音ゲーマニアが少しラブコメするようですよ
寝ころび、未だ仰向けの状態で気絶しているGENZIに近づくと、頬を軽く叩き、呼びかける。
「GENZIー?お~い」
何度か頬を軽く叩いているうちにGENZIが身じろぎをしたので、体を揺さぶりもう一度声を掛けた。するとうっすらと目を開き、こちらをジッと見つめた。
「お?起きたかGENZI」
「ん?あぁ……俺は一体……?」
体を起こし、辺りを見回すと、GENZIは何故こういう状況になったのか分からないといった風に首を傾げた。何が起きたのか言うのもやぶさかではないのだが、今話してGENZIにまた気絶させるのも悪いと思ったので、沈黙を保ち、知らない振りをすることにした。
思い出せず、諦めたのか溜息を一つつくと、立ち上がり、岸にあるボートの元へと歩き出した。俺もそれに倣い後をついていく。
土砂降りで視界さえも奪う程振っていたはずの雨は晴れ、雲の隙間からは日差しが差し込んできている。
「……っ」
何気なく後ろを振り向くと、そこには仲睦ましげに肩を寄せ合って笑う、夫婦の姿が見え、思わず息を呑んだ。夫婦はこちらに手を振ると夫が妻の腰に手を回し、そのままどこかへ歩いていく。
「麒麟?どうかしたか?もう行くぞ」
「ん?あぁごめんごめ~ん。ちょっとお日様に見惚れちゃってさぁ」
「そうか…俺は妙に頭が痛いから街に着いたら今日はもうやめるわ」
「OK~」
ボートに乗り込み、もう一度後ろを振り返ったがその時には既に夫婦の姿はなかった。
叶うことならば、あの世でも二人には共に仲良く暮らしてほしいと願うばかりだ。
♦
頭に響くようなアラームの音で目を覚ますと、すぐにアラームの音を止める。ぐっと伸びをすると、昨日感じていた悪寒と頭痛は嘘のように消えいることに気が付いた。一体昨日何があったというのだろうか。
ベッドから起き上がると制服に着替え、リビングに降りていく。今日は時間通りに起きたため登校時間まで余裕もあり、ゆっくりと朝食を食べた。
ご飯と味噌汁、それに数品の副菜をぺろりと平らげると、洗面台に向かい、洗顔と歯を磨いた。歯を磨いていると未だパジャマ姿の亜三が洗面所でウトウトと居眠りをしていることに気が付いた。丁度死角になる位置で座り込んでいたので分からなかったが、いつもの亜三からは考えられないことだ。
膝を抱え込み、居眠りをする妹を揺さぶり起こすと、寝ぼけたその目の前に現在時刻を表示したウェアラブル端末を近づけ、見せる。亜三はその時刻をじっと見た後、何度か瞬きを繰り返し、俺の顔を見るとすぐにその表情は緩み切ったものから焦りの表情へと変わっていた。
「…っっ!?」
声にならない叫びをあげながら走って二階に駆け上っていく亜三の後姿を見ながら歯磨きを終えると、玄関へと向かった。
スニーカーの紐を結び、右手に鞄を持つと家を出発した。
「あ……」
玄関を出るとそこにはインターホンを押そうとしている星乃さんの姿があった。ちょうど目が合い、何と声を掛けて良いのか戸惑っていると、星乃さんは赤面し、走って行ってしまった。
「えー……」
この状況、ラブコメの主人公ならば星乃さんのことを走って追いかけるのだろう。だが俺には無理だ、星乃さんは全速力で走っており、もうすでにかなりの距離が離れてしまっている。俺が諦めて一人歩いて登校しようとすると、背中に何か強い衝撃が走り顔から地面に転ぶ。
「痛ってぇ!!」
鼻を押さえながら後ろを見ると、走ったのか肩を上下させながら呼吸をする亜三がそこにいた。そしてその体勢から考えるに俺に跳び蹴りを喰らわせたであろうことが推測できる。
「何すんだよ!!」
「それはこっちのセリフだよ!お兄ちゃん、何であの美人さんを追いかけないのさ!?今すぐ走る!!」
「いや、俺体力無い――」
「つべこべ言わない!走って追いかけるの!!追いつけなかったら…分かってるよね…?」
「ひっ…」
有無を言わせないその迫力にたじろぎながら、先程の衝撃で落とした鞄を拾い上げ、亜三から逃げるようにして星乃さんの後を追いかけた。
♦
私は今、ものすごく後悔していた。ただインターホンを押すだけなのに何分間も玄関先でうろうろしたり、健仁君の顔を見るなり何も言葉が思い浮かばずに逃げてしまったり。
一体私はどうしてしまったのだろうか…
「はぁ…」
深く溜息をつき、とぼとぼと一人歩いていると目の前に人がいることに気が付かず、肩がぶつかってしまった。
「あ…すいません」
「あ?ん?ほぉ…。なあ君今から時間ある?よかったらカラオケでもどう?」
金髪の髪に派手な服装をした男性は私に近づき言い寄ってくる。それが嫌だったので無視して逃げようと思ったが、男に先回りされていた。
「おっと、それじゃあさ、今度でいいから時間ある時教えてよ。これ俺の電話番号」
男がそう言って電話番号の書かれた紙を私に渡そうとした時、突然後ろから手を掴まれた。驚き、振り返ると私の手を掴んでいたのは、全身から滝のように汗を流した健仁君だった。
金髪の男性のことを振り払うように、健仁君に手を引かれ、人通りの多い道まで走ると一度止まり後ろを見た。
