音ゲーマニアが決勝で戦うようですよ
「はぁぁ……」
控え室に戻るや否や盛大な溜息をつき、ベンチに座り込んだ。何というか戦闘によるものではない精神的な疲労を負った気がする。
まさかUEOのトッププレイヤー『天翼』のクロエが星乃さんだとは思いもよらなかった。何だかんだで全力で戦ってしまったが今思い返すと何とも言えない気分になった。
「明日学校でどんな顔して会えばいいんだ……」
「普通にしてりゃいいんじゃね?」
「うおっ!?」
直前まで誰も居なかったはずなのに俺の独り言に反応が返ってきたため、声が聞こえてきた方向を振り返ると一人のプレイヤーが立っていた。
話しかけてきた男はこちらに近寄ると俺の隣に腰かける。
「あなたは?」
シャツの上からでも分かる鍛え抜かれた鋼の肉体、そして片目に傷のある強面の顔。一度でもあっていたとしたら印象に残っているはずなのだが思い出せない。
「おいおい、俺の顔忘れちまったのか? あ、もしかして……」
インベントリを開き装備フィギュアの欄をいじると、眼鏡が出現しそれをかける。男は俺に背を向けると乱れた髪を手で掻き分け、セットし終えるとこちらへ振り向いた。
「これで分かるだろ」
「もしかしてカフェのマスター……?」
「そうだ」
俺が理解するとマスターは眼鏡をはずし、短髪を髪をぐしゃぐしゃと元に戻す。
「というかどうしてマスターがここにいるんですか?ここは本選に出場する選手の控え室だから関係者以外は立ち入り禁止だったと思いますけど」
「あ? あ~……そうだな、じゃあ俺は観客席に戻るから試合頑張れよ」
「はい。わざわざありがとうございます」
最後に背を向けたまま手をひらひらと振るとマスターは控え室を出て行った。試合が終わった後に外していた『結晶蝶の仮面』を再び装備すると会場にアナウンスが響く。
「皆様お待ちかねの本選決勝のお時間がやってまいりました!決勝に出場する二名の選手は入場してください!」
どうやら決勝までにゆっくりする時間は無いらしい。
溜息を一つつくと、最後の試合に向け気持ちを改め闘技場へと一歩を進めた。
♦
闘技場内に入ると観客がどっと沸くのが分かる。観客席は元々満員だったのだが今では客席の間の通り道や階段部分にも立ち見客がいるため身動き一つとれなさそうだ。
「やってまいりました決勝戦!数多の強敵たちとの激闘を制し、この場に上り詰めたのはこの男たち!!東ゲートより姿を現したGENZI選手と西ゲートより姿を現したオウガ選手です!」
「両選手ともにここまでの試合で素晴らしい技を見せてくれました。決勝戦も見ごたえがありそうです」
「ガッチさんもこうおっしゃられております!もう皆さん待ちきれないでしょう!それでは一足先に私が試合開始の合図を出させていただきます!」
「それでは…試合…開始!!」
試合開始の合図とともに俺が動き出すことは無かった。俺は対戦相手の、オウガの顔を穴が空くほど凝視していた。
オウガと呼ばれるそのプレイヤーの顔は間違いなく、マスターだったからだ。
「…マスター」
「今はマスターじゃねえ、『破壊王』オウガだ。なあ、GENZI?」
「……っ。ええ、戦う前に一ついいですか?」
「何だ」
「オウガ、あなたは俺と初めて会った時から俺がGENZIだと知っていたんですか?」
「ああ、もちろんだ。俺はお前と戦うこの時を待ち望んでいたんだからな!」
唐突に終わる会話。それは試合開始の合図だった。
右手を背中に背負う特大剣の柄にかけ、オウガは素早い動きで距離を詰めてくる。確かにその巨躯からは考えられない程に素早い。だが、クロエの方が何倍も速い…!
「『瞬身』」
足先が地面をへこませるほど強く踏み切り、一瞬でオウガの背後へと回り込む。一連の動きからしてオウガは俺よりもAGIが低い、それならばやりようはいくらでも……
その時、オウガと視線が交差した。
草食動物を捉えたライオンの如き鋭い眼差しが向けられ、全身を貫くような悪寒が走る。AGIで圧倒的な差があるのは歴然、それならば何故オウガは俺の動きについてこられている!?
咄嗟の事に混乱するがそれでもオウガから視線は外さなかった。このくらいのことなら今まで音ゲーで山ほど経験してきたはずだ。
心は熱く、リズムに乗って。頭は冷静に、常に視野を広く。俺の師匠が教えてくれた基礎中の基礎。忘れかけていたそれを思い出させられた。
視線の先でオウガが動いた。そう思った時には既にオウガの姿は視界から消えていた。
「なっ!?」
集中しろ。全神経を耳に、音を捉えれば居場所が分かる。居場所が分かれば対策が出来る。
聞えてきた、音の方向は後ろ…!
