音ゲーマニアが二次予選を観戦するようですよ
ついにヒロイン登場の予感…
転移した空間は一言で表すならば映画館のような場所だった。いくつもの赤いシートの敷かれた背もたれのある椅子が立ち並び、辺りは薄暗い。正面には大きなスクリーンが映し出され、どうやら自分の意志でどのプレイヤーにフォーカスを当てるか決められるようだ。
背もたれによしかかり早速試すべく、俺は麒麟―カリン―にフォーカスを当てた。
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視点は変わり、麒麟を斜め上から見下ろす形となった。自分があたかもその場にいるような臨場感があり、中々見ごたえがある。
スクリーンに集中していると、身を潜めていた麒麟が動き出した。
プレイヤーの商店が立ち並ぶ通りの方向にいる敵を補足し、静かに、それでいて迅速に距離を詰めていく。射程距離に入ったと確信した瞬間、その引き金を引いた。
前方にいたプレイヤーは撃たれたことにさえ気付かずに絶命した。それは麒麟の持っていた武器に秘密がある。
麒麟がその手に持っていたのはガンツさんの手で改造してもらった『ロージュエリオット』だ。銃口の先には消音機が取り付けられ、発砲音が一切聞こえない仕様となっている。
ナインテールと戦った時のことを俺が話したところ、インスピレーションを受けたのか、ガンツさんに頼み込み取り外し可能の消音機を作ってもらったようだ。
銃口を下ろすと、プレイヤーが倒れた元へと近づき、プレートを回収する。これで麒麟の収集したプレートの数は合計四枚。プレートの所持数ランキングでは15位。このままのペースでは本選には出場できないだろう。
そうこうしている内に、2位だったマスターというプレイヤーが九枚のプレートを集めていた。二次予選開始からおよそ十五分の間にかなりの人数のプレイヤーが脱落している。
空中に表示された名前の半分近くが灰色となり、斜線が引かれている。それは恐らく死亡者を表しているのだろう。
一度麒麟から視点を切り替え、気になっていたマスターというプレイヤーフォーカスを当てる。その男性プレイヤーは素肌の上からぴっちりとした灰色のシャツを着込み、ズボンも初期装備のものだった。服の上からでも分かる程の隆々とした肉体と鋭い目が特徴的だ。
その手に持った大剣も始まりの町アンファングで購入できる厚みのある鋼鉄の大剣だ。装備だけを見れば初心者そのものなのだが、彼はそうは見えない。
森で会った時、麒麟と戦っていたのもこの男だ。何故装備を整えないのかは不明だが、恐らく相当腕の立つプレイヤーなのだろう。
そんなことを考えていると男の前に、一人の女性プレイヤーが現れた。そのプレイヤーは腿に吊るした鞘から短剣を抜くと、素早い動きで男へと近づいた。
狭い路地の壁を利用して立体的な動きを可能とすると、目にもとまらぬ速度で男を翻弄する。女性プレイヤーの動きをついつい目で追っていたが男は微動だにせず、口元を緩め、笑みを浮かべていた。
刹那、盗賊風の女性プレイヤーが男に飛び掛かる。その刃は男の首筋を捉え、確かに当たった。それでも女性の動きはとまらず、口元から針のような物を飛ばし、連続して空中で男の首を足を巧みに使って折ろうとした。
だが――
短剣で斬られたはずだがダメージは無く、飛んできた針はその鋼鉄の肉体に弾かれ、首にかけたはずの足はその大きな両手に握られていた。
男は一層笑みを深めると、両足を持った状態でハンマー投げをするかのように女性プレイヤーの体を振り回すと、高く放り投げた。
恐ろしい高度まで上昇した女盗賊の体を目掛けてその巨大な大剣を振り絞り、投げる。投げられた大剣は空気を切り裂きながら突き進み、女の体を貫いた。
空中から落下しながら女盗賊の体はポリゴンの欠片となり露散し、男は空中から降ってきたプレートを回収すると、それを首にかけた。
