音ゲーマニアが万全の体制でイベント予選に挑むようですよ
時は流れ、翌日――
家に帰宅すると、冷蔵庫にストックしてあった三本のALIENを取り出すと足音を立てながら部屋に向かう。今日は待ちに待ったイベントの予選日。現在時刻は午後五時三分。
予選開始時刻まで一時間近くの猶予はあるが、早くUEOにログインしたくて居ても立っても居られなかった。
はやる気持ちを抑えALIENを喉を鳴らしながら一気に飲み干すと、ベッドに勢いよく転げ込む。頭にVRヘッドセットを装着し、起動した。
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「お帰りなさいませ、GENZI様。本日は公式イベントの予選が行われますが既に登録は完了していますか?」
「ああ、もちろん!この日を待ってたんだ!」
柄にもなくはしゃいでいることを自分でも理解できるくらい俺の声音は明るかった。エアリスが俺に何かを言おうとしていたが、その言葉を言いとどまるといつものように笑顔で見送ってくれる。
「それでは、ご武運をお祈りしております」
俺は扉の向こうへと渡る時後ろから声が聞こえた気がしたが恐らく気のせいだろう。その声はまるでバグを起こしたように酷くノイズのかかった声だったからだ。
確かに聞こえた気がする。ただ、そんなことは気にも留めず、俺を待ち受けるイベントへと足を運んだ。
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ログインすると、既に麒麟の姿がそこにあった。団子餅を頬張りながらゆっくりと休んでいるのがここから見える。
こちらに気が付くと、食べかけだった緑色の団子餅を急いで口の中に詰め込み、喉に詰まらせていた。急いで近寄ると、傍に置いてあった茶の入った湯飲みを手渡した。それを手に取るや否や茶を全て飲み干し、喉に詰まったものを流し込むと荒い息を吐いた。
「ぷ…はぁ…!死ぬかと思ったぜぇ…まさか団子で死にかけるとは…」
「気をつけろよ?それじゃあ頼んでたアレ、受取りに行くか」
「そーだな」
ショートカット欄から『転移のスクロール』をタップすると使用した。
「転移!ゼルキア!」
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転移すると、誰に気付かれることもなく素早い動きで路地裏に逃げ込む。この行為も大分板についてきたものだ。
UEOを始めてからはや一週間と少し。初めて早々からこんな状況が続いているため、プレイヤーの目から逃げるのが得意となってしまった。
それにしてもここゼルキアはプレイヤーの人口がかなり多い街ではあるのだが、今日はいつもに増して多い。転移広場に関してはライブ会場のような人混みが出来ていた。つまり、それだけのプレイヤーが今回の予選第一部に参加するということなのだろう。
ただ、俺達が今路地裏を通り向かっているのは、集合場所である王城前とは真反対の方向だった。
「お!今日は扉が空きっぱなしになってるみたいだな」
着いたのはある鍛冶屋、俺達の中では唯一と言ってもいいほど自由に出入りすることのできる『鉄血武具工房』だ。
鍛冶屋の中に入ると、珍しくガンツさんが上着を着て椅子に座っていた。テーブルの上には依頼していた武具たちが並べられている。
「おぉ!!」
そのテーブルにまるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のように近寄ると、それらを手に取り嬉しそうに色々な角度から眺めている。
俺達が今日ここに来た理由は、新しい装備の作成をガンツさんに依頼していたためだ。元々装備の素材にするために討伐した二体の名持ちモンスター。それらの素材をふんだんに使用して作られたのが今回の装備達だ。
名持ちの素材を使った装備ということもあり、気合がいつも以上に入ったガンツさんが珍しく明日まで待ってくれと言ってきた。相当の出来栄えだとは思っていたがこれは想像以上だ。
『結晶蝶の仮面』+10 MAX
MP+10
MND+10
AGI+30
効果:自身のプレイヤーネームを、敵対関係にない相手に対して隠すことが出来る(看破スキルには効果なし)
特殊効果:『黒剱』三秒毎に自身の最大HPの1%を回復&状態異常無効(中)
『黒虎の軽鎧』+5
STR+20
AGI+20
VIT+10
効果:STR&AGIに補正(中)
『黒虎の籠手』+5
STR+30
DEX+30
効果:STRに補正(大)
『黒虎の腰当て』+5
AGI+30
VIT+10
効果:AGIに補正(大)
『黒虎の脛当て』+5
AGI+40
効果:移動性に補正(特大)
特殊効果:『墓守』一定のクールタイムを置くことで、任意のタイミングにて加速が可能
俺はこのような具合で、かなりのステータスの底上げを行うことが出来た。
一つの防具で二十以上のステータスをあげることが出来れば上等と言われている現状で、一つの一つの装備で四十以上のステータスを底上げすることのできるこの装備達は、はっきり言って異常だ。
ただ、装備の素材として名持ちの素材が使われているとなれば分からなくもない。
見た目は黒が基調となっており、所々に虎を思わせる装飾が施され、軽鎧のうなじ部分にはシュイの体毛を使われ、隙間が埋められている。
