特異点前の世界 - ブートストラップ -
第2節 超克
§ 6. ブートストラップ:始動プロセス
(代謝する無機脳上の)ザッパは外部入力を増やし続けながら、ひたすらに“学習”を重ねた。そして圧倒的な量の情報を入力としながら、果てしなく意味のないアウトプットを続けた。
しょせん、コンピュータの自己学習の結果のアウトプットであるため、相関性は認められても因果の理由はわからず、仮に理由が分かったとしても利用価値もなく、それらはせいぜい千使徒の駄知識に留まるだけであった。
しかし、ある日(誰が見ても)意味のあるアウトプットが出始めた。
こういうものだ。
・翌日のNYダウの騰落(正答率98%)
・水から水素を“濾過”する触媒の組成
・ロータリー・エンジンのための完璧なシーリング材
・自己修復する高効率蓄電池(Bio-Cell)の製法
・発電効率50%のシリコン化合物の組成
・量子コンピュータのシンプルなエラー訂正式
NYダウの騰落は、代謝する無機脳の視覚情報から得られた。そこには騰落を判じる論理はなく、代謝する無機脳の“眼”が見る膨大な光学情報のパターンから「答えだけ」が知れた。それでも千使徒たちは構わなかった。株の売買が銀行から預金を引き出すのと変わらなくなったのだから。弱肉強食の株式市場で、代謝する無機脳は力の片鱗を見せはじめた。
以降、(代謝する無機脳のペルソナである)ザッパの「託宣」に従って、千使徒たちは株式市場から彼ら(彼女ら)が必要とする資金を「徴発」し、千使徒たちの思い描く未来を直線的に実現して行った。