音ゲーマニアが幽霊にビビるようですよ
時は流れて翌日、学校が終わり帰宅部の俺達は家に帰ると早々に自分の部屋に戻り、ベッドに寝ころんでいた。無論、その頭にはVRヘッドセットが装着されており、UEOをプレイすることは既に分かり切ったことである。
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「お帰りなさいませ、GENZI様。本日はお急ぎでしょうか?」
「ああ、ちょっと友達と約束しててな」
「そうですか…それでしたらまたの機会に…ご武運をお祈りしております」
走りながらエアリスとの会話を済ませると、そのまま扉の中に向かって進んでいく。
後ろから何かエアリスの声が聞こえた気がしたが気のせいだろう。そう自分に言い聞かせて、後ろを振り返らず、真っ直ぐ走り抜けた。
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ログインすると、既に麒麟の姿があり、どうやら俺の方が遅かったらしい。
「お、来たか」
「ああ、悪い。今日は確か高天ヶ原に行くんだったよな?」
「そ~そ~、今回戦うモンスターも恐らくだけど名持ちだと思うから気を緩めないでいこー!」
「お、おー?」
そこまで詳しいわけではないが名持ちモンスターというのはこれほどまで簡単に見つかるものではないということくらい俺にも分かる。
一体麒麟がどこでその情報を手に入れているのか気になって前に聞いてみたがはぐらかされてしまった。俺の前を鼻歌交じりに歩く、麒麟の後姿を見て、俺の疑念は募るばかりであった。
「それじゃあ行きますか!転移!カワチ!」
俺達の姿は露散した。
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「うい、とうちゃーく!」
街に転移したのはいいが、土砂降りの雨が降っており、体が冷え込む。手先が特に冷え、すぐに暖かい家屋の中に駆け込みたくなった。
隣を見ると、麒麟も俺と似たようなことを考えたようだが、その誘惑を断ち切るように頭を横に振り、前に進んだ。
「今日俺達が向かうのはあそこだぁ!」
震えるその指先が差していたのは、この町から目と鼻の先―というよりも繋がっている―にある湖、正確にはその中央に浮かぶ浮島のことを指していた。
湖岸にはボートなどは見当たらず、浮島は完全に岸から離れ、孤立している。どうするのかと思っていると、麒麟がいつの間にか俺の前から姿を消していた。
何処に行ったのか辺りを見回していると、麒麟は雨の中、何故かそこに傘も指さずに立っている、不気味な雰囲気をした長髪の白い着物を着た女性のNPCに話しかけていた。少しすると麒麟はこちらに走ってきた。
「GENZI、しばらく待ってると、そこの船着き場に一艘の木製ボートが現れる。俺はそれに乗り込む…」
「了解、なら二人でそのボートに乗ってあの浮島までいくんだな」
「いや、違う」
「え?違うのか」
「あのボートは一人しか乗れない仕様っぽいんだよなぁ…だから俺が先に行ってくる。数分間待てばいつの間にかもう一艘ボートがポップしてると思うからGENZIはそれに乗ってきてな」
「え?ちょっ待てって…!」
俺の静止の声は虚しく響き、当の本人は全く聞くそぶりも見せずに飄々とした顔でボートに乗り込むと、原理は分からないが、ボートは一人でに動き出していた。
麒麟の言っていた通りだとすれば、俺はここで数分間待っていなくてはならない。それを待っているのをもどかしく感じた。
もしかしたら麒麟が先程話しかけていたNPCに俺も話しかければボートがポップすると考えてあの不気味な雰囲気のNPCの姿を探すが、どこにもその姿を見受けることは出来ず、まるで元々存在しなかったかのように消えていた。
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ゆっくりと一人でに動くボートが漕ぎ出してから早数分。ようやく岸が見えてきた。待ちきれず、岸に飛び移ると、浮島の中央を目指して歩き出した。
今回俺がとあるスジから得た情報によると、このクエストで出現するのは恐らくゴースト系の名持ちモンスター。決戦の舞台はこの湖の中央に浮かぶ浮島、つまりここだ。
半径三百メートルほどしかないだろうその小さな島の中心に立っていたのは、身長五メートルはあるのではないかと思えるほど大きな体と、細長い手足を持った男の姿だった。
男は黒いコートのようなものを羽織り、顔はフードを目深に被っているため見ることが出来ない。男はその手には何も持っておらず、ただ一点おかしなところがあるとすれば、男のその両手は真っ赤に染まっているということだろうか。
男はこちらを見つけると、フードの中でギョロリと目玉がこちらを舐めまわすように見ているきがしてならなかった。全身に鳥肌が立つのを感じ、気味の悪さと気持ち悪さで不快感を覚えた。
もしこのゲームに正気度なんてものが存在するとすれば、俺のSAN値は間違いなく急降下間違いなしだ。
「オォォ…オ…オ…」
男はこちらを目指してゆっくりと、歩き出した。一歩一歩近づいてくる男に対して、冷静に銃弾を撃ち込む。
「『ファイア』&『ファイア』」
ただ、俺が撃った二発の銃弾の内、一発は腕に命中し、もう一発の弾丸は胸、間違いなく急所を撃ち抜いた。だが、弾丸はどちらも鋼に当たったかのような甲高い音共に弾き返され、男のHPは一ミリたりとも減っていなかった。
