音ゲーマニアが一次予選を受けるようですよ
カウントダウンが終わったかと思うと突然視界が暗転し、目が覚めた時には石畳の広場ではなかった。周りは鬱蒼と木々が生い茂り、モンスターの鳴き声があちらこちらから聞こえてくる。
困惑している俺達の脳内に直接明るく、よく通る声が響き渡る。
「これより一次予選を開始いたします!ルールはいたってシンプル!その森を抜け、巨大な滝の根元にあるゴールまで辿り着いた方からクリアです!クリア者は先着で二百名のみ、森の中には凶悪なモンスターや罠が仕掛けられているのでお気をつけてください!!」
そこで通信はブツリと途絶え、以降声が聞こえてくることは無かった。幸い俺と麒麟はパーティーを組んでいたためか同じ地点にスポーンすることが出来たので良かった。
辺りを見回すが見えるのは生い茂る木々と雲一つない青空のみ。このままではゴールがどの方向にあるのかさえ判別がつかない。
「GENZI、こういう時はまず高所から辺りを見渡すのが基本だろぉ?」
周辺の木を見比べ、最も高いその木を身軽な動きで登っていきあっという間に頂上までついた。周りを見渡しある程度の地形を把握したのか飛び降りてきた。
「それで?滝の場所っていうのは分かったのか?」
「もち~。ただ、見えたんだけど滅茶苦茶遠そうだったんだよね~」
「まあそれは走りながら考えよう。急がないと先着二百名に間に合わない!」
「OK~!」
他のプレイヤーに見つからないよう、姿勢を低く保ちながら全速力で森を駆ける。木々の根や段差、ツルなどが足に絡みつき中々思うように進めない中、俺の前方を麒麟が先導していた。
この状況に対して麒麟はかなり苦戦をしているようだが俺は全く苦にならなかった。初めは何故かと自分でも考えていたが、恐らくこれは『黒虎の脛当て』の効果のおかげだろう。
『黒虎の脛当て』は移動性に補正(特大)というよくわからない効果が付いており、外れ効果だと考えていたのだが思わぬ所で助けられることとなった。
木々の隙間を縫いながら、走ること五分程。前方から聞こえる悲鳴の声がどんどん近付いてきた。咄嗟に近くにあった茂みに隠れると、悲鳴を上げているプレイヤーが目の前を物凄い速度で走りすぎていく。その後を追うようにして追跡していたのは巨大な蛾のようなモンスターだった。
モンスターが羽ばたき、羽についた鱗粉をこちらを仰ぐようにして吹き飛ばすと、走っていたはずのプレイヤーが突然倒れた。
俺も麒麟も何が起きたのか分からず呆然としていたが、蛾はプレイヤーに近づき、プレイヤーの首元に口から伸びたその針を突き刺すとHPをじわじわと削り、やがてプレイヤーは死に絶えた。
プレイヤーの血?を吸った蛾はさらに巨大な姿へと成長し、新たな得物を探してどこかへ消えていった。完全に蛾が遠ざかるのを確認した後茂みから出ると、先程の蛾が放った鱗粉にどういう意味があるのか考えていた。
「なあ麒麟、やっぱりあの鱗粉ってさ」
「うん、多分麻痺毒系じゃない?体が痺れて動けないって感じだったし~」
「やっぱりか……」
そうしている間にいつの間にか空中に投影された表示に気が付いた。そこには大きく青い文字で勝利者6と書かれていた。つまり、こうしている間にもプレイヤーが次々とゴールまで辿り着いているということだ。
焦りを感じ、麒麟の背中を叩き無言で合図を送ると、先程よりもペースを上げた。麒麟は地面を走ることが苦になったのか、まるでターザンかのように木々からぶら下がったツタを使って移動している。俺はと言えば相変わらず地を走っており、先導する麒麟の後を追いかけた。
すると突然、横から何かが思い切りぶつかってきた。咄嗟に抜いていた刀を使うことでどうにかダメージは受けなかったが衝撃で吹き飛ばされた。麒麟は俺が後ろで戦闘していることに気が付かずどうやら先に行ってしまったようだ。