その瞬間、プレートを十枚集めた男の姿は消え、空中に表示された勝利者のカウントは2に増えていた。
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一度スクリーンから目を逸らし、辺りを確認するがあの男の姿は見えなかった。こことは別のロビーに転送されたのかと考えると再びスクリーンへと視線を移した。
マスターがプレートを十枚集めたことによってフォーカスは自動で切り替わっていた。そのプレイヤーの名前はエトワール。
白を基調としたドレスアーマーを着ており、スカートから覗くスラリとした脚やしなやかなその腕も雪のように白い。頭にはフルフェイスの兜を装着しており、その顔は見えないが兜の隙間から伸びた白銀色の長髪が日光を反射し輝いている。
そのプレイヤーも既にプレートの数は八枚。それだけのプレートを集めているということは彼女もまたかなり腕の立つプレイヤーなのだろう。他のプレイヤーを探していると、背後の物陰に潜んでいたのか突然現れたプレイヤーがエトワールを襲う。
音も気配もなく、突然現れた敵の存在に上から眺めていた俺ですら気が付くことに遅れた。彼女はと言うと、
「…っ!!」
見事に振り下ろされた片手斧を回避し、抜刀して構えた。恐らくエトワールも直前まではプレイヤーの存在に気が付いていなかったのだろう。だが、迫りくる斧の存在に気が付いてからの動きが尋常ではなかった。
恐らく俺に同じことをしろと言われても無理だ。もし今の状況に遭遇したのが俺だったのならばその場で死んでいただろう。
相手の男は舌打ちをすると、自身の手斧を回避したエトワールの事を憎々し気に睨んだ。腰からもう一つ手斧を取り出すと姿勢を低くして男は戦闘態勢を取る。
エトワールも同様に空色の片手直剣を引き抜き構えた。
一瞬の静寂。ひやりとした空気が辺りに立ち込めたかと思うと、男が先に動いた。左手に持った手斧をエトワールの眼前に向けて投げた。それは剣によって叩き落されたが、エトワールが異変に気付く。
こちらに駆けてきていたはずの男の姿が突然消えたからだ。だが、あくまでも冷静にその場でジッと相手の反応があるのを待っている。
その時、男が何もないはずの背後からまるで異次元を通ったかのように瞬間移動すると、手斧を振りかぶった。
赤いポリゴンが飛散した。
しかし、HPが減少したのはエトワールではなく、手斧を振りかぶったはずの男だった。手斧を振りかぶっていた右手は切り落とされ、男は部位欠損の継続ダメージを受けている。
男も驚いているようだったがそれ以上に衝撃を受けたのは俺だった。ユニークや名持ちを討伐し、装備やレベルも整ってきたことで俺のAGIはかなり上昇した。
AGIが上昇すると、戦闘時の知覚速度も上昇する。今では大抵の攻撃はスローモーションに見えるレベルまでになっており、俺の場合はそれに音ゲーで鍛えたこの動体視力と反射神経が加わるためかなりのものだと自負していた。
だが実際は剣が抜かれたかどうかさえ分からなかった。俺自身がまだまだ未熟だということを痛感させられる。
俺が余計な思考に陥っている間にも戦闘は続いていた。男の方もかなりの手練れなのか、すぐに意識を戻すとHP回復のポーションを飲み、距離を取って体勢を立て直していた。
だが、その隙をエトワールが見逃すはずもなく、ポーションを飲んで回復したと思われた男のHPはいつの間にか全損しており、体には無数の切り傷ができ、その場で倒れた。
エトワールが剣を鞘に戻すのと同じくして男はポリゴンの欠片となって露散した。その場に残されたのは八枚のプレート。どうやら男もプレートを八枚集めていたらしく、ジャラジャラと音を鳴らしながらその場に落下する。
エトワールはそのうちの二つを拾うと、光に包まれ転移した。これで勝利者は三名。
