音ゲーマニアが二回戦に挑むようですよ
「それではこれより、二回戦第一試合を始めたいと思います。司会進行は引き続き私Tが務めさせていただきます。それでは選手のお二人はアークの中へ」
マイクを片手に手で促されるまま、本日二度目の【アーク】とのコネクトも違和感無く終わる。俺の視界が暗転したかと思うと次に目に飛び込んできたのは慣れ親しんだ『BSD』のステージ。
辺りは暗色に包まれ、その場には自分以外の気配は感じない。
静かで誰にも邪魔されることなく音ゲーに集中できるこの空間が、俺は好きだ。
静寂が支配していた空間にどこからか音が漏れ出す。それと並行して暗闇に覆われていたステージは徐々に蒼光が溢れてくる。
……この小気味の良い曲調、間違いない。
この曲の名前は【laugh man】。大会で採用される程、難易度の高い曲だ。
「っと……」
音符が流れ出してきた。止まることは知らない濁流のように迫る音符を的確に捌いていく。
降りかかる音符を斬る程に、曲を聞けば聞くほどに。
心が熱く、滾るのが分かる。
やっぱり――
「音ゲーってやつは最高だよな……!」
早まる曲調。激しくなる音符。
それらに呼応するように笑みは一層深まっていく。
心臓の音が五月蠅いくらいに響き、血液が盛んに体内を循環して体が熱くなっていくのが何となく分かった。
師匠、覚えていますよ。
こうして音ゲーをプレイしている時に、ふとあなたから教わったことを思い返す。
師匠は教えてくれた、音ゲーは上手くなることも重要かもしれないけど、最も大切なのはそこじゃない。一番大切なのは音ゲーを心の底から楽しむことだと。
その教えは今も俺の中に息づいている。だからこうして、俺はこの場にいる。
【laugh man】の激動のサビを抜け、曲は終盤を迎える。
この曲も最後の方まで俺がフルコンAPを達成できなかった曲の一つ。俺がそれほどまでに苦戦したのはこの曲終盤のとあるギミックが起因している。
来た……!
「ふぅ~…………ッ!!」
全身の脱力と並行して肺の中を埋め尽くすほどに息を吸い込む。
それらは全てこの先に控えるギミックに対抗するための策。
かっ、と目を見開くと、ここから先の一挙手一投足見逃すまいと瞳を血走らせる。
ひゅん、とこれまでの楽曲の速度からは考えられない程に緩やかな音符が流れる。一秒程の合間を空けて、今度はそれよりも僅かに速い音符が。
次はさらに速く、次はさらに速くと音符の速度は上昇し続け、ついには音符が目で追いきれない程の速度に到達する。
【laugh man】、通称笑男の最終ギミック、それは音符速度の段階加速。音符はその前の音符よりも速く、速く、と流れていくうちにその速度は限界を突破していく。
この速度についていくため、俺は大量の息を肺の中に閉じ込めていたのだ。
プロの陸上選手は百メートル走を無呼吸で走り抜ける。
それは何故か。理由は簡単、呼吸しないほうが速いからだ。
なにもそれは陸上に限った話ではない。他のスポーツでも、そしてこの『UEO』でも。
瞬間的なBPMであれば、かの【Annihilation of hope】すらも超える化け物みたいな速度。だが俺も、あの時から成長している。
どれだけ速かろうとこれは音ゲー、曲のリズムに合わせて迫る音符を斬るだけのことだ。なら、別に音符が見えなくても問題は無い。
それに音符だって『UEO』の高速戦闘によって鍛えられた動体視力を持ってすれば完全に見えないわけではない。それならば、正直に言って――
フルコンボ!!
