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Utopia Endless Online~音ゲーマニアがいくVRMMORPG  作者: 赤井レッド
踊れ!砂塵と唆毒の狂騒曲
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毒蠍ヨ侵シ蝕ミ唆セ 伍

 

空は紅の線を引いて、段々と紺青に染まっていっている。

喧騒に塗れた人混みの中、待ち合わせている彼女を探すのは最早恒例となっていた。


俺の身長は現実と変わらないので173~4センチくらいなもので、人混みの中から目当ての人を見つけるのは少し難しい。

時刻は既に午後八時を周っているため、恐らくどこかで相手も俺のことを探していると思うのだが……


その時、後ろからちょんちょんと、肩を軽く叩かれた。

少し驚き肩を緊張させながらも後ろを振り返ると、そこにはにこやかに微笑む彼女の姿があった。


「こんばんわ、GENZI君」


「こんばんわ、クロエ」


短く挨拶を交わしたのは月光に照らされ、背に伸びた長い銀髪を輝かせているクロエだ。

やっぱり思うけど、クロエのアバターって現実世界の姿と変わらないよな~。ただ、現実と変わらない姿形のはずなのにゲームの世界の中でも奇麗に思えるっていうことが本来あり得ないことだと思うけど。


「それじゃあ早速聞き込みに行こうか」


「はい」


俺達が今いる街はタラータだ。

そしてまだ聞き込みが終わっていないのはアルバアとハムサの二つの街。

今日中にこの二つの街にいるNPCへの聞き込みと、オアシス近辺に落ちているだろう紙の切れ端を集めておきたいというのが俺達の切実な思いだ。


クロエはショートカット欄に登録しているのだろう『転移のスクロール』を取り出すと、その細い指を俺の左手に這わせた。


「転移! アルバア!」


白い光に包まれ、その場にはポリゴンの欠片を残して俺とクロエはアルバアへと転移した。



転移し終えるとワーヒドの時のように、とはいかず、クロエは俺の左手からその手を解いた。


「私はここからオアシスを時計回りに聞き込みをしていくので、GENZI君は反対側をお願いしますね」


「了解」


NPC達に最近変わったことや怪しい人物を見たりしていないか、と聞き込みを行うがそれらしい情報は出てこない。

出てきたのは最近妻に小遣いを減らされたとか起きたら部屋の中に大量のGがいたとかそんなものばかりだ。


溜息をつき、それでもNPCに聞き込みを続けていると、NPCの子供たちが歌を歌いながら遊んでいるのが目についた。


「怖~いサソリがやってきた。ハムサの方からやってきた。皆を惑わし操って。悪い子食べるぞ気をつけろ。逃げても逃げても追ってくる。どうしよ、どうしよ、どうしよう。そんなと~きはオアシスへ。水をかけたら嫌がって。一目散に逃げてった~」


「俺も小さい頃にあんな風にして歌ってたな~……」


歌いながら遊ぶ子供たちに昔の自分の姿を重ねて見ていると、自分が大通りの真ん中で棒立ちになっていることに気付いた。

周りからの視線が痛かったが気にせずNPCへの聞き込みを続けていった。



俺とクロエは丁度半周し、顔を合わせた。


「何か成果はあった?」


頭を横に振るとクロエは口を開いた。


「こちらは特に何も……GENZI君の方はどうでしたか?」


「ん~こっちも特になかったよ」


「そうですか……そうなったらあとはオアシスの切れ端だけですね」


俺は無言で頷くと、二人でオアシスに近寄っていき砂場を探していく。

すると、ここでも何かが月光に照らされキラリと光った。


これはもしかして……!

