毒蠍ヨ侵シ蝕ミ唆セ 拾弐
「うぉぉぉぉぉおおおお!?」
「きゃぁぁぁぁああああ!!」
俺達は今、落下している。
【サンド・スネーク・エルダー】の口の中へと跳び込んだのはいいものの、底は予想以上に深く、肉壁は思いのほかに滑り、減速することもなく俺達は既に五秒間程落下している。
「……ッ!! クロエ! 底が見えてきた! 掴まれ!!」
空中で懸命に手を伸ばし、クロエの腕を右手で掴むと左手を鞘に伸ばす。
落下の勢いを止めるため、引き抜いた『不知火』を肉壁に向かって思い切り突き刺した。
刻一刻と迫る底、そしてその底に見える緑色の薄い液体。あれは恐らく消化液だ。
これだけの巨体を持つ蛇の消化液がどれ程危険かなど分かったものではない。
「止まッれぇぇ!!」
落下は止まった。勿論、俺とクロエは消化液に触れることなく、空中で静止している。どうやらクロエも片手剣を食道の肉壁へと突き刺していたようだ。
もし、それが無ければ俺とクロエは今頃消化液の中だっただろう。
そう考えると本当にギリギリだった。
「助かったぁぁ……サンキュー、クロエ」
「いえいえ。それはともかくここからどうしましょうか?」
今俺達は剣を突き刺しぶら下がっているが、このままでは宝玉の探索など出来るはずもない。本当にどうしてものか……
緑色の消化液の沼を覗いていると、消化液の上に浮かぶ白いものが見えた。
「ん? お、アレ使えそうだな」
「どれですか?」
「ほら、あそこ」
俺が指差したところをクロエが見る。
「あれって……もしかして何かの骨?」
「多分そうだと思う。この酸性の消化液の中であれだけ原型をとどめているならいけると思うんだよなあ」
「ん~……でも確かにそれ以外に方法もなさそうですし……」
「ちょっと待っててくれ!」
「あ、GENZI君!?」
突き刺していた『不知火』を引き抜くと、緑色の消化液の沼目掛けて跳び降りる。
最も近くにあった白い骨らしきものに着地すると、揺れはしたが沈むことは無かった。よし……これならばいけそうだ。
「クロエー!大丈夫そうだから飛び降りてくれ!」
クロエも肉壁に突き刺していた剣を引き抜くと、重力に任せて落下してくる。
膝をクッションにして、華麗に着地すると剣を鞘に納めた。
「それじゃあ行きましょうか」
「ああ」
食道を落ちてきて先ず初めに現れた、ということはここは【サンド・スネーク・エルダー】の胃ということになる。あの巨体だ、急がなければ胃を探索しているだけで一時間が経ってしまってもおかしくはない。
「……ッ!! クロエ! 後ろへ跳べ!!」
「……ッ!」
突然の俺の言葉に反応してクロエは背後へステップする。
そして、クロエの立っていた位置には、緑色の液体が飛んできた。
「これは一体……」
「恐らく消化液だ」
「消化液……ですか?」
「これだけ大きな体なんだ、食事をした後に得物を消化するとは言っても普通の蛇のように時間をかけて待っている程燃費が良いとも思えない。すぐに消化してエネルギーに変える必要があるはずだ。今のはそのための仕掛けなんじゃないか?」
「なるほど……ッ!? 今度は何ですか!」
胃の中が大きく揺れたかと思うと、消化液の水位が上がる。
胃の壁から消化液がまるでプールの水を継ぎ足すように溢れてくる。
「これは……不味いな、どうやらタイムリミットの一時間の前にゆっくり探索してたら消化されかねないっぽいぞ……!」
「急ぎましょう!」
「ああ!」
俺達は消化液の沼の上に浮く白い骨たちを足場に、四方八方から狙い撃つように射出される消化液を避けながら、胃の中を駆け抜けていった。
♦
「この辺りにはなさそうだ」
「そうですか……」
探索開始から早ニ十分が過ぎようとしていた。
胃の探索を終え、俺達が今いるのは恐らく腸だ。
腸は胃に比べれば大人しい……とも言えなかった。
腸の肉壁には胃で見られたあの緑色の消化液とは別種の消化液が薄く広がっており、粘膜のようにしてへばりついているのだ。
そして、この粘膜状の消化液、ダメージを受けない代わりに装備の耐久値を削っていく。
そこまで急速ではないにしろ、ここでもゆっくりしているほど余裕はない。
「変わった音が聞こえてくるのは間違いなくこの辺りなんだけど……」
胃の中を探索しているときに気が付いたがやはり他とは違う変わった音が聞こえてくるのだ。恐らくそれが宝玉とやらだと俺は睨んでいる。
そのためこうして音を頼りに探しているのだが……
「もしかして……GENZI君、腸じゃなくて腎臓や肝臓みたいな別の器官にあるんじゃないですか?」
「別の器官……ちょっと待っててくれ!」
音を頼りに壁に近寄っていき、最も音が聞こえやすい場所まで歩み寄る。
間違いない、この辺りだ。
クロエが言ったことは確かにあり得る。
そうと決まれば『蛇神』には悪いがこうするしかあるまい。
「ふッ!!」
『狂い桜』を右手で抜刀しながら、居合の要領で肉壁を斬る。
そして溢れだす深紅の血を全て『狂い桜』に吸わせる。
気のせいだろうが、心なしか『狂い桜』が嬉しそうにしている気がした。
しばらく『狂い桜』に血を吸わせていると、流血が収まってきたので中に入る。
「くくっ……流石クロエ、勘が冴えてるなぁ」
肉壁を切り裂いた先にあったのは空洞のような空間。
そして視界を塞ぎ、音にだけ集中して聞いてみると、音がさらに強く聞こえてくる。
間違いない、ここに宝玉があるはずだ。
「クロエ! クロエの言ってた通りみたいだ!」
「本当ですか! それじゃあ……」
「ああ、ここに宝玉がある」
再び視界を閉じ、意識を音だけに集中する。
血液の流れる音、筋肉の躍動する音、心臓の鼓動……
体内の中で行われる音とは違う、無機質な音……
……捉えたっ!
