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Utopia Endless Online~音ゲーマニアがいくVRMMORPG  作者: 赤井レッド
ああ、剣虎よ!幾仟の剱と共に
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音ゲーマニアがスイートルームに泊まるようですよ


「あ~……頭いてぇ……」


キャリーケースをガラガラと引きずりながら健仁は片手で頭を抑える。

憎たらしい程に澄み渡る青空とは打って変わって健仁の顔色は優れない。

それもそうだろう。昨夜は結局一睡もすることがないまま午前四時ごろまでサイバーとブギーとの三人で『Beat Sword Dancer』をプレイし続けたのだ。


はぁ、と溜息をつきながら電車に乗り込むと夏休みにも関わらず席は閑散としており、健仁の乗り込んだ車両には片手で数えられる程の人数しかいない。

時刻は十二時三十分。丁度お昼時ということもあり、人が少ない。


席に座るとキャリーケースを腿の間に挟み込み、そのままキャリーケースにもたれかかる。一応昼頃まで睡眠をとったものの未だ拭えない疲労を取り除こうと、健仁は瞼を下ろした。



「――新宿、お出口は左側です――」


「んぁっ?」


車内に流れる車内アナウンスと扉の開閉音で目が覚める。

未だ瞼が開ききっていないまま立ち上がるとキャリーケースを持ち、ホームに降りると同時に扉が閉まる。


あー……新宿来たのは良いけど、こっからどうするんだっけ……?


首の後ろに取り付けられたウェアラブル端末によって、まるでゲームの中にいるかのように視界の右端に表示されるインターネットのアイコンをタップする。


確か駅から結構近かったような……


検索を掛けるとすぐにヒットした。どうやら駅を南口から出てすぐの場所らしい。

視界に表示されるナビゲートに従って歩くと、ほんの数分と経たずして宿泊予定のホテルに着いた。


「おおっ…………」


思わず視線を上に向け、感嘆の声が口から漏れ出る。

見上げても最上階が見えない程高く聳える銀の塔がそこにはあった。

はっ、と我に返るとキャリーケースを牽きエントランスに入り、再び俺に衝撃を与える。


煌びやかに輝くシャンデリアを模したライトと一目で上物だと分かる絨毯。

垣間見える大理石の床と、結晶を想起させる幻想的な柱が一層このホテルの風格を際立たせている。

呆然と立ち尽くしていると、若い職員の男性がこちらに近づいてきてキャリーケースを預かり、こちらです、と案内された。


「ご予約はされていますか?」


「あ……はい。神谷です」


「神谷様ですね……少々お待ちください」


フロントでテキパキと資料を調べる職員の女性もその姿が板についている。

その手際の良さに嘆息しているといつの間にか目の前に黒いカードキーが目の前に差し出されていた。


「神谷様のお部屋は最上階となっております。それではごゆっくりとお休みください」


丁寧にお辞儀をされ軽く会釈を返すと、先程の男性職員とは異なる初老の男性職員が案内を買って出てくれた。先導されるままにエレベーターに乗り込むと、エレベーターの中一つですら目が痛くなるほど光り輝いていたが、最早それが普通なんじゃないかと感覚が麻痺し始めていた。


扉に4001と書かれた部屋の前まで案内すると、初老の職員は最後にお辞儀をした後に戻っていった。それを呆然と見送った後、扉にカードキーを差し込み部屋の中に入った。


「うぉぉ……」


本日何度目か分からない感嘆の声をあげつつ部屋の中に入る。

背後でオートロックの扉が閉まるがそんなことは気にもならなかった。

部屋の中の品数は少なく開放的な空間が広がっていた。

およそ俺の知っている限りではこんな広いホテルの部屋を見たことが無い。


設置された皮張りの椅子やグランドピアノなどの部屋に設置された品々は数は少ないながらもそのどれもが最高級品なのだと分かる。

いつの間にか運び込まれていたキャリーケースはベッドの上に置かれており、中を無造作に弄ると手の感触だけで目的の物を取り出し、缶の口を開けると一気に飲み干す。

炭酸が喉をびりびりと痺れさせる感覚と、その風味による爽快感が一気に口内を満たす。


「っぷはぁ……」


もう、何が何だか俺には分からん。

だから考えるのを止めてALIENでも飲んで楽になろう……


黒や暗い色の木製のインテリアを基調とした部屋を見回し再び溜息を漏らす。

最上階ということもあり、恐らくこの部屋はこのホテルの中で最も良い部屋、いわゆるスイートというやつなのだろう。


オウガさんから『UEO』内でVIPチケットを貰った翌日に我が家には封筒が届いた。

黒い高級感のある封筒には『UEO』の製作元であるイドラのマークが付いており、中には披露会のVIPチケットと共にこのホテルの宿泊券が入っていた。


ホテルの宿泊券まで付けてくれるなんて親切だなぁ、何て考えていたがそういう次元を超えていた。まさか高級ホテルの、しかもスイートを無料で止まらせるとは……


「イドラ……半端ないって……」


黒壇色をした木製のテーブルを確認すると、そこには資料というには薄いパンフレットのようなものが置かれていた。

手に取って確認してみると、そこにはこのホテルの設備について書かれていた。

ざっと目を通したところ、サロンやらスパやらバーやらジムやら……

数えたらキリがない程の設備の情報が網羅されている。


最後の方に書かれていたWIFIのパスワードを持ってきた電子機器に登録するとそのままベッドに寝転んだ。紙に書いてあった情報によると夕飯は午後の六時から九時までの間に一階の食堂でバイキングが食べられるとのことだったからそれまでの間はゆっくりしていよう。


