特異点 - トリック -
§ 5. トリック
千使徒たちへの報告は目の前のスタウブやガトー同様にホログラム形式で配信することにした。問題は投影するわたしのイメージをどうするかだ。今わたしの主観が“入って”いる、若かりし頃のジョン・オザキの姿をしたサイボーグ体を映すか、ザッパの力を借りて年老いた皆の知るジョン・オザキの姿を投影するか、いっそ私の遺体を映したものか。
まずは穏当に皆の知る年老いたジョン・オザキの姿を投影することにした。決心のついたわたしは存命する千使徒768人 に向けてライブ配信を始めた。全員が待機しているようだ。
「ジョン・オザキです」誰もが知っている年老いたオザキの3Dイメージで話しはじめた。
「ガトーからの一方の通り、わたしは先ほど死亡しました。老衰です…」意識的に一拍置いた。
「いまみなさんの見ている姿はザッパの作り出した生前のイメージです。しかし、ザッパが操作しているわけではありません。話しているのはジョン・オザキ本人です」一気に話しきった。
「馬鹿な!」「死者は話さない!」「ザッパが反乱?」リプライが、音声で、テキストで、イメージで、殺到した。
「どうか、もう少しだけ聞いてください!」
リプライが止まった。
「いまみなさんに話しかけているのはたしかにわたし、ジョン・オザキです」
「わたしはここです」
ホログラムをわたしの主観の入っているサイボーグ体に切り替えた。
「!?」のピンが舞い散りふたたび静まった。
「ちなみに、わたしの意識は今この頭の中です」右手で軽く(サイボーグ体の)頭を叩いてみせた。
「正確には、このわたしの体を模したサイボーグ体の頭蓋内にあるkiroプロセッサー、およびストレージ内にわたしの意識はあります。わたしは正に老衰で死ぬ直前に、ザッパの助力のもとに、意識 - 魂 - を量子ネットに移しました。数時間前に一瞬、1000フェムト秒だけ、量子ネットのトラフィックが停滞したのは、わたしの体から量子ネットへ意識を転写する際の膨大なトラフィックが原因でした。
そしてさらにこのサイボーグ体にムーブして現在に至ります。よって、わたしの意識 - 魂 - は、この体の中にあります」わたしは再び頭を指さした。
「?」のピンが舞い散りふたたび静まった。
「わたしたちはすでに多くの仲間 - 千使徒 - を失いました。死因の多くは老衰、わたしを含めて」わたしは苦笑してみせた。「そしてヒトの限界寿命が約120年であることはすでにみなさん承知のとおり。さらに、わたしたち千使徒が実力以外での継承を否定し、また継承者が予想以上に、否、絶望的に少ない以上、とるべき道は自分自身が『継承者』になるか、継承の基準を大幅に引き下げるしかありません」わたしは実際には見えない大勢のオーディエンスを見渡すそぶりをした。「そしてわたしは自らが継承者になる道を選びました」
スタウブがわたしのホログラムの横に現れた。
「わたしは彼の最期を見届けました」
「そして、『生命とは動的平衡にある流れ』であることを確信しました」
一切のピンが消えた。沈黙が場を支配する。
「動物実験を繰り返し、わたしたちは個体の体細胞1つ1つの電位変化をプランク時間単位で記録し、その変化を“録音”、“再生”することで魂を継承できることを半ば以上確信しました。動物ではたしかにそれが出来たように見えました。実際に自らのペットを『継承』した人もこの中にもいらっしゃるでしょう」いくつか同意ピンが上がった。
「ならばヒトの場合も同様でしょうか?」スタウブは千使徒たちに問いかけた?
「みなさん思い出されたでしょう。それはザッパにも答えられない問いでしたね」
「そして今日、ジョン・オザキが答えを出しました」スタウブは両手を広げて得意の見得を切った。
「ジョンは、彼の肉体が死の三兆候を示したら、 - つまり医学的に死亡したら - その瞬間に彼の意識を波動移植することをザッパに命じていました。これで、わたしたちが長らく議論してきた議題 - 元の意識とコピーされた意識の二重化問題 - を回避したのです。少なくとも彼の意識がふたつ存在するタイミングはありませんでした。これはライフ・ログで証明することができます」
「つぎに波動移植された彼の意識が正しく承継されたことの確認です。これについてはわたしがちょっと細工をしました」スタウブが私に目配せをした。
「本来波動移植に必要な時間は1フェムト秒未満です。しかし今回、わたしはミラ・ガトーの協力を得て、ジョンの波動を一千か所に分散したオクタヘッドストレージにストライピングして、パリティ・ビットをわたしとミラのローカル・ストレージに格納しました。
もしザッパがジョンの意識を改変しようとした場合、一千か所に分散した波動をすべて改変し、さらにはわたしたちふたりのローカル・ストレージを同時にハックする必要があります。
しかし、広く分散されたジョンの波動をザッパが改変したならば、必ず量子ネットの停滞は秒単位に跳ね上がったはずです。また、外部からのローカル・ストレージのアクセスには無条件に1000ミリ秒のウエイトが掛かります。これは全千使徒共通の仕様ですから、みなさんすでにご承知のとおりです。万が一にもザッパがジョンの波動を改変しようとすれば気づくにせよ対処するにせよ十分な時間があります。
実際、何も起こらなかったことは事実が証明しています。このようにジョンの意識の正当性は担保しました。」
このための1000フェムト秒だったのだ。訝しくに思いながらも、わたしは種明かしをされるまでまったく気づいていなかった。
「そして人類初めての波動移植は成功しました。ジョンの生前の波動は正確に継承されました」スタウブが静かに微笑んだ。
「ジョンの意識が未改変であることを確認したのち、彼の意識はわたしの管理するプライベート領域に保護 - ジョンはザッパの管理領域だと思っていたようですが - 彼の愛犬レオの五感を借りて覚醒、その後にジョン自身の意思で現在の体に意識を移動させ、現在は彼の頭部ストレージには外部からのアクセスが不可能となっています」スタウブは千使徒たちの理解が追い付くであろうことを待った。
徐にガトーのホログラムがわたしの左横に現れた。
「そして最大の問い - 波動移植されたあとの意識は本当にジョンのものなのか? - これについてはわたしから提案があります」




