音ゲーマニアが準決勝に挑むようですよ~中編~
剣と刀、似て非なる二つの武器がぶつかり合い甲高い音をあげる。
俺もクロエも互いに相手の戦闘スタイルは把握している。それ故に考え着いた方法は全力全開の短期決戦。
クロエの盾は俺の斬撃を見事にいなし、弾くことで鉄壁の防御をなしている。そして生まれた俺の隙をクロエは的確につき、右手に握った片手剣が蛇のように変幻自在に襲い来る。
迫りくる蒼剣を刀で捌き、喉元を突き返す。切っ先が僅かに掠りHPを僅かに減少させるが、その優れた動体視力で俺の斬撃を見切り、後方転回することで回避した。
流石、としか言いようがない。俺はクロエの動きを覚え初め、尚且つそのリズムに乗ることで完璧に近い状態といえる。
それに対し、クロエは俺の剣戟をその動体視力と反射神経のみでカバーしているように見えた。そしてそれが如何に難度の高い事か音ゲーをプレイしてきた俺には分かる。
『不知火』の特殊効果“炎装威”でHPが減少し続けるクロエに対し、俺は一撃でも喰らえば負けの極限状態。だが俺が一撃でも喰らえば死亡するのはいつものこと、既に慣れている。このまま戦っていれば俺の勝利は確実なものとなるだろう。
だが、俺の求めているものはそんなつまらないものじゃないはずだ。どんなことだって―無論音ゲーも―努力と苦難の先にこそ最高の結果があるものだ。
俺は考えを変えた。
これまで通りリズムをとり、ステップを踏みながらクロエに近づくと相手の攻撃を待つ。そして片手剣が振られる瞬間、体勢を低くし懐に潜り込んだ。
「……っ」
クロエから見れば俺が一瞬消えたように映ったことだろう。
両手に握った二振りの刀を鞘に納めると心の中で名前を叫ぶ。
纏え!『鬼穿・改』!
瞬間、俺の両手、そして両足に鬼の顔を模した装備が装着される。
「ふっ…!」
短い呼気と共に繰り出された渾身の正拳がクロエのみぞおちにめり込んだ。
「くぅっ…」
確かな手ごたえを感じると俺の攻撃の手はさらに加速し、クロエのみぞおちを撃ち抜いた。みぞおちへとめり込んだ右の拳を引きながら左フックがクロエの顎を穿とうと繰り出される。
腰の入った完璧な左フック。
速度、威力ともに最高と言えるそれにクロエは対応してきた。流石と言うべきか、驚くべきことにクロエはたった一撃俺の拳を受けただけで既に攻撃を見切り始めている。
だが、それは想定内の事だ。
彼女ならばそれくらいのことはしてのける、そう考えていた。俺は拳を振りながら語り掛けるように口を開いた。
「燃えろ! 『鬼穿・改』!」
左手の甲に浮き出る鬼の口が開き、凄まじい熱気と共に炎を噴射する。その勢いで加速した左手は確かな感触を捉える。
硬く、拳を打ち付けたこちらが痺れるような感覚に陥る。撃ち抜いたそれはクロエの顎ではなく、クロエの盾だった。
だが、その程度で俺の拳は止まらない…!
