強欲ヨ全テヲ喰ラエ 壱
コンコン、と二回ドアをノックする。
しかし暖かな布団の温もりに包まれ熟睡中であろう兄にその音は届いた様子はない。
もう一度、今度は先程よりも強くノックの音がしたが兄が起きてくる様子はない。
「お兄ちゃーん!朝ご飯出来たってー!」
私は兄を起こそうと声を大きくし呼びかけるが起きてくる気配がないので、扉を開け部屋の中に入ると、ベッドの上で掛け布団を頭から被り熟睡する兄の姿があった。
「はぁ…お兄ちゃん、いつも朝は基本的にしっかり起きてくるんだけどな…」
ため息を一つつくと、兄の肩を揺さぶり、もう一度声を掛ける。
「お兄ちゃん!朝だよ!」
すると布団の中で芋虫のようになっている兄がもぞもぞと動くがやがてピタリと止まるとまたいびきが聞こえ始めた。
流石にこれだけ呼んで反応されないとイラっとしたので、兄が包まっている布団を強引に引き剥がした。
すると、流石に目を覚ましたのか、眠たげに目をこすりながら兄がこちらを向いた。
「んぁ…もう朝?」
そう言うと枕元に置かれたデジタル時計を確認する。
「ん…三時間半か、まあ十分かな…」
「もう、朝ご飯出来てるから早く食べないとお母さん怒っちゃうよ?」
「それはまずいな、よし急ごう」
昨日の一件で兄もお母さんを怒らせるとまずいということを学んだのだろう、先程までは緩み切っていた顔がいつもと同じ…とまでは言えないが大分マシな顔つきになった。
階段を降り、リビングに向かうと私はキッチンに、兄はテーブルに向かった。我が家では掃除や洗濯、洗い物に料理等の、家事を手伝うとその都度お小遣いとしていくらか貰えるシステムになっているので、私も例に習い朝食で使用した食器を洗っていた。
洗い物が洗い終わる頃になっても兄はウトウトとしながら食べていたためか未だに朝食を半分程度しか食べ終わっていない。それを横目に見ながら私は自分の部屋へと急いだ。
せっかくの何も用事のない休日だ。思いっきり楽しまないと損だろう。
自分の部屋に着くと、ベッドに横になり、UEOを起動した。
~~~~~~~~~
「続いてのニュースです。本日未明~~」
「はっ…!居眠りをしていた…」
「もう、健仁?寝不足になるくらい遊ぶのは体に良くないわよ?」
「ごめん、母さん。朝ご飯食べちゃうね」
止まっていた手を動かし、ニュースを見ながら朝食を済ませた。
「ごちそうさまー」
「健仁ーお母さん、今日は友達とジム行ってくるからお昼は冷蔵庫の中に入れとくわねー」
「OK」
さっきまで居たはずの亜三はおらず、父は部屋で何かやっているようだし、やはりうちの家族は少し変わっているように思う。
俺は父さんのインドアぶりが遺伝したのか小さい頃から部屋の中で遊ぶのが好きだった。逆に亜三はアウトドア派の母さんに似て小さい頃から活発に外で遊んでいたのを覚えている。
そんなことも相まってかうちの家族は食事の時以外では殆ど顔を合わせない。各々が自分のやりたいことをやっている。かといって、別に仲が悪いわけではない、むしろ仲は良い方だ。
今まで一度も両親が夫婦喧嘩をしている所を見たこともないし、この年代の子供は両親に対して反抗的になるというが別に俺と亜三は両親に対して反抗的な態度をとったりしていない。
さて、自分の部屋で椅子に腰かけながら何気なく確認したスマート端末には着信通知がきていた。差出人は勿論と言うべきか麟であった。
「なになに…」
内容をまとめると、つまりは一緒にゲームしようぜとのことだった。ただ、どうやらそれだけでなく一つのアドレスが添付されていた。
「うげっ…」
アドレスをタップすると一つのサイトに飛び、どうやら掲示板サイトらしきそこでは俺と麟と思わしきプレイヤーについて話し合われていた。まあ、どう考えても俺と麟のことだろうがまさかこんな風にして晒されるとは思ってもみなかった。
しかし、こうしてネットで晒されたのは初めてではない。BSDをプレイしていた際にも何度かネットに晒されたことはある。
初めはどうして良いものかと思ったがこういうことに慣れているプロゲーマー麟さんいわく、気にしたら負け、とのことだった。
「さてじゃあやりますか」
スマート端末をスリープ状態にするとUEOの世界へ向かった。
~~~~~~~~~
「お帰りなさいませGENZI様。先程よりも顔色が良くなったようで安心いたしました」
「少し仮眠をとったからな、それじゃあ行ってくる」
そこで昨日亜三に言われたことを思い出した。
「あ、エアリス、ちょっといいか?」
「何でしょうか?」
「俺はエアリスが毎回出迎えてくれるけどさ、それって他のプレイヤーもそうなのか?」
「………いえ、違います。GENZI様はプレイヤーサポート機能の試作型である私をテストするために偶然選ばれたのです」
「そうなのか、てことは今後エアリスみたいなNPCが各プレイヤーに追加される可能性があるってことか」
