毒蠍ヨ侵シ蝕ミ唆セ 弐
「分かった、俺もそのクエスト手伝うよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
勢いよくお辞儀したクロエは早速クエストの依頼者である、目の前の胡散臭そうなNPCに話しかけた。
「と、いうわけですので二人でそのクエストを請けさせていただきます」
「おお!ありがとうございます。今回お二方に依頼したのはバルバロス共和国の命ともいえる五大湖を汚染しようとしている毒の原因を突き止めることです。今は何とか私の魔法で毒の浸食を食い止めていますがそれも持ってあと一週間です。それまでの間に何としても毒の原因を探し出してくださるよう、お願い申し上げます」
「五大湖?」
「バルバロス共和国の各地に点在している五つのオアシスのことです。ワーヒド、イスナーン、タラータ、アルバア、ハムサの五つでオアシスを中心として都市が発展しているんですよ。因みに首都バルバロス、この街の中心にあるオアシスは五大湖に含まれていないんです」
「それまたどうして?」
「詳しいことは知らないですが確か過去に何かがあったと言われています」
「それじゃあ早速五大湖の調査に行くか」
テントの中から俺達が出ようとすると怪しげな店主は俺達を呼び止めた。暗幕にかけた手を止め、後ろを振り返る。
「最後に一つ、このことは誰にも口外しないで頂きたい。この情報はまだバルバロス共和国の中でも上層部の限られた人間しか知らない事柄です。もしも口外した場合は……そうならないことを願っております」
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「あの店主マジで何者なんだ?」
テントを出て路地裏を抜けると、不意に口から素朴な疑問が零れていた。
「さあ……初めて会った時から不思議な雰囲気の人でしたからね。私がこの道を歩いていた時に不意に声を掛けられて、その時にユニーククエストの話をされてまして」
「今に至ると?」
「はい」
大通りを歩いていると度々プレイヤーから好奇の視線に晒されるがゼルキアに比べれば幾分もマシだ。
それはバルバロスに来ているプレイヤーの大半が商人系の職業の者か、取引される物品を買いに来たプレイヤーの二種類に分けられるためだろう。
何となくで歩いていたが場所は分かっているのか、ふと気になったのでクロエに尋ねることにした。
「なあ、クロエは五大湖への行き方って知ってる?」
「はい。とは言っても私は一度訪れているので転移の石碑で別の街に転移するだけなんですけどね」
「俺はバルバロス以外の街には行ったことが無かったから助かったよ」
転移の石碑の前まで来ると、クロエは失礼しますと小声で呟いた後、俺の手を握り『転移のスクロール』を使用した。
女の子に、クロエに手を握ってもらえるのは嬉しいのだが、どうせなら鎧越しじゃなく普通に素手が良かったなどと考えていると視界が白い光に包まれていた。
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「さて、ワーヒドに着きましたね」
転移すると目の前に街の名前が表示された。成程、この街はオアシスの名前と同じでワーヒドというのか。辺りを見回すとバルバロス程ではないにしろ人々の活気が溢れた良い街だ。
「ここってあの定期便で来てたらどの位時間がかかったんだ?」
「だいたい三十分くらいですかね?私も昔は定期便を使用したことがありますよ。というか砂漠を歩いて街と街を移動したこともあります」
何故か胸を張るクロエに思わず笑みが零れる。
「む~…なんで笑ってるんですか」
「いや、っくく…ごめんごめん。何かクロエもそういうことするんだなって」
「もう……あ、豆知識何ですが五大湖の間を線で結ぶと正五角形になるんですよ?」
「へ~……それはともかく、えっと…手は繋いだままか……?」
「え? あ、すいません!!」
少し指摘してみるとクロエは慌てて手を離した。どうせなら何も言わなかった方が良かったかもしれないと内心少し後悔していた。
「いや、そんなに気にしなくていいけどさ」
「ううぅ……」
ワーヒドに着いた俺達がまず始めたのはNPC達への聞き込みだった。この手のクエストにはキーとなるNPCが居り、そのNPCと会話をすることでフラグが立つのだとクロエが教えてくれた。
ワーヒドの街全域となると聞き込みだけで丸一日かかってしまうのでオアシス周辺のNPC達に二人で手分けをして話を聞いていくことにした。
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「はぁ……」
