音ゲーマニアが準決勝に挑むようですよ~前編~
頭の中に響くアラームの騒音が眠りの世界へと旅立っていた俺の意識を連れ戻す。気持ちのいい睡眠を妨害された故か不快感を覚えながら徐々に頭が覚醒していく。
時刻は午前十時ニ十分。その表記を見て端末が壊れたのかと思ったがどうやらそうではないらしい。
時刻の横に刻まれた日にちは間違いなく、昨日から一日過ぎていることを物語っていた。急いで飛び起きるとリビングへと駆けこむ。
そこには掃除機をかける母の姿があり、飛び掛かるような勢いで母に話を伺った。
「母さん!」
「あら?健仁ようやく起きたの?もう、昨日からずっと寝たままで起きてこないから心配してたのよ。お腹空いてるでしょ、朝ご飯置いてあるわよ」
「ごめん、後で!」
話を聞くや否や踵を返すと自身の部屋へと駆け戻り、急いでベッドに横になった。確かだが本選の日程は昨日の時点で準々決勝までの試合を終わらせ、翌日である今日に準決勝と決勝を執り行う予定のはずだ。
そして準決勝の開始時刻は午前十時から。既に試合が始まっており、俺が不戦敗になっていてもおかしくはない。
大急ぎでUEOへとログインし、駆け込むようにコロシアムへと向かうと、歓声の嵐が鳴りやまぬ雨の如く降り注いでいた。中央のフィールドでは二人のプレイヤーが激しくぶつかり合っていることが見て取れる。
「何ということでしょう!!既に試合開始からニ十分を経過しようとしているのに勝負が決まる気配がありません!ですがそれは泥仕合だからではなく、拮抗した接戦だからこそです!」
試合を執り行っていたのは『破壊王』オウガと『剣闘王』レオ大佐。この二人の話は俺でも聞いたことがある。
『破壊王』オウガ。彼は特殊なイベントクエスト、通称攻城戦にて単身敵城へと乗り込み、文字通り城ごと破壊したという話を聞いたことがある。なんでも耐久力が数十万とある城壁を易々と破壊し、数万のモンスターたちを蹴散らしたとか。
その光景を見ていたプレイヤー達からつけられた二つ名が『破壊王』。
一方『剣闘王』レオ大佐だが彼も恐ろしい力を持っているといわれている。彼の二つ名である『剣闘王』、これはレオ大佐が常にコロシアムで対人戦に明け暮れているために付けられた二つ名らしい。
UEOには正式に対人戦を試合として行えるここのようなコロシアムが各国に一つ存在する。レオ大佐はゼルキア王国のコロシアムで全戦全勝と圧倒的な実力を見せつけ、今や生きる伝説となっているようだ。
その超がつくほどの有名プレイヤー二人が一対一で戦っているとなればこれだけの歓声があがるのも無理はない。
かくいう俺もその試合に魅せられていた。特大剣を荒々しく振り回すオウガと片手剣を華麗に使いこなすレオ大佐。一つ一つの攻撃に秘められた技術が凄まじい。
二人の選手は距離を取ると、ニヤリと笑みを浮かべる。瞬間、二人はフィールド中央にて激しく剣を打ち付け合っていた。
その衝撃は結界を吹き飛ばし、余波が観客席まで飛んでくるほどだ。並みのプレイヤー達はその気迫に当てられ腰を抜かし、そうでなかったプレイヤーもその場を動けなかった。
そのプレッシャーから解放されたのはすぐのことだった。二人の武器が同時に砕けたのだ。
お互いが見つめ合い、一言も交わさずに目だけで会話を交わすと納得がいったかのようにレオ大佐が手を上に挙げ、声を張り上げた。
「リザインする!」
一瞬の沈黙の後、硬直していた司会が決着のアナウンスをする。
「……っ!レオ大佐選手の降参を確認しました!準決勝第一試合、勝者オウガ選手!!」
万雷の拍手と割れんばかりの歓声、その声はコロシアムの中だけでなく町の中からも上がっている。これまで気が付いていなかったが試合の様子が街のあちこちにあるホログラムに映されていたのだ。
試合が終わるとすぐに控え室へと戻っていった二人だったが、背中を笑いながら叩き合うその姿は仲の良い友人にしか見えなかった。
♦
GENZIが控え室にやってくると、人影はなく静寂に包まれた空間が広がっていた。確認した対戦表によるとGENZIの対戦相手は準々決勝で麒麟を破った『天翼』のクロエ。既にクロエの戦闘スタイルや動きはある程度掴んでいるがそれは相手もそうだろう。
お互いに相手の手札を知った状態から始まる試合か。そういう経験がない分今回の試合は不利かもしれないな。
試合が始まるまで時間があるため暇を持て余してると、控え室の中に誰かが入ってきた。咄嗟に近くに置いてあった大樽の後ろに隠れる。
