毒蠍ヨ侵シ蝕ミ唆セ 拾漆
知略を巡らせ、作戦を練り、出来る限りの準備は整えた。
だというのに。
目の前を悠然と歩き、歩み寄ってくる奴の姿に傷は無く、欠片というほどのダメージすら与えることは出来ていない。
「クソっ……」
思わず口からは愚痴が零れるのを自覚しながら思考を巡らせる。
こちらは疲弊したぽてさら以外の俺を含めた三人は問題なく動ける。
【ウェネーウム】はといえば、焦りも、疲れも、何一つ消耗した様子が無い。
その状況に内心、若干の焦りを感じていると、青い顔をしたままのぽてさらが呻いた。
「あー……今の火柱見て確信したわ……アイツ、精霊魔法を使ってやがる。しかも、最上位の精霊と契約した最高クラスの精霊使いだ……しかも、普通の魔法まで使える……ね」
精霊使い……
聞いたことがある。確か精霊と契約を交わし、精霊の力を借りて戦う魔法使いの事だ。
一応魔法職に振り分けられるが、自身のMPを消費せずとも魔法を使える異色の職業。
ただ、これも準ユニーク職業だ。
条件が明確には分かっていないが、ごく少数ながらも何人ものプレイヤーが就いていることからそのように呼ばれている。
「精霊使いだって何で分かるんだ?」
あーそっか、と苦笑し、頬を掻きながらぽてさらは未だ淡く燃える火柱を指差した。
「俺、一応『賢者』だからさ。見えるんだよ、精霊が」
ぽてさらが指差す先を見つめても何も俺には見えない。
指が指し示す一点を凝視するが、やはり影一つ捉えることさえできなかった。
その時、何かが風を切る音が背後から俺へ向けて高速で迫っていることに気が付いた。
しかし、精霊を探そうと集中していたためか、反応が一瞬遅れた俺は回避行動にまだ入っていない。
当たる――
「危ないっ!」
――そう確信した瞬間すっと白い影が俺へと延びる。
キン、と金属音が辺りに響く。
それは俺の背後を狙った【ウェネーウム】の尾をクロエが盾を使って防いだ際の音だった。
「……ふっ! GENZI君はポテの話を聞いて新しい策を練ってください。その間、私と麒麟さんで時間を稼ぎます……!!」
「えっ、俺も? まぁ、行きますかぁ!」
二人は【ウェネーウム】を俺から引き離すかのように、反対側へ向けて駆けだしながら、遠距離攻撃を行う。それにヘイトが向いたのか、【ウェネーウム】はクロエ達の思惑通り、見事ターゲットを俺からクロエ達へと変更した。
「二人が稼いでくれている時間だ……無駄には出来ないね。GENZIちゃんは精霊使いの弱点……知ってる?」
無言で首を横に振るとぽてさらは説明を続けた。
「精霊使いは文字通り、精霊の力を借りないと何もできないんだ。そして、魔法の威力っていうのは術者の実力や、精霊の力に影響されるんだ。精霊は勿論上位のものの方が強力なんだけど、それよりも重要な要素がある。それが環境なんだ」
「環境?」
ぽてさらは頷く。
「うん、その場の環境によって精霊っていうのは力を増減させるんだ。例えばここ。ここは砂漠だから土の精霊が多く、力が強い。逆に水の精霊は少なくて、力が弱い。それが攻略のカギになるんじゃないかって思うんだけど……どうだろう?」
「ちなみに質問なんだけど、【ウェネーウム】が使ってたあの魔法、あれは火の精霊の力を使ったんだよな。この場所で火の精霊の力ってどんなもんなんだ?」
少し辺りを見渡すと、ぽてさらは表情を厳しくして口に出した。
「……この場所だと、水の次に数が少なくて力が弱い。逆に言えば火の精霊を使った魔法であの威力だと考えると、土の魔法なんてものは使われた瞬間に――」
そこで言葉を切ると、ぽてさらはその手をぱっと開くようなジェスチャーをする。
弱点、か……
その言葉は何故か、妙に心の中をざわつかせる。
心の奥底にしまった記憶の中に、何か重要なことを見落としてきているようなこの感覚。
今、俺に求められているのはこの状況を打破できる可能性のある策を考えること。
そのためには、視覚も、聴覚も、触覚も、味覚も、嗅覚も。
全て必要ない。
クロエと麒麟は言った。自分達が時間を稼ぐと。
ならば、それを信じるのが仲間だろう?
俺に求められているのはただ一つ。
ただ、己の深層を覗き込み、思考を巡らせ、智略の限りを尽くすのみ。
そう、音ゲーの譜面を脳内で何度も繰り返していたように。
己の内側へと目を向け、記憶を辿り、引き出しを開けるように思い出せ。
違う。
違う。
違う。
どれも今必要としているものじゃない。
奴、唆毒の【ウェネーウム】に関係する情報じゃ――
唆毒……唆す毒、か……
「……ッ!!」
繋がった……!