と、思っていると、連続で三人のプレイヤーがプレートを十枚集めて勝利。残りの本選出場枠は二枠となってしまった。
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再び麒麟にフォーカスを合わせると、辺り一帯を破壊する気かというほどに闘牛の如く暴れまわるプレイヤーから追われていた。麒麟は走って逃げながら銃弾を撃つも、全身を隙間なく覆ったフルプレートメイルに弾かれてしまい攻撃が通っていない。
いつもであれば強敵だと喜んで挑む麒麟も、残り二枠の本選出場枠を狙っている為不利と判断した相手からは逃げているようだった。しかし戦槌を振り回すプレイヤーはしつこく麒麟を追ってきているため中々逃げれず、その間に他のプレイヤー達がプレート数を伸ばしていっていた。
走りながら空に表示された名前と所持数を目を細めて眺めると、苦々し気に顔を歪めた。ただ苦虫を嚙み潰したような顔をしていたかと思ったら今度は俺が今までよく見てきた、企み顔をしていた。
麒麟がそういう顔をするときは決まって何か面倒事を起こすことを身をもって知っていた。
麒麟が家屋の上へと飛び乗ると戦槌男もその後を追随する。屋根の瓦を蹴散らしながら麒麟がどこに向かうのかと思っていると、王都の中で最も高い時計塔の頂上へと壁を器用に登り、辺りを見渡すと何かを発見したような素振りを見せた。
すぐに追いついた戦槌男は時計塔をだるま落としの要領で見事に崩し、同時に麒麟も落下する。麒麟は見事に『アクロバット』を使い、着地を決めると一直線に走り始めた。
しばらく大通りを走り続け、麒麟が目指したのは王城前の予選に参加するプレイヤーが集まった、あの広場だった。そこには数十人のプレイヤーが乱戦を起こしており、麒麟もその中に加わり…はせず、柱の陰に隠れた。
そこへ麒麟の事を追いかけ続けたホラーゲームのクリーチャーばりのしつこさを見せた戦槌男が合流する。ただ、目の前にあったのは麒麟の姿ではなく、大量のプレイヤーの姿であった。
戦槌男は大声で咆哮をあげると、その輪の中に突撃し、乱戦中だったプレイヤーを次々に薙ぎ倒していった。突然現れたその戦槌を持ったプレイヤーに他の乱戦中だったプレイヤーも困惑していたが、意志を固め、戦槌男を協力して倒す流れにいつの間にかなっていた。
戦槌男の重く激しい攻撃を二人の盾持ちのプレイヤーが弾きし、出来た隙に後続から現れたプレイヤーが戦槌男に必殺の一撃を叩き込む。
しかし、それを受けてなお戦槌男は倒れず、弾かれた戦槌で盾持ちを薙ぎ払い、その攻撃で二人のプレイヤーはリタイア。次いで振り下ろされた戦槌によって一人のプレイヤーもリタイア、近くに居たプレイヤーに至っては戦槌が叩きつけられた衝撃波でリタイア。
残った数名のプレイヤーは悲鳴をあげながら逃げ、戦槌男は高らかに勝利の雄叫びをあげた。
その隙に柱の影から音もなく動き、密かにプレートを集めるプレイヤーが一人。麒麟は戦槌男が吹き飛ばしたプレイヤーのプレートをちゃっかり回収すると、十枚に達し勝利。次いで戦槌男がプレートを拾い上げて勝利。
これで上位八名のプレイヤーが決まった。このプレイヤー達が本選で戦うことになるであろうプレイヤー達か。知識に疎い俺には分からないが、いずれもそうそうたる顔ぶれなのだろう。
その中にいる俺と麒麟の異物感が凄いが、何はともあれ、ここまで来てしまったのだ。ユニークの一件で図らずも有名になってしまったのだし、とことん俺の名前を世に知らしめよう。
そんなくだらないことを胸の中に秘めながら俺の公式イベント予選は終了した。
本選は明日から始まる。今日は早めに寝ることにした。
一位 GENZI
二位 『破壊王』オウガ
三位 『天翼』のクロエ
四位 『賢者』ぽてとさらーだ
五位 『黒死病』インフルマン
六位 『鏡騎士』一二三
七位 麒麟
八位 『巨人』ヨコヅナ