おもむろに横に置かれたキャリーケースに手を伸ばすと、VRヘッドセットを取り出し、頭に装着した。やっぱりこれを付けていると安心する。


時刻を確認すると、今は午後三時過ぎ、夕食まで最短でも三時間はある。

この時間を使って『BSD』をまたやろうかとも考えたが、流石に昨日あれだけやったのでお腹いっぱいだった。そのため最近プレイする回数が減ってしまった『UEO』をプレイすることに決めると、目を瞑り体が柔らかいベッドに沈み込んでいく感覚を楽しみながら意識を手放した。





瞼を持ち上げると視界に広がるのは白い空間。

広大な空間の中ポツンと存在する扉と、それに寄り添うメイド服を着た女性が一人。


「お帰りなさいませ、GENZI様。お久しぶりですね」


「ああ、久しぶりだなエアリス。最近はインするときも落ちる時も顔を見せなくなったからどうしたのかと思ってたけど特に変わりは無さそうだな」


エアリスはとてもAIとは思えない笑顔で申し訳ありません、と言うと表情を改め、真剣な面持ちで口を開いた。


「GENZI様は既に二体のユニークモンスターを討伐し、いったいのユニークモンスターを撃退しました。そして、自分がどのような立場になったのかも薄々理解し始めていると思います。今後のことを決めるのはGENZI様自身ですが私から、一つアドバイスをさせていただきます。次にGENZI様が向かうべきは光芒(グアンマァン)帝国に聳える剱刃山脈かと」


やけに具体的なアドバイスだな……

それにここまでの俺の行動も完璧に把握している。

本当にエアリスって何者だ?


「何で剱刃山脈なんだ? あそこなら一度俺も行ったことがあるけど、別に名持ち(ネームド)モンスターがいただけだったぞ」


「詳しいことはお話しできませんが、GENZI様が導き手としての役目を果たそうとするなら避けては通れない道だと思います」


「そうか、覚えてくよ」


「はい。それではご武運をお祈りしております」





リスポーンしたのはバルバロス帝国の首都バルバロス。

ユニーククエストで【ウェネーウム】と散々関わったこの忌々しい土地に俺は再び戻ってきていた。

俺達がクリアしたユニーククエストのことはあの後かなり争議になった。

それもそのはず、あの時街に居た人々は訳も分からないままにクエストに巻き込まれたのだから。NPCの方は【ピュトン】の言った通り記憶が抜け落ちたようにあの出来事を忘れている。だけどプレイヤーはそうはいかない。


そのことで運営に対して抗議する声は多数上がった。

でも実際の所運営は一切の罰も受けていなければプレイヤー達への謝罪がされることも無かった。それは何故か。理由は簡単だ。


あのイベントが起こる前に街の中に居たプレイヤー達全員にこれからこの場でユニーククエストのイベントが起こるという旨のメッセージが届いていたのだ。

そしてプレイヤー達はそのメッセージに同意した。そのため悪いのはメッセージを受諾したプレイヤーということになりその抗議は敢え無く終了した。


「おっと……ここだったな」


灼熱の砂漠を駆け抜け着いたのは洞穴のような洞窟。

中に入ると外の砂漠とは打って変わって肌寒い空気が流れている。


じゃり、と砂を踏みしだく音とざらら、と砂の上を這いずるような音が洞窟の奥から響いてくる。明らかにプレイヤーのものとは異なる音に警戒もせずにむしろ音が聞こえてくる方向へ歩み寄っていく。

何かがこちらへと勢いよく飛び込んできた。


「うおっ!」


その勢いに負け、俺は後方へと倒れると咄嗟に閉じてしまった目を開ける。


「久しぶりだな。前よりも大分デカくなったんじゃないか?」


『……それはそうだろう……某達も力を取り戻すため努力している……』


『そういうわけだ。ここまで力を取り戻すのが一番骨が折れた。ここからはある程度力をつけることができたから少しは楽になる』


胸の上に覆いかぶさる体長三メートルはあろうかという巨大蜘蛛と、左腕に巻き付く全長が見えない程長い蛇。それはほんの一か月前に分かれた二匹の戦友だ。

たった一ヶ月の間に大分大きくなり、種族名が変わっている。

それはつまり進化をしたということだ。


『聞いてくれ人の子よ。蜘蛛と言ったら――』


『……それは聞き捨てならない……蛇はあの時――』


二匹の苦労話や愚痴を面白おかしく聞いている内に時間は流れ、いつの間にか夕食の時間になってしまっていた。


「悪い、そろそろ戻らないといけないから今日は帰るわ」


『……む……すまないな、某達の話が長いばかりに……』


「気にするなって。じゃあまたな」


『次に会うときにはさらに力を蓄えておこうぞ!』





ログアウトするなり食堂へと向かった俺は、栄養バランスなど考えずただひたすらに自分の食べたいものを食べた後、自室のシャワーを浴び、バスタオルを巻いたままベッドに転げ落ちるようにして眠りについた。


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