音ゲーマニアが準決勝に挑むようですよ~後編~
目の前を飛行する彼女の動きに集中する。翼が増え、二対四翼になってからというもの、クロエの剣は一層鋭さを増し反撃の隙を与えてくれない。
確かにクロエのこれまでの戦闘で手を抜いていたというのは本当みたいだな。一撃一撃の重みも、その反応速度も、全てがこれまでよりも数段上だ。
それに動きも速くなっている。これまでがオープニングだとするなら今はさながら曲のサビといったところか。
止まぬ剣閃。
とどまらぬ思考。
数秒の時間がまるで何十分、何時間と濃縮されたものではないかと錯覚するほどに濃密な時間が流れる。俺を討ち取らんとする剣戟を捌き、いなし、回避する。
その数秒間の打ち合いの中で分かったことは三つ。
一つはクロエの鋭く重い一撃の原因だ。それはあの翼にある。剣を振るう際に振るう方向に合わせて翼が羽ばたくことで加速力を生み、その加速力が全て剣にのせられているため一撃一撃が重く、それでいて鋭くなっているのだ。
二つ目は高速機動を可能とする原因。瞬間移動にも見える高速機動も同様にあの翼を使っている。常に地面擦れ擦れを浮遊し、動く瞬間に四翼を同時に使い爆発的な加速力を生み出している。
そして三つ目、あまり嬉しくないことだが、この打ち合いの中でクロエも俺の動きを学習し始めている。先程からどんどん攻撃の対処が難しくなっていることから何となくだが分かった。僅かな打ち合いの中で俺の動きを見切り始めているその観察眼には脱帽せざるを得ない。
俺がクロエの動きを体で覚えていく中、クロエは俺の動きを見て、それらをスポンジのように吸収しリアルタイムで戦闘に反映してきている。
「ふっ……!」
「はぁぁっ……!」
互いに聞こえない程小さく、短い気合と共に振り下ろした刀と剣が打ち合い、鍔ぜり合う。
「貴方の動きはもう、見切りました!」
クロエは俺の刀を弾き上げ、生まれた隙をつき背後へと回り込むと左手に持った盾を振りかぶった。だが盾は俺の頭を強打することはなく、盾は風を斬る。
「……っ! まさか!?」
クロエが視線を向けたのは左右でも背後でもなく、地面。クロエが見たのは懐に潜り込み刀を引き絞り、既にスキルを発動させた俺の姿だ。
「『一断』!」
地面を蹴り、跳び上がりながら振り上げられた刀はクロエの兜を切り裂いた。縦に一筋の線が入り、そこから亀裂が多岐に入ると兜が粉々に壊れ、ポリゴンの欠片となって露散する。
俺は兜の下から現れたその顔を見て、自身の目を疑った。
人形のように均整の取れた顔つき。雪のように白い肌と健康的な桃色のぷっくりとした唇。長いまつげと翡翠色の大きな瞳。それらはどれもが見覚えのあるものだったからだ。
僅かに上ずった声が俺の口から漏れ出した。
「星乃さん……?」
「えっ……」
構えられた剣が徐々に下がっていき、クロエは俺のことを凝視した。
「もしかして……健仁君……?」
その発言で俺の疑念は確信へと変わった。彼女、クロエは間違いなく俺の知っている星乃クロエだ。
♦
「凄まじい斬撃の嵐!もはや私たちの目では追いきることが出来ません!!」
「クロエ選手は速度を活かした戦闘を得意としますからね、AGIにステータスが寄っているのでしょう。私としてはクロエ選手についていくGENZI選手が気になりますね」
「それはぁ言ったじゃないですか~」
解説席に突如増えた声に注目する観客。隣に座るガッチさんと司会者も驚いている。解説席にさも平然と座っていたのは麒麟だったからだ。
「……分かりました……麒麟選手の解説席入りは上からOKが出ましたので続けてください。はぁ……」
「では、GENZIのステ振りですがかなり極端な振り方してるんですよ。あいつステータスポイントを振っているのはほぼSTR・DEX・AGIの三つだけですからね」
「「は?」」
重なる司会と解説の声、恐らく観客席に座るプレイヤーも同じことを考えていただろう。
「それじゃあ一撃でも攻撃を喰らったら……」
