音ゲーマニアが『賢者』と戦うようですよ~前編~
あれが『破壊王』…これまで見てきたプレイヤーの中でも群を抜いて化け物としか言いようがない。自身の得物である特大剣を試合半ばでへし折られたにも関わらず、素手でエイミーを圧倒してしまった。
たった一撃。ただ拳を上に振り上げただけだというのに竜巻が起きたかのように上空に吹き飛ばされ、尚且つこれまでどんな攻撃を受けても観客を守ったドーム状の結界を破壊した。
結界が壊されたことによって観客席は混乱に陥り、逃げ惑うプレイヤーが大多数を占めていた。混乱の中、俺は最後の最後までその場に残り、試合に魅せられていた。
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結界の修復作業などに手間取り第三試合が開始されるのはそれから三十分後に延期された。その間に運営スタッフは奔走しており、舞台裏である控え室の方にもその余波が来ていた。
「妹ちゃん残念だったなぁ~」
「でもエイミーはよく頑張ってたよ」
「終始すごい戦いだったわ」
次の試合は俺とぽてとさらーだが出場する。試合開始時刻が三十分も延期されたのはいいがやることもなく、麒麟との会話に花を咲かせていた。控え室の中は先程までではないにしろ未だピリついた空気が流れているが大分慣れてきた。
「あ、そういえばGENZIは対戦相手のぽてとさらーだのこと知ってるか?」
「全く知らん」
「ですよね~」
対戦相手の事前情報など知るはずもないと答えるGENZIに分かっていたと笑いながら答える麒麟。そんな友に対し麒麟はアドバイスをした。
「俺が知ってる情報は教えるから覚えとけよ?ぽてとさらーだは『賢者』という二つ名が付くくらい魔法に精通してる。確かだけど全属性の魔法を万遍なく使えた気がするんだよな~」
「全属性の魔法って…まあ近づけばこっちのものだから大丈夫大丈夫」
GENZIが自分自身に言い聞かせるようにそう言うと、麒麟がニヤリと笑みを作る。
あ、この顔は絶対に悪だくみしてる時の顔だ。そう直感的に感じ取ったGENZIのことなどつゆ知らず麒麟は嬉々と話し始めた。
「ところがそうじゃないんだよなぁ~ぽてとさらーだは近距離でも無詠唱の速度特化の魔法を使ってくるから厄介なんだってさ」
「なるほどねぇ…」
麒麟からのアドバイスを受けていると丁度アナウンスが流れる。
「大変お待たせいたしました!これより準々決勝第三試合を開始いたします!出場する選手の方は入場してください!」
遂に来たか。GENZIがそう思いながら入場口の方へと向かう最中、背後で麒麟が何かを言おうとしていたがそれを口に出すことは無かった。そんなことなど知る由もなく、光が差し込む闘技場の中へとGENZIは進んでいく。
「東ゲートより登場したのはGENZI選手~!!今大会最注目の実力派初心者です!行くユニーククエストを攻略したのは伊達ではなかった~!」
「続きまして西ゲートより姿を現したのは~!?全身を白いローブに身を包んだこの男!ぽてとさらーだ選手!!一回戦で観客を沸かせたように、再び華麗な魔法を見せてくれるのでしょうか!?」
闘技場の中へと足を踏み入れると、周りを包み込むように結界が張り巡らされる。観客席から聞こえてくる声援が徐々に遠のいていき、完全に遮断された。
咳払いの声が僅かにマイクに漏れ、次いで試合開始の合図が聞こえてくる。
「それでは…試合…開始!」
刀に手を掛け、相手の出方を見ようとしていると相手は両手を上に挙げた。訝し気にその動作を見ているとゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
「やぁ、君がGENZI君?初めまして、僕はぽてとさらーだっていうんだ」
「……何のつもりだ?」
「ちょっと聞きたいことがあってさ君うちのクランの副リーダー、クロエと知り合い?」
質問の意図が良く分からず一瞬戸惑ったがありのままの事を話す。
「知り合いじゃないと思うぞ」
ぽてとさらーだの深緑の瞳がじっとこちらを見つめ、諦めたのか瞳を閉じると肩をすくめてみせた。
「そっか、ならいいや。それじゃあ試合を始めるとしよう。十秒待つからその間に準備して」
声に出し、両手の指を使って秒数を数え始めるぽてとさらーだ。明らかに俺を小馬鹿にしたその態度に対し多少腹が立ったが決して感情には飲まれない。