「その通りにございます。それではご武運をお待ちしております」
「ああ、行ってくる」
~~~~~~~~~
「これでよろしいのですよね、栄一様…」
GENZIの居なくなった真っ白な空間の中、人知れず呟く。ただその呟きは誰にも認識されずただその場を漂うばかり。
~~~~~~~~~
再び踏みしめた地、ここは確かカトレア連邦の東よりにある町だったはずだ。
まだ麟は来ていないようだったので新しくなったスキルについて確認しておくことにした。
UEOでのスキルはまず、大きく分けると二種類に分かれる。戦闘系か生産系か、だ。そしてその二種類からさらに分岐する。
俺の場合は生産系のスキルは一切取っていないので生産系は省略するが、戦闘系のスキルではアクティブスキルとパッシブスキルにまず別れる。
アクティブスキルというのはプレイヤーが任意で発動させるスキルのことで、その中でもアタック、ディフェンス、マジック、バフ・デバフと四種類が存在する。
逆にパッシブスキルとはそのスキルを取得していると自動でスキルを発動するスキルの事を指す。パッシブスキルにはそれ以上の種類分けはなく、全て纏めてパッシブスキルと呼ぶようだ。
現在の俺のスキルはレベルアップやジョブチェンジによって大分変化した。
Skill
Active
Attack:『一刀両断』『修羅の解斬』『スパイラルエッジ』『スピンスラッシュ』『ソードダンス』『羅刹 の救撃』『神判の裁き』
Defense:『転身』『トライアングルステップ』『舞踏』
Magic:『印』
Buff・Debuff:『ビーストハウル』『ウィンドスピリット』『インファイト』
Passive:『修羅の呪い』『羅刹の契り』『龍の血脈』
まあ、これでも大分減った方ではあるがそれでもスキルが多く感じる。あまり多いと戦闘中にどのスキルを使っていいものか悩んでしまうのでレベルアップの際などにもう少し纏まってくれないか、と期待している。
視線をステータス画面から少し上げると、こちらへ歩み寄ってくるプレイヤーが見える。
黒い布地に、ワンポイントとしてあしらった白い羽の目立つトリコーンを被り、腰には二丁のマスケット銃を下げ、貴族服を纏う少し怪しげな雰囲気の男。
「よお!よく眠れたか?」
言わずもがな麒麟のことだが。
「ああ、よく眠れたよ。ただ微妙な時間寝たから余計寝たくなったけどな」
「分かるわ~、それじゃあ今日はどうする?大分レベルは上げたし装備も整ったと思うけど」
「あ、そう言えば…」
忘れっぽい俺としてはよくあることだがクエストを受けていたのだ。それも飛び切り特別で途轍もなく面倒なユニーククエストを。
「麒麟、俺と一緒にクエストやんないか?」
「お、いいよいいよ、どんなクエスト?」
「行けば分かるよ」
俺の勿体ぶった様子に余計詮索意欲を刺激されたのか目を輝かせた麒麟は早く案内しろとせがんでくる。
「よーしOK、それじゃあ行くとするか」
街の中央にある転移石碑に触れ、行先を告げる。
「転移!グラスター!」
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「到着っと」
「グラスターかぁ…確かGENZIとクイーンビーを討伐するっていう緊急クエストをクリアしたところだよね」
「あー、あったな確かに。ただ今日向かうのはクイーンビーの居た木のさらに奥にある丘の上にそびえ立つ荒城だぞ」
「あの遠目から見えた城のこと?」
「多分それだよ、じゃあ行くぞ」
「我らの冒険へレッツゴー!」
俺達のやり取りで人目を集める前に早々に移動する。
あまり同じ場所に長居するとすぐに俺がGENZIだとバレる。今では俺と麒麟の二人が注目され始めているようだしバレる前に早々に移動するのが吉だと判断したからだ。
この付近のモンスターに手こずることもなく、快調に荒城まで辿り着くことができた。
門は開きっぱなしになっており、別に城自体が普通のプレイヤーでは入れない、ということはなかった。
城の内部に入ると、中は広いホールのようになっていた。周りを確認しながら、奥に進んでいくとゾンビが多数現れた。
「ちょっと肩慣らしでもしときますか」
刀を抜き放ち、相手に向かってスキルを使用する。
「『スピンスラッシュ』」
スキルを宣言するとシステムが動きを自動的に補助してくれる。体勢を低くし、回転しながら相手の懐に潜りこみ、腹部を両断して過ぎ去る。
丁度一回転する形となり、後ろを振り向くとゾンビの体は上下に分かれていた。
しかし…
「アアッアアァァァ…」
それでもなお、うめき声を漏らしながらこちらへ向かってくる。
「え?マジか、HPが0になっても死なないってアリ?」
すると光の線が俺の頬を掠め、前方に居たゾンビの頭部に直撃した。
