音ゲーマニアが準々決勝を観戦するようですよ
左足を軸に回転しながら右足でステップ、同時に右手で空中の音符を処理する。その0.2秒後に左から出現するバナナミサイルを予見してリズムに合わせて体を低く保つ。
最後は怒涛の連打が押しかかり、それに対処すべく両手両足を全力で動かし、脳を焼き切れるほど酷使する。
画面に見飽きるほどに並べられた虹色に輝くPERFECTの文字が次から次へと移り変わる。
「…っ!!」
フィナーレは両手両足を大の字のように大きく開き、長押しの黄色音符を押し続ける。だがまだ終わりじゃない。ロング音符が切れるのと同時に俺は大きく跳びあがり、その場でバク転した。その際に俺の背中を僅かにバナナミサイルが掠めライフが減少するが、これで本当に終わりだ。
緊張が解けた俺はその場に座り込むと目の前に表示されたリザルト画面を確認する。
FULL CONBO!!
SCORE:1000000
1877:CONBO
1877:PERFECT
0:GREAT
0:GOOD
0:BAD
0:MISS
「ふぅようやくクリアした…ったく…最後のアレ何なんだよマジで…」
最後のアレとは曲が終わったと思って油断している所に突然背後から跳んでくるバナナミサイルのことである。三十分ほど練習することでようやくAPフルコン達成だと思って油断していたら最後に背後から突然現れたバナナミサイルに撃たれて強制終了という苦い思い出はこれからも忘れることは無いだろう。
それからもう三十分ほど経つまでAPで最後までこれなかったことは俺の音ゲーマニアとしてのプライドをさらに傷つけた。
ひとまず一区切りしようと思い、ログアウトして時刻を確認すると十二時を過ぎていた。急いでUEOを立ち上げようと思ったが、時間が危ないのなら麒麟から連絡が来ていてもおかしくないが来ていない。そこから考えるに時間に余裕はあるのだろう。
だが心配性なので一応インターネットで検索をかけてみた。
どうやら準々決勝が始まるのは午後の一時からのようだ。ひとまず時間ギリギリに会場に行くのはもう避けたかったのでほっと胸を撫で下ろす。
名残惜しさもあるがUEOの本選の方が俺にとっては重要なことだ。煌びやかなクラブを後にするようにログアウトした。
意識が引き離されていき、現実へと完全に戻ったことを確認すると、そのままアプリケーションをスクロールしUEOを選んだ。息つく暇もなく意識は再び仮想世界へと吸い込まれて行った。
リスポーンしたのは俺が先程ログアウトした控え室の中だ。UEOは町や村、ダンジョンの中に存在する安全エリアでログアウトした場合その場所からスタートする仕様になっているため楽でいい。
ただ、フィールドでログアウトした場合は強制的に最寄りの町や村でリスポーンすることになるので注意が必要だが。
控え室の中は緊張と威圧によるひりついた空気が流れていた。それ故に沈黙が保たれてはいるが、どうやら準々決勝に出場する選手は全員集まってきているようだ。
俺が現れた所で誰一人として目を向けるわけでもなく各々が準備を淡々と行っている。そんな中俺の背中をついついとつつくプレイヤーが一人。
突然のことに体が強張るのを感じながら振り返ると、立っていたのは俺よりも数十センチ低い身長の少女。黒い着物と白い狐の面を被り、背中に身の丈と同じか、それ以上の大太刀を担いでいる。
「エイミーか…驚かせないでくれよ」
「あはは、ゴメンゴメン。でもGENZI君がまさかこういうイベントに出場するとは思わなかったよ」
「俺自身驚いてるって。まあ原因はコイツなんだけどな」
インベントリから鳥籠を取り出し、中の枝木に止まっていた白い鳥が籠から飛び立ち、俺の肩に乗った。本選中にもしものことがあってはならないと思い、急遽購入した鳥籠の中にしまっておいたのだ。
エイミーはマーガレットの頭を人差し指で優しく撫でると、気持ちよかったのかマーガレットが一鳴きした。
「か、か、か…」
「か?」
「可愛い!!何この子!?いつの間にペット何て手に入れてたの~!?」
勢いよくマーガレットのことを撫で始めると、物凄い勢いで弾丸のように質問を俺に浴びせかける。その剣幕にたじろぎながら思わず苦笑いを浮かべる。
「マーガレットのことだよな。それはまあ…成り行き?」
「その成り行きを教えてよ~!」
俺の両肩をがっしりと掴むとガクガクと前後に揺らし、情報を聞き出そうとしてくる。肩が揺れるたびマーガレットも揺られ目が回ったのか近くのベンチに降り立ちぐったりとしていた。
そんな中、GENZIとエイミーの元へと近づいてくる影が一つ。それは麒麟だった。今来たばかりの麒麟は状況を理解できず混乱していた。
何でGENZIはあの『狂姫』に絡まれているんだ!?というかなんであんなに親しげなんだ?いや、それともGENZIは襲われているのか…!
