音ゲーマニアがジョブチェンジするようですよ
相手の動きさえ掴んでしまえば後はこっちのものだ。
避けて、その場に残る巨腕を斬り、また距離を取る。そして同じように攻撃してきたら、同様に避けて斬るの繰り返し。
ゴーレムの頭上に表示されるHPゲージは着実に減少していた。ゴーレムのHPが残り三分の一に差し掛かろうとしたとき、ゴーレムの目の光が変わった。
「システムエラー…起動系及び動力系に甚大な被害をカクニン…目標を確認…速やかにハイジョします」
今まで沈黙していた、ゴーレムが機械的な声で何か独り言を言った。
そして…動きに乱れが生じた。
「うおっ!?」
動きが乱れたから何かくるだろうと予想していたためギリギリ回避できたが…
(まさか目からビーム撃ってくるとはなぁ…)
ゴーレムの目の光は赤から紫へと変化し、俺のことをキルする気満々のようだ。
敏捷性で勝る俺が距離を取って観察を続けていると、ゴーレムは追いつけないことを悟ったのか、手当たり次第にレーザーを撃ってくる。
その攻撃は俺だけでなくエイミーの戦っている方にも被害をもたらしていた。
(不味いな…このままだと俺があいつの動きに乗る前にエイミーに被弾し兼ねない…)
少し悩んだが答えはもう既に決まっていた。
「真正面からの正面突破で早々に片を付ける!!」
今までの攻防の中で出していなかった俺のトップスピードを出し、ゴーレムとの距離を詰める。
緩急のせいか、少し遅れて反応したゴーレムの巨腕が迫ってくる。
「遅い!」
巨腕を体に受けないよう、刀身を滑らせるように攻撃を捌く。
そして生まれる一瞬の隙を突いた。
先程観察しているときに気が付いていた、奴の弱点に。俺が攻撃した心臓部と同じようなものが合計七つ。
(それを破壊すれば俺の勝ち…だけどこの生まれた一瞬の隙ではそれを全て破壊するのは不可能……そう考えるのが普通だよな)
しかし俺は持っていた、七つの弱点を全て破壊し得る技を。
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Beat Sword Dancerのとある高難度曲で、ALL PERFECTを取ろうと思うとどうしてもほぼ同時に七連続の音符を斬らなくてはならなかった。
視覚では捉えることが出来ても体が追いつくことは無かった。だからそれを斬る方法を模索し、試した。一週間程であっただろうか、俺は遂に結論へとたどり着いた。
そうだ。思考と体の連動速度を速くすればいいのだ、と。
そこからはひたすらに練習した。練習して、練習して、練習して…そしてついに体得した。一秒にも満たない時間に高速に動く技術『オーバークロック』を。
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「『オーバークロック』!!」
俺の中で時は止まったように遅くなる。その中で俺は動きを最小限にしゴーレムの弱点を的確に攻撃していく。
一つ…二つ…三つ…!
四つ…五つ…六つ…!
(これでラストだ!!)
それは傍から見たら一瞬で同時に七か所を攻撃しているように見えただろう。そう、この技はまるで…
(『烈火繚乱』…)
五輪之介の使っていたあの技のようで…
(クソ…やっぱりこの技は…疲れる…な…)
最後の一つを攻撃した時、意識が薄れていく中でガラスが割れるような音が聞こえた。
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リーダーの居なくなったパーティーを狩るのは造作もない事だった。連携が取れなくなり上手くいかないことを他人のせいにし始め、私に隙を見せた。
(まったく…対人戦慣れしてるとはいえ、まだまだ改善点が多すぎるなぁ…)
最後の一人に止めを刺し、奮闘している兄を手助けするべく振り返ると残りHPが三分の一という所まで減少していた。
ゴーレムの攻撃を避けては攻撃しを繰り返す兄の姿はどこか踊っているようで、思わず見入ってしまう。初見であるはずのレーザーをも回避し、ゴーレムとの距離を詰めていく。
そしてゴーレムの巨腕も鞘から抜いた刀でいなし、隙を作った。このまま勝つかのようにも思えたがその時思い出した。
あのゴーレムが初見で攻略するのが不可能とまで言われていた所以を。
「お兄…!」
(駄目だ!あいつには七つの心臓があることをお兄ちゃんに伝えないと…!)
体は走り出していた。あと一秒あればこの斧がゴーレムに当たる。その距離まで来たが、すでにゴーレムはレーザーを撃つ態勢に入っている。
(間に合わない!)
