毒蠍ヨ侵シ蝕ミ唆セ 弐拾壱
「な……」
『蜘蛛神』と『蛇神』。この二体は確かイラーフ飛泉の周りを取り囲んでいた砂嵐を止めている為に外で待機していたはずだ。それなのに何故ここへ?
「おい!何でここにいるんだ、お前らは外で砂嵐をせき止めてるんじゃなかったのかよ!」
見上げながら大声で問いかけるが反応は無い。
何か様子がおかしい。よく見れば二匹共心なしか瞳の色が元のそれとは異なり、【ウェネーウム】と同じ紫水晶の瞳へと変わっている。
「うわ……マジかよ……」
ふと、横でぽてさらが愚痴る。ひたすらに最悪という感情を表に出して。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたぽてさらは空を仰ぎ見た。
「さっきから一体どうしたんだ?」
ぽてさらは俺の声にようやく反応を見せ、顔をこちらに向ける。
「あー……そっか、そうだよな。まず前提として、俺がパッシブスキルで相手の使おうとしている魔法の名前と効果が分かるってことを念頭に置いておいてな。今【ウェネーウム】が使った白い光みたいなのを出した魔法あっただろ?あれ、超広範囲に魅了の状態異常を付与する魔法みたいだったんだ」
「魅了……?それってもしかして……」
ぽてさらは首を縦に振る。
「俺達は俺の状態異常を無効化する魔法で防いだから何とかなったけど、目の前にいる二匹の馬鹿でかいモンスターたちは完全に魅了状態ってわけ。つまり――」
ずしんと地面が振動する。足元がふらつき、倒れそうになるのを刀を支えにして何とか体を起こす。全くもって笑わせてくれる。今の震動がただ足を一歩前に出しただけなんてな。
苦々しく視線を二匹の巨獣に向けていると、耳に危険を知らせるように音が鳴り響く。
音が聞こえてくる方向は全方位。
距離はだいたい一キロメートルというところだろう。
脳の処理が追い付かない程の音の数に思わず眩暈がする。
「……ぽてさら、悪い報告がもう一つ。多分だけどこのイラーフ飛泉を取り囲むようにして全方位からモンスターが向かってきてる」
「あー……まあ予想はしてたけど本当に最悪の状況だな……だけどGENZIちゃんよ、朗報も一つだけあるよ」
その報告の先を急かすようにじっと見つめる。
「さっきもいったけどパッシブスキル、『賢者の魔眼』の効果で俺は相手の使う魔法がどんなものなのかすぐに分かる。それの効果で分かったことだけど、【ウェネーウム】が使った魔法は『大衆誘惑』っていう半径一キロメートル以内の対象を魅了状態にするっていう厄介な魔法だったんだ」
「それだけを聞いてたらただただ絶望するばかりなんだけど……」
「まあ話は最後まで聞けって。『大衆誘惑』は効果範囲が広い代わりにその分、効果時間が短くて、三分だ。つまり、魅了が解けるまでの間を生き残れば俺達の勝ちも同然ってわけ」
「なるほど……おっ」
話がひと段落ついた所でクロエと麒麟がはっと目を覚ましたかのように、起き上がる。何もない一点を見つめていた瞳には活力が戻り、悪い夢でも見たかのように呼吸を荒げている。
「ようやくお目覚めかい? クロも麒麟さんも何となく今の状況は分かってるかな?」
二人は頷く。
それを見るとぽてさらは説明の手間が省けて良かった、と零し、安堵の表情を浮かべた。
こうしている間にもイラーフ飛泉を包囲するモンスター達は近づいており、一刻たりとも猶予が無い。
そろそろか。
「もうすぐモンスター達もここに到着する。そうなったときに三分間粘れる編成にしなくちゃならない。なら一番範囲殲滅力の高いぽてさらに波のように押し掛けるモンスターの事は託そう。それで俺達であの三匹の相手を分担する、いいか?」
「異議なーし」
麒麟の間の抜けた声に二人も同調し、首を縦に振る。
着々と地面から響く音がこちらへと近づいてくる。この速度で考えれば、そろそろのはずだが……
「……ッ! 来た!!」
