音ゲーマニアが妹の試合を観戦するようですよ
準々決勝第一試合、麒麟とクロエの戦いはクロエの勝利で幕を閉じた。試合終了の合図の瞬間、観客席に座る観客たちは呆然としていたが一人が拍手をすると目が覚めたように我に返り、後に続く。その中には麒麟を称賛する声も少なからずあり、後で伝えてやろうと心に留めた。
俺も拍手をしていたが、頭の中では先程の試合の最後の場面が頭から離れてはいなかった。観客たちが呆然としていたのも分かる、最後のクロエのアレは何だったのだろうか。
「…最後の最後で出してきましたね…」
意味ありげなその呟きを観客は聞き逃さず、無論隣に座っている司会者も逃すはずが無かった。
「ガッチさん、それはどういうことですか?」
「クロエ選手の二つ名が『天翼』である理由は今の試合を見てもらえれば誰にでも分かったと思います。皆さんが気になっているのはあの羽は一体何だったのか、ということですよね」
「はい!私もそれが聞きたいと思ってました!」
「あれはクロエ選手の職業聖剣姫のスキル…の一つです。現在聖剣姫に就いているプレイヤーはクロエ選手ただ一人しかいません。聖剣姫とはいわゆるユニーク職業なのです」
「そういうことだったんですか!?ユニーク職業という名前は聞いたことがありましたがまさかクロエ選手がそうだったとは知りませんでした!」
ユニーク職業…俺も同じで羅刹というユニーク職業に就いているがこの反応を見る限り人に公開するのは止めた方がよさそうだな。
「あ、申し訳ありません!第二試合の時間が少し押してしまっていますね!それでは第二試合に出場する選手の方は入場してください!」
先に姿を現したのはエイミーだ。背中に背負った大太刀は前に見た時よりもさらに禍々しくなっている。
「東ゲートより現れたのは~!?一回戦第一試合にて力を見せつけたこの女!エイミー選手です!今回も豪快な戦闘スタイルで観客を沸かせるのでしょうか!?」
「西ゲートより現れたのはこの人!こちらも背中に大きな大剣を背負っている!戦う姿を見たプレイヤーは皆口を揃えてこう言います!『破壊王』と!!オウガ選手です!」
観客席では二人の選手の名前を呼び、応援の声をあげている。二つの声は互いに拮抗し張り合っているようにも思えた。
二人がフィールドに入るのを確認すると結界が張られ、同時に試合開始の声がかかる。
「それでは…試合…開始!」
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この人と試合で当たれば初めから全力でいこうと本選が始まる前から決めていた。私はこの人に自分の力を見せなくてはならないから。そして私はこの戦いに…
勝たなくてはいけないから。
「喰らえ!『暴喰』…っ!!」
意識が飲まれる。体が燃えるように熱く、全身を血流が駆け巡っているのが分かる。心臓が早鐘を打ち頭の中に霧がかかったように意識が朦朧とする。
私を突き動かすのは勝たなくてはならないという強い意志と、私のものではない誰かの声。その声は私に囁きかけてくる。
「斬りたい…肉を…骨を…臓物を…もっともっと俺に血を…!!」
私の意識はフェードアウトした。
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一体何が起こっているんだ?