男が付いてきていないことを確認すると、私と健仁君は大きく息を吐き、呼吸を整えた。
「はぁ…健仁君…どうして……」
「それはまあ…星乃さんのことが気になったから」
「え…!?」
健仁君の言葉を聞いて早鐘のように心臓が脈打つのを感じる。その心臓の鼓動は走ったから早くなったのだと自身に言い聞かせ、健仁君の方を見つめた。
これだけ汗をかくまで私のために走ってきてくれたことを考えると、申し訳ない気持ちで一杯だった。
「健仁君、急に逃げちゃってごめんなさい」
誠意を籠めようと思い、頭を下げ、謝った。
「ちょっ、そんなのいいって!俺もゴメン。待ち合わせの時間よりも少し遅れたから」
それを聞いて腕を横にふる。
「全然気にしてないですよ!」
「そっか、じゃあ今回はお互いにダメなところがあった…てことでいい?」
「はい!」
顔を見合わせて少し笑うと他愛のない話をしながら学校に向かった。私はこの登校時間がお気に入りの時間の一つであった。
♦
「はぁ……はぁ……」
かなりの距離を走ったと思うが一向に星乃さんの姿は見当たらなかった。一体どこまで行ってしまったのか。
走ったことで喉も渇いてきたので、自動販売機で何か飲み物を買おうと少し路地裏に入ると、男の声が聞こえてきた。気になり覗いてみると、そこにいたのは金髪のいかつい男と、星乃さんだった。
ここからだと何を言っているのか分からないが明らかに嫌がっている星乃さんに無理矢理男が詰め寄っている感じだ。
こんな状況だというのに頭の選択肢の中に逃げるという行動がある辺り俺の情けなさが伺えるが俺が今回とったのはそれではなかった。
星乃さんの背後に走って近付くと、腕を持って走り出す。
俺がとった行動は星乃さんを連れて逃げる、だ。
流石に人通りの多い方まで走ればついてこないと踏み、よく通勤や通学の生徒が通る大通りを目指して路地を駆け抜けた。
案の定大通りまで来ると後ろから男が追いかけてくることはなかった。
大きく息をつき安心していると息も絶え絶えに星乃さんが話しかけてきた。
「はぁ…健仁君…どうして……」
その問いに対して妹に言われてなどと答えるのはナンセンスだと流石の俺も思い、何となくそれっぽいことを言っておく。
「それはまあ…星乃さんのことが気になったから」
「え…!?」
まさか自分の口からここまで恥ずかしい言葉が出てくるとは思ってもいなかったが、星乃さんも疲れているせいか、そこまで気にしていない様子で助かった。
「健仁君、急に逃げちゃってごめんなさい」
いきなり謝られて驚いたが、少し周りに目を向けると周りからの視線を凄く感じたためすぐに頭をあげてもらいたかった。
「ちょっ、そんなのいいって!俺もゴメン。待ち合わせの時間よりも少し遅れたから」
あの日以来俺と星乃さんの他にうちの生徒がいないという理由で俺が星乃さんと何故か登校することになっていた。
星乃さんのような可愛い女子と登校するというのは男にとって素晴らしいことではあるのだが、如何せん他の男子生徒からの視線が痛い。
話はそれたが、待ち合わせの時間を決めていたのだが、俺は今朝余裕を持ちすぎて若干遅れてしまったのだ。
そのため今のような事態に陥ってしまった。
素直に頭を下げて俺も謝り返すと、すぐに星乃さんは気にしていないと言ってくれた。このままでは謝罪の無限ループとなり終わりが来ないと思った俺は、名案を思い付いた。
「そっか、じゃあ今回はお互いにダメなところがあった…てことでいい?」
「はい!」
これで朝の騒動は事なきを得、星乃さんと楽しく話しながら登校…とはいかなかった。学校に登校したまでは良かったのだが、俺達が話していたのは通勤や通学を行う人が大勢通る大通り。その中にはもちろんうちの学生も交じっていたわけで。
「おい!どういうことだよ健仁!」
「そーだ!そーだ!説明しろ!」
俺は現在教室の中で男子に囲まれ異端審問に掛けられていた。このピンチに麟は何をしているのかと言うと、にやにや笑いながらこちらを見ているだけであった。
「俺は無実だ!何もやってない!」
その時は星乃さんはというと、星乃さんは星乃さんで女子に囲まれ色々と聞かれていた。
「星乃さんって神谷君と付き合ってるの?転校してきてからすぐに仲良くなってたし、いつも一緒に登校してるし」
「どうなの?星乃さん!」
恋愛事になると女子は熱い。その勢いに押されてなのか、星乃さんがとんでもないことを話し始めた。
「そ、そんな!私と健仁君がつ、つ、付き合ってるだなんて!私が相手では健仁君に申し訳ないですよ!」
「キャーっ!健仁君だって!やっぱり星乃さんと神谷君ってそういう仲だったのね…!」
「……」
「……」
「お前たち…聞いたか…こいつは俺達の裏切り者だ!即刻刑を執行しろ!!」
「「「サーイエッサー!!」」」
「おい!やめろぉぉぉ!!」
こうして俺の一日は過ぎていった。明日はついに待ちに待ったイベントの日だ。楽しみだなぁ。
そう思うことで俺は気を紛らわせるのだった。
たまには戦闘のない話があってもいいかなって…(;'∀')




