音ゲーマニアが『賢者』と戦うようですよ~後編~
残りHPが1になったことでHPは危険域へと突入し、視界の端が赤く染まる。それは危険を知らせるためのものだが俺にとってはここからが勝負の始まりだ。
「『撃竜巻』!」
空中で本来ならば不可能な動きをシステムアシストを活用することで無理矢理行う。体を捻り、上に回転しながら斬り上げた。
意表を突いた一撃は見事ぽてとさらーだに命中し、HPを一割ほど減少させる。
明らかにこれまでとは違うGENZIの姿、そして突然上昇した速度から危険を感知したぽてとさらーだは地面に展開した『アクアウェーブ・ピュア』の展開を止めると、地上へと降り距離をとった。
見た目から考えればGENZI君が纏っているのは火属性系統の何かと考えるのが妥当か。それなら弱点である水属性の魔法で…!
ぱらぱらとひとりでに本が捲られると、ある所で止まる。それと同時にぽてとさらーだは常人ならば舌を噛むであろう程の速度で詠唱を即時完了させた。
詠唱は完了したがまだその時じゃない。GENZI君が落下してきたその瞬間が最大の好機。
空中でぽてとさらーだへと一撃喰らわせたGENZIは重力に従い、落下を始めていた。落下しながらも頭の中で次なる一手を考えていた。
よし…大分ぽてとさらーだの動きを捉えてきた。ぽてとさらーだのリズムはこれまでに感じたことがないものだ。自由の意志と悪戯心を孕んだリズム。独特なそれを覚えるのは少し時間がかかったけど今ならいける。
地面との接地の瞬間、一気に詰め寄る…!
GENZIはパッシブスキル『思考加速』の効果で思考速度が加速され知覚する時間の流れが緩やかになる。少しずつ迫る地面を意識し集中する。
その瞬間を待ち、ぽてとさらーだも一時も目を離さなかった。少しずつ、少しずつ地面へと近づきGENZIの足が地面と触れた。
「はぁぁぁぁ…!」
「『アイシクル――」
地面と接地した瞬間にGENZIとぽてとさらーだは動き出す。GENZIはつま先が接地すると反動を殺さず、気合の咆哮をあげ、そのままぽてとさらーだ目掛けて跳び出した。
それに対しぽてとさらーだは完了していた詠唱を発動させ、魔法を即座に唱える。
「――バリスタ』!!」
氷製の弦が極限まで引かれたバリスタが出現し、装填されている巨大な氷の矢が放たれる。極限まで引き絞られた弦により、物凄い勢いで射出された氷の矢は正面から跳び込んできたGENZIを貫かんとする。
「はぁっ…!!」
短い気合と共に低い姿勢のまま迫る矢を真っ二つに断ち切ると、勢いそのまま突貫する。魔法を外したことでぽてとさらーだは焦りを見せるかと考えていたがGENZIのその考えは外れ、ぽてとさらーだのそれはいたって冷静なものだった。
それに不安を感じつつも前へと進む足を止めず、ぽてとさらーだ目掛けて駆け抜ける。刀の間合いまであと数メートルというところで、ぽてとさらーだのリズムに雑音が混じるのを感じた。
そして数秒後、その感覚が正しかったことをGENZIは体感する。
「…っ!?」
足下の地面が底なし沼のように突然変化し、踏み抜いた俺の足が呑み込まれていく。反射的に不味いと感じ取り、抜けようと試みるが足が抜ける気配は一切ない。
そうこうしているうちに前方ではぽてとさらーだが魔導書を開き、次なる魔法の詠唱を開始しているのが視界に入る。
不味い…俺が聞いた雑音の正体はこれか。この沼、逃れようともがけばもがくほど深みにはまり、どんどん体が呑み込まれていくようになっている。
GENZIが予期せぬ状況に陥り混乱している中、ぽてとさらーだは冷静に詠唱を終え腰から抜いた杖で空中に魔法陣を描き始める。複雑難解な幾何学模様が何重にも重なり、美しく神秘的な円が描かれていく。
淀みなく動いていたその腕が止まり、杖をしまうと意識を集中させる。
残念だがこの一撃で終わりの様だね。あのクロエが目を掛けていたからどれだけのプレイヤーかと思っていたけどこの程度か…
「『ロックプリズン』」
底なし沼を覆い囲むように岩で作られた檻が出現する。ただ、ぽてとさらーだの魔法はそれだけでは終わらなかった。
魔法陣が岩で作られた檻の上に重なるように展開される。その光景をGENZIはただ見ていることしか出来なかった。
「さあ試合を終わらせようか。最大最強の魔法をもって、GENZI君を倒させてもらう」
ぽてとさらーだは目を瞑ると拳を前に突き出し、それを上から下におろした。
「『クインテットドラゴニック』」
