音ゲーマニアが事件に巻き込まれるようですよ
エイミーのその言葉を聞き内心ドライな気分になった。何を隠そう俺は、亜三とは違って昔から外に出て遊ぶよりも屋内で遊んでいるのが好きな、いわゆるインドア派の人間だったのだ。ゲームの世界でも出来ることなら転移という手段があるならば使ってほしいものなのだが我が儘を言うわけにもいかないだろう。
大人しく亜三の言う通り、歩きで行くとしよう。それはそうと、先程から何か大事なことを忘れているような気がするのだが一体何を忘れたのか、皆目検討もつかない。
何気なく下ろした視線がUIの右下で止まる。表示されている時刻は13:27。
「あ…思い出した…」
「ん?どうかしたの?」
「エイミー、一旦ログアウトしよう。俺達まだ昼ご飯食べてない」
俺の言葉を聞き思い出したと言わんばかりの顔で現在時刻を確認しているようだった。
「そうだね、一旦ログアウトしよっか」
言うや否やエイミーはログアウトしてしまったので後を追うようにして俺もログアウトした。
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「GENZI様ログアウトですか?」
「ああ、昼ご飯を食べたらすぐ戻ってくると思う」
「分かりました。それではまたのプレイをお待ちしております」
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目覚めると二階にある俺の部屋でも香ばしい良い匂いがしてきた。ベッドから体を起こし閉めていたカーテンを開くと、日光とそれを反射した光が窓から差し込み、思わずカーテンを再び閉めてしまった。
「こんなんだからあいつに吸血鬼とか言われるのかな…」
一人ごちると階段を降り、匂いを辿ってリビングへ着いた。既に亜三は椅子に座って昼ご飯である、スパゲティーを食べていた。
「あ、お兄ちゃん」
「よ。とは言ってもさっきまで話してたから変な感覚だけどな」
「あははー…確かにそうだね。そういえばお兄ちゃんってLVが上がった時のステータスポイントって割り振った?」
「あー…忘れてたわ、戻ったら王都に向かう前に割り振っとくよ」
「いや、待った方が良い…かもしれない」
「何か理由でもあるのか?普通に考えればステータスポイントを割り振った方が強くなれるから早く割り振った方が良いと思うんだけど」
「私も最初はそう思ったんだけど、ジョブチェンジ後の職業に合わせてステータスポイントを割り振った方が良いかもしれない」
「なるほどな…確かに俺なら可能なのか」
「お、流石お兄ちゃん。やっぱりこういう頭の回転は速いねぇ。お察しの通り普通は絶対に出来ないことなんだけどお兄ちゃんはユニーククエストを攻略したおかげで一気にLVアップしたから可能ってわけ」
「でもそんなことをしたところで意味あるのか?」
「実はあるんだよね、これが。ジョブチェンジ後の職業って今の職業とは全然違ったりもするんだよね。そうなったときに初期職で割り振ったステータスが無駄になるってことはUEOではよくあることなの」
「だからジョブチェンジ後にステータスを割り振った方が効率よくステータスを振れるってわけか」
「その通り!」
「それと亜三、実はまだ話してないことがあってさ、称号のことなんだけど………やっぱり後でにするわ」
「え?今教えてくれれば………なるほど…」
そこからは兄妹二人仲良くスパゲティーに粉チーズを掛けていただいた。何故かって?それはキッチンから見る母さんの目が怖かったからだよ。あの怖い笑みを浮かべる亜三に似た感覚、やはり血の繋がった親子なんだなと心の底から思った。
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「お帰りなさいませ、GENZI様。ログインの準備は出来ておりますよ」
「ありがとう。それじゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
ドアノブを捻り一歩踏み出した。
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「待ってたよ、GENZI君。それじゃあ行こっか?」
「その前にさっき言おうとしていたことなんだけど、実は俺五輪之介を撃退したときに称号を二つ貰ったんだ」
その二つの称号を見せると案の定エイミーは食いついてきたのだがそれをなだめながらどうするべきか聞いてみた。
「私に言わせるとこの称号は破格の性能だね。経験値取得増加(大)なんて聞いたこともないし、種族の龍人っていうのはそれよりも遥かにヤバいものなんだよ」
「というと?」
「実はお兄…GENZI君以外にも新しい種族を発見したプレイヤーって三人くらいいるんだ。そのうち二つの種族は誰でも時間を掛ければ取れるものなんだけど残る一つは発見者以外がなれないものだったの。その種族になったプレイヤーは今も最前線で戦ってるプレイヤーなんだけど他と一線を画す強さなんだよね」
「なるほどな、まあ使えるものは使った方が良いだろ。それで?種族っていうのはどこで変更できるんだ?」
「…お兄ちゃんって意外と図太いよね…種族の変更もジョブチェンジの神殿と同じところで出来るよ」
「今なんか小声で言わなかったか?」
「何も言ってませんー」
「あ、おい待てって」