何故隠れたのかと問われれば何となくと答えるしかない。隠れていると聞こえてきたのは馴染みのある声だった。
「クロエさん…だっけ?ちょっといいかな」
別に隠れる必要などなかったと樽の影から出ようとした時、別の声が聞こえてきたため俺は出そうになった体を再び隠す。声音から考えてそれが女性のものであることはすぐに分かったからだ。
「あなたは準々決勝で当たった麒麟さんですよね?どうかされたんですか?」
そう答えたのはどこかで聞いたことがあるような声だった。ただ、その声をどこで聞いたのかは記憶を遡っても思い出すことが出来ない。僅かに頭を出し、姿を確認すると全体的に白いという感想が沸く女性プレイヤーの後姿が見えた。
「いや実は……」
何かを話しているのであろうことは辛うじて聞き取れたが話の内容自体は分からなかった。ただ、妙に親し気に話す二人に興味が沸いたことは胸に秘めておくことにした。
星乃さんとのことで散々イジリ倒された鬱憤を晴らすことが出来ると思うと今から胸がスッとしてくる。そうこうしているうちに試合開始のアナウンスが流れ始めた。
麒麟とその女性プレイヤーはそこで話を終えると、別れて別々の方向へと歩いて行ってしまった。完全に二人がいなくなったことを確認すると、歓声と光で満たされたフィールドへと小走りで向かった。
♦
「さあ!いよいよ準決勝第二試合となりました!準決勝第一試合は凄まじい勝負でしたがこちらのカードも勝るとも劣らないものを感じます!
闘技場の中へと先に姿を現したのはGENZIだった。三回目ともなると慣れたのか堂々とした立ち振る舞いで歩いていく。初めの試合では小さかった歓声も今では先の選手たちに劣らない黄色い歓声が出迎える。
「東ゲートより登場したのはGENZI選手!準々決勝では追い詰められながらも最後にはあり得ない速度でぽてとさらーだ選手を圧倒し、逆転してしまいました!準決勝でもまた観客を沸かせてくれるのでしょうか!?」
次いで姿を現したのはクロエだ。純白のドレスアーマーを身に纏い、凛とした表情で歓声を浴びながら試合開始位置へと歩み寄る。
「西ゲートより現れたのはクロエ選手!準決勝でもあの神々しい姿で華麗に戦うのでしょうか!?まだまだ余力を残しているように見えた準々決勝。果たしてGENZI選手相手にどのように戦うのでしょうか!」
二人が試合開始の位置へと着くと、周りをドーム状に結界が覆っていく。これまでが橙色の結界だったのに対し、今度は薄い紫色の結界だった。
これまでの結界同様にフィールドを完全に覆うと、結界は無色透明になり、選手の姿が見えやすくなる。
「それでは…試合…開始!」
試合開始の合図とともに、GENZIは『不知火』に呼びかけた。
「力を貸してくれ、『不知火』!」
その呼びかけに応えるように『不知火』を持つ柄から徐々に腕へと炎が這いあがってくる。HPを、文字通り命を削り、HPが1になると体を炎が包み込む。
背後には羽衣が出現し、体を包む炎は鎧をさらに装飾した。
GENZIが呼びかけるのと同時にクロエも己の胸にそっと手を置いた。
それを引き金にクロエの背からは一対二翼の純白の翼が現れ、白銀色のドレスアーマーに入った水色のラインが光輝き浮き上がる。スカートや袖のレースは淡く蒼白い光を放ち、片手剣と盾も同様に蒼く発光した。
お互いに初めから全力の短期決戦狙い。手の内がバレているなら対策される前に決着をつける、両者が出した結論は奇しくも同じものであった。
「『ビーストロア』『風神の加護』『龍闘気』『マキシマムストレングス』」
GENZIはそれだけでは飽き足らず、自身の持てるバフスキルを全て自身に重ね掛けしていく。自身のHPゲージ下に複数のバフアイコンが付くのを確認すると、腰を低く落とし、二刀を中段に構えた。
体からは紅い闘気が漲り、ぎらついた眼差しはただ一点だけに集中し見つめている。
「『エアリアルオーラ』『聖騎士の聖印』『薄氷鋭刃』『トゥルーライトブースト』『蒼剣の極意』」
バフをかけたのはGENZIだけではなかった。暗記しているそれらを終えるとクロエは盾を前に、下段に剣を構える。考え方も行動も、相似した二人は刃を互いに向け、示し合わせたかのように同時に地面を蹴った。
空間が縮まったかのように一瞬で近づくと、GENZIの斜めに斬り下ろされた刀とクロエの斜めに斬り上げる片手剣が衝突しその場に火花が散る。
甲高い剣戟の音を合図に少年と少女の戦いの幕が開けた。