音ゲーマニアが先行で実機プレイをするようですよ
「……ん」
目が覚めるとそこは、PVに出てきたあの広場だった。
すぐそばには俺と同じような格好をしたプレイヤーが四人。それぞれの隣には各々異なる容姿のペットが見受けられる。
「皆様感覚はどうでしょうか?Utopia Endless Onlineと同じエンジンで制作していますので五感の再現度など、現実味は前作よりも増していると思いますが」
天から降り注ぐ男性の声の通り、この世界のリアリティーは凄い。
俺が初めて『UEO』をプレイしたときに感じたあの感動に近いものがある。
「では早速ストーリーモードを遊びましょう。本来ならストーリークエストを請けるまでの間にも工程があるのですが、今回は特別に画面にストーリークエストを請けるかどうかのウィンドウを送りました。その同意ボタンを押してください」
男性の声に促されるまま同意ボタンに手を伸ばすと、画面に表示されたのは難易度の設定画面。ここでは特に指示が来ないことを鑑みるに恐らくはどの難易度を選択しても問題ないということだろう。
無論選択する難易度は決まっている。EXPERTだ。
両手に握り締めたビートソードの感覚。
『BSD』の頃から変わらない感覚を手で楽しみつつ、目の前の状況に集中する。
風景は一変し、辺りは黒雲埋めく火山口。ぼこぼこと音を立てる溶岩が今にも這い上がってきそうな気さえしてくるそこはあまりの気温の高さに仮想の姿だというのに汗を掻いていると錯覚するほどだ。
風景の変化と共に現れたのは大きな大きな竜。その背に羽は無く、獰猛に曲がりくねる日本の角と岩石で出来た巨大な体躯、その姿は岩龍と現すのに相応しい。
「それでは皆様、お楽しみください」
曲が流れ始めた。
第一音、もしかしたら『BSD』の頃からある曲かもしれないと耳に全神経を集中させたが、聞こえてきた音は一度も聞いたことのないものだった。
つまり、この曲は新曲ということだ。
テンポは若干速め……。
でも劇的に速いわけじゃない。
これなら狙えそうだな……。
アバターの口端をニィと吊り上げ、思わず笑みを浮かべる。
APフルコン……!
来たっ!
楽曲の始まり、それは穏やかな開幕。
ゆったりとしたテンポで音符が流れてくる。
それら一つ一つの音符を淀みなく両断していく。判定は全てPERFECT、今の所問題は――
っ……。曲調が変わった?
ここまでのものとは違う、速い……しかも、速い……!
曲調の変化に翻弄されながらも辛うじてPERFECTフルコンボはまだ続行中。
その状況は眼前の岩龍の、文字通り一吹きで一変した。
『小賢しいわ、童』
「なにっ!?」
岩龍の息吹が音符を加速させる。
それだけでは飽き足らず、その巨木のような足で強く地を踏みつけると、レーンが揺れた。
「くそっ……たれぇッ!!」
突然の音符の加速に加えレーンが揺れ動くという妨害。
まさかストーリーモードの相手っていうのはこんなことをしてくるってのか?
『僕に任せろニャ!』
「んああ!? 次から次と……! 今度は何だ!?」
濁流のように迫る音符の処理で手一杯の中、声が聞こえた方に一瞬だけチラリと視線を送ると、それは『BSD』のマスコットキャラクター、ビートキャットによく似た俺のペットだった。
『ニャああああああ!!』
叫びにも似た鳴き声が響き、それと並行して視界に変化が起きる。
これは……。視界の色がおかしい、でもレーンの揺れも音符の加速も遅くなった? それに音符のスコアが二倍になっている……?
