毒蠍ヨ侵シ蝕ミ唆セ 拾参
「誰とって……ほら、そこにいる【エンシェント・スパイダー】と【サンド・スネーク・エルダー】は他のモンスターと違って普通に話してるだろ?」
「私には何も聞えませんけど……」
どういうことだ?
クロエには二匹の声が聞こえていない。
しかし俺にはその声が聞こえ、理解することが出来る。
俺とクロエに一体何か差があるのか?
頭を捻り、唸っていると話を聞いていたのか【サンド・スネーク・エルダー】こと、『蛇神』が口を挟んだ。
「蜘蛛のが人の子を導き手だと判断したのは儂らの声を聞けたからだ」
「どういうことだ?」
「導き手となる者には普通聞き取れぬ、儂らのような知性在りし者の声が聞こえるようになるのだ」
「知性ありし者?」
「まあ、そのことは今度話してやろう。今はゆっくり体を休めるがよい、ではな」
「あ、おい!」
言いたいことは言い切ったとばかりに『蛇神』は砂の中を潜り、姿を消した。
それに倣うようにして『蜘蛛神』も自身の根城へと歩き去っていった。
巨大な二匹のモンスターたちが去った後、その場には大量の砂煙と俺達がぽつりと残されるばかりだった。
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その後バルバロスに転移で帰還した俺達は、夜も遅いということで落ちることになった。ログアウトし、現実世界へと戻る際、久しぶりにエアリスに声を掛けられた。
「どうかしたか?」
「GENZI様が順調にUEOの世界を満喫しているようで私は嬉しいのですが、一つ気掛かりが。GENZI様がただ今受注されているユニーククエスト『毒蠍ヨ侵シ蝕ミ唆セ』ですが、これまで以上に注意された方がよろしいかと……」
「何か理由でもあるのか?」
「はい。私はプレイヤーサポートNPC、それ故に大量の情報データが詰め込まれております。その中にユニーククエストは、クリアされたユニーククエストの数に応じて難易度が上がる、という情報があるのです。そのため、GENZI様にとっては今回のユニーククエスト、最も難易度の高いものとなると断言できるのでこうしてGENZI様にご忠告を、と」
ユニーククエストはこれまでにクリアされたユニーククエストの数に応じて難易度が上がる、か。もしそれが本当だとしたらこの先に待ち受けるだろうユニーククエストの難易度は想像も及ばないものになるだろう。
これまで俺が辛うじてクリアしたユニーククエストでも難易度が鬼の様だったのだから、それ以上のものとなればそれこそ大規模なレイドでも組まなければ攻略不能な気さえする。
「忠告ありがと、肝に銘じておくよ」
「いえ、お気になさらないでください。またのご利用をお待ちしております」
深々と腰を折ってお辞儀をするエアリスから視線を外すと、俺はログアウトした。
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夜が更けり、日を跨ごうとしているというのに暗い一室の中一人の男がディスプレイを睨みつけていた。そこに表示されているのは一人のプレイヤーの情報だ。
ほんの一か月ほど前にUEOをプレイし始めた初心者。
だが、開幕早々にユニーククエストへと巻き込まれ、それを打破。UEO初となるユニーククエストのクリアというものを成し遂げた。
そして程なくして二つ目のユニーククエストのフラグを踏み、これも同様にクリアしている。
その後には公式対戦イベントにて二位という実績をも達成した。
たったの一か月程の間に初心者が二つのユニーククエストをクリアするというのは、あってはならないことなのだ。
しかし、そのあってはならないことが現実、起きてしまっている。
白衣を着た男はぼさぼさの頭を片手で書きながらディスプレイの隅から隅まで表示された、プレイヤーのログを一語一句逃さずに目を通していく。
これで何度目の確認となるか分からない程にログを参照したが、やはり、このプレイヤーは不正ツールを使った訳ではない。
「コイツ……うちの部署だけで対処しきれないかもな……上に取り合った方が良いかもしれん」
男は大きく溜息をつき、机に顔を埋め瞼を閉じた。
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翌日、俺は学校で麟に会うと、これまでの経緯を話しユニーククエストに協力してくれないか、と頼みこんだ。
それを聞いて麟は申し訳なさそうな顔をすると耳打ちをして小声で応えた。
「悪い、今日はちょっと用事があって無理なんだ。明日の夜でよければ空いてるけど……それでもいいか?」
「OK、OK。それじゃあ明日の夜、八時にバルバロス集合で頼む」
「りょうか~い」
丁度俺達の話が終わるくらいでチャイムが鳴り、教室に担任の先生が入室してきた。
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ホームルームも終え、生徒達が居なくなり静まり返った教室の中に窓ガラスから茜色の夕日が差し込む。部活動に行く生徒や帰宅した生徒達が大半の中、俺と星乃さんは未だに教室に残っていた。