それに近づき、確認すると案の定それはナイフの刀身だった。


砂に突き刺さったそれを引き抜くと貫かれていた紙の切れ端を広げ、クロエを呼んだ。


「見つけたぞ!」


俺の元へ駆け寄ってきたクロエに紙の切れ端を見せる。


「『中心に答』……ですか」


「大分暗号の全容が見えてきたな。恐らく暗号の書かれた切れ端は一つ、ハムサのオアシスにあるはずだ」


「ええ、急いで行きましょう!」


俺の傍へと寄ったクロエは俺の手を握り、『転移のスクロール』を開いた。


「転移!ハムサ!」



無事転移し終えると、俺達は先程と同様の方向からNPCに聞き込みを始めた。

荒波のように過ぎ去っていく往来を掻き分け、NPCを見つけては話しかける。

ただ、やはりというべきか有益な情報が出てくることは無かった。


それでも、この街には確実な手がかりになるものがあると分かっているんだ。

はやる気持ちを抑え、それでも早まる自身の足で次々とNPCへの聞き込みを終わらせると街の中枢、この街の根源とも言えるオアシスへと足を運んだ。

いざ紙の切れ端探し!と意気込んていたところ、目の前には既にクロエの姿があった。


「あ。クロエ」


クロエが視界に入り、何気なく口から零れ落ちる。

するとクロエは肩を跳ね上がらせ、恐る恐るといった様子でこちらへ振り返った。


「GENZI君ですか? 驚いた、いきなり後ろから声をかけられたから……ここにいるってことはGENZI君もNPCへの聞き込みが終わったってことですよね?」


「ああ。そんでもって収穫はなしだったよ」


「やっぱりですか……私の方も収穫は無しでした。後は最後の切れ端を見つけて暗号を解ければこっちのものです」


長い髪を揺らし、意気込むクロエの声を背に、俺は既に切れ端の捜索を開始していた。

月光に照らされ煌めく細砂の中から砂金を見つけるかの如く、姿勢を低くして入念に辺りを見回していく。


「ありました!」


背後にいたクロエが大声で報告する。

その声を聴いてすぐさまクロエに近寄るとその指につままれた紙の切れ端へと視線を落とした。


そこに書かれていた文字は『五つの』。

そしてこの切れ端は右側にのみ破られたような跡が残っている。

それはつまり、この切れ端がこの暗号の始まりということを表している。


「これまでに見つかった切れ端は『結べ。その』『えはある』『頂より線を対に』『中心に答』『五つの』って書かれた五つの切れ端で、切れ端の破れ具合から見て始まりは『五つの』、終わりは『えはある』になりますよね」


頭の中で何パターンか考えてみる。

たったの六通りのパターンの内、一番可能性があるのはやっぱりこれな気がした。


「五つの頂より線を対に結べ。その中心に答えはある……」


自分に言い聞かせるように呟くと、その言葉はピースがうまくハマったようにしっくりときた。


「……ッ! GENZI君! それですよきっと!」


「ああ、俺も何となくそんな気がした。ただ、暗号が分かったとしてもその謎を解かないと意味ないんだよなぁ……」


そう、俺達は今ようやく謎解きのスタート地点に立ったのだ。問題はここからだ。

俺とクロエは近くにあった木製のベンチに腰掛けると紙の切れ端を繋ぎ合わせた。切れ端は切り口がピタリとはまり、ほぼ完全に復元される。


一枚の洋紙となった暗号を舐めるように隅から隅まで貪り見るが、これといって変わったことはない。

次に暗号文を目に焼き付けると、瞳を閉じ、頭の中で何度も反復させた。

視界を塞ぎ自分の内側へと意識を向けると、心の奥底に眠る深層記憶を引きずり出していくようにゆっくりと思考を巡らせる。


……駄目だ、全然思いつかない。クロエの方はどうなんだろう?

瞳を覆い隠していた瞼を持ち上げると、眼前で唸りながら考え込むクロエに視線を落とした。

この様子から考えて、クロエも分かってないんだろうなぁ……


その様子を見て思わず苦笑した俺は、大通りの人波の間から一瞬だけ視界に入ったモノから目が離せなくなった。

あれってもしかして……


クロエの集中を乱さないためにゆっくりとベンチを立ち上がると、細砂を蹴散らしながら視界に入ったソレに向かって駆け出した。

俺が見つけたのは出店で売られていた巨大なバルバロス共和国の地図だった。


やっぱりだ、間違いない!

地図を見て確信した。暗号の答えはあそこにあると。

答えが分かったのだからすぐに行きたい、というも願望はある。


けれど今向かってしまえばまた夜遅くまでプレイすることになり、翌日に辛い思いをするのは俺とクロエだ。

俺だけならばどうとでもなるがクロエも一緒となれば話は別。

クロエにはしっかりとその旨を伝えようと心に留め、クロエが唸りをあげているベンチへと戻った。


「クロエ、暗号の謎は解けたよ」


「本当ですか!? 凄いですね! GENZI君」


「それでなんだけどさ――」


俺は暗号の答えが指し示す場所、そして今日は一旦切り上げて明日行かないか、という提案をしっかりと伝えた。

クロエはその話に耳を傾け、最後には「分かりました」と微笑み、了承してくれた。


本当にクロエは人の話をしっかりと聞いてくれるし、意見を尊重してくれる。

その優しさと柔和な微笑みに思わずドキリとさせられた。


「それじゃあ今日はもう落ちて楽しみは明日にとっておきましょうか?」


「ああ、俺も今日は夜更かししないで早く寝ることにするよ」


何が面白かったのか俺の言葉を聞きクスクスと笑うと、クロエは再び俺の方へ向き直った。


「それじゃあまた明日、GENZI君」


「ああ、また明日」


ログアウト直前にクロエは思い出したかのように「おやすみなさい」とニコリと笑いながら言った。

俺が挨拶を返すよりも先にクロエはログアウトしてしまったが。


俺は口から溜息が零れるのを自覚した。

疲れたからじゃない、思わず見惚れてしまったからだ。

思わず今も思い出してしまう。

青い月光に照らされ、長い白銀色の髪は煌めき、絹のように白い肌は淡く光る。ぱちりと開かれた大きな翡翠色の瞳は見れば見るほど吸い込まれるようで……


そこではっと我に返った。

危ない、危うくこんな所で一人長々と彼女のことを思い出してしまいそうになった。

本当にこの感覚は何なんだろう……

胸を締め付けるような、この感覚は。


俺は半自動的に動いた手でログアウトボタンを押し、現実世界へと戻り、そのまま深い眠りへと落ちた。


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