音ゲーマニアが一回戦に挑むようですよ
自分の試合までの間は控え室の方で待っているようにと言われたので戻ってきた。
控え室まで戻ってくると、顔に付けていたベネチアンマスクを外す。
俺がこのマスクを身に着けていた理由はわりと単純で顔バレを防ぐためだ。
『BSD』の世界ランク一位の男が未成年の学生だなんて知られたら困るしな。
因みにデザインは俺が『UEO』で愛用している【結晶蝶の仮面】と殆ど同じだ。制作は裁縫の得意な母さんに頼んだけどメチャクチャ出来が良くて正直驚いている。
それにしても最後の方、何か不味い事でも言ったか?
急に会場の熱気が不気味なくらいに冷めていったので焦ったけど……。
まあ、そんなことはどうでもいいか。
気持ちを切り替えると、俺は部屋の中を見渡した。
スタッフの人曰く控え室に備え付けられているモニターで会場の様子と試合中のプレイ画面が見られるとのことだったが……あ、あれか。
部屋の奥の方に置かれた、というより掛けられているのは厚さ数ミリの極薄モニターだ。
壁一面を覆う程に大きく、あまりの大きさに初めは壁だと思って気が付かなかった。
改めて近づくと、傍に置いてあったコントローラーで電源を点ける。
「お、もう始まってるのか」
長大なモニター一杯に映し出されたのは現在試合中のプレイヤー二人のプレイ画面。リアルタイムで送られてくる画像のタイムラグは0.3秒だというのだから驚きだ。
そうこうしている間に試合は佳境を迎えていた。この曲はEXPERTの中でも割と難易度が高めの部類の曲だ。それをこの二人はここまでノーミスで走っているのだから大したものだと思う。
でも、この曲の真骨頂はここからだ。
「……ッ!」
「……ふーッ……!!」
これまで激しく降り注いでいた音符が止む。
それは束の間の安息。
それをこの二人は知っているのだろう、一人はこれからやってくる譜面に備えて精神を研ぎ澄まし、一人はここまでの連打で疲弊した体力を回復するためか、全身を脱力させ来るべき時を待っている。
来た……サビの始まりだ。
楽曲速度が急激に遅くなるとともに音符が所狭しと渋滞を起こしながら到来する。圧倒的物量譜面、それこそがこの曲の真の姿だ。
二人共顔に汗を滲ませ、目は血走る程開かれ眼前の出来事を捉えている。
分割された画面の右上に表示されているスコア表では二人共まだコンボを繋いでいるが、結果はどうなるか。会場も二人の精魂を削り合うようなバトルに集中し固唾を飲んでいるのか、先程までの喧騒は感じられない。
「決着……だな」
楽曲が終わる前に俺は勝敗の是非を確信し、そっとモニターの電源を落とした。
今の勝負、さっきの休憩地帯で体をリラックスさせてた奴の勝ちで終わるはずだ。
確か名前は――
「勝者たぬ吉選手ぅぅぅ!!」
会場の地下に位置する控え室にまで響く司会者の声が俺の問いに答えた。
遅れて叫喚の渦に包まれた会場は再び熱を取り戻していた。
やっぱりアイツの勝ちだったか。
もう一人のプレイヤーはサビの物量地帯で途中から腕の動きが悪くなってきていた。あれはこれまでの疲労と、緊張による筋肉の硬直によるものだろう。
それに対してたぬ吉は休憩地帯で完全に体から無駄な力を抜きリラックスしてサビの譜面に挑んでいた。勝敗はあそこで決まっていたというわけだな。
「ん?」
右下にメールの着信マークが付いている。
はて……? 試合を見ることに集中していて気が付かなかったのだろうか。
メールを開いてみると、それは大会のスタッフからのものだった。
内容は簡潔、次が俺の出る試合だから早くステージに来いとのこと。
「ん……?」
もう一度見返すが内容が変わることは無い。つまり俺の見間違いではないということ。
確か俺の試合があるのは三回戦のはず……まさか今のが二回戦だったのか?
