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Utopia Endless Online~音ゲーマニアがいくVRMMORPG  作者: 赤井レッド
踊れ!砂塵と唆毒の狂騒曲
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毒蠍ヨ侵シ蝕ミ唆セ 弐拾陸


「……嘘だろ……?」


「どうしたんですか……っ! これって……」


先行して歩いていた俺とクロエはその光景を先に目にする。

後から続いてきた麒麟とぽてさらが、立ち止まった俺達に追いついた。


「何だよ、急に止まったりして……って、これ!?」


「オアシスが……()()()()?」


ほんの先程、俺達がこの広場を通った時は確かにあったはずの澄んだ浄水が忽然と姿を消した。元々オアシスのあった場所に見える地面は、まるで何年も日照りを受けたかのように乾燥し、ひび割れている。


そして、その中央には【ウェネーウム】が佇んでいる。

腕には男性が抱かれており、こちらからでは判別しにくいが、男性の拒否を物ともせず、強引に接吻を行っているように見える。


「不味い……! 行くぞ!!」


このままじゃあの男の人も誘惑(チャーム)状態になってしまう。

俺やクロエが走って近付くのでは遅すぎる。麒麟とぽてさらに合図を出そうとしたが、二人はそれを待たずして既に攻撃を開始していた。


ほぼ同時に放たれた弾丸と水の刃は、【ウェネーウム】に接近したところで、接尾によって掻き消される。


ようやく唇を離した【ウェネーウム】は、ふうと息を吐きこちらに向き直る。

月明かりによって照らされる艶やかな唇を舌なめずりしながら、得物を見つけた捕食者のような瞳でこちらを見つめる。


その唇を【ウェネーウム】は震わせた。


「また、会ったわね? いえ、貴方たちと話すのは今が初めてよね……ふふ」


流暢に、すらすらと言葉を述べるその声は、聴いているだけで心が癒されるのを感じる。

甘く、甘えるような。それでいてこちらを誘惑するような魔性の声。


「改めて自己紹介するわ。私は『色欲(アスモデウス)』。色欲の【アスモデウス】よ。今の今までは中々体の主導権をこの子が渡さないから表に出てくることが出来なかったの」


自分の体に手を這わせながら【アスモデウス】は続ける。


「力を貰って、ようやくこうして表に出てくることが出来たってわけ。そんなに目を見開いて、私の顔に見惚れちゃったのかしら?」


ふふ、と艶美に微笑む【アスモデウス】の問いに答えている余裕などなかった。


何だ?この感覚は。さっきから体が、おかしい。

全身が火照って体が熱い。

それにアイツの声を聞くたびに鼓動が早まって胸が締め付けられる。


それは俺以外も同じなのか、近くで三人も顔を上気させ、胸を抑えているのが目に入る。

不味い、アイツの、【アスモデウス】の声をこれ以上来ていたら駄目だ。

それとは背反するように体はその心地よい声を聞いていたいと動く気配を見せない。


「動けぇぇぇぇぇっ!!」


己の枷を外すように強固な精神力で誘惑の鎖を断ち切ると、【アスモデウス】の元へと疾駆する。駆けながら、右手で『狂い桜』の鍔を僅かに押し上げる。

間合いに入ったっ!