「間違いない! そこだ!」
カマキリの卵のように、何かを包むようにしてそこにある袋を指差す。
クロエはそれを受け、剣を抜きながら近づくと、剣を斜めに斬り下ろした。
袋からは血が出るわけでもなく、膜が割れるようにして内部の姿が露わになる。
それは白い、巨大な真珠のような球体だった。
「やりましたね!GENZI君!」
「ああ、ただ……」
時間を確認すると、宝玉の探索を開始してから既に四十分は経過している。
そうなれば口まで戻っている時間は無いわけで……
「ま……この際しょうがないか……」
「……?」
「さあ、あとは脱出するだけだな。よ~し行くぞ~」
「なんで途端にそんないい加減になるんですか……」
♦
「おーい! 宝玉持って帰ってきたぞー!!」
「……む……蛇よ、やはり導き手はやりおったぞ……」
「ほう……まあこの位の試練、突破してもらわねば困るわな。約束通り儂は人の子らに協力するとしよう」
どうやら時間にも間に合ったみたいだな。
ただ、やはり少し精神的なダメージを負った。
幸いクロエは気が付いていないようだったので良かったが……
「はぁ……」
「大丈夫ですかGENZI君? さっきから元気がないみたいですけど……」
「ん、大丈夫だ」
『蜘蛛神』と『蛇神』は改めて見ると本当に凄い大きさだった。
そして頭上に表示されるカーソルは赤を通り越して黒。
敵になれば恐ろしい事この上ないが、味方であるならば心強い。
「気になっていたのだが、人の子よ、その肩に乗せている鳥は、もしや神鳥ではないか?」
「神鳥?」
「む……何も知らないのか人の子よ。まあそれならば今は良い、いずれ分かることだ」
「ピィ……?」
右肩に乗ったマーガレットも何の事?といった風に鳴いている。
「そうだよな、それだけ言われても分からないよな」
「え? GENZI君はその子の言葉が分かるんですか?」
「うん、まあ何となくだけど」
マーガレットとは常に行動を共にしているからか何となく分かるのだ。
意志の疎通というほどはっきりとしたものではないが、鳴き声から感情程度は読みとれる。最近は基本的に静かにしていることが多かったが、腹が減っただのなんだのと鳴いてくる。
「……神鳥の言葉を理解するということはやはり……主には導き手としての才能があるのかもしれぬな」
「まあそれはいいだろう。砂嵐を晴らすというならば今日ではなく、後日の昼間に済ませることを勧める」
「……? 分かった、丁度俺達も今日はもう帰ろうと考えていたんだ」
「そうか。ではな人の子らよ。おっと、忘れる所だった、これを人の子らに」
【『蛇神の加護』を獲得しました】
「……む……忘れる所であった……某からも主らに……」
【『蜘蛛神の加護』を獲得しました】
突然アナウンスと共に視界に称号獲得の文面が表示される。
どうやらこれは俺だけではなく、クロエも獲得したようだ。
「ありがたいけど、これは?」
「儂の加護を持っておれば儂の倅たちが人の子らを襲うことはしない。それにその加護を持っておれば僅かばかし身体能力が上がる」
「……某の加護を持っていれば我が子達が主らを襲うことは無い……蛇のと同じように身体能力も上がる、持っていて損は無い」
「いや、そうじゃなくて、どうして俺達に加護をくれるんだ?」
その質問に対して『蜘蛛神』と『蛇神』は顔を見合わせると、同時に口を開いた。
「人の子らが知る必要はない」
「主らの気にすることではない」
「あ、はい。それじゃあ後日また来るからその時はよろしく頼む」
「あの、GENZI君……」
「ん?」
ショートカット欄に登録した『転移のスクロール』を取り出しながら話を聞いていると、我が耳を疑うようなことが聞こえてきた。
「GENZI君は一体誰と会話しているんですか……?」
「え……?」