音ゲーマニアが友達の試合を観戦するようですよ
未だに試合の熱が残っている観客席を離れ、麒麟が待機している控え室へと一度戻った。控え室の中を見渡していると、先程俺がここを出た時から一歩も動いておらず、ベンチの上に座っていた。
声を掛けようと近づいたが、俺はそれを躊躇った。以前麒麟はFPSの大会の前とかは最後の最後までイメージトレーニングをすると言っていたことを思い出したからだ。
激励の言葉を胸の内に秘め、その場を後にすると再び観客席の方へと足を運んだ。
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「お待たせいたしました!それでは第二試合を開始いたします!選手の方は入場してください!」
重い腰を上げるようにベンチから立ち上がると、控え室を抜けフィールドへと歩みを進める。門のようにアーチ状になった輪をくぐり抜けると太陽の白い光と大歓声が浴びせかけるように降り注いだ。
「第二試合の選手の紹介をいたします!東ゲートより登場した選手はヨコヅナ選手です!彼はその巨体を活かした戦い方を得意としており、クラン戦での一騎当千の如き戦い様からつけられた二つ名は『巨人」!」
アナウンスと共にその大きな戦槌を高らかに掲げると、一層歓声が強くなる。
「続きまして西ゲートより登場したのは!?黒いマントを身に纏ったこの男!二人目のユニーククエスト攻略者にして謎に包まれた期待の初心者!麒麟選手です!」
俺もヨコヅナに倣い左手を挙げてみると歓声が強まるのが分かった。FPSの大会ではこういう風に間近から歓声が聞こえてくることはなかったので新鮮なものを感じる。闘技場の中へと入ると外部の音はシャットアウトされ、中は静かなものだった。
その静かな空間の中に司会とは違う声が響く。
「それでは…試合…開始!」
開幕の合図とともに同時に駆ける。AGIで勝っているだろうと踏んでいたが、どうやらそうでもないようだ。銃の最大有効射程距離まで離れ一方的に銃撃を浴びせようと考えていたのだがこちらに猛然と迫るヨコヅナとの差は一向に埋まらない。
傍から見れば闘技場内を鬼ごっこでもしているように見えているかもしれないその行動を止め、早速方針を変えた。
壁際まで走ると、壁を蹴って宙を舞い、ヨコヅナの頭上を通り過ぎる。突然のことに対応しきれずヨコヅナはスピードに乗ったまま壁に衝突、煙に包まれる中映る影に狙いを定め、引き金を引く。
「『ダブルファイア』&『ダブルファイア』…!」
システムのアシストを最大限に使用し自動で指が動くのを感じる。一度引き金を引くごとに二発の弾丸が射出され、左右両手で同時に引き金を引いたため射出された銃弾は計四発。
これこそが『ファイア』の上位互換である『ダブルファイア』の効果だ。一度の発砲で二発の弾丸を発射し、尚且つ消費する銃弾は一発というコストパフォーマンスの面から考えてもありがたい。
四発の弾丸は確かにヨコヅナに命中した音を奏でる。しかし、その音は甲高く、銃弾が弾かれた金属音であった。
ヨコヅナが戦槌を一振りすると立ち込めていた砂煙が消え去った。僅かにHPゲージを減少させてはいるが微々たるものだ。悠然と立ち上がると体を僅かに前傾させて疾駆する。まだ奴の得物の射程ではないと踏み、銃を構えた時には何故かヨコヅナが戦槌を横に大きく振り絞っていた。
何か嫌な予感がする。俺がそう感じた瞬間、思い切り引き絞られた戦槌は引き延ばしたゴムを放したかのように振るわれる。だがやはり戦槌が俺の体には触れない距離だと感じたその時だった。
ヨコヅナの戦槌を持った右腕が肥大化した。肥大化した分伸びた射程は見事に俺の事を捉えており、脇腹に触れる寸前でそれに気が付いた。
「まずっ…!?」
直後、勢いよく吹き飛ばされた体は闘技場の壁へと思い切り激突する。体に響く衝撃を堪え、立ち上がると自身のHPを確認する。
HPは既に七割を下回っていた。戦槌を避けられないと悟った瞬間に吹き飛ばされる方向へと跳ぶことで威力を抑えてなおこのダメージ。やはりヨコヅナは油断ならない相手だ。
こちらを休ませる気など毛頭ないといった様子で戦槌を引きずりながら迫るヨコヅナに対し俺も両手に持った銃を下に向け、駆け出した。
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一体何が起こった?
