音ゲーマニアが新作ゲームのPVを見るようですよ
彼女の言い方はまるで俺のことを知っているかのようだ。
それもつい最近会ったばかりみたいな――
「っ!?」
突然部屋に光が満ちる。これまでの薄暗さを払拭するような光の波が押し寄せ、視界が白く塗りつぶされていく。
いきなりの出来事で思わず腕で視界を覆ったけど一体何だ?
ゆっくりと、目を光に馴染ませるように開いていくとその光の原因が分かった。
それは薄いガラス越しに飛び込んできたライトの光。
このVIPルームの席の向かいはガラス板になっていたのだ。そしてその先には大きなステージが広がり、ステージの中央にはスーツ姿の男性がマイクを片手に佇んでいる。
「お客様、席にお座りになられませんか?」
「え? あ、すいません。今座ります」
何が何やら分からぬ間に席の横に控えていた給仕姿の職員さんに声を掛けられ、そのまま席に座る。皮張りのソファーは座り心地が良く、思わず全体重をあずけ、もたれかかる。
特に注文したわけでは無いが、目の前に赤味がかったオレンジ色の液体が注がれたグラスが差し出される。
「南国風カシスオレンジのジュースです。差支えが無ければどうぞお召し上がりください」
流れるような動作でお辞儀をした職員の男性はお盆を持ったまま再び俺の横へと戻ってくると、自然体のままその場に控えている。
すごい……これが一流の動きか……。
感嘆の息を漏らし、引き寄せられた手はグラスを掴むと半自動的に口元まで運び、口の中にジュースが侵入してくる。
これは……!
酸味と甘味の絶妙なバランス。それでいて癖になるような風味が際立って思わず一口、もう一口と飲み干してしまう。
「はっ!?」
気付けばジュースがグラスの中から消えていた。
何という美味。何という魔性の力。
丁度俺がグラスをテーブルに置くのと同時、ステージの上で待機していた男性が腕時計を確認し、声を発した。
「ご来場の皆様方、本日は当社の新作ゲーム、Beat Sword Dancer Evolutionの披露会にお越しいただき誠にありがとうございます。前置きは不要でしょう。皆様はこのBeat Sword Dancer Evolutionが発表されるのを心待ちにしていたユーザーの一人のはずです」
男性が少しステージの中心から外れた位置に移動すると、中央に巨大なホログラムが投影される。
「まずはこの映像を見て頂きたい」
男性が合図を送るとともに投影されたホログラムの映像が動き出した。
この視点は……一人称視点。ということはプレイ映像か?
段々と画面が鮮明になっていくのと並行してどこからともなく音が漏れ出す。その音は……そう、どこかで聞いたことがあるような。とても懐かしく、とても心躍らせる音。
俺はこの音を聞いたことがある。いや、それどころか何度も。何度も何度も何度もプレイして、何度も何度も何度も試行錯誤した、あの曲。
「Annihilation of hope……」
耳に親しんだリズムが教えてくれる。これは『BSD』最高にして、最強。そして最凶であった、世界でAPフルコンを達成できたのが俺だけだったあの曲だ。
わっ、と場内が沸き上がった。目前の映像の熱に当てられたように。
ホログラムに投影されたプレイ映像は淀みなく、APを叩きだしている。
ここまでは。
最後の難関。人類の反応速度の極地とも言えるほどに速く、ランダムに流れてくる魔の三十連音符。このプレイヤーもここで終わるんだろう。
そう、思っていた。
だが、目の前の映像はその予想を裏切る。
マジかよ……APで乗り切りやがった……。
だが、俺の驚愕は次第に疑念へと変わっていった。
それは何故か。理由は簡単だ。あの運手、見覚えがある……というか俺そのものだった。
楽曲が終わるとともに、ホログラムの映像も途絶えそれを見守っていた人々は熱烈な拍手を送っていた。その気持ちは俺にも分かる。音ゲープレイヤー特有かもしれないけど。
映像が終わり、男性がその場でマイクを取る。
「皆様、これは前作Beat Sword Dancerのプレイ映像です。プレイヤーは全世界ユーザー数一億人を超える中で唯一この曲でALL PERFECTフルコンボを達成したGENZIさんのプレイ映像をお借りしました」
おいぃぃぃ! やっぱり俺のプレイ映像じゃねえかよ!