混乱の普段ならしない判断を下した麒麟はGENZIの肩を引き、『狂姫』から離すと庇うように防御態勢を取った。
「え?え!?突然なんだよ麒麟」
「下がってろGENZI。あの女は危険だ、もしかしたら試合前に何か仕掛けてくるかもしれない」
「え?あの~――」
「問答無用!こういう時はまず!逃げる!!」
麒麟は俺の手を掴むと全速力で控え室の中から飛び出し、エイミーから逃げるように観客席の方へと駈け出した。人混みの中を掻き分けるように進んでいき観客席の辺りまで走ると、背後を確認し追跡がないか見ていた。
「なぁ…麒麟……」
「ふく~…ここまでくれば安心だな。大丈夫だったか、GENZI!」
何故かドヤ顔でグッドサインを向ける麒麟に対し溜息を吐くと、状況を理解してもらうため全てを話した。『狂姫』エイミーが実の妹であり、このゲームを俺に勧めた張本人であること。俺にチュートリアルまがいのことを教えてくれたこと。そして超が付くほどの動物好きであり、俺のマーガレットに過剰反応して俺にマーガレットの入手方法を聞いてきていたこと。
話を続けるうちに麒麟の顔を徐々に赤くなっていき、姿は縮んでいくように見えた。俺の説明が終わるころには顔を茹で蛸のように赤く染め、その場で両膝を着いていた。
「それなら…それならもっと早く教えてくれよぉ……」
「まあ、その…なんだ…強く生きろよ」
「くぅぅぅ…」
その後はいまだに茹で蛸のように赤く染まったままの麒麟を連れて控え室へと戻り、エイミーに紹介した。
「エイミー、コイツが俺のよく話してる麒麟」
「ども…さっきは早とちりしてごめんなぁ?」
「あ、いえいえ。私が取り乱してしまっていたのが悪いですから気にしないでください。GENZI君から話は聞いてます。もう知っているかもしれませんけど私はエイミーと言います」
エイミーの言葉に何か思ったのか知らないが俺の肩を持ち、耳元に口を近づけると囁くように小声で話しかけてきた。
「お前の妹めっちゃいい子だな」
「だろ?」
「お前が言うのかよ」
内心良いツッコミだ、と思いつつ俺達が二人で話し込んでしまったためエイミーが声を掛けづらそうにしていた。
「あのー…」
「悪い、確かマーガレットと俺がどこで出会ったのかだったよな?」
「うん。私これでも動物系のモンスターにはかなり詳しいつもりなんだけどこんな鳥見たことないんだよ」
「えーっと…――」
次にどんな言葉を続けようかと思っていると俺の思考を司会のアナウンスが遮り、会場全体に響き渡る。控え室まで聞こえてきていた喧騒や足音が止み、一時的にだが会場は時が止まったかのように静まり返る。
会場にいる観客然り本選出場者然り全員が上を声が声に集中した。
「皆様!お持たせ致しました!これより本日の最終試合となります準々決勝を開始いたします!注目の第一試合に出場する選手の方々は闘技場の中へとお入りください!」
麒麟は俺の肩を軽く叩くと試合へと向かっていった。エイミーを連れ観客席の方へと向かうと、丁度選手の紹介をするところであった。
「まずは東ゲートから現れたこの男!無名の初心者麒麟選手!その厨ニ病心をくすぐるいで立ちやトリッキーな戦闘スタイルが人気を呼び観客席からの声援が熱くなっております!」
「続きまして西ゲートより出てきたのは!?純白のドレスアーマーに身を包んだクロエ選手だ~!!本選では無類の強さを発揮しここまでノーダメージで試合を終わらせてきました!果たして今回はどうなるのか~?」
司会の選手紹介も今までになく熱が入っており、会場にいる観客の数が準々決勝になると二倍近くに膨れ上がっている気がした。
麒麟とクロエは向き合いお互いの得物取り出すと試合開始の合図が鳴った。