「負けですね~。まあ某赤い彗星さんも言ってたようにGENZIも当たらなければどうということはない、とか言ってましたから」
あっけらかんと即答した麒麟に絶句する司会者。
「ちなみにGENZIの腕に伸びてる炎の効果でHPは1になってます」
「……炎の鎧みたいなものにも効果があるんですか?」
「あ~アレですか?確か近くに居るだけで壊熱の状態異常を受けますよ。あ、壊熱っていうのは火傷系の状態異常の最終段階みたいなやつですよ」
「「…………」」
静まり返る解説席と対称に麒麟の声は明るく喜色を含んでいた。
「ま、炎の鎧が出てるってことは残りHPが1ってことなのでアイツ以外には使えないと思いますけどねぇ」
一方観客席ではその話を聞いてGENZIに対する尊敬の込められた、それでいて阿保を見る目が多数見受けられた。その中の一人が呟く。
「どう考えても死にたがりにしか思えないステ振りだけど戦い方は剣舞を見てるようで奇麗だな」
その呟きに同調するように近くのプレイヤーが口を開く。
「なら二つ名は『剣舞使』とか?」
「いやいや、もっと死にたがり要素を盛り込んだ方が絶対良いって」
「ん~……」
「なら『剣舞死』とか……?」
「「「それだ!」」」
「ならついでに麒麟だっけ?あの人の二つ名も決めちゃおうぜ」
「確か銃使ってたよな……」
「うーん……あっ!なら霧っぽくなるスキルも使ってたし『霧銃』なんていいんじゃね!?」
「「「それや!」」」
「よーし!そうと決まれば俺に任せろ!掲示板と俺のフレンド経由で情報を拡散してくる」
こうして知らぬ間に情報が拡散されGENZIと麒麟の二つ名が決まっていき、GENZIは『剣舞死』麒麟は『霧銃』として二人の名はまたしてもUEO内で有名なものとなっていく。
♦
驚きのあまり呆然として互いに見つめ合っていると、星乃さんは意を決したように口を開いた。
「健仁君、戦いましょう。今はお互いにクロエとGENZIです。この試合が終わった後に残ったことは話しましょう」
「……そうだな、分かったよ」
おもむろに星乃さんは鎧についたブローチを外すとそれを空高く放り投げた。
「あのブローチが地面に触れた瞬間に試合再開です」
こくりと無言でうなずくと目の前の強敵に集中した。揺れ動いていた心は冷静に、鼓動は落ち着きを見せ思考が冴え渡る。
日光を反射して光り輝くブローチが徐々に落下し、地面へと近づくにつれ時間の流れが緩やかになっていく。両手はそっと刀の柄を握り、腰を落として時を待つ。
空中で回転しながら水色のブローチが目の前を通り過ぎ、地面に転がった。
俺と星乃さん……いや、クロエが地を蹴ったのは同時だった。肉薄し最短の軌道で『狂い桜』を振るう。
クロエは盾の表面を使い、後ろへと斬撃を受け流す。勢いそのままに俺はクロエの間合いへと跳び込んだ。
「『ソードダンス・序曲』」
踊るようにステップを踏み、流れに合わせて振るわれる刀。それらをクロエは盾と剣で受け止めようとするが独特の回転がかかった俺の刀を受け切れず、ダメージを負う。『不知火』に斬られた傷口からは炎が噴き出し、『狂い桜』は斬った傷口から血を啜る。
「……っ! 『サウザンドソード』!!」
クロエは俺の攻撃に対し一歩も引かず、さらに一歩踏み込んで剣を振るう。迫る剣はあまりの速度に刀身がぶれ、幾重にも重なって見える。
視界に捉えた時には既に俺の脇腹を切り裂く寸前だった。そう、視界に捉えたのは。
クロエの動きを体で覚えている俺の体は視界に捉えるよりも先に動いていた。体は既にクロエの間合いから抜け出ており、次のスキルを発動する体勢に入っている。
「なぜ!?」
「『疾風』!」
二刀を揃えて斜めに斬り上げる。刀は虚空を斬るが、その斬撃はクロエの元へと直進した。五輪之介が俺に見せた技『疾風』。
足下に二つの竜巻が巻き起こり、風の刃がクロエを切り刻もうとするも、それで終わるほど甘い相手ではない。
「『星光』・エンチャント」
盾を持ったまま左手が刀身をなぞり、クロエの剣を深い蒼に染め上げる。鋭い眼光が迸ったと思った瞬間、一刀にして竜巻は斬り払われた。
