音ゲーマニアが金髪美女とお茶するようですよ
「で……何が目的なんだ……?」
テーブルの上に腕を置き、頬杖をつきながら不機嫌そうな顔を隠しもせずに健仁は問いかける。
「別に目的何てないけど? 私はリアルでGENZIに会えて嬉しいだけだってば」
健仁の態度など気にも留めていないのか、反対の椅子に腰かけるブギーはにこにこと笑っている。今、二人はカフェのテラス席で休憩を取っていた。こうなるきっかけは数分前に遡る。
「私、日本って初めて来たのよね~! BSDEの披露会の招待チケットが当たって無かったら来る機会なんてなかっただろうし」
「そうか」
「あ! GENZI見てみて! あのアイスクリーム美味しそうよ!」
「そうか」
「でもあっちのお店のクレープも美味しそう。う~ん……GENZIはどっちがいいと思う?」
「そうか……」
「ちょっとGENZI聞いてる?」
健仁は今、ブギーに腕を組まれ強制的にあちこちを見て周らされていた。傍から見ればスタイル抜群の金髪美女と、日本人のそれなりに顔立ちの整った青年というカップルにも見間違えられるような状況。
ブギーの楽しそうな笑顔も相まってそう見られているかもしれない。
だが、対をなすように健仁の表情はピクリとも動かない。
「はぁ……」
「どうしたのGENZI? 何か困ったことがあるなら相談に乗るよ?」
「困ったことはお前何だよ……」
溜息をつきながら健仁は愚痴るように言葉を零す。
「んー? よく分かんないけど話したら気が楽になるかもだよ! さあ、あそこのカフェに行こー!」
「…………」
そして現在に至る。
ブギーは注文した生クリームの乗ったコーヒーを美味しそうに飲みながら健仁に問いかける。
「それでGENZI。どうしてそんなに元気が無いの?」
「……さっきBSDEの披露会が終わってビルから出ただろ? あの後ブギーに腕を組みながら歩いてるところをクラスメイトに見られたっぽいんだよ……俺も遠目から少し見ただけだから微妙なところではあったけど、はぁぁぁぁ……」
テーブルに顔を埋めるGENZIのことを心底不思議そうな顔で見つめると、ブギーはにこやかに笑いながら言った。
「何がそんなに問題なの?」
本当に訳も分かっていない様子のブギーの方向に、頬をつけたまま視線を向ける健仁の瞳にも諦めの色が見え始めていた。
「もうその話はいいよ……ところでその、GENZIって呼び方リアルでは恥ずかしいから止めてほしいんだけど……」
少し小声で訴えかけると、ベティは少しキョトンとした表情を見せた後にすぐに軽く頭を下げた。
「あっ、ゴメンね? それじゃあ何て呼べばいい?」
「俺の本名は神谷健仁だ。普通に健仁って呼んでくれればいいよ」
「OK~。私はベティ・アイボリーよ。私は別に何て呼ばれても構わないわ」
快活に笑うベティに釣られて健仁も笑みを浮かべる。
「じゃあベティって呼ばせてもらう。……ところで女性に年齢を聞くのは失礼だと思うけどベティって俺より年上じゃないか?」
「あら? 健仁ったら女の子に年齢聞いちゃうんだ~?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて目を細めるベティに何も言い返す言葉が無く健仁が喉を詰まらせていると、ぷっ、と軽く噴き出すようにベティが笑い出した。
何がそんなにおかしいんだよ、と視線で抗議をするがベティの楽しそうな笑い声が止まることは無かった。
「ごめんなさい、健仁ったらからかい甲斐があって面白いからつい……ふふっ。それにゲームの時よりも可愛いしね?」
そう言いながら健仁の鼻先をつんと押す。
突然の事に驚きながらも恥ずかしそうに頬を染めると、健仁はゆっくりと手を払う。
「それで私の年齢だったわね。私はついこの間ニ十歳になったばかりよ、日本で言ったら成人を迎えたばっかりってところかしら?」
「やっぱり俺より年上だったのか……。でもそれにしては言動が子供っぽいっていうか……」
「何か言ったかなぁ~?」
「ちょっ!?」
ぐいっと伸びたベティの腕は健仁の頭を掴み、身を乗り出したベティの方へ引き寄せられる。自身の胸の辺りまで引き付けた健仁の頭をぐりぐりと攻撃するベティ。
ベティに悪気はないが、健仁にとっては物凄く不味い状況だった。
む、胸が、当たって……!?
