特異点 - その時 -
本編に入ります。
ここまで書いてきたこの「世界の成り立ち」については、順次推敲して整えたいと思います。
第2章 特異点
第1節 技術的特異点
§ 1. その時
「そろそろ頃合いです」ザッパが囁いた。
その声は、すでに聴覚を失っていたわたしの脳に直接届いた。
呼吸が止まり体表から熱が失われるのを感じた。
体から魂が離脱したような妙な感覚を覚えたが意識は保っていた。
「あなたの波動はトレースしています」再びザッパが囁いた。
「頼む」わたしは意識だけで応えた。
徐々に目の前が暗転し何も感じなくなった。
一筋の光明が差した。
雅楽のようなガムランのような音が全身を覆い尽くす。
光の先に進みたいと思ったが体は動かない。
「トレースしています、もう少しだけ意識を保って」
「同調しました」
「切り替えます、それではお休みください」ザッパの声が続く。
「カウント、5・4・3・2・」
わたしは深い眠りに落ちときのように意識を手放した。
(急速に引き上げられ、空中に放り出され、手掛かりも足掛かりもなく浮遊している不安感)
千使徒たちとの出会い
kiro言語
kiro-OS
kiroプロセッサー
代謝する無機脳
量子ネット
ザッパ……
「ザッパ!?」
「気分はいかがですか?」ザッパの問いかけ。
「浮いている」とわたし。
「ザッパ、何かにつかまりたい」
「ふわふわと宙に浮いている感じがして不安だ」
「つかまるものはありません、そもそもつかまる必要はありません」
「それでは手始めに意識をレオに切り替えてみましょう」ザッパの答えた。
「レオ!?」ひどく懐かしい気持ちになり“相棒”を思い出した。
同時に視界を得た。
見慣れた部屋と調度品。
ビル・エバンスの曲。
『Gery's Theme』死ぬ前に選曲した中の一曲。
(ああ、死んだんだっけ?)
視界の上方にベッドに横たわるヒトが見えた。
立ち上がってみる。
痩せた老人が横たわっていた。
鏡の中で何度となく見てきた自分。
117年と3か月余り、この中で生きていた。
この中で生きていた!?……
再生医療の限りを尽くしてきた体は、それほど齢を感じさせない。
見掛けは60歳を少し超えたぐらいか。
口の端には満足げな笑みの欠けらすら窺がえる。
最期の3か月を寝たきりで過ごした割には髪も整えられ、ひげも剃られている。
(寝たきりだった!?)
周りを見渡す。
自分の前脚!が眼に入った。
左脚先に切創の痕が残る、太くぬいぐるみのような前脚。
わたしは愛して止まないレオの目で外界を見ていたことに気づいた。
レオをトリガーに記憶が蘇ってくる。
わたしは一気に記憶を取り戻した。
「やはり最初はレオに同調して正解でしたね」ザッパが笑った。
「確かに」わたしも“笑って”応えた。
そして、わたしは117歳の祝いの席で倒れたことを思い出した。




