毒蠍ヨ侵シ蝕ミ唆セ 弐拾弐
「俺の相手はーっと……お前かよぉ」
シュルルと細長い舌を巻き、その巨体をうねらせている巨大な蛇に視線を向ける。
体の大半は渦巻き状に体を蟠らせている。その巨体故に、とぐろを任せていてもその体が全て収まりきらず、尾を断崖の上へと伸ばしている。
大地が窪んだような地形をしているこの滝壺の半分以上をその体が埋め尽くす。
「『蛇神』【サンド・スネーク・エルダー】か。こんな馬鹿でかい奴の相手をしなくちゃいけないとか……まあ討伐するってわけじゃないし、時間稼ぐだけだし、何とかなるし……」
「シャルァァ!!」
こちらが銃を抜くのと同時に【サンド・スネーク・エルダー】はこちらを威嚇。
そんなものを物ともせずに引き金を引く。
手に響く反動をSTRで抑えつけ、目前に構える大蛇の紫水晶の瞳を狙う。
「『『ダブルファイア』』」
両の二丁銃を横に構えて同時に射出された銃弾は大蛇の目の前で消え失せた。
突然弾丸が消えたようにも見えたが、俺はその瞬間を見逃してはいなかった。
「アイツ、今息を吐いたよな……?」
見間違いでなければ大蛇は銃弾が眼前に近づいた時、大きな口から吐息を漏らしたように見えた。そしてその吐息に触れた瞬間、銃弾がドロドロに溶けだした。
「キシャァァ!!」
大蛇は潜る。石畳を貫き、細砂の中へと。
その巨体は唸りをあげながら回転するように砂の中へと吸い込まれていく。
目前の大蛇が砂の中へと潜ろうとするたびに地面が酷く振動する。まるで地震起きたかと錯覚するような震動は、足場をよろめかせるには十分だった。
完全に砂の中へと姿を隠した【サンド・スネーク・エルダー】が砂の中を移動していることが地面の震動から伝わってくる。
俺にGENZIみたいな音で相手の居場所を突き止められる能力とかあれば良かったのになぁ……
何て思っていると、その巨体を除く瞬間は突然やってきた。
「……ッ!」
震動が強まり、地面が隆起する。
間違いない、そこから大蛇が姿を現す。そう考え、照準を隆起した地面のすぐ上に置いてから愕然とした。
隆起した地面がそこの一か所だけではないのだ。
俺を包囲するように地面が隆起し、今にも爆発しそうなほどに膨れ上がっている。
一体どこから来るんだっ!
右?左?それとも後ろか?
一旦距離を置くことも考えたけど、それは出来ない。
俺が移動すれば必然的にこの大蛇も俺の後を追いかけてくる。そうなればこの狭い滝壺の中が混乱に陥る。
他の三人の仲間にかかる迷惑のことを考えると、この場でどうにかせざるを得ない。
これまで大きく振動していた地面が静寂を覚える。
一瞬の静寂を破ったのは地面を爆発させたように砂の中から飛び出た大蛇だった。大蛇は大量の細砂を空中に撒き散らせながら、こちらに大口を向けて跳び込んでくる。
「『霧隠れ』ッ!!」
大蛇が俺の姿をした霧を口の中に頬張り、飲みこむ。
危なかったぁ……あと少し判断が遅れてたら間違いなく俺の未来は今のデコイと同じものだっただろう。過程は危なかしかったけど、結果は最高と言ってもいい。
【サンド・スネーク・エルダー】は俺のデコイを飲みこみ、俺のことを殺したと思い込んでいることだろう。その達成感、それは心の隙を生む。
いかなモンスターと言えど完全に注意から外れた相手に気付くことは出来まい。
声を押し殺し、ひっそりと口の中で声を響かせる。
「『チャージング』」
ゆっくりと、奴に気付かれることなく。
「『チャージング』」
音を立てずに死角の中で。
「『オーバーチャージ』」
準備は整った。こちらに背後を向け、大蜘蛛の元へ向かおうとする大蛇に俺は二丁の銃を構える。そして呟くようにスキルを発動させる。
「『ザ・キャノン』」
パッシブスキル『鷹の目』の効果で強化した視力は見逃さなかった。
奴の背の鱗の中、一つだけ模様が違うものがあることを。
弾丸はその鱗に向かって音を立てずに直進する。弾丸が鱗に触れる寸前でさらにスキルを発動させる。
「『インラージメントバレット』」
スキルの発動を受けて、射出された弾丸が巨大化する。
その大きさはさながら大砲の様で。鱗に触れた瞬間に弾丸は炸裂する。
爆音と衝撃波が辺りを駆け回り、さしもの大蛇もその場で地面に倒れ込む。
銃弾が鱗を穿った時のあの感覚、恐らくあの鱗は奴の弱点。
所謂逆鱗という奴だったのだと思う。
視界を奴の頭上へと移し、残存HPを確認すると、まだ八割は残っている。
それはつまり今のような完全に決まった、と思える攻撃を最低あと四回は繰り返さないとこの大蛇を討伐することは出来ないということだ。
「あ~……うん。これ駄目な奴や……」
むくりと大蛇がその背を震わせる。
巨体を跳ね上げながらその体を起こし上げると、こちらを睨みつけてくる。
怒り心頭といった具合で威嚇すると、猛スピードで突進してきた。
「時間まで逃げ続けまぁ~す!!」
全力の逃亡劇を開始した。
♦
「私の言葉は通じていますかっ!」