それを見て俺は確信する。
「やっぱりお前、幽霊なのかよ」
思わず苦笑いしてしまった。幽霊、ということは今回は俺一人で戦うことになりそうだ。
ゴースト系のモンスター相手に普通の物理攻撃をしたところで意味がない。ゴースト系のモンスターにダメージを与えようと思った場合、魔法攻撃でしかダメージが与えられないからだ。
俺の銃弾は物理属性のため、普通にやればダメージを与えることは出来ないが、こうしてやれば、
「『バレットチェンジ』『セイクリッドバレット』」
弾倉、そして手持ちの銃弾が白く光り輝くのを確認すると、男の方を睨んだ。多分俺にとっても『墓守』のベール以来の苦戦を強いられることになるだろうモンスター。
『狂殺』の浅右衛門。
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本当に数分間待っていると、いつの間にか木製のボートがポップしていた。ボートにゆっくりと乗り込むと、自動的にボートは漕ぎだした。
豪雨の中、荒い湖面を進んでいき、数分間揺られていると、浮島が見えてきた。あまりお世辞にも大きいとは言えないその島の中央で戦う麒麟の姿が見えた。
俺は雨の音で掻き消えてしまわないよう、声を張り上げ呼びかける。
「麒麟!来たぞー!!」
ただ、俺の声が聞こえていないのか麒麟からの応答は返ってこなかった。俺は島に降り立つと、一人でに動き、船着き場まで戻っていくボートを背後に、麒麟のもとへ駆け寄った。
俺が加勢しようとした時、麒麟は少し焦ったような表情を見せ、叫んだ。
「GENZIっ!そいつに物理攻撃は効かない!それにそいつは…ゴースト系…つまり…幽霊なんだよ!!」
「幽…霊…」
恐る恐る見上げると、フードの隙間から白い眼玉がギョロリとこちらを見たような気がした。
俺には苦手なものがある。
その一つは幽霊だ。
その場で倒れ込むようにして俺の意識はぷつりと途絶えた。
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「ちょ!?GENZI!!」
唐突に現れたかと思うと、いきなり気絶した友の姿を見て思わず頭を抱えたがこのままでは戦いに集中できないので、GENZIの襟をつかむと遠くに放り投げた。
浮島のかなり端のほうまで投げたので恐らく戦いに巻き込まれることは無いだろう。
「オ…オ……」
男の動きはどんどん機敏になっていた。ただ、機敏なだけでなくその長い手足は鞭のようにしなり、関節がないのか自由自在に曲がり俺のことを追尾してくる。
ギリギリで躱すとエンチャント済みの銃弾を浅右衛門の胸に打ち込む。
その弾丸は容易く弾かれたが、ミリ単位で確かにボスのHPを削っていることは確認できた。浅右衛門は俺に一息つく暇も与えず、右足を伸ばしてきた。
「『二重回避』っ!」
回避のクールタイムを無視して使える『二重回避』のおかげで、何とか足の攻撃を回避すると、こちらも負けじと『ライフ&デス』による連射で応戦する。
HPはじりじりと削れているが、一割もHPを削る前に弾が切れた。
「しまっ…!?」
FPSのプロゲーマーとしてあるまじき失敗だ。残弾数を忘れて連射するなど愚の骨頂。だが猛省している時間は無く、浅右衛門の左手はうねりながら、俺の体を目指して動いていた。
回避しようにも手段のない俺は奴の腕に摑まり、体をぐるぐると拘束された。
「くっ…」
「オ……オォ…」
浅右衛門の腕にどんどん力が込められていき、HPが減少し始める。それに焦りも感じていたが、同時に勝利を確信した。
奴が俺と密着している今こそ最大の好機だ。唯一自由に使える左手でアイテム欄から一つのアイテムを取り出す。
『サヨの櫛飾り』。真っ赤な櫛飾りを左手に持つとそれを掲げた。
「オ……サ…ヨ……」
「やっぱりか…!」
このモンスターの情報を得るために俺はあるシリーズクエストをクリアした。その際にNPC達の会話を聞いているとこのモンスターが元は人間だったこと。そして最愛の妻を自分自身の手で、その首を絞め、殺めたこと。
シリーズクエストをクリアしていく中で手に入れたアイテム『サヨの櫛飾り』は浅右衛門がモンスターになる以前、妻のサヨに渡した深紅の櫛飾りだった。
そしてこのアイテムのテキストを読んで確信した。
浅右衛門様、貴方の事をお慕い申し上げております。
いつまでも貴方の傍においてくださいませ…
この思い出の品を見せれば浅右衛門に何らかの効果があるだろうと。
「ウ…ア…サ……ヨ…」
浅右衛門の拘束の力が弱まった隙に抜け出し、カチャリと銃口を浅右衛門の頭に向ける。だが、浅右衛門はもう動こうともせず、ただじっと、両膝をついて呻き声をあげていた。
「…我は介錯人、汝の命、輪廻の輪へと回帰せん…」
銃声が浮島に響き渡り、すこし遅れて水飛沫の立つ音が聞こえた。
「名持ちモンスター『狂殺』の浅右衛門を麒麟、GENZIが討伐しました」
アナウンスの声も、自身の目から零れたものも全てその雨が流していく。これが正解だったのだと自身に言い聞かせ、背を向けると、岸に向かって歩き出した。
因みに、皆さん麒麟のLVが1に戻ったことを覚えているでしょうか?
実はこのクエスト、GENZIが音ゲーに勤しんでいる間に麒麟がLV上げをしている際に発見したものなのです。
このクエストの詳しいことはもし書いてほしいという意見があったら書いてみようと思います。
それでは(*- -)(*_ _)ペコリ