そう思った時だった。お兄ちゃんが二つの刀を振ったと思った瞬間には既にゴーレムのHPが消えていた。
「え…?」
刀を突き刺したままお兄ちゃんは倒れ、ガラスが壊れたような音と共にゴーレムは消えた。場は静寂に包まれ、あとに残されたのは私達だけだった。
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「ん…ここは……」
「あ…目が覚めた?お兄…じゃなくて、GENZI君」
どうやらゴーレムに『オーバークロック』を使った後、案の定俺は倒れていたらしい。俺とゴーレムが戦っている様を見ていた亜三が俺に教えてくれた。
「それで?お兄ちゃんあれ何だったの?」
「あー、あれはBeat Sword Dancerをプレイしてた時に練習した技だよ」
そう言うと亜三は俺のことを呆れたようにジト目で見てきた。
「あのねえ…はぁ…もういいや、それじゃあ先に進む…前にさっきの連中のこと話した方が良いよね?」
無言で頷き返すと亜三はやれやれと肩を落とし、話し始めた。
「あいつらはプレイヤーキルクラン『ギルティーエッジ』のメンバー達、その中でも割と強い方のメンバーで構成されてたみたい」
「なんでエイミーがPKクラン何かに狙われてたんだ?さっきのスキンヘッドのリーダーっぽい男が、この前の借りがどうとか言ってたから初対面じゃないんだろ?」
「その通り、私とあいつらは面識があるよ。前に『ギルティーエッジ』の連中がうちのクランにちょっかいを出してきたことがあってその時私があいつらをPKしたんだよね」
「それで因縁を付けられたと…一つ確認しておきたいんだけどこのゲームってPK…いわゆるプレイヤーを殺すことに何かペナルティーとかあるのか?」
「それは無いよ。このゲームではPKは公式で認可されてるからね」
「だとしたら別にエイミーがやったことって正当防衛だし、システム的にも問題ないんだからさっきの奴らはただ単に私怨でPKしに来たってことか?」
「うん、多分そうだと思う。ごめんね、GENZI君。私のせいでGENZI君まで巻き込んじゃった」
「気にすんな、妹は兄に迷惑をどんどんかけて良いんだよ。兄にはそれを解決する義務がある」
ニヤッと笑いかけると亜三も困ったように笑い返してくれる。亜三はいつも俺を頼ってくれないからな、こういう時くらい頼ってほしいものだ。
「まあただ、GENZI君は私よりもまだまだ弱いけどね」
今度は亜三がニヤリと勝ち誇った顔で笑った。
「ぐ…確かに…」
確かに亜三の言う通り先程の戦いから見ても俺は亜三の足下にも及ばないだろう。
言い返す言葉もなく唸っている俺の様子が可笑しかったのか、亜三は楽しそうに笑っていた。
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洞窟を抜けるとそこから先は特に変わったこともなく、王都に到着した。
「おおー!すごいな、最初の町だったアンファングやエイミー達のクランがあるアズマよりも人が多い」
外から見る、半径だけでも数万kmはあるのじゃないかと思う程に視界の端から端まで広がる城壁にも驚いたが、この人波はそれを上回る衝撃を俺に与えた。
「そりゃそうだよ、ここは素人・常人・廃人、どのプレイヤーも使う機会が多い街だもん」
「ライト?ミドル?何のことだ?」
「あ、えっとね、ライトとかミドルっていうのはプレイヤーのやり込み具合の事を言う場合に使う表現方法のことなの」
「釣りとかみたいに趣味として軽く遊ぶ人の事をライト、狩りや冒険をしてゲームを楽しみながら進める人の事をミドル、高難易度のクエストや入手困難なアイテム、最前線の攻略とかPvPとかのコンテンツにのめり込んでやってる人達のことをハイっていう風に表すことが多いかな」
「なるほど…だとしたらエイミーは廃人だろうな…」
「何か言った?声が小さくて周りに人が多くて聞き取れなかったんだけど…」
「いや、何でもない。それじゃあ早速神殿に向かおうぜ」
「うん?こっちだよ」
少し王都の街並みを見たり、店を冷やかしてみたりと観光しつつ、目的の神殿へ向かった。
「ここがその神殿だよ」
俺達以外にも大量のプレイヤーが居ると思っていたのである程度並ぶのも止む無しと考えていたのだが中に入ると誰一人プレイヤーが居らず驚いた。
「分かるよ、お兄ちゃん。私も最初来た時はビックリしたもん。でも実はこれ、からくりがあってね、神殿に入る前に門を潜ったでしょ?あの時点でインスタンスマップに入ったんだよ」