視線が交差し、場に緊張が走る。脱力し、力みの無い体は100%のパフォーマンスで地面を蹴り、疾駆した。
己の間合いへと詰め寄り切り捨てようとする俺と反対に、クロエは動かず、その場で構えた。その目に宿るのはこの一太刀に全てを賭けるという強い意志。
「おおぉぉぉ……!!」
「はあぁぁぁ……!!」
互いの間合いに踏み込んだ瞬間、全身全霊を賭した一刀が繰り出された。
「『ロードオブナイツ』!」
俺よりも先に動いたのはクロエだった。右手の剣はこれまでにないほど強い光を発し、背中の翼が剣に変わる。剣の翼は一斉に飛翔し個々が別々の動きで襲い来る。
「くっ……」
変幻自在の剣の翼だけに注意が向けば正面からクロエに切り結ばれ、逆にクロエに集中すれば剣の翼に八つ裂きにされてしまう。
だが、同時攻撃ならば何度も経験した。Dance Step Moving2、忌まわしき『デスシャッフル』で、だ。あれに比べれば今の状況など……
「うそっ!?」
「楽なもんだ……!」
激しく息つく暇もない斬撃の嵐、その動きを掴むことで対応すると、クロエの剣を無理矢理弾きブレイクポイントを生み出す。
「しまっ――!!」
「『一断』!」
上半身を肩口にかけて斜めに斬り上げ、大きくダメージ痕を残す。クロエの残りHPはまだまだある、ここで終わらせるわけにはいかない……!
スキル使用後の隙をシステムアシストに抗うことで無理矢理埋め、体を回転させながら次なるスキルを抜き放つ。
「『二月』!!」
横に斬りまわし、逆手に持ち替えると切り返す。一刀にして二撃、大きくダメージを与えるがまだ足りない。それにクロエの瞳はまだ死んでいない。
「くぅっ……!『プロテクションサークル』っ!!」
剣の翼がクロエの体を包むように守り、防御の構えを取る。どこにも隙の無い完璧な構え、恐らく打ち込めば受け止められ、反撃される。
それでも俺の腕が止まることはなかった。
「『三慧』っ!」
斜め下に向けて振り下ろされる刀、それは予想通り背中の剣に受け止められる。だが俺は二刀流、『狂い桜』を防がれようと、まだ『不知火』が残されている。
弾かれた衝撃を使い、反時計回りに回転しながら刀が地面と水平なるようにクロエの脇腹を狙って振り絞る。
「はぁぁっ!」
しかし『不知火』すらも背中の剣に受け止められ、力任せに上空へと弾き飛ばされる。これで俺の両手に得物は何一つなくなった。これだけの好機、クロエが見逃すはずもなく、防御へと回していた剣の翼は攻撃の体制をとり、俺へと一斉に襲い掛かった。
瞬装……『鬼穿・改』。
「燃えろ! 『鬼穿・改』っ!!」
包囲せんと迫りくる剣を体の捻りを活かした回し蹴りで蹴り落とす。踵から噴き出した炎が虚空に赤い線を残した。
「えっ? どういうこと……!?」
勢いそのまま、空中で回転したままの体をさらに半回転させ、正面にクロエを捉えると拳を振り上げる。今はまだ『三慧』のスキル発動中、つまりまだシステムアシストが効いているということだ。
吸い込まれるように拳はクロエの胸へと吸い込まれていき、炎を吹き出し加速する。
瞬装……『不知火』・『狂い桜』。
拳が触れる直前、恐るべき反応速度を見せたクロエは拳が触れる箇所を的確に盾で守っていた。だが、それは意味をなさない。何故ならば――
「はああぁぁぁっ!!」
振り上げられていた左の拳とは別の、右手、『狂い桜』がクロエの脇腹を突き刺す。これでもまだ、クロエは倒れない。素早く『狂い桜』を引き抜くと、渾身の力を腕に込める。
「『四光』っ!!」
瞬間、血しぶきを思い起こさせる赤いポリゴンが吹き上がり、クロエはその場に背中から倒れた。HPゲージは0になり、体にはW字の傷がついていた。
「お見事……です――」
シャァンという音共にクロエの体はポリゴンの欠片となり、完全に露散した。頭頂部から徐々に結界が溶けるようにして消えていき観客席からは万雷の拍手と怒号のような歓声、そして『剣舞死』と呼ぶ声が聞こえてきた。