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アズマの町を出てから歩いているが正直退屈していた。出てくるモンスターは片っ端からエイミーが片付けてしまうため俺の出番はないし、先程から周辺の風景は代わり映えせず森、山、川を繰り返し見ている気がしてならない。途中霧が濃くて視界が白一色になった時は焦ったがエイミーの言う通りに歩くとすぐに抜けることが出来てしまった。
「よし、ひとまずギャレット洞窟まで着いたね」
洞窟の中に入る前に何やら武器を変えているようだ。今使っているのは自身の身長よりも長い大太刀だったが今持ち替えた武器は両刃付きの巨大な斧だ。何れも高ランクのアイテムなのだろうが何故こうも禍々しいものばかりを選ぶのか不思議でならない。
先程までと同様にエイミーがモンスターを瞬殺しながら細い通路を駆け抜けるように進んでいく。道中宝箱やトラップなどもあったが全てスルーして最短距離を進んでいるようだ。
それまで平坦だった道が突然坂道に変わったので出口が近いのかと思いきや俺の考えは半分正解で半分不正解のようだった。坂道を登り切った先は東京ドーム一個分はあるのではないかと思える程広い空間だった。
「一撃でも当たると死んじゃうからGENZI君は私の後ろにいてね」
そういうとエイミーは地面に落ちていた石を持ち上げ前方に向かって投げた。
すると、地面が揺れ動き、そして。
「…何だ…?…あれ…」
今の今まで巨大な岩だと思っていたものはゴーレムの背中だったようだ。ゆらゆらと立ち上がり怪しく光るその目がこちらを見た。
ゴーレムへとエイミーが駆け寄り今までのように切り伏せて瞬殺かと思いきやそうはいかず、事件は起きた。
背中に違和感を覚え触れるとそこには………一本のナイフが深々と突き刺さっていた。
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エイミーとGENZIが去った後のクラン『暴風の渦』にて紫苑とクランメンバーの間では緊急の案件が話されていた。
「何!?それは本当なのか?」
「はい、間違いありません」
「それはまずいことになったぞ…接触してくるとすればギャレット洞窟か、あそこは歩いて王都に向かうとなれば確実に通らなければならない道だからね…」
「どうしますか?流石にエイミーさんと言えど奴らと戦いながらGENZI?を守るというのは至難の業でしょう」
「まったく、面倒な奴らに目を付けられたものだよ…よりによってあの、『ギルティーエッジ』だからなあ…」
「応援を向かわせますか?」
「いや、今から応援を送ったところで間に合わないだろう。俺達はあの二人がPKer達に勝つことを祈るだけしかできないよ。まあ、多分大丈夫だと思うけどね」
「何故そう言えるのですか?」
「彼、GENZI君には期待してるんだ、きっとうまくやってくれると信じてるよ」
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「なん!?これ…は!?」
そのナイフを背中から抜こうとした瞬間、体の力が抜け、顔から崩れ落ちた。HPバーの下についているマークからして恐らくは麻痺と毒の状態異常。よく作りこまれているというべきか、呂律まで回りにくくなっている。しかし、力を振り絞って大声を出した。
「エイ…ミー!後ろ…から不意打ちを…受けた!」
「…っ!!」
瞬間、ゴーレムに向かっていた脚を反転させ、俺の方へ距離を詰めると、俺に青色の液体を降りかけ、親猫が子猫を外敵から守るように、俺の前に立ち不意打ちをしたプレイヤーの方を睨みつけた。
「よりにもよってこんな時に…!!」
「よぉ!『狂姫』様。この前の借りを返しにきたぜ?」
俺達が通過してきた道から格好も性別も種族も、何もかもがバラバラな集団が現れた。ざっと20人はいるだろうその集団はこちらへ着実に近寄ってきている。
「GENZI君!私はこいつらの相手をするから、状態異常が解けたらGENZI君はその間何とかゴーレムの相手をしていて!」
「了…解!」
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数秒と経たずに麻痺と毒の効果は消えた。立ち上がるとエイミーに背中を預け俺は真っ直ぐにゴーレムの方を見た。
「流石に後ろで見てるだけで退屈してた所だ…!俺と一緒に戦おうぜ、ゴーレムさん?」
とは言ったもののどうしたものか…エイミーが確か、コイツの一撃を喰らうと即死と言っていたので先ずは相手の動きを見させてもらうとしよう。
ゴーレムは、その巨体に似合わず俊敏な動きで俺に近寄るとその巨腕を力任せに叩きつける。だが、これよりも速い相手と昨日戦ったばかりなので、余裕をもって回避することができる。続けざまに放たれた平手も難なく右にステップすることで避けた。
その後も単調な動きを繰り返すばかりで、五輪之介のように奇襲攻撃や緩急をつけた攻撃はしてこない。
「頃合いか…」
そこでようやく俺は、腰に差したままであった二振りの刀を抜いた。
あの時と同じように。左手に『不知火』を、右手に『狂い桜』を持つ。
「悪いな、お前の動きが簡単すぎるからもう覚えちまった。それじゃあ今度はこっちから行くぞ!」
ゴーレムの方へ駆け寄ると、それに反応したゴーレムが応戦しようと腕を振るう。
俺はそれを上体を低くすることでスピードを殺さずに避けると、ゴーレムの足に勢いを乗せた二連撃を見舞った。
するとゴーレムは体勢を崩し、ゆっくりと後ろに転倒した。その隙を逃すはずもなく追撃を加える。
このゴーレムは戦う時に自分のある一点を守りながら動いていることを動きが教えてくれた。そのある一点というのは胸部の中央だ。
(恐らく、お前の弱点は…!)