全方位の崖からこちらへ跳び込もうと、モンスターの波が押し寄せてくる。ちょうどその時、イラーフ飛泉を覆っていた砂嵐を彷彿とさせる、炎の高い壁が現れた。
♦
「よし……」
ひとまずこちらへと向かって駆け込んできたモンスターの第一陣を『プロミネンスウォール』で防ぎ、勢い余って跳び込んだモンスターたちを焼け焦がせる。
囂々と燃え盛る火柱の壁に触れたモンスター達は灰塵と喫す。
数が数だけに前進のモンスターが焔の壁に気が付いても、後続のモンスター達はそれに気が付かず、お構いなしに直進する。
すると後続により、無理矢理押された前進のモンスター達が押し出され、焔の中へと身を躍らせる。
聞こえてくる断末魔の声さえ燃やし尽くした『プロミネンスウォール』の焔が徐々に淡くなり始める。そろそろ魔法の効果時間が切れる頃合いか。
仕方がない、次の魔法を――
こんなのだが、これでも俺は『賢者』だ。
そして二つ名、職業共に『賢者』の俺としては、そろそろ特大の花火を空に響かせたくて仕方がない頃合いだった。
「――これにしようかな」
まるで玩具箱の中から次に遊ぶ玩具を選ぶように。
頭の中に記憶した膨大な数の魔法データの中から一つを選ぶ。
「賢者たる我が命ずる――」
『プロミネンスウォール』が消えたことによりダムの水が決壊したかのようにモンスターが溢れ出す。こちらへと疾駆しているがまだ問題ない。
「風よ、涼風よ、荒風よ。此方を撫で、刻み、巻き込む者よ――」
かなり接近したモンスター達は既に石畳を包囲し、石畳の上へと登ろうと試みている。辺りはモンスターの砂色に覆いつくされ、それでも尚、まだ崖の方にモンスターが見えるというのだから驚きだ。
この距離まで近づかれると、私はともかくGENZIちゃんやクロ、麒麟さんに迷惑がかかるかもしれない。となれば妨害しておくべきだろうな。
詠唱する口の動きは止めず、右手の杖の先端を使って魔法陣を、左手の魔導書を使って魔法を無詠唱で発動させる。
発動した魔法は『プロテクションサークル』と『ブラッシュアウェイ』。
『プロテクションサークル』によって石畳の周りを覆うようにして結界を生成。
『ブラッシュアウェイ』で近づいたモンスター達を後方へと吹き飛ばすことでモンスター達を遠ざけ、進行を遅らせる。
「旋風となり敵を切り刻み、暴風となり敵を殲滅せよ――」
最後の一文を脳内から引き揚げ、言葉にする。
「風神の暴風渦ッ!!」
特大の大砲を放射したかのような轟音を巻き上げながら、超巨大な暴風渦は敵を巻き込み舞い上がらせる。空中へと舞い上がったモンスター達はその体を風の刃に切り刻まれ、暴風によって彼方へと吹き飛ばされる。
辺りを埋め尽くし、犇めき合っていたモンスター達の姿は跡形もなく消えた。
あとに残されたのは砂の禿げた大地と、披露した俺のみだ。
「ふ~……何とかなった、か」
流石は『賢者』限定魔法その一だな。
『賢者』は魔法系の職業において、最上位のものに当たる。
そんな『賢者』になった者にはもれなくおまけがついてくる。
それこそが今俺の使用した魔法を含む、各属性の現時点で最上位クラスの魔法を唱えられるようになることだ。
勿論制限もなしに撃ちまくれるはずもなく、縛りはある。
一つにゲーム内時間で一日に一回のみしか使えないこと。そして二つ、それらの魔法を使う際自身の持つ全MPを使用しなければならないこと。
序盤は良いが、ある程度育ってしまえばむしろデメリットしか残らない魔法。
それ故に『賢者』というのはあまりお勧めされない職業の一つだったりする。
「ま、何はともあれ……俺はやったぜ、あとはお前たちが頑張ってくれよ……」
その場でガクリと膝を折って倒れると、石畳の冷たい感触を頬に感じながら力無く震える右手でウィンドウを操作する。
ショートカット欄に埋め込んだ最上位のMP回復ポーションを口元まで運ぶと僅かに口元から零れることも気にせず、一心不乱に飲み干した。
「ふぅ……これであとはMPの回復を待つのみだ」
視線を今も敵との闘いに身を投じている仲間たちへと向けた。