「ふぅ……ようやく学校終わった~……」
「お疲れ様です」
机に突っ伏した俺の様子が可笑しかったのか、星乃さんは微笑んでいた。
「あ、そういえば。麟……えっ~と、UEOの麒麟っていう俺のフレンドにユニーククエストを手伝ってくれないかって頼んでみたんだけど、今日は無理らしい。明日は参加できるみたいだったから麒麟の参加も期待してくれ」
そう話すと、星乃さんは驚いたように目を丸くしていた。
実は、と切り出し、星乃さんは話し始めた。
「私もフレンドにユニーククエストを手伝って、と頼んでみたんですよ。そしたら今日は行けないけど、明日なら大丈夫だと……健仁君のフレンドの方と同じだったので驚いちゃいました」
「それじゃあ今日はイラーフ飛泉の魔物とやらに挑むのは止めておきますか」
「そうですね」
話が一区切りついたところで鞄を持ち、立ち上がると、星乃さんと二人学校を後にした。
家路につく中、最近はどうしても星乃さんのことを意識してしまう。
これまでも女子と一緒に―それも星乃さんのような美少女と―登下校するというのは、照れくささがあったのだが、この頃特にそう思うのだ。
一体俺はどうしてしまったのか…
男子にとって女子と登下校を共にするというのは一種の憧れだろう。
だが実際にやってみると、思いのほか恥ずかしくていたたまれない気分になる。
そんな風に悶々としながら歩いている内に家の前まで着いていた。
「じゃあ健仁君、また後で」
「ああ、じゃあまた」
そこで別れると、クロエは俺よりも少し坂を登った辺りにある、周りの住宅よりも二回りほど大きな邸宅の中へと消えていった。
「さて、と」
鍵を差し込み、回すとガチャリ、と音が鳴りドアが開く。
「ただいま~」
その声に反応はなく、明かりのついていない家の中へと消えていった。
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星乃さんにまた後で、と言われた手前言い難かったが、今日は別行動にしよう、とメールを送信した。数秒と待たずに返信が来たので覗いてみると、了承の意が窺える。
それを確認すると、UEOにログインした。
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今日も相も変わらず人通りが多い。
行き交う人波に揉まれながら、出店のいい匂いや物珍しい商品に心を惹かれつつも町の外へと向かう。中心地から離れるほどに人と店の数は減少していった。
バルバロスの外、ワーシィア砂漠に出ると、辺りの音に耳を傾ける。
近くに見つけた音の方へと近づいていくと、そこに居たのは【リトル・スパイダー】だった。俺は称号で『蜘蛛神の加護』を持っているため攻撃されることなく近づくと、しゃがんで話しかける。
「『蜘蛛神』を呼んできてくれるか?」
俺の問いかけに、キシャァと反応すると砂の中へと潜っていった。
その場で待っていると一分も経たずに『蜘蛛神』がその姿を現した。
「……待たせたな……今日はもう一人の人間はいないのか……?」
「ああ、今日は俺だけだ。早速イラーフ飛泉に向かってくれ」
「……承知した……蛇のを呼んで、向かうとしよう……」
今回は糸で吊り上げられるわけではなく、ひょいと跳び上がり自らの足で『蜘蛛神』の背に飛び乗ると、『蜘蛛神』は歩き出した。
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「おい……あれ……」
「ん? なん……だ……よ……」
この日、多くのプレイヤーが高層マンション程の大きさを持っているのではないかと思える程巨大な蜘蛛型のモンスターの存在を確認した。
そして、その上にプレイヤーが乗っていることにも。
プレイヤーの名前はGENZI。
すぐにこの情報は掲示板に書き込まれ、広まっていった。
ユニーク攻略者のGENZIがまたやらかした、と。
こうしてGENZIは知らぬ間に超巨大モンスターをテイムしている、という間違った情報を拡散され、プレイヤー達からさらに情報を求めて狙われることになるのだが……
そんなことを今のGENZIには知る由もない。
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ゆらりゆらりと揺られている内に自然と眠りに落ちていた俺は、強い振動を感じて目を覚ました。
『蜘蛛神』の隣には並走するように地面を這う『蛇神』の姿が見える。
「……目を覚ましたか……」
「おかげさまで……ふぁあぁ……」
大きく欠伸を零し、目を擦ると、目の前にイラーフ飛泉とそれを取り囲む砂嵐があることにようやく気が付いた。砂嵐を晴らすためには『蜘蛛神』と『蛇神』、二匹の力が必要だとは聞いていたが一体どうするのだろうか?
疑問に思っていると、二匹は何かを呟くように、また、詠唱するように言葉を紡ぐと激しく舞っていた砂塵の勢いが収まり、ついには砂嵐が完全に晴れた。
「おお……」
砂嵐が晴れた先に広がるのは透き通った水が流れる複数の滝。
そして四方を滝に囲まれ、滝壺の中に広がる円形の台座。
その中央には三本の蠍の尾が台座より伸びていた。