毒蠍ヨ侵シ蝕ミ唆セ 壱
いつも通りの時間に起床し、いつも通りの朝食を食べ、朝の身支度を終えると予定通りの時間に家を出た。今日はあいにくの曇り。まるで俺の心が空模様に反映されているようだ。
家を出て、待ち合わせの場所に向かうと既に星乃さんの姿がそこにはあった。
「あ、健仁君。おはようございます」
「おはよう、星乃さん」
朝の挨拶を交わすとそのまま歩き出した。いつもならばどちらかが始めた他愛のない会話を学校に着くまでするのだが、今日はどちらからも話題が出ることはなく、沈黙が続いた。
その沈黙を破ろうと口を開く。
「あのさ…」
「あの…」
丁度タイミングが悪く、俺と星乃さんの言葉が重なってしまう。俺は手でどうぞと合図を送ると星乃さんが小さな唇を動かした。
「その、昨日はありがとうございました。健仁君が最後まで全力で戦ってくれてとても嬉しかったです」
「そんな…俺は何もしてないよ。でも驚いた、星乃さんもゲームやるんだ」
「はい、私結構ゲーム好きなんです。最近はUEOに一番ハマってます」
「まあ、確かに『天翼』なんて呼ばれるくらいやり込んでるしね」
冗談めかしてそう言うと星乃さんは恥ずかしそうに頬を赤らめると、恨めしそうにこちらを見てきた。
「健仁君だってUEOの中では初のユニーククエストクリア者として有名なGENZIじゃないですか。それに昨日の戦いぶりを見ていたプレイヤーに二つ名をつけられていましたよ?」
「え、うそ?」
「本当ですよ~、ほらコレ見てください……ってそういえば連絡先交換してないんでしたね。これ私のPIPEのIDと電話番号です」
星乃さんは鞄から手早くメモとペンを取り出し、書き記すと俺に見せてくれた。PIPEというSNSアプリはあまり使っていないが確か簡単にメッセージのやり取りが出来るものだと記憶している。
一応PIPEはインストールされていたので星乃さんのIDを入力すると、着信音が流れてきた。
星乃クロエ:星乃クロエです。改めてよろしくお願いします(≧▽≦)
http;//UEO.wiki.jq/matome/news.html
挨拶のメッセージと共に送信されてきたのはウェブサイトのURLだった。それをタップすると出てきたのはニュース記事のようなものだった。
「あのユニーク攻略者である期待の新星GENZIに二つ名が……? その二つ名とは剣舞死!?」
「読みましたか?」
「何だよ剣舞死って……」
「何でも戦っている姿が剣舞のように美しく、それでいてHPを自ら削り死に急ぐ様からつけられたとか…ふふっ」
「どうかした?」
「い、いえ、気分を悪くしたならすいません。ただ健仁君もそういう顔をするんだなって…」
星乃さんは未だに笑っていたが不思議と嫌な気分にはならなかった。その笑顔を見ていると思わずこちらも笑顔になってしまう。
だが、そこまで笑う程面白い顔を俺はしていたのだろうか? そう思い、金属製の下駄箱に反射した自分の顔を覗き込むのだった。
♦
学校が終わり、真っ直ぐ家に帰ると俺は自室のベッドに寝ころびVRヘッドセットを起動した。俺が選択したゲームはUEOではなく、DSM2だった。
「ふー…ようやく心置きなく遊べる」
最近はUEOのイベントで忙しく、買ったのはいいもののDSM2を遊べていなかった。そのせいで音ゲー欠乏症に陥ってしまった。
その渇きを満たすべく、今日は音ゲー尽くしで楽しもうと心に決め、ダンスパネルの上えと身を躍らせた。
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「クッソあともうちょいなんだけどな……」
時間も忘れて音ゲーに熱中しているとリザルト画面で着信が来ていたことに気が付いた。PIPEを開くと二時間ほど前に星乃さんからメッセージが届いていた。
星乃クロエ:健仁君今日の夜UEOにログインできますか?
神谷健仁:ごめん返信遅れた。今日の夜って何時くらい?
これでしばらくは音ゲーを出来ると思っていたら、数十秒と経たずに返信が返ってきた。
え、返信返すの早くないですか?
星乃クロエ:だいたい八時くらいからでしょうか?
時間が空いてなければ無理する必要は本当にないので
神谷健仁:その時間なら大丈夫だよ。どこに行けばいい?
星乃クロエ:ゼルキアの王城付近に大きな建物があると思うので、そこの大門前で集合しましょう
神谷健仁:了解。八時に王城付近の大きな建物の前ね
今はだいたい午後六時半くらいだ、まだ一時間半の余裕がある。そうとなれば時間を最大限に使って音ゲーをやるしかないだろう!
