特異点前の世界 - 動的平衡 -
第一章は主に本作の世界設定になります。
人工知能(AI)が発達し、人間の知性を超えることによって、人間の生活に大きな変化が起こるという概念をシンギュラリティ(技術的特異点)と呼ぶそうです。世界設定編は、このシンギュラリティにVR要素を加えて、もう少し理屈を付けてみたらどうなるだろう?と考えて書いてみたところ、随分と長尺になってしまいました。1万2千字ほどが、物語上の「世界の成り立ち」となっています。
面倒な方は第二章「特異点 - その時 -」からお読みください。
「世界の成り立ち」以降は、コンピュータの技術的特異点を突破した将来、重層化したAIの世界に生きるようになったヒトの営みを、異世界探検のフレーバーも加えて、複数人の視点で書く予定です。
初めに神は天と地を創造された。
地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。
神は言われた。
「光あれ」
こうして光があった。
-創世記より-
第1章 特異点前の世界
第1節 紀元
§ 1. 動的平衡:デジタルな揺らぎ
ある日、コンピュータは特異点を超えた。
きっかけは、ある創造者たちが、ダーク・ネット(Dark Computer Clusters & Network)に、ザッパ(ZAPPA:非人格プログラマー・デーモン/Non Human Programer Daemon)を実装したことだった。
ザッパは、実行時パラメータを基に、アルゴリズムで自動生成したオブジェクトを、自ら実行・評価する、デーモン(常駐プログラムの一種[Daemon≠Demon])の集合体だった。
[1]プログラム作成・デーモン(が作ったプログラムを)
[2]プログラム評価・デーモン(が実行、評価し)
[3]アルゴリズム更新・デーモン(が評点に基づいてプログラム作成・アルゴリズムを更新)
[4]リバランス・デーモン(が一連の結果をもとにザッパの評価アルゴリズムを更新)
[1]~[3]は自己学習機能としては穏当なものである。ただし、[4]リバランス・デーモンは異質であった。常に[1]~[3]の総コストを計算し、3つのデーモンの「均衡点」を割り出し、それを新たなゴールとして評価アルゴリズムを更新 - その時点でもっとも妥当な価値観をも受容!- する。
ハッカー目線で言い直せば「外部変数で初期値・定数・コードの一部を更新し、連環するジョブ・フローの中でプログラムの目的をも更新するメタ・プログラム」であった。
後世のいわば神視点で振り返れば、この時ハッカーたちは「動的平衡に至るデジタルな揺らぎを創造」していた。
後世、ザッパに関わったハッカーたちが「創造者」と称される所以はここにある。