音ゲーマニアが夏休みに入ったようですよ
燦燦と陽が照り注ぎ、入道雲が昇る空の下。陽によって高温に温められた体育館の中、生徒たちは集められていた。
壇上の上でマイクを片手に熱心に初老の男性が話している中、ついに長々とした話は終わり生徒たちが続々と校舎へと戻る。
「はぁぁぁぁ……話長くないか……?」
「それなぁぁ……」
大きく溜息をつき、健仁と麟は机に抱き着くように突っ伏した。
男子達が教室に入った後、続くようにして女子達が教室の中へと雪崩れ込む。
「確かに校長先生の話は長かったですけど、これでもう夏休みじゃないですか」
背後から声を掛けられ健仁が体勢そのまま顔だけを後ろへと向けると、そこには苦笑いを浮かべるクロエの姿があった。
「星……クロエは確か夏休み中は家族とフランスに帰るんだっけ?」
「はい。フランスの御祖父様と御祖母様の所に顔を見せに」
「旅行ではないにしろ、それでも海外に行くっていうのが羨ましいな」
笑みを浮かべる健仁と微笑み返すクロエが何とも言えない空気を醸し出す。
その二人の話の間に入るようにして、麟が顔をぐいっと突き出した。
「ちなみに俺も海外行くぜぇ。俺の場合はゲームの大会だけどな~」
主に健仁の方を向いて、どうだ羨ましいだろう、とドヤ顔を決める目の前の親友に対し、いつもならイラっとする健仁だがこの時ばかりは笑みを浮かべていた。
「おー行ってらっしゃい」
「あ、あれ? その、羨ましくない……?」
思っていた反応と違ったためか麒麟は思わず聞き返すが、健仁は全く気にならないとばかりに傍から見ても余裕だと一目で分かる笑みを浮かべる。
「俺も海外では無いけど用事があってさ」
「健仁君はどこに行くんですか?」
「ん? ああ、それは――」
蝉の鳴く声が響き、青空には燦燦と照り付ける太陽と白い入道雲が聳える季節。
衣替えをした健仁達は各々が自分の夏休みを満喫するべく、帰路へと着いた。
さて、と。
家に帰ってきたことだし荷造りでもしますか。
冷房のよく効いた自室の中、俺は荷造りを始めていた。
それもそのはず、俺の用事があるのは二日後なのだから。向かうのは東京都新宿区。
俺は前日である明日に赴き、既に予約されているホテルに泊まる予定だ。
「ふん~ふ~ふふふ~ん」
思わず鼻歌を歌ってしまう程に、年甲斐もなくはしゃいでしまう。
でも仕方ないことだと思う。
だって、明日俺が向かうのは俺が勉強時間も食事の時間も睡眠時間さえも削ってまでプレイし続けた『Beat Sword Dancer』の正統後継作である、『Beat Sword Dancer Evolution』の披露会なのだから。
「よし、と」
荷造りとは言っても宿泊するのはたった一日だけなので、一日分の着替えやその他諸々の必要な物を詰め込んでも小振りなスーツケースの中には余裕があった。
思いの外空間が余ってしまったので、その空間の中にVRヘッドセットを納めると丁度いいぐらいにスーツケースが埋まる。
明日が楽しみで楽しみで仕方がない。
浮き立つ気持ちを抑えきれず、おもむろに部屋を出ると糸で手繰り寄せられるようにキッチンへと吸い寄せられる。そのまま流れるように冷蔵庫の中からALIENを取り出すと、一思いに飲み干す。
「……っぷはぁ! よしっ! こういう時は音ゲーをやるに限る!!」
ALIENによって冷め止まぬ興奮と期待ではち切れそうだった期待がさらに強まり、小走りで階段を駆け上ると、俺の部屋の向かい側の扉がギィと音を立てて開かれる。
扉の端を掴み顔だけを覗かせたのは妹の亜三だった。
「……お兄ちゃん……ちょっとうるさいよ……」
ジト目で睨まれ、いつもなら即座に謝るところだが今の俺はいつもとは一味違う。
「いやね、俺もうるさいとは思ったんだ。でもさ、この興奮と期待する思いは強まる一方で全然止まないんだ。それどころか明日が近づくにつれてどんどん強まってる。亜三だって経験あるだろ?」
矢継ぎ早に間髪を入れる隙も与えず濁流のように畳みかけると、ぐぬぬ、と呻きまだ何か言いたそうにしていたが諦めたのか亜三は扉を閉めた。
