毒蠍ヨ侵シ蝕ミ唆セ 参
朝、俺達はいつも通りの時間に集合し、登校し始めた。これまたいつも通り、人として当たり前の行為ではあるが俺達の会話は挨拶から始まる。
「おはようございます……」
「ああ……おはよ、ふぁぁあ……」
ただ、今日はどうにも眠気が取れず、頭がぼんやりとしていた。どうやらそれは俺だけではないようだ。
クロエもしっかりと歩いてはいるがその瞳はどこか眠たげで、目の下に僅かに隈が出来ている。
「星乃さん、昨日ちゃんと寝た?」
「え!? ちゃ、ちゃんと寝ましたよ~」
本人は隠せているつもりなのかもしれないが全く隠せていない。顔に嘘と書いてあるとはよく言ったものだ。
「そういう健仁君こそ、しっかり寝たんですか?さっきから大きな欠伸をしてすっごく眠そうですけど」
「い、いやぁ?そんなことないよ、うん。ちゃんとすぐに寝ましたとも」
と、完璧な回答を返したと思ったのだが、星乃さんはジト目で俺のことを睨んだ。何か不味い事でも言っただろうか?
「はぁ……健仁君って嘘つくの下手なんですね……」
「いやいや、星乃さんの方が……」
「「え?」」
あれこれと話している内に校門を通り抜け、既に昇降口までやってきていた。
俺と星乃さんは上履きに履き替えると教室に向かって歩き出した。
こうして廊下を歩いていると今でも思い出してしまう。
あれは星乃さんが転校してきてから一週間くらいだっただろうか、その頃はとにかく大変だった。
何が大変だったのか、それは星乃さんへの告白である。
その整った外見とハーフ独特の神秘的な雰囲気にコロっと落ちた男子達がこぞって告白しに来るのだ、しかも廊下で。
そしてそれら全てはあえなく全敗という結果に終わった。
俺としては内心ほっとしていたのだが、安心するにはまだ早かった。
振られた男子達が星乃さんと常に行動を共にしている俺を妬み、牙を剥いたのだ。
幸い俺の心の友、麒麟がその場を収めてくれたのでどうにかなったが危険すぎる。
今では星乃さんへの告白も減り、俺も平和な日常を送れ…てはいなかった。
未だに星乃さんに振られた男子達は俺を睨みつけてくるし、話しかけようとしても無視される。
うちのクラスの男子の中には星乃さんに告白した者がいなかったことが不幸中の幸いだった。
今日は二人共寝不足気味だったためか、歩く速度がいつもより遅く、ホームルームギリギリの登校となってしまった。
クラスの前の扉を開け、教室に入るとクラスメイト達の視線が一斉に寄せられ、俺達はまさに注目の的となっていた。
一体何故このような状況になったのかは分からなかったが、ひとまず自分の席に鞄をかけると、顔をニヤつかせている麟に話しかけた。
「これ、どういう状況?」
「ん~? いやぁ、すぐ分かると思うよ?」
「それってどういう――」
俺の言葉が終わる前にそれを遮るようにしてクラスメイトの男子達が俺の元へ、女子達が星乃さんの元へ一斉に集まった。これ、何か既視感を感じる……
「お前ら、コイツを取り押さえろ」
「「イー!」」
「ちょっ!?お前ら何すんだ!」
「最後に言い残す事はあるか?」
「はぁ?いや、マジで何を言っているのかさっぱり――」
「ええい!とぼけるなっ!!男女二人でホームルームギリギリに登校し、尚且つ二人とも眠そうにしている……これだけ証拠が揃っていてどう言い訳をする気だぁ?この裏切り者が!」
その証拠ってまさか……
「いやいやいや!ちょっと待て!俺と星乃さんはそういう関係じゃないからな!?」
「問答無用だ。やれ」
「やめろぉぉぉぉっ!!」
♦
「はぁ……」
「おいおい、そんなに溜息ついてたら幸せが逃げるぞ?」
「ほっとけ」
そりゃあ溜息だってつきたくもなる。
朝から身に覚えのない冤罪を着せられて男子連中からくすぐり地獄という名の拷問にあい、星乃さんが一体何を言ったのか知らないが女子連中は目を合わせると黄色い悲鳴をあげているし……
それだけならばまだ許せたが何故かこの情報が既にうちのクラス以外にも伝わっており、例の星乃さんに告白し玉砕された男子連中から昼休みに校舎裏に呼び出されるなどというイベントまで起こった。
まあ勿論俺はそんなイベントすっぽかして屋上で音楽を聴いていたわけだが。
「こうなりゃ音ゲーやってストレス発散するしかないな…!」
「へいへい。あ、そういや健仁、最近UEOで何してるんだ? 昨日とかもログインしてる時にメッセージ送ったけど今は無理って返信来たし?」
「あー、えーっと、先約が入っててな」
「先約ぅ?まさか星乃さんとデートしてたとかぁ?流石にないか!」
麟は冗談めかして笑顔で言い放つが割と的を射ているので恐ろしい。
「ああ、そ、そんなわけないだろ?」
「だよな~。じゃあ俺はこっちだから、また明日」
「おう、また明日」
俺が十字路を右曲がろうとした時、背後で麟が何かを呟いていた気もしたが気にしないことにした。「カマかけてみたらマジだとは……」みたいな声が聞こえた気がするが俺は何も聞こえていない。
♦
現実逃避をするように音ゲーをプレイしていると、星乃さんとの約束の時間である午後八時にデジタル時計の針が差し掛かろうとしていた。
慌ててDSM2を切り上げ、UEOに切り替えると、ワーヒドの街に降り立った。
辺りを見回すがクロエらしき人影は見当たらない。もしかしたら一人で探しに行ってしまったのかと思っていると、人混みの中から一人のプレイヤーが走り抜けてきた。
「あ、GENZI君!」
そのプレイヤーは俺の名前を呼び、手を取ると、後をついてきたプレイヤー達を振り払うように『転移のスクロール』を使用した。
「転移!イスナーン!」
♦
一瞬の間をおいて俺達はイスナーンの地を踏んでいた。
俺は自身の手を握る女性プレイヤーの横顔と頭上に表示されるプレイヤーネームを交互に何度も見返した。
「クロエ……?」
「はい、そうですよ」
ニコリと微笑みながら返事をするクロエの表情が今日は見てとれる。
俺が驚いたのはそれだ、昨日までは装備していたはずの顔を覆い隠す兜を外し、宝石が装飾された蒼色のサークレットをしている。
「今日はフルフェイスの兜じゃないんだな」
「GENZI君が顔が見れた方が感情を読み取り易いって……」
「え?昨日俺の心の声漏れてた……?」
無言でコクコクと頷くクロエに俺は頭を抑えた。
まさか心の声を口に出してしまっていたとは……我ながら阿保としか言いようがない。
ただ、昨日の俺にこうも言ってやりたいと思う。
よくやった!!