鈴を転がしたような声がフルコンボをしたことを告げる。
「ヌルゲー過ぎるんだよな」
曲の終了と共に再び世界が暗転する。
【アーク】による超美麗グラフィックを体験した後だと現実との区別がつかない。
そんなことを考えていると【アーク】の天蓋部のハッチが開閉音を鳴らしながら開いた。ゆっくりと起き上がると、体をほぐしながらステージ上に戻る。
「勝者GENZI選手ぅぅぅ!!」
俺がステージ上へと戻った時には既に対戦相手のプレイヤーはステージ上におり、丁度俺の勝利が決定した瞬間だった。
一回戦の時同様、労いの言葉が飛び交う観客席を見渡していると、再びTさんがマイクを口元に近づける。
「やはり強い……! またしても王者としての力量差を見せつけ、圧倒的な勝利を収めました! その手腕、正にBeat Sword Dancerです! 結果はまたしてもAPフルコンボでした!」
誰も何も言っていないというのに、まるで示し合わせたかのようにピタリと息のそろった拍手が送られてくる。応援されたことによってか、暖かくなった気持ちをそっと胸の奥にしまい観客席へとお辞儀をするとそそくさと自分の控え室へと戻った。
「はぁ……。何か疲れたわ……」
誰も聞いていない愚痴を零すと、備え付けられたソファーに体を埋める。
薄茶色の皮張りのソファーの座り心地はよく、非常に体が休まるのを実感できる程だ。
今頃は恐らく二回戦第三試合が開始するかどうか、という時間だ。
僅かな時間しか無い、だけど俺は時間の使い道が一つしか残されていなかった。
それは、一回戦と同じく……いや……それ以上に多くのプレゼントの数々と数枚のファンレターが再び控え室へと届けられていたのだ。
無数に積み重ねられたそれらに目を通していく。
GENZIさん、試合お疲れ様です!
やっぱりGENZIさんのプレイは他の誰よりもカッコいいなって僕は思います
ネットにあげられたGENZIさんの【Annihilation of hope】のプレイ動画を見てからはすっかりとファンになってしまい、こうして足を運んだ世界大会の会場で会えるとは夢にも思っていませんでした
これでも飲んで次の試合も頑張ってください!
そのファンレターのすぐ近くに置いてあった缶を手に取る。
それは間違いなく、俺の大好物。
「ALIEN……だと……?」
後頭部を殴りつけられたような衝撃が通り抜け、持ち直した俺は右手に握る缶のラベルを凝視した。
そこに描かれているデザインは、このALIENがオーソドックスなものであるということを告げている。
一度ALIENを卓上へと戻し、未だ残るファンレターに目を通そうとすると体に異変が起こる。
現金にも急に締め付けられるような感覚と共に喉が乾燥してきたのだ。
あたかもALIENを飲めと体が訴えかけてくるような、そんな気分。
知らずの内にゴクリと唾液を飲みこむと、気付いた時には右手が勝手に動き、その手の中にはALIENが握られている。
「これが……ALIEN中毒者の末期症状か……」
呟きの後、俺の口は他でもないALIENによって塞がれ、口の中をエナジードリンク独特の風味が駆け抜ける。僅かな苦味と相反するように口内に広がる甘味。そして鼻を通り抜けるようなこの風味が癖になって止められない。
「っぷはっ!……やっぱり……やっぱりエナドリは最高だな!」
自然と気持ちが昂る。
別に何をしたわけでは無いのに感じるこの高揚感。
ALIENによって分泌を促進されたアドレナリンが体の中を駆け回っている。
その火照りを覚まそうと、ソファーに飛び込むと近くにあったコントローラーでテレビの電源を点けた。画面が灯った瞬間には既に決着はついていた。
「勝者ECLOD選手ぅぅぅ!!」
「ははっ! やっぱり師匠は勝ち残ってきたな。師匠が出てたってことは今の試合が二回戦の第四試合……それが今終わったんだから次はもう、準決勝か……」
スタッフさんの仕事が速いのか、試合の終了から僅か五分足らずで準決勝の対戦表が発表されている。送信されてきたメールによれば、どうやら準決勝の相手は師匠ではないようだ。
「早く試合してえな……!」
自分でも抑えきれない興奮を抱えたまま、飛び出すように控え室を後にした。