全ての点と点が今、この瞬間に。
♦
「さあさ! 鬼さんこちら、銃声の鳴る方へ!!」
麒麟さんは迫る尾を回避しながら隙間を縫うようにして見事に相手の急所を狙い撃っている。
私にはこの距離から攻撃する手段はない。
だから、せめて麒麟さんを守る!
「『プロテクトアーマー』『守護の盾』『フルアーマー』!!」
自信へVITとMNDのバフをかけると、麒麟さんと【ウェネーウム】の間に立つようにして割り込んだ。
麒麟さんは私を避けるように弾丸の軌道を逸らし、およそ人間業とは思えない技術で【ウェネーウム】の白磁の肌を狙い打っている。
対する【ウェネーウム】は間に割り込んで立った私へと目標を変え、いつの間にか両手にあの炎を現し、それを投げつけてくる。
あれをこのまま喰らえば私と麒麟さんのデスは必至。
なら、防ぐしかない……!
炎に対抗するなら、水。
「『清流の繭』」
水の繭は迫る炎を捕らえ、炎は水に触れた瞬間、爆発を起こす。
だが、爆発も、火柱も、立ち昇ることは無かった。
繭状に張り巡らされた水の結界は見事に炎を封じ込め、安全に処理することを成功させた。
「ナァイス! 喰らいやがれッ! 『ユッドバレット』!」
射出された弾丸は私の目でも見切れない程に速く、【ウェネーウム】の足を貫き、四散させる。これまで麒麟さんの撃った弾丸は全て弾かれていたはずなのに……
だが、それだけの傷を負わせようと、【ウェネーウム】は何事もなかったかのように吹き飛ばされ、爆散した足を再び再生させる。
「な……」
「ま、そのくらいはやってくるよなぁ」
思わず絶句する私とは対照的に麒麟さんは苦い笑みを浮かべていた。
視線を麒麟さんへ向けた最中も視界の端に捉え続けていた【ウェネーウム】は、足を完全に再生させると、口元で何かに囁きかけるように唱えた。
瞬間、ふわりと風が頬を撫で、気が付いた時には前方に居たはずの【ウェネーウム】の姿は消え、背中に強い衝撃を覚えた。
「……ッ!?」
吹き飛ばされながらも空中で体勢を立て直し、地面に着地すると、こちらへ麒麟さんも吹き飛ばされてきた。私よりも強く吹き飛ばされたのか麒麟さんのHPゲージは危険域を示す赤色へと変色している。
「麒麟さん!」
麒麟さんは私が駆け寄るよりも上半身を起こすと、そのまま勢いを使って飛び起きた。
その手には上位の回復アイテムが握られており、栄養ドリンクを飲むような感覚で一気に飲み干すと、空になった瓶を地面に投げ捨てる。
「――ぷはぁ……危ねぇ~……あともうちょっとで死ぬところだったわ」
私も麒麟さんに倣い、回復アイテムを一気に飲み干すと感じた違和感を麒麟さんに向かって伝えた。
「今、風を感じませんでしたか?」
「んー……言われてみるとそんな気もする……」
「もしかして――」
私の言葉が言い終わるよりも先に、血相を変えた麒麟さんが叫んだ。
「クロエちゃん! 避けろ!!」
背後に明確な殺意を感じ、その場を離れようとしたが尾の毒針が体を掠める。
「う……これ……は……?」
体が痺れて動かない。
舌も麻痺しているのか上手く動かすことが出来ない。
これはもしかして、GENZI君の言っていた【ウェネーウム】が持っているという麻痺毒?
だとしたらかなり不味い。GENZI君は死ぬまでの間、この麻痺毒が切れることは無かった、そう言っていた。
それはこのメーターが一周周り切る前に死んでしまったということ。
今、それだけの長時間の間戦闘に参加できないとなればまた皆のお荷物になってしまう。
「……う……く……!」
どれだけ力を籠めようと、その麻痺が解けることは無かった。
地面に伏した頬は、石畳の冷たい感触を。
動かせない瞼は、一人【ウェネーウム】と対峙する麒麟さんの姿を映す。
私は、何て無力なんだろう。
もしも体が動いていたとすれば唇から血が滲むほど強く噛み締めていたかもしれない。
悔しさに心を焼かれている中、視界に跳び込んできたのは、麒麟さんでも、【ウェネーウム】でもなく、GENZI君だった。
右手に持った、いつもは血を啜る刀に水を纏わせ、不敵な笑みを浮かべながら切っ先を突き付けた。
「分かったぞ、お前の攻略法がっ!」