音ゲーマニアが中華娘と戦うようですよ
観客席から移動し、控え室に向かうと中で麒麟が待っていた。こちらに気が付いたようで近づいてくると笑みを作った。
「やったぜ~!」
「GG麒麟。次は俺の番だから行ってくるよ」
「ああ、頑張れよ。俺も応援してるからさ」
差し出された拳に俺の拳を合わせると、麒麟はニっと笑い、俺の背中を思い切り叩いた。バシ!と中々いい音が鳴り響く。
そのまま背後に向かって軽く手を振り、闘技場へと歩みを進めた。
観客席の熱気は収まるばかりかさらに増している気さえする。俺と相手の選手が入場するとともにこれまでを上回る大歓声が体を包み込む。
「それでは!選手紹介のお時間です!東ゲートから出てきたのは!?真っ赤なチャイナドレスを身に纏ったこの女!リンリン選手だ~!本選では初となる二次予選からの参加者です!」
リンリンと呼ばれた女性プレイヤーが観客席の方に手を振ると心なしか今までよりも反応が良く感じられた。
「そして西ゲートより姿を現したのはこの男!GENZI選手です!GENZI選手はUEO初のユニーククエスト攻略者であり、二つ目のユニーククエストの攻略にも携わっていた正体不明の初心者です!ですがその実力は折り紙付き!何といってもあのユニークモンスター、五輪之介に勝利を収めたのですから!」
俺もリンリンのように観客席の方に手を振ったのだが歓声は少しも上がらず、初めて会場は静寂に包まれた。その事実に対して存外もろい俺のハートが深く傷ついたことは言うまでもあるまい。
だがそんなもの知ったことかとそのまま歩みを進め、闘技場の周りには橙色の結界のようなものが張られており、その中に入ると外部からの音は遮断された。
俺は刀の柄に手を置き、リンリンは特に何もせずその場に立っていた。集中と脱力、相対する二つが向かい合った時、試合開始を告げるアナウンスが聞こえてきた。
「それでは…試合…開始!」
声が聞こえると同時に動きだす、そう思われたが実際は違った。俺は柄に手をかけたままその場から動かず、リンリンはというとチャイナドレスの中を弄ぐり、何かを探しているようだった。
注意深く観察を続けているとリンリンはチャイナドレスの中から一本のひょうたんを取り出し、蓋を開けると一気に飲み干した。
その際に見える艶めかしい白い腿と僅かに上気した白い頬が妙な色香を感じさせる。
本選のルールで闘技場内での消費アイテムの使用は禁止されているはずだからあれは何らかのスキルだと考えて間違いない。ただ、先程から様子がおかしい。
どうも足下がおぼついていないようで、ふらふらとこちらへ近付いてくるがハイヒールを履いていたため転びそうになっている。リンリンが転んだためか、それとも油断した故か俺の警戒はほんの一瞬弱まった。
刹那、不安定で一定していない動きが僅かに変化したことに気が付くと、首元に手指が鋭く伸びてきていた。
「『瞬身』っ!」
即座に後ろに跳び退ることで回避したが今のは一体…?
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「おっと~!?これはどういうことでしょうか!リンリン選手がひょうたんを取り出し飲み干しました!」
「どうやらリンリン選手は初めから全力でいくようですね。リンリン選手の二つ名『酒狂』というのはどうしてつけられたかご存知ですか?」
「いえ知りません!」
「あはは…えっとですね、それはリンリン選手の戦闘スタイルに関係しているんです。今リンリン選手が飲み干したのは拳法系統の職業って少し変わっていて四次職が一つしかないんですよ。それが四次職『該功夫』、リンリン選手の職業でもあります」
「それがどう関係してくるんですか?」
「『該功夫』は全ての拳術を使える職業なのでいろいろな流派の拳法を使うプレイヤーがいるんですよ。リンリンさんはその中で酔拳を選び、トッププレイヤーになるまで使い続けてきたんです。そして酒を片手に持ちながら戦うその姿から畏怖を込めて『酒狂』という二つ名で呼ばれたんですよ」
「なるほど!お!また試合に進展があったようです!」
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リンリンのする奇妙な動き方をどこかで見たことがあると思ったらあれは昔見た功夫映画の主人公が使っていた拳法に酷似していたためだ。
確か拳法の名前は酔拳。酒を飲んで体を酔わせることで相手に次の動きを読みにくくするというものだ。それは俺にとってもかなりの難敵だった。
不規則で一定しない動きは掴みづらく、覚えるのも難しい。だからこそ、俺は今受けに徹していた。
右のストレートが俺の胸を狙い、右脚から繰り出される蹴りが俺の膝を割ろうとする。不味いと思いスキルを使おうと口が開きかけた時、俺の体が自然と動いていた。
ひとりでに動き出した体は最小限の動きでリンリンの攻撃を躱し、尚且つリンリンの細い腕を薄く切り裂き、HPを僅かに減少させた。
リンリンの顔は酔っている為分かり難いが確かに驚きでその目は大きく見開かれていた。だがそれ以上に驚いているのは自分だ。体が勝手に動いた、としか言いようがない現象に驚愕を禁じ得ない。
