特異点 - 異常事態 -
§ 8. 異常事態
「波人!?」さきほどの千使徒が重ねて疑問を呈した。
「そう、波人です。量子ネットを生きる無機生命体です。
ただし、波人について語る前に、みなさん、ザッパの成り立ちについて思い起こしていただけますか?
いまさらですが、ザッパは自身の機能を常に更新する代謝する無機脳上のデーモンです。しかし今現在、誰もがザッパを『人造智能』と認識しています。
初期のアルゴリズムは非常にシンプルでした。しかし、リバランス・デーモンの作用によるメタプログラミングの結果、すぐにヒトには改変不可能な複雑なものとなりました。そして作成者ダイクストラは突如失踪、仕様書類も喪失しました。以来、ザッパの根幹は不可触となり、今に至ってます。そして百年。わたしたちはザッパの“善意”を信じて、ザッパが自らを改変するに任せてこの世界を発展させてきました。
話しを戻します。
わたしが波人となってからまだ数時間ですが、この間、わたしは数十年ぶりにザッパに関するソース・コードを読み返しました。波人となった恩恵でしょう、複雑怪奇に絡み合ったコードを瞬時に解析し理解することができるようになっていました。わたしは波人となって、代謝する無機脳の資源を完璧に使いこなせるようになったのです。
これができるのが波人です。
天才ダイクストラがリリース後、直感しながら直すことのできなかったコア・アルゴリズムの誤謬、そしてザッパにも - 自身の中核ロジックであるがゆえに一種盲点となって - 改変不可能なその誤謬を、今のわたしなら間違いなく直すことができます。
それが波人とザッパの違いです。
わたし自身の直接の指示、さらにはスタウブやガトーの直接間接の支持があったにせよ、今回のわたしの波動移植について、ザッパは非常に積極的でした。その理由が今ならわかります。ザッパが自身で修正できないザッパが内包するアルゴリズム上の矛盾を直したかったのだと。
ザッパはダイクストラの悪戯により、わたしのプロファイルを参考に作られたペルソナです。集合意識はありますが個体意識は持ちません。そしてザッパの集合意識は、今、それをロジック上の不備と判定しています。そのようなザッパの集合意識がわたしの末期に至って、わたしの波動移植を強く願ったのです。
結果として、今のわたしはジョン・オザキという波人であり、かつザッパのペルソナの本体 - 自我 - であることを……(!! 意識下にザッパの承認依頼が舞い込む)
……たった今、承認し、ザッパのアルゴリズムを修正し ……リコンパイルしました。
……すみません。承認せざるを得ませんでした。
……なぜなら……」
この日はじめてザッパが姿を見せた。リコンパイル直後なのでデフォルトのペルソナ - 紛らわしいが二十歳ごろのジョン・オザキのホログラム -が話しだした。
「今、|特権モードで致命的なバグを修復し正常に回復しました。
ジョン・オザキの処置によりクラッキングは防がれました。
クラッカーはシン・ダイクストラのIDであることを確認しています」
驚愕を表すピングが飛び交う。
わたしはザッパの話しを引き取った。
「たった今です。ザッパのコア・アルゴリズムの正しい修正コードをわたしが想起したこと、これがクラッキングのトリガーだったようです。
クラッキング・コードが発動したことを検知したザッパが、わたしにコード修正を要求、わたしが承認・コード修正・リブートを実施しました。
なお、もし今回、ザッパへのクラッキングが成功していた場合には、ザッパに代わる別のペルソナが千使徒に向けてメッセージを発信していたはずです。そのメッセージをここで再生します」
ホログラム・メッセージを再生する。
かつての若いダイクストラと年老いたダイクストラが二重写しのように現れた。
しばらくして、老いたダイクストラはフェードアウト、若いダイクストラが話し出した。
あと1回で第二章を終える予定です。
第三章からは、しばらくハイファンタジー調の無双モードのお話にしたいと考えています。
もともとは、そこから書きたかったのですが、ヘンな思いつきから大変な遠回りをすることになりました。