「分かった! 俺が悪かったから!! ベティは凄く大人っぽくてセクシーな女性ですッ!!これでいいか!」
「ふふん、分かればよろしい」
ようやく頭を話された健仁はすぐさま自分の席に座ると大きく息をつく。
二人のやり取りを見ていた人達からの暖かい視線を感じ取ってまたとしても健仁が悶えていると、着信音が鳴り響いた。
健仁のものではない着信音はベティのものだったようで、健仁にゴメンね?と軽く断りを入れるとベティは通話に出る。
短く会話が交わされ、短時間で戻ってきたかと思うや否やベティは手をぱちんと勢いよく合わせた。
「ゴメン! ちょっと用事が出来ちゃったから私いかないと! これ、私の連絡先だからまた今度ね!」
「あ、ちょ! ……お代置いてけよ……」
健仁が呼び止めるよりも早く走り出したベティの耳にその投げかけが届くはずもなく、テラスには健仁が一人ぽつんと残された。
♦
はぁ、と今日何度目かも分からない溜息をつきながらホテルの部屋に戻ると、ふかふかのベッドに身を投げる。突然出会ったネットの友達に振り回され、今日はとても疲れた。
それにしてもまさかブギーが女子だとは思ってなかった……。
本人の前では口が裂けても言えないけど、すごい美人だったし、スタイルも良かったし……。
思い返していると、思わず腕を組んでいた時に押し付けられた柔らかい感触が蘇ってきてしまう。ぶんぶんと頭を振り邪念を振り払うと、キャリーケースの中に少ない荷物を詰め込んでいく。
そうしてホテルのチェックアウトに合わせて整理を済ませていると、胸ポケットからはらりと何かが床に舞い落ちた。拾い上げるとそれはメモの切れ端のような物だった。
これって……。
さっきよく分からない男に入れられたやつか。
山折りされたメモ帳を開くと、中にはびっしりと埋め尽くすように小さな文字が丁寧に書かれていた。
GENZI君へ
まさかこんなところで出会うことになるとは思ってなかったよ
僕が見てない間に随分と上手くなったみたいじゃないか
早速だけど本題に入らせてもらうよ
GENZI君、君、世界大会に出てくれないか?
僕は久しぶりに君と音ゲーをやっててもっと君と競い合いたいと思った
僕たちが競い合うとしたらそれなりの舞台でないとね
それに君は昔は凄く負けず嫌いだったし、今でも変わってないなら僕に負けたことをまだ引きずっているんじゃないのかい?
もしそうなら、是非出場してみてくれ
僕は決勝で待ってるよ
@ECLOD
「おいおいおいおい……! マジかよ……」
この字、まさかとは思ってたけど……。
「リアルで会うことになるなんて思ってもいませんでしたよ……師匠ッ!!」
最後の@ECLODというサイン、間違いない。これは師匠のサインだ。
俺に音ゲーの楽しさ、素晴らしさを教えてくれた師匠。これまで何度も挑み続けたが、ついに勝つことが叶わなかった俺の知る限り世界最高の音ゲー狂。
数か月前を最後にぱったりと連絡が付かなくなった師匠とまさかこんな形で再開することになるとは思ってもいなかった。
「ん?」
メモ書きの一番下、まだ何か書かれている。
PS
世界大会は今週の土曜日にあるので頑張ってね
あれ……? 今週の土曜日?
急かされるように動き出した俺の手が動き出しカレンダーをスワイプしてインターフェイスの中央に引っ張ってくる。
既に過ぎた日には斜めに棒線が入るこのカレンダーを上から見ていくと、今日は二十五日木曜日。そう、木曜日だ。
額から冷や汗が流れ落ちるのに気が付いた。
世界大会まで、あと二日しかないじゃねえか……
がっくりと膝をつけ、沈み込むがすぐに立ち上がると、ぐっと拳を握り締める。今日久々に感じたあの悔しさに比べればこの程度の逆境などそよ風程度のものだ。
それに。
だからどうしたってところだ。
これでも俺は『BSD』で世界ランク一位の男。他の音ゲーならばいざ知らず、『BSD』に関しては師匠にも負けないという自負がある。
闘志に火が点き、自然と心が浮き立つ。
久々に感じるこの感覚。
二日後、世界大会が行われるのは幕張メッセ。世界大会のチケットは俺が世界ランク一位になった翌日に厳重な箱で郵送されてきたため俺の部屋にしまってある。
明後日が楽しみでしょうがない。
熱く滾る心を沈められぬまま、ホテルをチェックアウトすると騒音行き交う街中へと歩み出した。