その白く伸びる腕を断つつもりで斬りつけたが、一瞬の内に距離を離され刀は虚空を切り裂く。動く前に口が僅かに動いていた。

あれは恐らく風の精霊魔法。【ウェネーウム】ではない、【アスモデウス】となった今の状態でも精霊魔法を使えるということか。


「大丈夫かっ!!」


背後の三人に向けて叫びながら、庇うように前に出る。

大丈夫という声が背後から聞こえてくることに僅かに安堵しながら視線の先に構える蠍のことを睨みつける。


「もう、そんな怖い顔しないで頂戴? せっかくの整った顔立ちが勿体ない――」


「『蒼氷創生』ッ!」


「『ザ・キャノン』ッ!!」


頭上を覆いつくすほどに巨大な氷が【アスモデウス】の頭上へと出現。

それと同時に氷塊の元に飛んでいったのは紅く燃える炎をその身に纏わせた巨大な銃弾。銃弾が氷塊に被弾するよりも先に、その熱量で巨大な氷塊が瞬時に溶け出す。


「――ふぅ……私、話を聞かない人間は嫌イヨ?」


その声音に場が凍り付くような錯覚を覚える。

背筋を蠢く触手がなぞるような不気味さが体を駆け回る。

だがそれも一瞬の事。これまでの態度を一変させた【アスモデウス】は弱点である水に包まれ、その姿を消した。


滝のように降り注ぐ大量の水が、俺達の所まで流れてくる。足首の辺りまで浸った水によって僅かに冷たさを覚える。


「……やったか……?」


何気なく、特に何のいともせずに出た言葉に対して麒麟とぽてさらが物凄い勢いで近寄ってくると、これでもかというほどに顔を近づけてきた。


「おいっ! 馬鹿野郎! それはやってないフラグだ……!」


巨大な爆発音が前方から炸裂する。

それはあの空中に出来た滝の中、【アスモデウス】の手によってのことだと理解するのに時間は労さなかった。


【アスモデウス】は己の体に黒い炎を纏い、水の中を悠然と歩いてこちらへ向かってくる。

その体には行ってきたりとも水滴はついていない。

体に纏う黒炎のあまりにも高い熱が近づく全ての水を蒸発させている。


「そんなのありかよ……!」


「ふふ、残念だけど【アスモデウス】としての力を取り戻した今の私にとっては弱点なんてものは無いも同然よ。それじゃあ、お返しといこうかしら」


【アスモデウス】がその手に握る大杖を振りかざすと、大量の魔法陣が展開される。


「お願い精霊さん」


その声に応えるようにして、大気が震えた。

そう、感じ取った瞬間だった。決壊したかのように魔法陣が割れ、大量の水が溢れ出す。

俺達の頭上から降り注ぐ水によって、水没させられる。


息が出来ない……!

一先ず水面に出ないと……ッ


その一心で辺りを見回し、水の中を脱しようと水に濡れて重い体を懸命に動かしながら脱出を試みる。水面を目前にしたところで体が後方へと引っ張られる。

いったい次は何だ!?


体が上へ下へ、右へ左へ縦横無尽に動き回る。

まるで水の中に水流が生まれたように巨大な力によって体が流される。

駄目だ、このままだと本当に息が……ッ!!


「……ぶわっ……!」


肺の中に取り込んでいた空気が一気に吐き出され、代わりに大量の水が口や鼻から入り込んでくるのが分かる。

気持ち悪い……クソ、このままだとマジで不味いぞ……


周りで水の中を揺られる仲間たちの姿を視界の端に捉えながら考えていると、水の中を眩い光が駆け巡った。そして、光と共に水が水風船を割るようにして破裂した。


「……っはぁッ!!」


肺がはち切れんばかりに大きく息を吸い込み、肩で息をする。

どうやらぽてさらが何とか魔法を使って対処してくれたみたいだ。

それにしても……


ちらりと【アスモデウス】を一瞥する。

落ち着ききった様子でこちらに妖美な笑みを向けてくる美女。

イラーフ飛泉で戦っていた時と何ら変わらない。だが、少なくともその力は、何倍にも膨れ上がっている。

たった一度の魔法を受けただけでそれを肌で感じ取ってしまった。


背後から声が聞こえてくる。初めは何かを呟くような独り言だったが、次第に声量が大きくなり、【アスモデウス】に対して叫んだ。


「――あり得ないっ! お前の種族は悪魔。それだというのに何故、精霊魔法が使えるんだ!!」


その叫びはぽてさらのものだった。

焦ったような声で急き立てる姿はいつものものからは想像できない。


「あら? 貴方、その目……どうしてか分からない? ふふ、それはね。私の体が精霊たちの愛娘、『()()』の【ウェネーウム】のモノだからよ」


唖然として口を開いたままのぽてさらに興味を失ったのか、【アスモデウス】の瞳は泳ぎ、クロエの元で止まる。


「悪魔でありながら、精霊の愛娘の体を持つ私だからこそ、こんなこともできるのよ」


そう言うと、瞳を閉じ、目の前に手を突き出す。

手の元に徐々に翠色の光子が集まっていったかと思うと、薄緑色のベールを纏った小さな妖精が姿を現した。


「これが風の上位精霊、そして――」


そっと手に乗せた精霊を顔に近づけると、ちゅっと軽く口付けをする。


まさか、とは思ったが俺の予想は当たっていた。【アスモデウス】の唇が触れた妖精は羽を羽ばたかせて飛びまわり、落ち着きを無くした様子で光り輝いている。


「精霊さん、お願い」


風の精霊は、その手に風を巻き付かせ、風を圧縮したかと思うとそれを一気に放出する。

放たれた瞬間に大気を巻き込みながら風は巨大化する。

それはクロエの元へと降り注ぎ、咄嗟に出したその盾を貫いた。運よく体に当たることなく通り過ぎて行ったが、背後で岩を砕いたような破砕音が鳴り響いた。


「こんな風に誘惑(チャーム)と組み合わせることも出来るのよ」


ふふ、と笑う【アスモデウス】の横顔をただ、呆然と見るほかなかった。

戦いを始める前に、こんなことは考えたくもない。

だけど、頭の中をよぎってしょうがない。


俺達は、本当にこんなユニークモンスター(化け物)に勝てるのか? と。


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