抱いたのは疑問。だけどそんなことに気を配っている暇は俺には無い。
ただ眼前の譜面に集中しなければ間違いなく俺はこの岩龍に敗北する。
「うおおぉぉぉぉぉッッ!!」
ついに楽曲は終わりを迎える。ついにラストスパートだ。
サビよりも一層に激しく、速く、難化した譜面に舌打ちをしたい衝動に駆られながら、同時に心が熱く浮き立っていることも理解していた。
そして実機プレイは終わりを告げた。
♦
「…………」
実機プレイが終了し、【アーク】の中から起き上がった健仁はフルコンボを達成したにも関わらずむすっとした表情を浮かべていた。
「いやあ、皆様素晴らしいプレイでした。五人中、五人全員がEXPERTを選択し、全員がクリアするとは……。いやはや恐れいきました。皆様、『BSD』の経験はおありでしょうか? よければ参考までに『BSD』でのプレイヤーネームをお教えいただけませんか?」
「僕は『BSD』ではカビパンマンという名前でプレイしていました」
「私はセバー・スチャンという名前を使っておりました」
端に立つ少年と貫禄のある男性がそう言うとマイクは隣へと渡る。
「私はブギーっていうネームでプレイしてたわ」
その名前を聞いて健仁は全てを納得した。
ああ……そういうことか。何であの人が俺の事を知っていたのかも、何で俺に抱き着いてきたのかもこれで何となく分かった……。
健仁はステージに視線を送る客席から見えないようにブギーを小突く。
「? どうかしたの?」
こちらを振り向いたブギーの方へ音が漏れないように、そして誰にも気づかれない様に話しかける。
「お前ブギーだったのかよっ。俺はてっきりお前のこと男だと思ってたぞ……」
「あはは、やっぱりGENZIは私のこと男だと思ってたんだ。まあいいわ、この後時間をくれるならチャラにしてあげる」
「ぐっ……分かった……」
項垂れる健仁とは裏腹にブギーは勝ち誇るように気分良さげな顔でマイクを健仁に手渡した。
「あー……俺はGENZIって名前でプレイしてました……」
ざわり、とそこに立っているだけでも分かる程に観客席から動揺が伝わる。
それもその筈だ。健仁、いや、GENZIはBSD界隈では一二を争う程の有名人。それがこの場にいるとなればBSDをプレイしたことのある者ならばざわめきもするだろう。
観客席だけでなく、ステージに立つVIPルームの人達からも視線を向けられる。視線の中には尊敬や憧憬、好奇の眼差しが含まれ、そういった感情を向けられることに慣れていない健仁はどうにも背中がむずがゆかった。
照れていることを隠すように頬を掻きながら、マイクを最後の男に手渡す。
「私はBSDの経験は一切ない。以上だ」
簡潔にまとめられた言葉。その言葉は酷く短いものだったが、それを聞く人々には十分すぎる程に衝撃の強い内容だった。
それはステージ上のホログラムに投影される健仁を含む五人のプレイ結果を確認してのことだろう。今回健仁達は全員が難易度EXPERTを選択し、クリアした。
その内初見フルコンボを達成したのは健仁ともう一人いる。
それがこの男だ。長身によく合う白いスーツを着込み、室内だというのに白いトップハットを目深に被っている謎の男。表情は覗うことが出来ず、何を考えているのかもよく分からない。
そしてホログラムにはよく見ると、どの判定がどれだけ出たのかということも分かる仕様になっている。そこには健仁の隣の男がALL PERFECTフルコンボと表記され、健仁はただのフルコンボとだけ表示されている。つまり、健仁は負けを喫したのだ、この見たことも、聞いたことすらない相手に。
「皆様素晴らしかったですが、中でもGENZIさんとそちらのトップハットの方はフルコンボですからね。GENZIさんは前作で世界一を取ったプレイヤー、その実力は今も健在。何と初見で高難易度の楽曲をフルコンボしてしまいました。そしてトップハットの方はさらにそれの上をいくAPフルコン! お二人共是非本作のBSDEをプレイしてください」
軽く会釈を返すと、マイクは再び男性職員の元へ流れていく。
「それでは、名残惜しいですが本日の披露会はお開きとさせていただきます。お帰りになる際に入り口付近でBSDEのβ版を先行プレイできるコード付きの冊子をお配りしていますので忘れずにお持ち帰りください」
ふぅ……ようやく終わったか。
あまり人前に立つことが得意ではないのでこういうことは好きではないんだが……まあ実機プレイも出来たし、【アーク】も使わせてもらえたんだから許してやるか。
健仁も人波の方向へと流れて行こうとしたとき、不意に後ろから肩を掴まれる。
突然の事に驚いて振り返ると、そこにはあのトップハットの男が立っていた。
「……これを君に。世界大会で待っているよ」
「は? ちょっと――」
行ってしまった。
トップハットの男は人混みの中に掻き消されるように姿を消していった。
残されたのは健仁と、健仁の胸ポケットに無理矢理入れられたメモ帳の切れ端。
切れ端の内容を確認しようと思ったが、再び背後に衝撃が走る。ただ、今度は柔らかい感触だったが。
「GE~N~ZI~? さっ、行きましょ?」
「は? どこにだよ」
「言ったでしょ、時間をくれるって。だから、私と東京を巡りましょうってことよ。ほら急ぐ!」
問答無用とばかりに袖を掴まれてエレベーターの方へ引きずられていく。何とかβ版の先行体験コード付き冊子を受け取ると、ブギーの成すがまま、健仁はエレベーターの中へと連れ去られた。
「俺の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
その悲痛な咆哮は虚しく会場に響き渡るばかりだった。