聞き込み開始から早一時間。オアシスの周辺だけでも数百人という数のNPCが居り、クロエと二人で手分けをしても時間がかかった。しかもそれだけの時間がかかったというのに収穫は無し、何の情報を得ることも出来なかった。
俺が一人、オアシスのほとりのベンチでうなだれているとクロエがやってきた。やはり兜を被っている為表情を窺うことは出来ないがその足取りの重さから恐らく結果は俺と同じだったのだろう。
「すいません……NPCの方々に話を聞いて回りましたが私の方は収穫無しです……」
「大丈夫だ、俺もだから……」
「「はぁ……」」
この聞き込み調査というのは思ったよりも精神的に疲れた。UEOのNPCというのは頭部のカーソルさえ表示されなければプレイヤーと見分けがつかない程に人間らしいのだ。
それ故に重要なワードを聞き逃すまいと集中して話を聞いていても他愛のない世間話が出てきたりする。さらには話しかけるたびに毎回違う話をするので一人のNPCに対して何回か話しかけてみなければならないのだ。
もうワーヒドを出て次の街に聞き込みに行こうとベンチを立ち上がった時だった。オアシスのほとりの砂の上に何か光るものが見えた。
気になり近寄ってみると、その光の正体が日光を反射したナイフであることに気が付いた。砂に突き刺さったナイフは何かを貫いていた。紙のようなその何かを調べるため、ナイフを引き抜くと砂がさらさらと零れ落ちる。
「これは……!!」
ナイフが貫いていたのはボロボロの紙の切れ端だった。その紙には何か文字が書かれており、アイテムのカテゴリーは重要アイテムに設定されている。
「クロエ!手がかりになるかもしれない物を見つけた!」
「本当ですか!」
急いで駆け寄ってきたクロエに紙の切れ端を見せる。
「『結べ。その』……?」
これは恐らくこのユニーククエストで重要なカギとなるものなのだろう。ただ、切れ端ということは他にも切れ端があるということだ。
恐らくこのユニーククエストではこの切れ端を集めていきながら原因を追っていくものなのなんじゃないか?
「これだけではまだ分かりませんね……ただ、これで一つハッキリしました。このクエストではこの切れ端が攻略のカギになるはずです」
「ああ、となれば他の四つの街にも……」
「これと同じ切れ端がある。そういうことではないでしょうか?」
「それじゃあ早速探しに! ……と行きたいところなんだが時間も時間だし、今日は止めておかないか?」
聞き込みやら何やらをしている内に時刻は十時半を回っていた。まだ今日は週の初めである―実際は日曜日だが学校の始まりという意味で―月曜日だ。今日から夜更かししていては学業に支障が起きるかもしれないし、何より一緒にプレイしているのが麒麟ならば問題もないのだが、女子であるクロエとなれば別だ。
「う~ん……そうですね。今日は止めておきましょう。明日は続きから再開ということで、おやすみなさ……あっ!ちょっと待ってください!」
クロエは突然大きな声を出し、その声に一瞬周りの視線が集まった。
「ど、どうかした?」
「私まだGENZI君とフレンドになってませんよ!」
そう言うと俺の画面にクロエからフレンド申請が来ています、という文面が表示された。承諾をタップすることで無事、クロエがフレンドに登録された。
「これでいいか?」
「はい!それじゃあおやすみなさい、GENZI君」
「ああ、おやすみ」
最後に手を少し振るとクロエはログアウトした。俺もそれに倣うようにシステムを開くと、ログアウトボタンをタップした。
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クロエにああ言った手前で何だが俺はVRヘッドセットを着けたまま、UEOとは別のアプリを開いた。無論それはDSM2。結局中途半端な所で終わったからな、十二時くらいまで思いっきりやるとするか!
目を瞑ると意気軒昂に再び音ゲーを始めるのだった。
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「はぁ……」
ログアウトした私はふかふかの枕に顔を埋めながら深く息を吐いた。
健仁君と出会ってからというもの、どうにも挙動が可笑しくなることがある。それに健仁君と一緒に居る時間が楽しく、心地いいからって今回はクエストを手伝ってもらってしまった。
何だかその優しさに付け込むような感じがして抵抗があったが、やはり健仁君はクエストを引き受けてくれた。
結果として健仁君をユニーククエストに巻き込む形になってしまって申し訳ないはずなのに……
どうしてあんなに私は嬉しかったんだ……
「……っ~~!!」
言葉に出来ない言葉を胸に、体をベッドにあずけて悶々としながら目を瞑った。