刀を構えると、のそのそとモンスターが姿を現す。“アルファザウルス”、それが奴の名前だ。名前からも分かる通りその見た目は鱗に覆われ、尾を生やし、蜥蜴独特の離れた目を持っている。
アルファザウルスの目は俺を捉え、確実に仕留めようとしていることが雰囲気から伝わってきた。
二本の足の内片方の足の筋肉が僅かに隆起したかと思うと、一気に俺の懐まで飛び込んでくる。ただその速度は確かに目を見張るものがあったが、完全に見切っており、軽く躱すと『不知火』をアルファザウルスの背に突き刺した。
甲高く短い悲鳴を上げ、足をジタバタさせたかと思うと、その姿はポリゴンの欠片となって露散した。刀を鞘へと戻すと急いで麒麟を追いかけようとしたのだが、致命的なミスに気が付いた。
「麒麟がどっちいったのかわっかんねぇ…」
周りは常に同じ風景が続く森。三百六十度同じような木々が並んでいる為、今の恐竜型モンスターとの戦闘を終えた時には自分が歩いてきた方向すら分からなくなっている。
麒麟がそうしていたように、近くにあった手ごろな木によじ登ると辺りを見渡した。ゴール地点である滝というのはどこにあるのかと探していると発見することが出来た。
今いる場所からそこまで離れていない。空に浮かぶホログラムを確認すると既に50人以上のプレイヤーがゴールにたどり着いたことを示していた。
木を降りようかと考えていた時、ある考えが思いついた。アナウンスでは森の中には凶悪なモンスターや罠が張り巡らされていると言っていた。ならば木々の上を走っていったらどうなるのだろうか、と。
思い立ったが吉日、すぐさま最寄りの木に飛び降りると足場の安定感を確かめる。どうやら葉が硬いためか、俺が上に乗ろうとびくともしなかった。助走をつけ、木々の間を飛び越えながら進んでいると、木々の隙間から他のプレイヤー達の姿が見えた。
あるプレイヤーは例の蛾や恐竜と戦闘していたり、あるプレイヤーは食人植物のようなトラップに引っかかっていたりと、地上はまさに地獄絵図といえる光景だった。その点俺はモンスターに襲われる心配も、トラップにかかる心配もなく、悠々と滝を目指して駆け抜けていく。
大分滝に近づいたかと思った辺りで地上から悲鳴と共に爆音が聞こえてきた。何事かと思い音が聞こえてきた方向を向くと、そこには長い土煙が上がっていた。それだけであれば無視して進もうと考えたのだが、そうもいかないらしい。
土煙が晴れ、爆発の中心地が見えてくる。状況から察するにその土煙を起こした原因は特大剣を片手で担ぐ男であり、その前方に居たのはモンスターではなくプレイヤー、しかもあろうことにそのプレイヤーとは俺の相棒、麒麟であった。
♦
「GENZI!そろそろ森を抜けるころだぞ!」
後を追ってくるGENZIに声を掛けるが反応が無い。もしやと思い後ろを振り向くとそこにGENZIの姿は無かった。マップで反応を確かめるが反応は無い。少なくとも半径五百メートルの範囲にはいないことがこれで分かった。
このままここでGENZIを待つことも考えたが、それだと上位二百名に入れなくなる恐れがある。GENZIは元々予選の報酬目当てで参加しただけだったこともあり、俺は先へ進むことにした。
それにしても本当にこの森は恐ろしい。森を徘徊しているモンスターたちは必ず何らかの状態異常攻撃をしてくる。さらに巧妙に張り巡らされた罠の数々がプレイヤーを簡単に死へと至らしめる。
俺がここに来るまでの間に受けた罠は単純な落とし穴や上からモンスターが降ってくるものなど多岐に渡るものであった。
前方で二つの声が聞こえてくる。それはどちらも馴染み深い日本語であり、その声の元がプレイヤーであることを指していた。だが、プレイヤーだからと言って安心はできない。ここに来るまでの間にプレイヤー同士で戦っている光景を何度も目にした。
運営側もPKを禁止してはいなかったのでこうなることも予想済みなのだろう。