動揺しようとお構いなしとリンリンの追撃が迫る。今度は蹴り払いからの裏拳、だがこれも刀と僅かな動作だけで回避していた。
その攻撃を見た瞬間、俺は思い出した。俺はこのリズムを知っていると。そう、このリズムはBSDに存在する数多の楽曲の内が一つ、The Other Oneのそれに酷似している。そして俺はつい先程この曲をブギーとプレイしたばかりだった
分かる。不規則で一定していないその動きが何故か分かる。
脇腹を貫こうと鋭い手指が突き出される。リンリンの鋼鉄のように固いその指を上半身を斜めにずらすことで回避し、連続的に放たれる左の前蹴りの力を刀で後ろへと受け流す。
体勢を崩したリンリンが前方に倒れてくる瞬間、隙を見出した俺は二刀を肩に当てるようにしてクロスさせるとタイミングを合わせて斬り放つ。
「『一断』」
引き絞られた刀が一気に解き放たれ、リンリンを襲う。リンリンがこちらに振り返った時には既に刀が肩口に触れていた。
威力、速度ともに優れた一撃を繰り出すスキル、『一断』がリンリンに命中し、俺の中で完全に音ゲーの感覚が目覚める。
心は冷静に、体は熱く、目の前の敵を視界に捉える。頭の中では常にThe Other Oneが鳴り止まず、リズムに乗って体を動かす。
曲が前半を終えサビへと入る瞬間、リンリンは腰を落として構え、大きな瞳を鋭くさせてこちらを睨む。
サビに入る直前、The Other Oneには音符が流れてこない休息地点がある。それと同様俺達も攻撃の手が一度止まり、互いを睨みつけた。
静かな空間で研ぎ澄まされていく集中力をただその一瞬の為だけに使う。嵐の前の静けさがフィールド内で沈黙を生んだ。
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「リンリン選手も圧巻の強さですがそれについていくGENZI選手も流石としか言いようがありませんね!やはりGENZI選手はただの初心者ではなさそうです!」
「確かにGENZI選手のスタイルはこれまでにありそうでなかったものですね。それにしてもGENZI選手のAGIが高すぎて時々結界越しですら姿を見失うことがあります。一体どのようなステ振りにすればああなるのでしょうか」
「おっほん、それはですねぇ~、GENZIは――」
「はいはい…ってあなた誰ですか!?」
司会の女性がいきなり大声を上げたため観客席から大勢の視線を感じたが気にせず話を進めた。
「酷いなぁ~さっき戦ってたでしょ?麒麟ですよ麒麟」
「麒麟選手!?なんで実況席にいるんでしょうか?」
「GENZIの情報については世に出回ってないから解説のガッチさんも困るだろうな~って思ったから来たんですよぉ」
笑いながらそう言うと一つ息を吐くと司会の女性はどうやら上司に連絡を取っているらしく、それが終わると俺にOKサインを出した。
「運営より許可がおりましたので飛び入りで麒麟選手を解説者として受け入れます!」
観客席ではどよめきと歓声が起こり、混沌としていたがそんなものはお構いなしに進行する。
「え~まずですね、あまり情報を出し過ぎると今後の試合がつまらなくなるので一つだけ大事なことをお伝えしますよ?」
視線が俺へと集まる中、別に緊張もしていなかったので世間話を放すかのように平然と口を開いた。
「GENZIは体力や防御に関連するステータス、HP・VIT・MNDに一切ステータスポイントを振ってないんですよぉ。代わりにSTR・DEX・AGIに殆ど全振りしているので、紙装甲脳筋なんですね~」
しばしの沈黙。そして返ってきたのは司会も観客もそんなわけないだろと騒ぎ立てた。司会の女性が観客たちの声を代弁するように言っていたのは体力、防御に関連するステータスに振らなければ一撃でも攻撃が当たった瞬間にデスしてしまうことだった。
その時ガッチさんが重い口を開く。
「いえ…確かにそれなら先程の速さにも、リンリン選手の動きに対応できていことも納得できます。ん?何やら膠着状態に陥ったみたいです」
視線は俺からGENZIへと移り、相対する赤と黒のプレイヤーを見つめた。
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曲のサビが流れ始める。それと同時に地を蹴り、猛然とリンリンに向けて疾駆する。リンリンはというと追加でさらにひょうたんを取り出し、飲もうとしていた。
それを防ぐために、アレを使うことにした。二刀を右肩に当てるように構え、振り下ろしながら口を開く。
「『疾風』」
それは五輪之介が使っていた技。斬撃が飛び、衝撃波となってひょうたんとリンリンを切り裂く。ひょうたんを飲むことを諦めると、リンリンもこちらに向かって千鳥足で向かってくる。
速度が上がり、最高速に達した瞬間俺達は交差し、互いの技をぶつけ合った。沈黙が場を支配し、それを破ったのは地面へとリンリンが倒れる音だった。
リンリンの体はポリゴンの欠片となって露散し、俺だけがその場に立っていた。
勝利を告げるアナウンスと共に結界が解かれ、観客席から歓声が聞こえてきた。入場するときは反応すらしてもらえなかったのでそれを嬉しく感じつつ、隠れるように控え室へと戻った。