「やっぱりそっちの方が良いよ、似合ってるしね」
「本当ですか!」
「ああ、うん。それじゃあ早速聞き込みしちゃおう、昨日と同じペースでやってたら五大湖の聞き込み調査だけで五日近く使うことになっちゃうからね」
「はい!」
聞き込み調査を昨日よりも速いペースで終わらせていく。
コツを掴んだのか、一人一人に要する時間が少なくなったおかげだろう。
少し小走り気味で歩いていると人が多い大通りということもあり、人とぶつかってしまった。俺は反射的に謝った。
「あ、すいません」
「いや、こちらこそすまぬな」
それだけを言い残すと大柄な男性と思わしきプレイヤーは立ち去って行った。
あの雰囲気と声の感じ、どこかで会ったことがある気がするのだが……。
うーむ……どうにも思い出せない。
諦めてNPCへの聞き込みを続けようとすると、先程ぶつかった男性が巻物を落としていったことに気が付いた。
日本の伝統模様が入ったそれを届けようと辺りを見渡すが、大柄な男性の姿は既にどこにもなかった。
バルバロス共和国に来ているということは商業関連のことで来ているとみて良いはず。
それならばまた会う機会もあるかもしれないのでこの巻物はその時まで預かっておこう。
♦
そのようなハプニングはあったが、聞き込みは昨日の半分の一時間で終了。NPCからはこれといって目ぼしい情報を得ることは出来なかった。
そうとなればもうこの街でやり残したことは一つ、オアシス周辺にあるはずの紙の切れ端を探すことだ。
オアシス周辺によると、またしても二人で分担して探すこと数分、そこまで時間をかけずに切れ端を発見することが出来た。
「切れ端の内容は……『えはある』。この切れ端は右側にちぎったような跡が無いからこれが切れ端の一番右側ってことですよね」
「また一歩クリアに近づいたな」
「はい!この調子で今日は時間がまだあるのでタラータの聞き込みも終わらせてしまいしょう」
「それじゃあ転移、頼むぞ」
「任されました。転移!タラータ」
♦
「それじゃあ今までと同じように俺が右回りに、クロエが左回りにNPCの聞き込みをしていくってことで良いな?」
「はい。そろそろ有益な情報が欲しいですけどね」
思わず苦笑いを零したクロエと俺も全く同じ思いだった。
「まあ確かにな、それじゃあ行きますか!」
NPCへの聞き込みをしていく中、これまでと同じような話が続いていき、流石に飽きてきた頃合いにこれまでにはなかった話をするNPCが現れた。
年老いたそのNPCはこう言っていた。
「若いもんは知らんかもしれんが、五大湖は地下でビダーヤに繋がっとるんじゃ。ビダーヤは五大湖の源、まさにオアシスの母じゃよ」
それはつまり、五大湖とビダーヤが地下に繋がっているということ、直感でしかないがこの情報は使える気が何となくだがしていた。
その後の聞き込みはこれまで同様成果なし。
このままログアウトしようかと思ったが大事なことを忘れていた。
街の中央に鎮座するオアシスの元まで歩み寄ると、その近辺をくまなく探索していく。
「やっぱりあった!」
そこにはこれまでの紙の切れ端同様に砂場にナイフに貫かれた三枚目の紙の切れ端が刺さっていた。
俺と同様に聞き込みが終わり、こちらへと歩み寄ってきたクロエにもその切れ端を見せた。
「今度は『頂より線を対に』ですか……」
「これは両端ともに破いた跡がある。だからこの暗号の始まりではないけど……まだ三つ集めても内容が掴めないな……」
「そうですね……ひとまず今日はここまでにしておきませんか?まだまだ時間はありますからね」
「確かにそうだよな。うん、じゃあ……あ、最後にNPCが気になったことを少し言ってたんだけど――」
クロエにも一応NPCの老人が話していたことを伝え、ログアウトをすることにした。
クロエがログアウトする前、今日は早く寝るようにと釘を刺したところ、全く同じことを笑顔で言い返され、返す言葉も無かった。
最後におやすみ、と挨拶を交わし今日のUEOタイムは終了した。
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今日は大人しく音ゲーをせずに寝ることにした。もう学校であんな風にいじられるなので御免こうむりたいからな。
掛け布団をすっと胸元まで掛けると、自然と誘われるままに眠りの世界へと落ちていった。