再びダンスパネルの上に戻るとDJモンキーに話しかける。
「『ビターダンス』で頼む」
「モードはどうするYO?」
「勿論クレイジーだ」
「OK!ミューズィック…スタァート!!」
♦
約束の時間になった俺は呼び出された大門近くの民家の上にいた。え?何故民家の屋根の上に居るかって?そんなのあの大通りにを俺が歩いたら即捕獲されるからだよ。
それにしてもこれだけ巨大な建造物に気が付いていないとは思わなかった。その巨大な建造物は王城に匹敵するほどの広大な敷地を有しており、外観だけをとっても壮観なものだ。
大門が開かれ、中から人が出てきた。こんな建物から出てくるなんてどんなプレイヤーなのかと思い、目を凝らして見るとそれが星乃さんであることが分かった。
「マジ……?」
クロエは辺りを見回し、どうやら俺を探しているらしい。急いで屋根から降りると大門前で待つ星乃さんの元へ向かった。
「ごめん、待たせちゃって」
「大丈夫です、私も今来たところですから」
俺が謝ると星乃さんは笑って許してくれた、と思う。というのも星乃さんは顔全体を覆う兜を着用している為表情が窺いきれないのだ。
何となく声音から笑っているのだろうという程度でしか読み取れないため難しい。
「それじゃあ場所を移しませんか。ここだと目につきますし」
「あ、うん」
確かに『天翼』のクロエ様と変な仮面をつけた男が二人でいれば注目を浴びてしまうだろう。現に今、通行人の視線を浴びている気がする。
星乃さんは『転移のスクロール』を取り出すと、俺の右手を握り、町の名前を口にした。
「転移!バルバロス!」
♦
転移先の街はアラビア風の建造物が立ち並ぶ、日差しの強い所だった。街は砂に囲まれており、町の中央にはオアシスがある。
大通りは活気ある商人の声で埋め尽くされ、あちらこちらから客寄せの声が聞こえてくる。色とりどりの商店が立ち並ぶこの街のことを俺は知っている。
「バルバロス共和国首都、バルバロス……」
「けん……GENZI君来たことあったんですか?」
「ああ、前に一度友達と来たことがあるんだ」
「そうなんですか?あ、こっちです」
星乃さんに連れられるまま歩いていくとドンドンと薄暗い路地裏へと足を踏み入れていく。道の脇には関わってはいけない雰囲気を醸し出したNPCのお兄さん方が佇んでおり、こちらを睨みつけてくるので恐ろしいったらありゃしない。
歩いていくと段々と雰囲気が怪しくなってきた。立ち並ぶ店は毒々しい草花や檻に入れられた謎の生物などが陳列され、変わった匂いの香が焚かれている。
「ほし……じゃなかったクロエさん?これ本当に道あってる?」
「クロエでいいですよ。この道で間違いないです、もう少し歩けば見えてくると……あ!あれです!」
クロエが指差したのは正面にある紫色のテントだった。看板や表示は無く、入り口は暗幕が垂れ下がっており中は見えない。
そのまま歩いて近づいていき、暗幕をまくり上げるとクロエはテントの中へと姿を消した。後を追うように暗幕をまくって中に入ると、テントの中は外観と同様、紫紺色の光ぽつぽつと照らしだしていた。
正面には目深にフード付きのローブを被ったNPCが席に着き、水晶玉を構えている。
「おお、貴方は……どうでしょう、引き受けてくれる気になりましたか?」
「その前にこの人にも私と同じ話を聞かせてあげてくれませんか?」
「ふむ……すいません、少しお手を拝借してもよろしいですか?」
俺が右手を差し出すと目の前のNPCはそれをじっくりと観察した後、水晶玉にかざした。すると水晶玉が淡く光り、NPCは俺の手を解放した。
「この方も問題なさそうです。お二人で一緒に受けてくださるのですか?」
「ユニーククエスト『迫れ、唆毒の正体』を開始しますか?」
目の前にはYESとNOの選択肢が表示される。
「これって……!?」
「はい、ユニーククエストです。私は初めてですがGENZI君は他に二度経験してるんですよね?それで相談したくてGENZI君を呼んだんです」
「俺とクロエ以外に知ってる人は?」
「一人だけいます。信頼できる人なので大丈夫ですがその人ではこのユニーククエストを受注することは出来ませんでした」
「何かクエストのフラグがあるのか……」
「恐らくそうだと思います。それでもしかしたらGENZI君なら出来るかもしれないと思いまして…」
成程、それでユニーククエストをクリアしたことのある俺に相談したというわけか。ユニーククエストは非常に難易度が高い、出来るならば知り合い全員に声を掛けて一緒に攻略した方が良い。
「信用できるフレンド全員に声を掛けてこのユニーククエストに参加できるか試してもらった方がいいと思う。流石にユニーククエストを二人だけでクリアするのはかなり不可能に近いしね。そういえばこのユニーククエストの内容ってどういうものなんだ?」
「要約すると、汚染され始めているオアシスから毒を抜いて、その原因を見つけて報告すればいいみたいです」
ユニーククエストではこれまでにないタイプだ。また面倒なことに首を突っ込むことになりそうだな……このままだとまたしばらく音ゲーはお預けになりそうだ。
内心溜息をつきつつも新たなユニーククエストに胸を高鳴らせていた。