慎重に茂みから顔を出し、少し開けたその空間の中心にいる男たちの会話に耳を澄ませた。
「や、やめてくれ!!あともう少しでゴールなんだ!」
「はは!お前がそれを言うのか?自分も同じ気持ちを味わってみろ…よ!」
「うあっ!?」
大剣を担いだ大男はやめてくれと懇願する男を頭から真っ二つに両断し、斬られた男はポリゴンの欠片となって露散する。
その光景を見ていた俺は立ち上がり、茂みから出ると男の前に姿を現した。
「お前は…なあ質問するが――」
男が言葉を続けるよりも早く、俺の口は動いていた。
「なあおっちゃん、おっちゃんは懇願してやめてくれ頼む奴相手に剣を振り下ろすのを良しとするのか?」
「ん?まあ罪には罰を与えなくちゃならないだろ。自身がやったことは自分にやり返されても文句は言えないはずだろ」
「そうか~……まぁ別に俺個人としてはPKするのは構わないと思うんだけどさ、流石に今のはちょっと…な…!」
ポケットの中に深く入れていた両手を抜くと、その手には二丁のマグナムが握られており、銃口は男へと向けられていた。
引き金を引いたと同時に後ろへとステップを踏み、距離を取った。何故ならば男はあの距離での射撃に反応し体を逸らすことで弾丸を避けたからだ。
「おいおい、危ねえなあ。お前から手を出したんだ、やられても文句は言うなよ」
男の足が地面を強く踏み切り、上空に高く飛び上がると、剣を最上段に構え落下してくる。特大剣を持つ右手の筋肉が隆起したかと思うと、軽々と振られた特大剣が地面に突き刺さる。
特大剣が刺さった地点は爆弾を起爆したかのような爆発が起こり、土煙が舞い上がる。コイツはヤバい。直感がそう訴えかけてくる。
土煙が視界を覆い、周りが見えない。ただ目の前にいた男は剣をゆっくりと引き抜き、肩に乗せると歩み寄ってくる。まるで買い物にでも行くような足取りで近づいてくる男の影。
土煙が風に吹かれ、視界が晴れたと思った瞬間――
「うおっ!?」
俺は空中を飛んでいた。正確には何者かに体を抱きかかえられ、運ばれたというべきだろうか。俺のことを片手で運んでいるプレイヤーの姿を視線を動かして視界に入れると、それは見慣れた顔だった。
「大丈夫か、麒麟」
「もち!お前が余計な事しなきゃあんな奴余裕……って言いたいんだけど正直助かったわ」
「いつになく弱気だけどどうしたんだ?らしくもない」
「正面に立って分かっちゃったんだよなぁ、あいつはヤバいって」
「ふーん…お!滝が見えてきたぞ!」
ゴール地点である滝には既に百人近いプレイヤーが集まっていた。俺達もそのプレイヤー達の元へ降りると、脳内にクラッカーのような簡易版のファンファーレが流れる。
それと共に聞こえてきたのはあの声だった。
「お疲れ様です!あなた方はゴール地点に辿り着きました~!気になるその順位は…!?」
如何にも結果発表という小太鼓の軽快な音が流れ、ついでシンバルを合わせたような金属音が脳を震わせる。
「125位です!おめでとうございます!!200位以内に入られたあなたは一次予選突破です!それでは一次予選が終わるまでこちらで待機していてください!」
そこで話は終わった。俺と麒麟はお互いに顔を見合わせると、俺は満面の笑みで喜び、打って変わってGENZIは膝を着き嘆き悲しんでいた。
「やっちまったぁ…」
肩を落とすGENZIに近づくと、声を掛けた。
「そんなに気を落とさなくても多分大丈夫さ。だってさっきの言い方だと――」
俺の言葉を遮って再びあの明るい運営の声が聞こえてきた。
「え~…ここにいるプレイヤーの皆様と、森にいる一人のプレイヤーの方を除いたプレイヤーの方々が全員リタイアなされたので、計百二十六名の皆様を一次予選突破とし、二次予選の会場へとお連れ致しま~す!」
俺達以外のプレイヤーも困惑の表情を浮かべていたが、質問や抗議の言葉を待たずして俺達の姿は光に包まれその場から消えていた。
一次予選突破者 126名
脱落者 12018名