「おぉぉぉぉ…!!」
クロエが構えた盾を貫き通す勢いで拳に再度力を籠める。何が何でも貫くという俺の強いが伝わったのか鬼はさらに口を大きく開き、激しく炎を噴射した。
勢いを増し気迫のこもったその拳を弾こうとクロエは盾を構える。俺はそれは力任せに捻じ伏せた。
「……っ!?」
盾を持ったままクロエは弾き飛ばされる。その隙を逃すはずもなく、足先に力を籠めると爪が地面に食い込み強く踏み切る。
クロエが壁に激突するよりも先回りすると、俺に猛スピードで迫る背中に二段回し蹴りをお見舞いする。格闘系のスキルは取得していないがある程度の動作はシステムがアシストしてくれるため俺でも行うことが出来た。
今度は正面から殴り飛ばされたかと思っていると背中に衝撃を感じ、逆方向に吹き飛ばされるクロエ。流石のトッププレイヤーでも驚きを隠せなかったのかマスクの下の双眸が見開かれたように感じた。
再び吹き飛ばされたクロエは翼を羽ばたかせ空中に滞空した。
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「うぉぉっと!?GENZI選手の猛攻が止まらない!それに対してクロエ選手は防戦一方だ~!」
「これはクロエ選手としても厳しいと思いますね」
「と、言いますと?」
「クロエ選手の基本的な戦闘スタイルは決まっています。左手に持ったその中盾で相手の攻撃を防御、もしくはパリィすることで隙を生ませその隙を攻撃する。いたって単純で尚且つ剣を扱うプレイヤーならば基本となる動きです」
「はい」
「それに対してGENZI選手は見事に弱点をつき、防御、パリィがやり難い打撃系の格闘スキルで怒涛の連撃を繰り出しています。これはGENZI選手の見事な作戦勝ちですね」
観客が見守る中、GENZIの拳はクロエを吹き飛ばした。それを見て歓声をあげ、沸く観客たち。GENZIの止まらない連撃はクロエの背中を捉え、さらに吹き飛ばす。
それに対しさらに熱狂的な声を観客があげた。
「おっと!?ですがクロエ選手もやられるだけでは終わらないようですよ!」
司会の声を聴いたプレイヤー達の視線はクロエへと注がれていった。
♦
俺によって与えられたダメージの数々。壊熱状態異常、刀・拳による物理ダメージ、“炎装威”発動による継続ダメージ……
それらの総ダメージがクロエのHPの五割を上回ろうかとしたとき、クロエは翼を羽ばたかせ空中に滞空した。
「…貴方を倒すためには、これしかなかった。先に謝っておきます、すいませんでした……」
「……?」
一体何に対して謝っているのか?
皆目見当もつかないが突然の告白に心を揺さぶれる。クロエはさらに言葉を続けた。
「ここまでの戦い私は手を抜いていました。それが偏に貴方に勝つためとはいえ、試合で手を抜くことが申し訳ない事だというのは分かっています。ですから、ここからは……」
クロエが身に纏う装備はこれまでにないほど鮮やかに、眩く、光り輝き、蒼い閃光を放っている。
そしてその背中の翼が揺れ動き、変化が起きた。白い光を放ちながら、背中が発光したかと思うと翼が二つ増え、合計二対四翼の翼が背中に現れる。
「全力でお相手させていただきます!」
翼が羽ばたくとクロエの姿が眼前から消え、突然俺の後ろに現れる。
速い!
咄嗟に地面を強く踏みつけ、地面を畳替えしをするように隆起した地面を鋭く剣が裂いた。判断が一秒でも遅れていれば裂かれていたのは地面ではなく俺だったはずだ。
一秒たりとも目を離さない、と目を見開きクロエの一挙手一投足を見ようとする。すると何一つ分からぬままクロエの姿が消えた。
かすかに背後から風を羽ばたく音が聞こえてくる。
「そこか…!!」
背後に向けて斬り放たれた斬撃はただ虚空を斬るだけだった。心中を嫌な予感が駆け回り、咄嗟にその場で伏せると剣が空気を切り裂く音が上から聞こえてくる。
危険と判断し、すぐさま距離を取ると目で追うことを俺は諦めていた。
クロエのAGIは俺を大幅に上回っている。そうなれば俺に出来ることは一つだけだ。
ただひたすらに攻撃を避け、防ぎ、記憶に蓄積させていく。動きを覚え感じ取り、リズムを楽しみリズムに乗る。
俺が『Beat Sword Dancer』でしてきたように、体にリズムを叩き込む。
音ゲーでフルコンするために練習が必要なのと同じように、VRMMORPGでも練習が無ければ相手に勝つことはできない。
ならば、クロエには今、練習相手となってもらおうか――