視線の先に聳え立つ巨大な蜘蛛に声を張り上げるが反応は返ってこない。
そもそもGENZI君以外の私達には、例え言葉を返されたとしても返されたということに気付くことすら出来ない。
その場でじっと大蜘蛛の反応を待つ。大蜘蛛が動いた。
だが、それは言葉を理解し合うことができたのではなく、その返答は純粋な暴力によるものだった。
聳え立つ脚が、私の頭上へと迫り、上から下へと落とされる。
後ろへバックステップを踏むことで回避。石畳を貫通した脚が引き抜かれる。
「……そうですか。残念です……」
鞘に納めていた長剣を引き抜き、大蜘蛛へと切っ先を向ける。
「行きます……ッ!」
姿勢を低く、状態を前傾させ素早く距離を詰めるよう疾駆する。
相手は足の長さだけでも約十メートルは下らない巨体を持っている。巨体ということは、その分動きも遅くなるはず。
踏みつけるようにして大蜘蛛の足が振り下ろされる。
盾を使って受け流し、速度を落とすこともなく難なく進み続ける。
その体から地面へと斜めに伸びる長い脚。その足下に着き、先を見上げると改めてこのモンスターの巨大さを見せつけられる。
それがどうしたっていうんだ。
GENZI君だって、麒麟さんだって、ポテだって。全員が強大な敵と戦っている。
それなのに私だけが、蜘蛛が大きくて怖いから、などと言って逃げ出すわけにはいかない。
元々の蜘蛛に対して感じる生理的嫌悪感を抑えつけ、深呼吸をすると、再びを加速し駆け始める。目指すはこの先、大蜘蛛の背の上。
大蜘蛛の脚を駆け抜けていると、それが気にめさなかったのか、巨体を暴れさせる。さながら幼児のようなその激しい動きに、振り落とされそうになるのを大蜘蛛の体毛を掴んで何とか凌ぐ。
体を引き上げ、再び坂を駆け登る。
次に待ち受けていたのは更なる脅威。
それは今命を助けられたばかりの奴の体毛だった。ある程度登った辺りから体毛の中に、色が異なるものが混じり始めた。
初めは偶然見つけただけだったが、その体毛に触れた瞬間、体に電気が流れるような衝撃と三秒程の麻痺と毒を受けた。
黒い体毛の中に僅かに茶色味を帯びた体毛には注意が必要だ。
「クルシャルゥゥ……」
自身の体を這い上がってくる虫を潰すように、不機嫌そうに威嚇した大蜘蛛は足を乱暴に振り回す。さらに猫の毛が逆立つようにして、大蜘蛛の体毛もピンと逆立つ。
その体毛は一本一本が硬く、故に逆立った体毛は鋭く私の体を何か所も貫いた。
「くっ……」
大蜘蛛の背は既に目と鼻の先だというのにこれでは身動きが取れない。
UEOでは痛覚遮断機能というものが実装されており、基本的にはオンになっている。
「……ッ普通に歩いていくのは無理そう、ですね……それならっ……」
大蜘蛛の逆立った鋭い体毛に貫かれ、未だヒリヒリと痛みに似た衝撃を感じる純白の翼を羽ばたかせ、空を舞う。空中に滞空していられる時間は僅か五秒。それまでの間にどこまで辿り着けるかが勝負だ。
「……ッ!!」
空を舞い、大蜘蛛の背中へと降り立とうとした時、背後に衝撃が走る。
ダメージは無い。ただ、身動きが取れず、僅かに見えるのは白い何か。
まさか……糸……?
蜘蛛と言えば糸を出すものだ。それはUEOの中でも変わらない。
私がこれまでに戦ってきた蜘蛛型のモンスター達も決まって蜘蛛の糸を使って相手の行動を封じたり、自身の身を護るために使っていたりした。
粘糸に翼を絡めとられ、翼を封じられた私は大蜘蛛の背に向かって落下していく。
不味い……このままだと私は勢いよく、あの針のような体毛に貫かれることになる。
しかもよく見れば大蜘蛛の背の体毛は全て茶色を僅かに帯びた体毛だ。つまり、あれら全てが毒を持っているということになる。
「……ッ仕方ない!」
翼を解除すると、体に絡みついていた粘糸が奇麗に消え去る。
これで体が動くようになった。後は……駄目だ、考えている時間なんて無い……!
「『セイントブレード』!!」
空中で光の斬撃を放ち、その反動で僅かに落下位置をズラす。
それでも逆立った体毛の生い茂っていない頭部には程遠い。
だけどこれでいい。むしろこの位置が良い……!
足を一本の体毛が貫くを感じるが、それは甘んじて受け入れる。
唯一この体毛だけが他のものとは違って普通の体毛だった。だから。
「はあぁッ!」
体毛が足を貫いてい事を理解しながら、思い切り鋭く尖った体毛の先端を蹴り、頭部目掛けて跳んだ。
陸上の選手が幅跳びをするときのように、腕と足を回し宙を駆ける。
「とど……けぇぇぇ!!」
私が大蜘蛛の頭部へ着地した瞬間、大蜘蛛の体毛は全てしな垂れる。
そして激しく暴れまわっていた動きを止めたのは大蜘蛛だけでなく、あの大蛇もそのようだった。
二匹が振り返り、見つめる先はただ一点。
そこには、【ウェネーウム】とGENZI君の姿があり、GENZI君はその手に持った刀を深々と【ウェネーウム】の胸に突き刺していた。