「やばっ!」
時間は既に試合開始時刻の三分前だ、急がないと不戦敗になりかねない。
急いで控え室を出るとステージへと駆けた。途中廊下ですれ違う人々から奇異の眼差しで見られたが仕方ないだろう。
何せ変なマスクを着けた男が廊下を全力で走っていくのだから。
閉じたままの扉を突き破る勢いで開き、ステージへと滑り込む。
「おーっと!? GENZI選手ギリギリ間に合いました! あと数十秒で不戦敗になるところでしたよ~。次は気を付けてくださいね?」
「ははは、すんません……」
苦笑交じりに謝ると、周囲を観客に取り囲まれた円形のステージの上に上がる。
こうしてステージの上に立つと確かに緊張するのも分からなくもない。
「それではアークの中にお入りください。お二人共準備が出来ましたらプレイを開始いたします!」
そう言って司会者が手で促した先には、先日見たばかりの最高ランクのVRマシン【アーク】が二台設置されている。流石は世界大会、【アーク】でプレイすることになるとは考えてもいなかった。
一昨日の感動を再び感じながら【アーク】の中に乗り込むと、すぐに意識は深い深い電脳世界の底へと沈み込んでいく。
そして意識が辿り着いた場所は何度見たか分からない程に見慣れた場所。
大会用に設定されているのかロビーを挟まず直接ステージの方へと飛ばされたようだ。
左右の腰に取り付けられた鞘からビートセイバーを抜く前に、手をグーパーと動かす。
それで俺は確信を得た。
やっぱり【アーク】を使った時は普段のVRマシンよりも数段反応速度が速い。
俺が意識をしてから行動に移るまでのラグが殆ど無いと言ってもいい。
これは……感覚になれるまでちょっと苦戦するかもな。
俺の気持ちを知ってか知らずか、目の前に大きく数字が表示される。
三……二……一……。
♦
スタート。
曲を教えてくれなかったからこの前奏で曲を見極める。
…………これ、まさか……。
突如流れてきた高速音符を叩き斬る。
その音符の存在でGENZIは確信を得ていた。
音楽に合わせて流れ出す音符。そのことごとくを寸分の狂い無く両断していく。この曲はGENZIがお気に入りに登録してプレイしていた曲の一つ、『BIG』だ。
「ふわぁぁあ……」
口から溢れ出る欠伸を隠そうともせず漏らすGENZI。
譜面を見ずともその手元が狂うことは無い。判定は全て――
♦
「PERFECT……GENZI選手、ここまでのプレイで未だにPERFECT以外の判定を出しておりません……!! これが、これこそが世界ランク一位GENZIの力ッ!!」
圧倒的なプレイスキルと人を焚きつける司会者の言葉が会場の温度を急激に上昇させる。
観客席は猛り狂ったように盛り上がりを見せる。
そのプレイを見る人々は先程の試合のことなど忘れてしまったように大画面に表示される二人の……正確にはGENZIのプレイ画面に釘付けになっている。
複雑怪奇に張り巡らされる音符の罠をものともせず、GENZIは欠伸さえ浮かべている。そうしている間にも試合は終わっていた。
結果は誰の目から見ても明らか、それでも司会者は判定を行う。
「勝者GENZI選手ぅぅぅ!!」
会場はGENZIコールが巻き起こり、賞賛の声が歓声となってGENZIの元へ届けられる。
ステージの上で目を丸くしたGENZIが照れ臭そうに頬を掻きながら軽く手を振り返すと一層に黄色い歓声が巻き起こる。
それに耐えきれなくなったのか、逃げるようにその場を後にしたGENZIだったが会場の熱気はしばらく止みそうにも無かった。
♦
あー……恥ずかしかったぁ~!!
あんなに人前で凄いとか言われたのが初めてだから凄く照れ臭い。
思わず小走りで逃げてきてしまったほどだ。
トボトボと廊下を歩いて控え室に戻ると、控え室の中央に設置されたテーブルの上に大量の菓子や飲み物、仮面などの雑多なもので溢れかえっている。
「え……いじめですか……?」
「いや、いじめじゃないですって」
「うおっ!?」
唐突に背後から声を掛けられ思わず跳ねのけるようにその場を離れ、背後を顧みるとそこには微笑を浮かべたスタッフさんが立っていた。
「凄いですね! これぜーーんぶ、GENZIさん宛てのファンからのプレゼントですよ!」
「え? これ全部プレゼントだったんですか? それにしては仮面とかよく分からない物があるし……それに俺、こうしてGENZIとして人前に出るの今日が初めてですよ」
「だからこそ凄いんですよ!」
「え?」
少し興奮した様子でスタッフさんは瞳を輝かせる。
「このプレゼントは今さっきのGENZIさんの試合中に届けられた物なんですよ」
「はぁ……」
「つまり、ほんの数分の間人前に出ただけでこれだけプレゼントが貰えてしまうくらいGENZIさんが凄いということなんです!」
「自分で言うのも何ですが……何かそう聞くと俺って凄いんじゃないかと思えて来ますね……」
「こんなにファンからのプレゼントを貰える方なんて芸能人の方でもないのに本当に凄いですよ! それでは私は失礼しますね。あ、ファンレターはちゃんと読んであげてくださいね」
「分かりました、わざわざありがとうございます」
颯爽と去っていったスタッフさんにお礼を言うと扉を閉め、テーブルの上を埋め尽くすプレゼントの山を整理し始めた。
これは骨が折れそうだなぁ……。