唐突に大太刀を地面に突き刺しエイミーが何かを叫んだかと思うと、エイミーの大太刀の形状が変化した。大太刀についた口が裂けるように開かれ、鋭い牙と蛇のように長い舌が現れる。そして瞑られていた目がギョロリと開かれ、血走った目がオウガの事を捉えた。
一回戦でエイミーが見せた動きにそっくりだ。エイミーは駆け、特大剣を抜きもせずにじっと見ているオウガの懐に獣の如き疾走で入り込む。
右肩に乗せられていた大太刀を片手で持つと、尋常ではない速度でそれらを振るい続ける。左斜め上からの斬り下ろし、間に蹴りを混ぜ、飛び上がる。
空中から落下する際の衝撃を全てのせた一撃がオウガのうなじに触れるその瞬間、ついにオウガが背中の特大剣に手を掛けた。
たったそれだけだ。それだけなのに、エイミーの体は弾き飛ばされていた。それに驚くべきことはまだ他にもある。オウガはあれだけ斬られていたはずなのに微々たる程しかHPゲージが減少していないのだ。
一体何が起こっているのかが分からない状況の中、吹き飛ばされたエイミーは足場が無いはずの空中で空気を蹴り、オウガの元へと再び跳んだ。高速で接近するエイミーの姿を補足し、手を掛けていた特大剣を勢いよく振りぬいた。
振りぬいた瞬間物凄い突風が巻き起こり、エイミーの勢いは減衰、スピードが落ちたエイミーを腰の入った一振りが襲う。
空中という逃げ場のない場所で絶体絶命の状況かと思った。だが、エイミーは横から振り切られた特大剣の刀身に飛び乗る。そのまま柄へと刀身の上を走って近付くと大太刀を振るう。
振るわれた大太刀はオウガの鍛え抜かれた鋼の肉体に触れることなく、特大剣によって受け止められていた。受け止めたと思った瞬間、エイミーの大太刀が口を大きく開き、特大剣を食べ始めた。
流石に不味いと思ったのか特大剣をオウガは手放し、下がる…かと思いきや、素手のまま突き進んでいき、エイミーの右頬に腰の入った良いパンチを繰り出した。
そのパンチを受けたおかげかそれまで虚ろで輝きを放っていなかったエイミーの目に光が戻り、我に返ったようだった。状況を確認すると目の前に立つオウガに大太刀の切っ先を向け、何かを話しているようだった。
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暗い空間、私は一人そこを漂っていた。頭の中に響き続ける破壊衝動と全身が煮えたぎるほどの熱さ、相手を斬った時のあの興奮。これを使ってはならないと分かりつつも勝つために使ってしまった。
後悔と自嘲の念を抱いていると唐突に頬に痛みが走り、殻が破れるように暗闇の空間に光が差し込む。光に手を伸ばすと意識は完全に戻り、目の前には彼が立っていた。
状況を確認する。自分のHPは僅かに減っており、相手との差はほぼ無し。相手は得物を持っておらず素手でこちらに向かってきている。
一秒とかからぬうちに確認を済ませると、近づく男に『暴喰』の切っ先を向けて語り掛けた。
「お久しぶりです、師匠」
「おお、久しぶりだな。随分とヤバいもん使ってるな」
「今は使ってないけど師匠だって同じようなものを使ってるじゃないです…かっ!」
意識は戻ったが未だに覚醒状態の『暴喰』を振りかぶると正確に、それでいて野性的な太刀筋で師匠に向かって大太刀を振るう。
だがそれらの剣戟を全て回避される。体を使って、拳を使って、状況に応じて的確に刀を捌いてくる師匠に舌を巻く。
やはり強い。分かり切っていたことだがそれでも尚改めてそう思わされる。だが師匠に殴られたことで私のコンディションはすこぶるよくなっていた。
『暴喰』と職業の効果によるステータス・身体能力強化の効果はそのまま、頭はクリアに心は冷静になっていることが分かる。
最高のコンディション、最高のシチュエーション。これ以上にない程整ったこの場でついにあの日の約束を果たす時が来たのだ。
「『大車輪』!」
体の遠心力を使い大太刀を大きく振り回す。威力の高い攻撃であるが、その分隙も大きい。
案の定『大車輪』の隙をつき、師匠は私にダメージを与えようと近づいてくる。それは計算通りだ。今の私ならばこの隙を埋めることが可能だから。
「なに…!?」
『大車輪』の発動を急停止、勢いを突然止めたことで受ける反動を使い跳び上がる。さながら坂道で突然ブレーキを掛けた自転車のように勢いよく吹き飛ぶと、空中で体勢を変え、大太刀を構える。
流石の師匠と言えど人間だ。突然のことに反応しきれず一瞬の隙が生まれる。それこそが私の勝機。
「全てを喰らえ…!『ベルゼイート』!!」
神速の大太刀が頭上に迫っていることに気が付いた師匠は目を大きく見開き、驚いているように見えた。そして一言、こう呟いた。
「不合格」
ニヤリと口端をあげると不敵な笑みを作り、拳を振り上げる。ただそれだけの動作だというのに、地面が、大気が、そして私が。震え、揺れ、物凄い勢いで上へと吹き飛ばされる。
一体何が起こったのかすら分からなかった。最後に分かったことは私が空高く飛ばされており、闘技場の結界が今の一撃で破壊されたこと。
そして私を見上げている師匠が不敵な笑みを浮かべていたことだけだ。