刀を構え背後を振り向くとそこにオウガの影はなかった。
呆然としていると背後から独り言のような呟き声が聞こえてきた。
「まだまだ青い……これじゃあまだ、エクロードには及ばない……」
「え……?」
俺の体は文字通り宙を舞っていた。遅れて腹部に違和感を覚えて確認すると大きな風穴が空いていることに初めて気が付く。
一体何が起きたのかが分からず頭が混乱する。だが、ゲージが全て消えたHPが視界に入り、俺はようやく現状を理解した。
俺は負けたのか……
体がポリゴンの欠片となり露散していく中頭をよぎったのはオウガの先程の呟きだった。一体何故、オウガは俺の師匠の名前を知っていたんだろうか。
♦
決勝戦から数時間が経ち、現在時刻は午後八時を回ろうとしていた。今回のイベントに参加したプレイヤー達全員に運営より報酬が配られる時間だ。本選の参加者にはさらに別途で報酬が用意されているので期待に胸を膨らませながら、俺と麒麟はマスターことオウガさんが経営するカフェでコーヒーを飲んでいた。
「お前ら何でうちの店に来てるんだ?」
「いや、だって俺達が表の店に行くと捕獲されるので……」
「まあユニーク攻略に加え、イベントでの戦いもバッチリ見られてたからな……っと運営から報酬が届いたみたいだぞ」
「「まってましたぁ!!」」
メールのアイコンをタップすると大量のメールが表示される。一つ一つ確認するのは面倒なので一括で選択すると、全てのメールを展開した。
すると…
「おおぉぉ……」
入手したアイテムは以下の通りだ。
GOLD:2000000
武器強化石(小):1000
武器強化石(中):500
武器強化石(大):100
武器強化石(特大):5
防具強化石(小):1000
防具強化石(中):500
防具強化石(大):100
防具強化石(特大):5
紅蓮の紅玉:1
称号:1
強化石は常に不足しているので非常に助かる。因みに+1~3が(小)、+4~6が(中)、7~9が(大)、+10に強化する際に(特大)の強化石が必要となる。一つの武器・防具を最終段階まで強化しようと思うと(小)の強化石は+1で50、+2で50、+3で100の合計200個。(中)の強化石は25、25、50の合計100個。(大)の強化石は5、5、10の合計20個。そして(特大)の強化石は1個が必要となる。
そして紅蓮の紅玉。このアイテムのためにイベント予選に出場したらこのようなことになったのだから世の中何があるか分からないものである。
アイテムボックスから取り出すと、これをねだった本人であるマーガレットが俺の肩から腕を伝って赤い宝石に近寄るとくちばしで咥えて嬉しそうに鳴いた。
俺が目を離そうとした時、マーガレットは宝石を咥えたまま上を向くと口を大きく開き、拳大の大きさはある赤く輝く宝石を丸のみにしてしまった。
「おい!? マーガレット、今すぐ吐き出せ!」
急いでマーガレットの背中を叩いて吐き出させようとするが一向に吐き出そうとする素振りを見せず、ぷいと顔を背けると肩に飛び乗った。
見た所害がなさそうなので今度こそ称号という気になる報酬を確認しようと思うと、隣で麒麟が口をぱくぱくと開き、俺の肩に止まったマーガレットを指差した。
「GENZI……何か光ってる………」
恐る恐る左肩の方へ振り返ると全身から淡く赤い光を発するマーガレットの姿が見えてきた。
「ピー?ピピッ……!?」
「マーガレット!」
光が徐々に強くなり、辺りを赤い光が満たした。光が徐々に収まり目が開けるようになるとマーガレットに驚くべき変化が表れていた。
「マーガレット、お前……赤いぞ?」
「ピー?」
マーガレットの純白の体毛が赤く染め上げられ、たてがみは燃え盛る炎のように橙色の毛が立ちあがっていた。
「急に光り出したかと思ったら……何だ、進化か……」
「進化?」
「何だ、お前モンスターをテイムしてるくせにそんなことも知らねえのか?モンスターは一定のLVに達するか特殊な条件が整うことでその姿を変え、新たなる個体に進化するんだよ」
「ほお……」
「ま、特に害はないから安心しろ」
オウガさんの言葉を信じ、マーガレットのことが気にはなるが一度頭の隅に置き、報酬の称号を確認することにした。
『第二位』
第一回公式イベント本選にて、第二位の成績のプレイヤーに贈られる称号。
効果:二つ名とプレイヤーネームのフレームが変化する
二つ名の横に称号『第二位』が表示される
「クソいらねぇ……」
一体何なんだこの効果は?
俺は少しでも目立たない様にとプレイヤーネームが初対面の相手には表示されない『結晶蝶の仮面』を被っているというのに何故さらに目立たせなければならないのだ。
俺が深く長い溜息を吐いていると、それに続くようにオウガさんも溜息を吐いた。どうしたのかと思いオウガさんのことを見ていると、目が合った。その瞬間、オウガさんの目には希望の色が戻り、物凄い勢いでウィンドウを操作すると俺にフレンド申請を送ってくる。
疑問は残ったままだが申請を承諾するとすぐさまメールボックスにアイテム付きのメールが送られてきた。
「ん?これは……」
メールを開きアイテムを獲得するとそれはどうやらチケットのようだった。しかもこのチケット、どうやら現実世界でも使えるものの様だ。一体何のチケットなのかと確認してみると我が目を疑った。
そのチケットは俺がとろうと予約開始数分前からボタンを連打したのに予約することが出来なかった『Beat Sword Dancer Evolution』のVIPチケットであった。
「貰っていいんですか!?」
「ああ、やるやる。運営からの報酬の中に含まれてやがった。どうやら『Beat Sword Dancer』の会社を『Utopia Endless Online』の会社が買い取ったらしくてな。それで『Beat Sword Dancer』の次回作である『Beat Sword Dancer Evolution』のお披露目の際に今回の公式イベントで優勝した俺が何故かゲストとして出演することになっていたってわけだ」
「ありがとうございます!この披露会行きたかったんです!」
「そいつは良かった。俺はこういうイベントには行きたくないんでな、運営には俺から問い合わせておく」
その場で俺達は解散し、俺は明日の学校に向けて深い睡眠をとるのだった。