試合だって音ゲーと同じだ。いくら失敗をしたからといってその都度怒っていてはとれるフルコンもとれなくなるというものだ。
視野を広く持ち、目の前で秒数を数えるぽてとさらーだだけでなく全方位に集中を向ける。残り二…一…。ぽてとさらーだはカウントが零になったと同時に中指と親指を擦り、パチンと指を鳴らす。
背後から近づく音に気が付いた俺はすぐさま横にステップすることでそれを避ける。それは俺に当たらずそのまま直進していき、徐々に勢いを減衰させながらぽてとさらーだの眼前で掻き消えた。
通り過ぎたそれを見ると、それは風の刃だった。大きさはそこまで大きくもないが何よりも厄介なのはその速度だろう。
ただ俺の場合はAGIがかなり高いのでその問題は無さそうだ。
もう一つ指を鳴らすと今度は左手に辞書のように分厚く、見たことのない言語で書かれた本を出現させ、手に持った。
空いている右手でページをめくると、本には目を通さず、俺の方を見たまま何かの暗唱を開始した。
「…『ウインドストーム』…」
小声で、それでいて素早く呟かれたそれに警戒していると、俺の周囲にいくつかの竜巻が巻き起こる。竜巻の間には隙間があり、その隙間を縫うようにして包囲を突破しようとしたが、どうやらそれは許されないらしい。
意識が竜巻に向いていて気が付かなかったが、ぽてとさらーだの暗唱は終わっていなかった。
「…『フレイム』…」
続けざまに短く呟かれ、竜巻が炎を纏い勢いと大きさは拡大化、炎嵐が一斉にこちら近づいてくる。
「『フレイムストーム』」
炎嵐が近づいてくる中、冷静に抜刀すると大きく息を吐き上半身の力を抜いた。上半身が脱力し、息を吸うとタイミングよく息を止め、刀を振りぬいた。
GENZIの動きは観客席にいるプレイヤー達から見たら一瞬の事だった。刀を鞘から抜き、深呼吸をしたと思った瞬間には刀が再び鞘に戻り、炎嵐が全て掻き消えていた。
だが実際は同時に斬った訳ではない。驚異的なAGIとDEXの高さによって繰り出された連続の『疾風』。風の刃が炎嵐を切り裂き、余刃がぽてとさらーだの頬を浅く切り裂いた。
地面を踏み鳴らしながらぽてとさらーだへと歩み寄っていく。その歩みを止めるべくぽてとさらーだが再び詠唱を開始した。
「――『アクアウェーブ・ピュア』」
魔導書から洪水の如く湧きだしたのは水だった。僅かに肌に触れた感触がべたついており、恐らく海水に近いものだと考えられる。勢いよく放出された水は俺の歩みを阻み、徐々に流れが速くなっていた。
ぽてとさらーだはと言うと、いつの間にか空中を浮遊しており、既に別の魔法の詠唱が完了していた。
「『サンダーボルト』」
視野を広く持ち、常に周囲への警戒を怠っていなかったGENZIはぽてとさらーだの詠唱終了の瞬間を見逃さず、直感的に上空へと跳んだ。
その直後結界の中に黒雲が立ち込め、神速の雷が結界内を埋め尽くす水へと降り注ぐ。激しい轟音と共に眩い光が辺りを包む。
光の中うっすらと瞼を上げるとこの状況の中でも詠唱を続けるぽてとさらーだの姿が写り込む。それに対し流石に焦りを感じた。
現在俺は跳び上がったことで空中に滞空しており、徐々に落下している。そして地面には電気を帯びた海水があり、着地するわけにはいかず、目の前には魔法の詠唱を開始し既に狙いを定めているぽてとさらーだがいる。
正に絶体絶命。この状況を表すのにこれほど的確な言葉は無いだろう。だがこんな状況を今さっき突破してきたばかりの俺からすれば他愛のないことだ。
Dance Step Moving2……感謝するぞ。胸の中に感謝の念を抱き、すぐにその思考を切り替えると本能の赴くまま行動を開始した。
『二艘跳び』を使い空中に足場を作るとそれを蹴り、前方で空中を浮遊しているぽてとさらーだの元へ飛び込む。それと同時に『不知火』の特殊効果“猛炎”が発動、刀身から柄、腕へと炎が燃え移り肩口までを炎が包む。
HPは継続ダメージを受けすぐに減少し、残り体力は一に。その瞬間、『不知火』第二の特殊効果“炎装威”が発動し黒虎装備の上から炎が纏わりつき、背には炎の羽衣が羽織られる。
勢いを殺さずに突進しながら、自身の決意を確固たるものにするため、口に出した。
「ここからは一撃も喰らわずに勝ってやる…!」