麒麟とヨコヅナの戦闘中に起きた出来事を理解できていなかった。確かに麒麟はヨコヅナの射程を読み切ってギリギリの所で回避したはずだった。
しかし、戦槌は見事に麒麟の横腹を捉え、壁に激突するまで吹き飛ばした。
「いったい今のは何が起こったのでしょうか!?」
「今のがヨコヅナ選手のスキルです。ヨコヅナ選手の職業は力士系統の四次職、プレイヤーネームと同じですが『横綱』です。この力士系統の職業を代表するスキルの一つが今のような体の肥大化ですね」
「なるほどなるほど!ですが私は『横綱』という職業自体初めて聞きましたよ!」
「そうですね。そもそも力士系統の職業についているプレイヤー自体が少ないですからね。力士系統の職業について得られるスキルって体の一部を肥大化させるあれとバフくらいなもので、全然スキルを覚えないんですよ。代わりにステータスの伸びはえげつないんですがスキルを使う相手に自分はスキル無しで挑むようなものなのでPSのあるプレイヤーでないと扱えないジョブですね」
突然解説の声を掻き消すほど歓声が観客席から巻き起こる。司会の女性と解説のガッチさんもその反応に驚いたような表情が一瞬大画面に映し出されたが、画面はすぐに闘技場の中へと切り替わった。
そこに映されたのは距離を取る戦い方を改め、接近戦にてヨコヅナと戦う麒麟の姿だった。
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「ぬんっ…!」
気合と共に振り下ろされる巨大な戦槌が直前で伸び、地面と激突して震動させる。一度俺に見せてからはヨコヅナは出し惜しむことなくあのスキルを入り混じえながら猛攻を浴びせてくる。
地面に押し付けた戦槌を上に振り上げ連続して三回振り下ろす。
俺の想像を超えた速度で振り下ろされる戦槌が俺の頭上へと迫り、それを呆然と眺めている自分の姿がヨコヅナの鎧に反射する。
この状況、どう考えても危機的状況だ。本当は一試合目から手の内を晒すような真似はしたくなかったのだがこうなってしまっては仕方がない。
溜息を一つ着くと、落ち着いて、冷静に言葉を紡いだ。
「『霧隠れ』」
ヨコヅナの戦槌が振り下ろされるよりも先に呟かれた言葉ごくごく小音量でヨコヅナの耳には届かない。戦槌が俺に当たり勝負が決まったと誰もが思った瞬間、俺の姿は霧のように白い残影を残して露散した。
目の前にいたはずの相手が突然消える。そうすると思いがけず人の頭というのは混乱するものだ。そういうとき、人の心理というのは非常に分かりやすい。
死角に潜り込み、相手の心理を掌握し、ゆっくりと歩いて近づくとヨコヅナの肩に飛び乗り、銃口をがら空きの頭部へと押し付け引き金を引いた。
「『ユッドバレット』」
鈍い発砲音が鳴り、銃弾は見事にヨコヅナの頭を撃ち抜いた。ダメージにパッシブスキルの『銃の心得』・『弱点特攻』で105%上昇させたダメージを受けて尚、この男は立っている。
とは言ってもそのHPは既に三割を下回り、イエローゾーンではあるが。ヨコヅナは肩に乗っている俺を振り下ろすとその場で四股を踏んだ。
「オオォォォ…!!」
激しい雄叫びで気合を入れると、戦槌を振り回しながら特攻してくる。その様はまるで闘牛。猪突猛進に突き進むヨコヅナの攻撃が当たる瞬間に俺は再び姿を消した。
『霧隠れ』これは『狂殺』の浅右衛門を討伐した際に得たスキルの書を使って獲得したものだ。自身に攻撃が当たる瞬間、ジャストタイミングでのみ発動し効果はその攻撃の無効化と一秒間の霧化。俺との相性が抜群のスキルだ。
一秒間もあれば簡単に…
「…っ!?」
「死角に潜り込むことが出来る」
ヨコヅナの頭上に移動していた俺は空中から弾丸を雨のように浴びせかける。それらは全て吸い込まれるようにヨコヅナの頭部に命中し、HPをみるみるうちに削っていく。
それでも俺の出現と共に居場所を察知したヨコヅナは戦槌を的確に俺目掛けて振りぬくが、それは返って逆効果だ。
「『霧隠れ』」
『霧隠れ』発動後の一秒間の霧化中に相手の死角へ潜りこむ技、これは【インビジブルスペース】の簡易版ではあるが非常に有用なものだ。
背後に足音を立てずに死角となる足下に潜り込むと、ヨコヅナの顎に狙いを定め引き金を引き絞っていく。
「『ダブルファイア』」
反射的に頭を守ったことで銃弾は当たらなかったが、それは予期していた。弱点ががら空きの状態で何度も狙われれば次にまた狙われるだろうことを人間は予測できる。それ故に利用させてもらった。
ヨコヅナは後頭部に命中した弾丸によってHPを全損させた。立ったままあり得ないといった表情を残したままポリゴンの欠片となり、露散した。
競技場に張られていた結界のようなものが取り払われ、俺の集中状態が解けたことで徐々に音が世界に戻ってくる。会場を埋め尽くす歓声を受けて、それに応えるように右手に銃を握り締めたまま高く挙げた。
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「いやぁーそれにしても麒麟選手の最後のアレ凄かったですね!」
「はい。一応説明できなくはないのですが…うーん…」
「いつになく弱気ですね?どうしたんですか?」
「恐らく麒麟選手が最後に使ったのは『ダブルファイア』という銃系統のスキルです。あれはほぼ同時に弾丸を射出するというものなんですよ。それでですね一発目を正面からヨコヅナ選手に向けて撃った後二発目はヨコヅナ選手の背後の壁に向けて発砲したのだと思います」
「壁…ですか?」
「はい。あまり知られていないのですが弾丸の中には跳弾するものが存在するんですよ。ですので予め跳弾を仕込んでおけば一応可能ではあります。ですが、そもそもこのゲームのスキルはアシストに従って使う物なのでアシストを無視した動きをすると一気に難易度が跳ね上がります。トッププレイヤーにもなってくると平然とやってくる方いますが麒麟選手は初心者ですからね…」
「それでいつになく歯切れが悪かったんですね!でもそれなら大丈夫ですよ!だって麒麟選手はユニークモンスターを撃破した初心者ですから!普通とは違いますよ!」
確かに今の麒麟の動きは中々に凄かったがまだ本気を出していないと感じたのは俺だけではないはずだ。恐らく今回の本選に出場している選手たちなら気付いている。対戦の終わった麒麟の元に向かって声を掛けてやりたい気持ちは山々なのだがそういうわけにもいかない。
何せ次の第三試合は俺が戦うのだから。