断があったのかもしれない。神殿に詳しいらしいエナをそっと見上げてみたが、困惑した顔が返ってくるだけだ。


「言ってたな。じゃあ、俺の小屋に来るまで捕まらなかった方か」

「ええ。最初は単に運がいいと思っていたのだけど、何か違うと感じて。試すのに丁度よかったから、追っ手を全部振り切らなかったのだけど、正解だったわ」

「あいつらも、魔王の小手調べに使われただけだったか」

「ご愁傷様とだけ言っておくわ。ただ、ギリギリの状況にならないとダメみたいだったから、こちらも大変だったわ。このたるんだ身体で、あの道のりをよく無事に越えてきたと思うわ」

「……そんなにがっかり言わなくても……」


 魔王のため息と同じくらい深く、瑞葵は落ち込んだ。やっぱり駅前でチラシを配ってたヨガ教室に通っていればよかった。


(チラシがあれば年会費無料だって言ってたからどこかにとっといたんだけど……ヨガよりスポーツジムのがよかったのかなあ……どこか他にあったかなあ……ってこういう場合だと、剣道とか空手道場とかのがいいのかな……)


 異世界で有効なスキル探しに没頭しているうちに、シノーシュと魔王の話は核心に迫っていた。


「そろそろ決めましょう。私に刃向かうのか、大人しくこの場から去るのか」

「難しい話だな。ここで死ぬのか、他の場所で死ぬのかってことだろ」


 ゼマーの言い方は乱暴だが、正しかった。ただしこの場の全員が驚いたのは、その正しさを見いだしたのがゼマーだったと言うことである。


「……なんだよ、違うのかよ」


 長すぎる沈黙に、ゼマーはふてくされたように言う。


「いえ――そのとおりだと思います、ゼマー殿下」


 そういったエナの顔は、まだ驚きが浮かんだままだった。おそらく、様々な『驚き』が次々と浮かんでいるのだろう。


(今言ったのがほんとに王子様だったのか、とか)


 シノーシュあたりは、本気でゼマーの偽物説を信じ込んでいそうな顔をしている。ちょっとだけ、ゼマーが哀れに思えた瑞葵だった。


「進んでも引いても、待っているのは同じか……ろくでもない世界だよな……」


 自虐的なアートリーの呟きに反応したのは、魔王だった。


「だとしても、私は何もしないで終わらせるつもりはないのよ」

お読みくださってありがとうございます。

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