「なるほど、そういうことか。確かにそれならさっきまで居たプレイヤーが居なくなったことにも説明がつくな」
「あれ、お兄ちゃんインスタンスマップの事知ってたの?」
「ああ、エアリスに聞いたんだ」
「エアリス?誰のこと?」
「え?ほら、ログインする時にいつもいるだろ?」
「そんな人見たことないけど…」
俺達が神殿の中で話していると奥から一人の神官らしき人物が歩いてくる。
「冒険者様、今日はどのようなご用件ですかな?」
「ああ、えっと、ジョブチェンジと種族の変更をお願いします」
「かしこまりました。それでは冒険者様、こちらへ」
奥に進むと祭壇と神の石像がありそこで神官が足を止めた。
「それでは冒険者様、今から私の言う通りにしてください。まず片膝を着き、両手を胸の前で組んでください。そうしたら神にこう問いかけるのです」
「神よ、私に新たなる運命を、と」
言われるがままに祈ると目を瞑ったままなのに目の前に、頭の中に直接選択肢が表示される。
選択肢はいくつかあったがそれらは気にも留めず一番下に表示されている種族を選ぶ。
この種族で本当によろしいですか?そうシステムが問いかけてくるので承諾をタップする。すると、光に包まれ俺の見た目は先程とは違…わなかった。
先程とほとんど何も変わっていないことに少し落胆したが気にせず、新しいジョブを得ることにした。
「次はジョブ、でしたね。それではそのままの体勢で、同様に目を瞑り神に問いかけてください」
「神よ、私に新たなる導きを、と」
そう祈ることでまたもや頭の中に選択肢が現れる。
選択肢は全部で四つ。
一つ目は狩人の弓における部分を全面的に強化した弓術士。主にDEXとAGIの上昇、それとスキルに『弓矢作成』なるものがあり、自分で矢を作れるようになるらしい。弓使いにとって死活問題である弾切れを回避できるがそもそも俺は弓をほとんど使っていないので却下だ。
二つ目は隠密能力と一撃の威力に重きを置いたハンター。これは相手に気付かれず一撃で相手を屠る職らしいが弓術士同様、弓を使っていないため却下だ。
三つ目は銃を扱うことのできる、銃士。銃というのはロマンを感じるのだが俺は使い慣れた二刀流がしたいのでこれも却下だ。
そして四つ目。
それは他の三つのジョブとは比べ物にならないステータス上昇量、使いどころを選ぶが強力なスキル、それらを得られるジョブ、修羅。
最も上昇量の大きいステータスはSTR、DEX、AGI、次点でLUCといったところか。正に二刀流を使いたい俺にとっては都合の良い話だ。
ただもちろんメリットだけしかないわけがない。美味い話には裏があるものだ。
この修羅というジョブに就くと、モンスターが自分に集まるようになる。それだけではなく、修羅は殆どHP、VIT、MNDが上昇しない。
つまり、このジョブに就いたら常にノーダメージでいることを強いられる。
(こんなもの初めからどれを選ぶかなんて決まってる)
迷うことなく一つのジョブを選んだ。
そしてジョブが変わった瞬間に騒々しいLVアップを告げる音が耳に響く。
慌ててステータスを確認すると、LVが40まで上昇していた。恐らくストックされていた経験値と言うことなのだろうが俺が今までに倒した?モンスターは五輪之介とさっきのゴーレムのみ。
つまりあいつらの経験値がそれだけ高かったということなのだろう。
(いや、待てよ?そういえば確か…)
ふと思い出したが出発する前に紫苑さんから貰った『魔王の護符』と称号である『龍人の好敵手』には取得経験値増加の効果が付いていた。恐らくそれも影響しているのだろう。
ジョブチェンジと種族変更が終わった俺は神官のNPCにお礼を言うと、神殿の入り口付近で待っている亜三のもとへ急いだ。
「悪い、待たせたな」
「大丈夫だよー…って…あれ?種族変更したんだよね?あんまり外見に変化はない種族なのかな。あ、でも瞳が三白眼になってちょっとイケメンになったんじゃない?」
ニヤニヤしながら俺を小突く亜三に少しイラっとしたが軽く流して話を進める。
「ようやくジョブチェンジも済んだからそろそろステータスポイントを割り振ろうと思うんだけど何かおすすめとか鉄則ってあるのか?」
「ん?いや鉄則とかはないんだけど…あ、そもそもGENZI君は何のジョブ選んだの?」
「え、修羅」
「…ごめん、もう一回言ってくれる?」
「だから、修羅だって」
「は―…やっぱりGENZI君はGENZI君なんだね…」