「駄目だよGENZI、アンデッド系のモンスターはHPが全損しても核が残ったままだと死なないんだから」
「悪い、忘れてた。昨日戦ったとはいえ1、2体くらいだったからさ」
「しっかりしてくれよなー」
会話をしながらでも周囲に警戒を怠らず近づくゾンビたちを的確に排除していく。すぐにゾンビは消え去りホールには俺と麒麟だけが残された。
「それじゃあもっと奥まで探索しますか」
「そっすねー」
緊張感のない返事を聞き、城の内部を下から上へ探していったが特にめぼしい変化は無かった。ただ、メモ書きのようなものを発見した。
「えーと、なになに…“それは深く底に理性の鎖で縛られている。王よ努々忘れるなかれ、欲望は常にお前の後ろで口を開けて待っていると”だってさ」
「何だそれ?何かのヒントか?」
「前の文章はよくわかんないけど関係あるのは後ろの文章なんじゃない?」
「うーん…ああ…もしかしたらあれか…いや……OK、多分わかったと思う」
「マジ!?凄いなGENZI、俺にはサッパリ分からなかったぞ」
「多分だけどその王の後ろっていうのは玉座の後ろの事だと思う。そのメモ書きには常に、と書かれているから王が常にいる場所ってことになる。そうなるとやっぱり玉座の可能性が高いんじゃないかと俺は推理したんだが…どうかな?」
さほど玉座のある謁見の間らしき場所と離れた位置に居なかったので、今いる部屋から移動すると玉座の前に立った。
玉座の下に敷いてあった赤い絨毯をどけると、空中に舞う埃と共に床に溝があることが分かった。
「決定だな、この玉座を手前に引くと…!」
力をこめ、玉座を手前に思い切り引いた。
すると…
ガコン、という溝にはまる音共に、そのまま一気に手前に下がる。
「GENZI!お前の読み通りあったぞ、隠し通路」
「麒麟、多分ここからが本番だ、気合入れろよ…!」
「よし、分かった。それじゃあ行くか!」
「おう!」
隠し通路である階段を二人で降りようと踏み出した瞬間、俺達は落下していた。
「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!?」」
~~~~~~~~~
額に冷たい何かが触れたことで気が付いた。
「いつつ…ここは…」
辺りを見回すと洞窟のような場所だった。
横には松明が設置されている為明かりは確保されているが先は見えない程広い。
「おい、麒麟、起きろ」
「うん?ここどこ?」
「多分落下した先だと思うんだけどな…」
「洞窟っぽいけどどのくらい落ちてきたんだろ?」
「上が見えないから相当落ちてきたんだろうけど…とりあえず先に進もう。ここで考えててもしょうがない」
「そうだね」
壁際に設置されていた松明を手に持つと、それを持ち、先へ進む。
ある程度進んでいくと開けた空間に出た。そこは今通ってきた道よりもいっそう暗く闇が深かった。
松明で先を照らそうにも何も見えず、何があるのかも分からず、ただ人間の根本的な暗闇への、闇への恐怖だけを感じる。
「麒麟、このまま進もう」
「マジぃ?」
無言でうなずき返し歩みを進める。直進し続けたつもりだがもしかしたらどこかで曲がってしまったかもしれない。だがそれすらも闇の前では分からずただただ歩き続ける。
そして、麒麟がある異変に気付いた。
「なあ…GENZI…?何か聞こえないか?」
麒麟に言われたことで耳を澄ませてみると…
「………ハァ…ハ……ハァ……」
「確かに聞こえる…動物の呼吸音みたいだけど」
「この先に進めば分かるよ…多分…」
音のする方へ暗闇の中を進み続ける。
そしてついに音の元へたどり着いた。そこに居たのは人であった。ただ、四肢を鎖に繋がれ、身動きが取れないような状況で目を瞑り眠っているようだった。
「人?」
俺の声に反応したのかその男はこちらを向く。
「貴様ら、何を…しにきた早く…俺から離れ…!」
「俺は五輪之介の頼みで来たんだ」
「五輪之介?五輪之介だと?クククッ…ハハハハハハ!」
暗闇で分かりづらいが怪訝そうな顔を見せたあと、男は突然狂ったように笑いだした。
「あらかた俺のことを殺してやれとでも言われてきたのだろう?だがな、それは無理だ…」
「何故そう言い切れる?」
「何故なら…」
「え?」
「な?」
俺と麒麟はその場に倒れ伏した。一体何が起きたのか分からなかった、気が付いたら力が抜け、地面に倒れていた。
「こうなるからだ…ヒャハハハハハハハハハッ!!」
~~~~~~~~~
「マジか…」
「俺、初めて死んだんだけど」
「俺もだよ」
「はぁ…何アレ?明らかに今までのと次元が違うでしょ?」
「そら、そうだ…おいおいおいおい!嘘だろ?」
「ちょ、どうしたの?」
「麒麟、ステータスを見てくれないか?それで何か変わったところがあったら教えてくれ…」
「え?うん。………うっそぉ…俺のMPが0になってる…あとスキルが何個か消えてるんだけど…」