全体的に今までよりも軽くなったことで機動性が増し、それでいて要所要所には金属で補強がされているところが流石はガンツさんと言ったところだろう。
隣を見ると麒麟も俺同様、新調した装備を着た姿を鏡で確認している。ただ、俺がいうのも何だが麒麟の装備は新しくなったことでかなり怪しさが増した。
今まで同様に黒いスーツを着ているのだが、その上からぼろきれのような黒いコートを上から羽織っている。
見た目はアレなのだが麒麟に性能を聞いてみた所かなりいいものだった。
『灰鳥のトリコーン』+10 MAX
STR+10
DEX+30
AGI+10
効果:遠距離攻撃の命中精度上昇(中)
『死神のコート』+5
STR+10
DEX+10
AGI+15
VIT+15
効果:全ステータス補正(小)
『死神の手袋』
DEX+30
AGI+10
効果:DEXに補正(大)
特殊効果:『狂殺』モンスター、及びプレイヤーをキルする度に任意のステータスを一定時間強化(特大)
『死神のズボン』
AGI+30
VIT+10
効果:AGIに補正(大)
『死神のブーツ』
AGI+20
DEX+10
MND+10
効果:AGI&DEXに補正(中)
特殊効果:『墓守』一定のクールタイムを置くことで、任意のタイミングにて加速が可能
まあ流石というべき性能だろう。それにしてもこの『狂殺』なんていう物騒な二つ名を持ったモンスターのことなど知らないのだが一体いつ倒したのだろうか。
強力な相手ではあったが、あのモンスターを倒したからこそこの強力な装備を手に入れることが出来たと考えれば、あの頑張りも報われる。
それに素材だけではなく、『黒剱』のシュイを倒した際には何やらアイテムを手に入れた。それがこの『封印の黒剱』というアイテムだ。
武器かと思い装備しようとしたが装備できず、何かのキーアイテムとなるという情報だけを得た。MVP報酬を獲得したのは麒麟だったので他にも報酬があったのかもしれないが俺は知らない。
新調した真新しい装備を着込むとガンツさんにお礼を言うべく近寄る。そこで初めてガンツさんの異変に気が付いた。
先程から一言も発しないと思っていたら、ガンツさんはどうやら居眠りをしていたらしい。恐らく疲労によるものだろう、これだけの装備を一度に作るとなればかなりの集中力を要することになる。
お代とプラスで感謝の気持ちを込めチップを加えてテーブルに置くと、未だに自身の姿を鏡で確認してる麒麟の体を引っ張り、店を後にした。
「それじゃ、装備もGETしたことだし、俺達も王城前の広場に行きますか」
「そうだな。ただ俺達が行くのは時間ギリギリに、だな」
「あ~…確かにそれがいっか」
理解の早い麒麟はすぐに俺の言葉から察してくれた。俺達は身バレしている身であり、あれだけの人が集まる王城前にあと十分も居座ればどうなるかなど考えたくもない。
路地裏を使って、王都を大きく右回りに歩いていき、王城の近くまで向かうことにした。
道中何度か路地裏から顔を出して大通りを確認したが、途轍もない人の波に危うく引きずり出されるところだった。人通りが普段少なく、俺達が堂々と歩けるこの路地裏の方にもプレイヤーが来ているので油断は出来ない。
王城の近くまで来ると、麒麟を腕で静止させ、現在時刻を確認する。現在は午後五時五十七分。予選開始まで残り三分。
家屋の屋根にこっそりと上ると、そこで伏せ、時間が来るのをじっと待つことにした。
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その王城の前には多くのプレイヤーが集まっていた。その中には例外なく大きな大剣を背負う、『破壊王』オウガの姿も見受けられた。
オウガはただじっと腕を組み、その場で目を瞑って時が来るのを待っている。
同様に名実ともにこのUEO最強のクラン『セイントローズ』の幹部プレイヤーの一人、『天翼』のクロエと『賢者』ぽてとさらーだの姿も見られ、これらの有名プレイヤーたちは周囲からの視線を集めていた。こちらの二人もそれほど緊張している様子はなく、自然体のままリラックスしていた。
プレイヤーたちの興奮の熱と活気、そして喧騒が止まない混沌とした空間の中、全員の脳内の中に直接声が聞こえてくる。
「みなさ~ん!大変長らくお待たせいたしました!これより第一回公式イベント『ユートピアロワイヤル』の予選を開始いたします!」
その声を聴いた途端、これまでの喧騒は嘘のように静かになり、皆がその声に意識を集中させていることは目に見えて分かった。
「それではこれよりカウントダウンを開始いたします!皆様もご一緒に~!!」
「「「5!!」」」
「「「4!!」」」
「「「3!!」」」
段々と全員の意識が空中に表示された数字のカウントダウンへと集中する中、二人のプレイヤーが屋根から飛び降り、人混みの中に混ざるが誰一人としてそれに気づく者はいない、と思われていたが少なくとも一人のプレイヤーはそれ確認していた。
「「「2!!」」」
「「「1!!」」」
空中に表示された巨大なホログラムが0を表示するとともに広場に居合わせた数千、数万のプレイヤーたちはいっせいに光の欠片となって消え去り、その場には広場の上空に大きくホログラムの文字で勝利者0という文字が表示されていた。