扉を閉めた後に扉越しにだが、あんなにはしゃいでるお兄ちゃんなんていつも見られないから脳裏に焼き付けないとっ!! という声が聞こえてきた気がしたがきっと気のせいだ、うん。
ハプニングは起きたが無事に自室へと戻るとベッドに横になり、いつもVRヘッドセットが置いてある机へと手を伸ばす。
「あ……そうだ、忘れてた……」
ついさっきいつも使っている方のヘッドセットはキャーリーケースの中に詰め込んでしまったので、以前使っていた方のヘッドセットを机の奥底から取り出し埃を払うと頭に装着する。
明日に備えて久々にやるか。
プレイする音ゲーを決めると、再びベッドの上に仰向けに寝転び、そっと瞼を下ろす。視界が閉ざされたことによっていやでも敏感になった耳に心臓が脈打つ音が聞こえてくる。
体を火照らせ鼓動を早まらせ、『Beat Sword Dancer』の世界へと旅立った。
久々に降り立った『BSD』のロビーは、全盛期の時の如き賑わいを見せていた。
ここに集っているプレイヤー達の気持ちは痛い程分かる。
こんな神ゲーの新作が発売されるとなれば待ち遠しくてしょうがないだろう。
そして冷め止まない興奮をこうして『BSD』の世界で晴らしているんだ。
ロビーに降り立ち懐かしさを噛み締めるように瞠目していると、背後から何者かによって視界を塞がれる。視界が遮られるのと同じく背後から声を掛けられる。
「だ~れだ?」
その声には聞き覚えがあった。
日本語ではない外国語を日本語に翻訳するために少し変わった独特のイントネーションで話すアイツしかいないと記憶の中から探し当てると、名前を呼ぶ。
「ブギー、だろ?」
俺が応えると、視界を遮るように瞳を覆っていた手が外れ、瞳に眩しいネオンの光は入り込んでくる。いきなり明るい光を見たため反射的に目を細めたまま、後ろを振り返る。
そこに立っていたのは予想通り、金色の長髪を靡かせる長身の男が悪戯っ子のような笑みを浮かべて佇んでいた。
「だいせいか~い。GENZIも来てると思ってたよ」
「俺もだ」
お互いに握手を交わした後、恒例であるハグを済ませる。
「GENZIは明日日本で行われるっていうBeat Sword Dancer Evolutionの披露会を見に行くの?」
「あったり前だ。俺はVIP席で観覧してくるぜ」
「えっ!? VIP席ってマジ!?」
「ってことはもしかして…………」
突然独り言を言い始めたブギーにどう接していいものか迷ったが、すぐに先程同様の悪戯心を持った顔を見せた。
「んふふ~なるほどねー」
一人何かを悟ったように得心のいった顔をするブギーに対し疑問は抱いたが、特別言及するわけでもなく、その後も他愛のない話を続けた。
その話の中でブギーとまたデュオをやることになり、丁度始めようとしていると、フレンドがオンラインになった際に流れるピロンという軽快な音が鳴る。
誰がオンラインになったのかと確認してみると、サイバーの文字が緑色に点灯している。
「お久しぶりですGENZIさん」
「どうもサイバーさん。サイバーさんも明日の披露会の発表が待ちきれなくてビートを刻みに来た感じですか?」
はは、と笑いながらサイバーさんは爽やかな笑みを浮かべた。
「もう既に大人だというのに、年甲斐にもなくはしゃいでしまって。そのままインしたという訳です」
「やっぱり皆、考えることは同じなんですね」
丁度俺とサイバーさんの話が一区切りついたタイミングでサイバーさんと俺の隣に立つブギーの視線が交差した。
そう言えば二人共初対面だよな。
ここは共通の知人として俺が紹介した方が良いか。
「サイバーさん、こっちのデカいのが――」
「ブギーってもしかして……あの、キャラネームの由来はもしかして、アメリカの天才ピアニストからとったものですか?」
その発言に目を大きく見開いたブギーは、そうですそうです! とすぐに反応を返し、いつの間にか二人は打ち解けてしまった。
俺、いらなかったやん……
その後三人で夜が更けるまでぶっ通しでプレイした。