五色の異なる色をしたドラゴンが魔法陣から現れ、それらはGENZIの元へと一斉に向かって飛翔する。炎の息吹、水の濁流、風の暴風、大地の震動、雷の怒り。五つの災害は重なり合わさり合うことで威力を増し、一人のプレイヤーへと降りかかる。
閃光、次いで轟音が響き、土煙が上がる。その轟音は観客席まで響き渡り、その場にいる誰もが固唾を飲んだ。
♦
「な、な、なんということでしょう!これが『賢者』の実力ということか~!?全属性の魔法を華麗に使いこなし圧倒的な力でGENZI選手を捻じ伏せました!」
「はい。やはりぽてとさらーだ選手の戦い方はいつ見ても凄まじいですね。全属性の魔法をを扱うことが出来るといってもあそこまで的確に使いこなせるのはぽてとさらーだ選手だけでしょう。これで試合……いえ…待ってください…」
不意に止まる実況席の解説。観客席の誰もが試合の終了モードに入っている中その異質な雰囲気に立ち止まるプレイヤー達。
その空気を壊したのはほかでもない、麒麟だった。
「ちょいちょいちょい。待ってくださいよ、運営さん。俺のダチはまだ……負けてませんよ…?」
「え…?」
動きが止まる司会者。だが開設のガッチさんは納得といった表情で麒麟の話を聞いている。それもそのはずだろう、ガッチさんもその異変に気が付いていたのだから。
「やはりそうですか…」
「ど、どういうことですか!?」
「あのホログラムを見てください。これまで通りなら試合の決着がついた瞬間に試合の経過カウントダウンが止まり、勝者にはWINの、敗者にはLOSEの文字が表示されるはずです。ですが今は――」
「カウントダウンが止まっていない…?」
司会者の驚きの声と共に闘技場内の土煙が晴れ、全貌が明らかになる。HPが危険域を示す赤色のゲージであり、ほぼ0に等しいが未だにその場に立っているGENZIの姿があった。
♦
泥沼にはまり、もがいたことで下半身が完全に埋まり、頭上からは五頭の龍が迫ってきている。追い込まれた絶対的な窮地。焦る心は既になく、俺の心はいつも以上に冷静になっていた。
結局全力と言ってはいても俺はまだ出し切っていなかったじゃないか。数秒、いや、数十秒程もってくれよ俺の体。
覚悟を決めると口に出して自身の身体に、脳に、心に言い聞かせるようにそっと呟いた。
「【オーバークロック】」
視界は広く、世界からは音も、色も失われ思考速度が極限まで加速されていく。心の中で『不知火』へとそっと問いかける。
不知火、俺に力を貸してくれ。お前のそのすべてを燃やす紅蓮の炎を。
問いかけに応えてくれたのかは分からない。だが俺の願いが届いたのか、俺の体を纏う炎の勢いが増し泥沼を蒸発させる。
これで体は動くようになった。それでも頭上に迫る龍を何とかしなくてはならない。目を瞑り、己の世界へと没入していく。
思い出せ、あの感覚を。死に物狂いで磨いた集中の極致を…
自身を中心とする己の領域へと踏み込む気配を感じた。刹那、体は既に動いていた。俺を呑み込もうと迫った五頭の龍の頭を刎ね、龍の召喚者の元へと疾駆する。
ぽてとさらーだは煙の中俺が迫っていることに驚きを隠せないといった表情をすると、すぐさま回避行動に移る。
だが、今の俺からすれば圧倒的に遅い。
GENZIの刀は既に真上から振り下ろされていた。ぽてとさらーだを真っ二つに両断する勢いで振るわれたその技の名は、
「『一断』」
次いで斜めに斬り上げ、斬り上げると同時に刃の向きを転換、即座に切り返す。『一断』から連続して放たれた三日月のように弧を描く技、
「『二月』」
それでもぽてとさらーだは倒れない。ダメージを受けながらも魔法で作り出した剣でGENZIへと斬りかかる。しかし思考速度が極限まで加速されたGENZIにとってその斬撃を避けることなど容易く、躱しながら次なる剣戟を繰り出した。
脇腹を抉るように真横に二刀の刀を斬り払うと、クロスを描くように上下に二回ぽてとさらーだの体はを切り裂く。三連撃のその名を、
「『三慧』」
深々と刺さった刀を引き抜くと、ぽてとさらーだのHPは0になり、その場に倒れるようにして膝から崩れ落ちる。それを確認すると俺は【オーバークロック】を解除する。
ずきりと鈍い痛みが頭に走り、急激に意識が遠のいていくのを感じられる。結界が薄れていき、歓声や司会者の声が遠くに聞こえるが何と言っているのか理解できない。
視界一杯に警告の表示が出現するのと同時に俺は強制的にログアウトさせられた。最後に空中に表示されたホログラムを見た時、俺の名前の横にWINという文字が書かれていたことを薄っすらと覚えている。
それを最後の記憶に、現実世界に戻った俺はベッドの中に体を埋めた。