音ゲーマニアが外国人(金髪美女)に絡まれるようですよ
機械的な電子アラーム音が部屋に鳴り響く。
初めは小さく、次第に大きくなっていくアラームを健仁は止めた。
「ふぁ~ぁ……」
大きく背伸びをすると、もう一度暖かいベッドの中に戻りたいという思いをを跳ねのけて起き上がる。開きっぱなしのカーテンの隙間からは陽が差し込み、今日も相も変わらず快晴だと教えてくれる。
健仁が何気なしに窓に近寄るとガラス越しに東京の街並みを一望できた。まるで自分が神様にでもなったみたいだな、と心の中で笑みを零しそっとカーテンを閉めた。
身支度を整え終わると時刻は八時半を回っていた。
ニュース番組から視線を切り、テレビの電源を切ると部屋を後にした。
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「ふぅー……」
やっぱり朝食も美味かったな。特にあのパンは最高だった。
朝食も所謂ビュッフェ形式で、どれも美味そうだったので片っ端から食べていると気が付けば九時になってしまっていた。
まあ、それでも時間的にはまだ余裕があるけど。
着替えなどが入ったスーツケースは部屋に置いたまま、財布を持って会場へと向かう。
『BSDE』の披露会が行われる会場はここから徒歩で行ける距離にある高層ビルのワンフロアだ。拡張現実のナビゲートに従って歩いていて改めてその利便さを思い知らされる。
このウェアラブル端末、【パンタシア】は俺が生まれる数年前に初期型が発売され、それ以降も改良型や新型が開発・販売され今では持っていない人がいない程生活に普及している。
簡単に説明すれば【パンタシア】は視覚と同調し、使用者に仮想現実の情報を与えるというものだ。今俺がやっているようにナビとしても使えるし、勿論インターネットで検索をしたりも出来る。多くの人たちによって様々な拡張要素が追加され、その万能さは驚くべき速度で加速していったんだ。
「っと……もう着いたみたいだな」
目的のビルは俺が泊まったあのホテルにも勝るとも劣らない程に高く聳え立っている。
特にチェックをされることもなくすんなりとビルの中に入ると、エレベーターで目的の二十七階を目指した。エレベーターは振動も音も立てず、超高速で階層間を移動しあっという間に目的地へと着いた。
扉が開いた先は警備員と思わしき人が三人おり、チケットの提示をするよう指示されたので水色のVIPチケットを取り出すと、三人の内最も体格のいい警備員がVIP席まで案内してくれた。
「……コチラデス」
片言の日本語で手を伸ばした先には黒塗りの扉が見える。
黒塗りとは言っても所々に【イドラ】のマークが刺繍されており、洒落た雰囲気を醸し出している。息を短く吐くともう何が出てこようと驚かないと覚悟を決め重厚な扉をゆっくりと押し開けた。
音も無く開いた扉の先にはいくつかの皮張りの椅子が等間隔に並び、その横には給仕姿の職員が控えている。席は一つを除き全てが埋まっており、必然的に俺は空いている椅子の元へ向かう。
一歩歩き出すとスニーカーが床を鳴らし、その音に数人が振り返る。
その視線に何とも言えない気分になり、そそくさと席の方へ向かおうとすると、左隣の席の女性が立ち上がりこちらへと詰め寄ってきた。
俺何かやらかした……?
初めは何か怒らせるようなことをしたのかもと考えたが、どうやらそれは違うようだ。
この部屋の照明は暗めに設定されているためか、表情は覗えない。でも、不思議と怒気や不快感といったマイナスの感情は感じられなかった。
「Unn……Have you played BSD?」
「え? えーっと……イエス」
突然の事で驚いて反応が遅れてしまった。
いきなり英語で話しかけられるとは思ってもいなかったし。
目の前に立つ女性は、見え難いが淡い光に照らされた髪は光を反射し金色の光を放っている。視線の高さは俺とほぼ変わらないからこの人は女性にしては結構背が高いんだな。
「Oh! Your name?」
「えー……Im GENZI」
「Wow……GENZI!!」
「うわっ!?」
何が起きたのか分からぬうちに何かが胸の付近にぶつかった衝撃で背後に倒れ、そのまま床に倒れこむ。いたた、と起き上がろうとすると俺の上に何かが乗っていることに気が付いた。
どかそうと触れると妙に暖かく柔らかい。これは一体……。
「Hnm……」
ん?
変な声がしたような……
まさかとは思うけど、この俺の上に乗っているのって……
「sorry……」
消え入りそうな声で聞こえてきたのは少し艶っぽい声。
それを聞いた瞬間に俺は頭を抱えて悶えていた。
うわぁぁぁぁぁやっぱりじゃねえか!!
何て謝ったらいいんだ!? こんなことならもっと英語勉強しとけば良かった!
混乱して考えがまとまらず、ぐるぐると思考が乱れている中、先程のことをふと思い出す。俺がこのビルに向かうまでの間に使ったナビゲーション、あれは【パンタシア】の拡張機能だ。そして【パンタシア】には他にも便利な拡張機能が存在し、その中には確か――
「あ……」
多言語翻訳機能……。やっぱりあったのか。
俺は視界に表示される拡張機能の波の中から一つのアイコンをタップすると、再び目の前の女性にいつも通り日本語で話しかける。
「すいません、大丈夫ですか?」
「そんな気にしなくて大丈夫。こっちこそゴメンね?」
未だ床に座り込んだままの俺に対して伸ばしてくれた手を掴むと、ひょいと起き上がる。
「私がいきなり抱き着いたばっかりに……でも会えて嬉しいわGENZI。案外早い再会だったわね」
淡い光が照らしだした彼女の顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。