左手に持った『不知火』をゴーレムの胸部目掛けて突き立てた。
『不知火』は深々と突き刺さり、先程足を斬った時は感じなかった手ごたえがあった。
ゴーレムの怪しげな目の光は消え、徐々にリズムも聞こえなくなったため、終わった、そう思った。いや…思ってしまった。
俺が背中を向け、エイミーの方へ向かおうとすると、そのエイミーがこちらを横目で見ながら大声で叫んだ。
「GENZI君!気を付けて!そいつはまだ死んでないの!」
慌てて振り返ると、ゴーレムの体に紫色の線が次々と現れ、駆動音と共に再び立ち上がった。
「おいおい…第二ラウンドってか?」
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「それで?どうして私の場所が分かったの?」
「そりゃ企業秘密だ。まあ今からキルされるお前には関係ないだろ?お前をやったら奥で戦ってる奴もやらせてもらうぜ?」
「……!!」
「さて…じゃあおっぱじめるとするか!」
男の開戦の合図とともにバラバラだった集団は陣形を整え、近距離職は前に、支援職と遠距離職は後ろへ下がり詠唱を始めた。
「りゃぁぁぁぁ!」
一人が気合と共に大剣を素早く振るう。大剣の刀身部分を的確に武器を破壊する。
「んな!?」
流石はPKクラン『ギルティーエッジ』のメンバーだ。戦いのセオリー通り近距離職が引き付け遠距離職が倒すということがしっかりと出来ている。
ただ…
「それなら遠距離職からやればいいだけだよね?」
「ひっ…!」
先程斧を振り下ろした勢いを使い、空中を回転しながら遠距離職達が詠唱している後方へ飛び、ローブを着た魔法使いに空中から斧を振り下ろした。
「これで二人…」
続けざまに近くにいたヒーラーを巻き込み三人を一気に空中へ放り投げる。
すると、まずいと感じた近距離職のメンバーがこちらへ寄り、遠距離職はまた距離を取って詠唱を再開した。
(だいたいの構成は近距離20の支援5、魔法5ってところかな…五人やったから残りは約三十人。うん、いけそうだね)
「おおー怖い怖い、流石は『狂姫』だな。『ギルティーエッジ』の精鋭揃いで固めてきたってのにもう五人もやられちまった」
「だがよぉ、俺達が前回の敗北で何も学んでないと思うか?っがっ!?」
「話が長いし無駄にべらべら喋りすぎだよ。それだと隙だらけで攻撃してくださいって言ってるようなものだって」
リーダー格の男を倒したことによって、メンバーたちの統率が悪くなり次第に陣形が崩れ始める。
その時、背後で大きな音がしたので横目で見るとお兄ちゃんがゴーレムを一人で撃破していた。
(まずい!まさかお兄ちゃんがゴーレムを倒しちゃうとは思ってなかった!あいつは第二形態が厄介なのに!)
「GENZI君!気を付けて!そいつまだ死んでないの!」
(頑張って持ちこたえてね、お兄ちゃん。私も早く片を付けちゃうから…!)
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ゴーレムは腕を振るう。何も考えずただただ力任せに振っているだけだ、しかし先程までとは比べものにもならない。
スピードも、パワーも、そして何より厄介なのが、腕に取り付けられたブースターを使い殴る速度を不規則的に上げるのだ。
確かにまずい…だけど昨日の戦いに比べたらどうだ?そう思うと不思議とやる気が起きた。
見ろ。見ろ。見ろ。相手の動きを一つたりとも逃すな。体を傾け、刀でいなし、時にはステップで回避した。
段々と奴のリズムが掴めてくる。こんなものは音ゲーで譜面を覚えるよりもずっと簡単だ。
そして完全に奴の動きを掴んだ。
「さあゴーレム二曲目と行こうか?」