てか、何で俺のプレイ映像が流出してんだよ。しかも俺の視点だし……。
「きっと皆様は今の映像をご覧になって胸が熱く、心が躍ったことでしょう。そしてその想いは次の映像を見て、さらに強まることになります……それではご覧ください。イドラ主導の元に開発された新しい
Beat Sword Dancerの姿を……!!」
灯っていた光が全て消える。停電したのか?と一瞬考えたがすぐにその考えは振り払われる。
会場内に光が現れた。光は壁を伝い、宙を踊り、大気を震わせステージへと集まる。
光が集まり、次第に大きくなっていき形を形成していく。球体状に固まった光は、一際強い光を発すると同時に弾けた。
卵のような形をした光の球体の中から現れたのは紫水晶の機械。
鉄の棺桶のような形をしたそれを俺は知っている。
VRマシンだ。だが、俺の使っているヘルメットタイプの物とは異なる。
Eスポーツなどのプロの大会であっても稀にしか見ることのできない貴重なVRマシン。【アーク】だ。
会場にどよめきが起こる中、これでもまだ足りないと言わんばかりに再び光が発生する。
ステージ上に舞う光は先程よりもさらに巨大な板状のホログラムを作り上げた。
ホログラムに映像が映る。それは万緑の木葉と巨木が生い茂り緑溢れる森の中。視点はプレイヤーのものだ。辺りを見渡すが何もない、そう思っていると遠くの方から音が聞こえてくる。
音に連れられるまま歩いていくとその先には一際大きな古木が聳えている。プレイヤーは音の出所である古木に近づいていくと、それが幹の中から鳴り響いてきていることに気付く。
古木の根元はアーチ状になっており、幹の中に人が入れる作りになっていた。
幹の下は底も見えない程に深い穴。プレイヤーは恐怖を覚えながらも心躍らせるリズムに乗ってその身を穴の中へと放り出す。
辺りが暗かったのは一瞬、土の下だというのに次第に光が漏れ出し、ついに暗闇を抜けた。
地下に広がっていたのは幻想的な世界。地下だというのに雲が、星が、太陽が浮かび、川が流れ、鳥が囀っている。天上から垂れさがる水晶が燐光を放ち、下には城と城下町が広がっている。
長い長い落下の旅を終え、着地したのは王城の正面に広がる巨大な広場。そこでは様々な動物や幻想の生物が笑い、踊り、歌を唄っており、その輪の中に入るようにしてプレイヤーも加わった所で映像は終了した。
「いかがだったでしょうか? 映像には続きがあります。ですが、本日は時間が残されていないためここで区切りとさせていただきます。本作、Beat Sword Dancer Evolutionの世界観は多種族が存在するファンタジー世界です。プレイヤーである皆様は様々な幻想生物達と共にリズムを刻むことになります。そして今作最大の変更点、それは己の半身となる幻想生物の存在です」
熱く語らう男性の元に視線が集まる。
「本作ではゲーム開始の際にアバターのエディットと幻想生物、ペットのエディットもしていただきます。このペットは皆様の楽曲プレイのサポートをしてくれる存在となります。これまでに無かった要素、これが追加されたのにも勿論理由があります。それは新しく追加された新モードに関することです」
おお、と再び会場がどよめく。それはこのVIP席でも同じだった。
「これまで通りのフリー楽曲モードに加え、もとより存在したプレイヤー同士のセッションを対戦形式としたバトルモード。そして敵AIとバトルするストーリーモードを追加しました。そして今回、この場にいる皆様の中から数名の方に、ステージ上の実機にてストーリーモードをプレイしていただきます!」
その声に今日一番の完成と共に会場を揺れ動かせる。
これは何としてもプレイしたい……ところだけど、どうせ当たらないしなあ……。
「本日の実機プレイはVIP席の皆様にお願いしたいと思います!」
その声に会場が落胆の声で満たされる中、席を立ちあがり、ガッツポーズを取る俺の姿がVIP席にはあった。流石に恥ずかしいと思い席に座ろうとするときにチラリと横を窺うと、どうやら俺以外もかなり喜んでいる様子だった。ただ一人、一番奥に座る人物は全く微動だにしていなかったけど。
「それではVIP席の皆様! ステージ上にお上がりください!」
俺達は立ち上がると、連れられるままに移動し、VIPルームの中に備え付けられたエレベーターに乗り込む。エレベーターの扉が開いた先は、既にステージの暗幕の裏だった。
ライトに照らされるステージの上に、意を決した俺を含めたVIPルームにいた五人の人々は歩み出て行った。
促されるままに【アーク】の中へ入り込むと、棺桶の蓋が閉まるようにして上部が閉められる。
閉所恐怖症の人ヤバそうだなーと考えつつ、【アーク】の外から聞こえる男性の声に耳を傾けた。
「それでは皆様、プレイをお楽しみください」
その言葉を最後に、俺の意識はぷつりと途切れた。