音ゲーマニアが公式イベントを気にしているようですよ
<ALL PERFECT!!>
虹色の煌びやかに光る文字が目の前に表示される。
ウィンドウをさっと消すと、その場を後にした。
俺は久々にUEOを離れ、BSDをプレイしていた。
理由は五輪之介にナインテールと、数日間の間に激闘を重ね精神的に疲れたからだ。だからこうして音ゲー要素、もとい音ゲニウムを補給しているのである。
プレイが終わり、ロビーに戻ると突然背後から声を掛けられた。
「あ!GENZIさんじゃないですか!お久しぶりです!」
「お久しぶりです、いつも敬語は止めてくださいって言ってるじゃないですか」
「いえいえ、GENZIさんにタメ口なんて聞けませんよー」
そう話す男は、眼鏡をかけ、スラリとしたスーツを着ている。
彼はサイバーさん、ここで知り合ってからは一緒にBSDをプレイしたりするようになったフレンドだ。どうやら大手企業に勤めている社会人のようなのだが、何故か俺に敬語を使って話す少し変わった人である。
「それにしても気になってたんですけど…」
「あー、もしかしてGENZIさんが気にしてるのはこのプレイヤーの数ですか?」
「はい…」
BSDには計ニ十個のサーバーが存在しており、さらにサーバー内でも百近いロビーが存在する。
俺は人が多いのはあまり好きではないので、人気の少ないトゥエンティサーバーの中でも特に人数の少ないライムロビーに入っていたのだ。
確かライムロビーを利用しているプレイヤーは二十人前後で、全員知り合いだった。だが今パッと見ただけで百人は下らない数のプレイヤーが居る。
「ここだと目立つのでいつもの所に行きましょうか」
「はい」
このロビーの広さというのはかなりのもので、娯楽施設何かも存在するし、仮想の飲食スペースもある。俺達はこれまでもよく使っていた、雰囲気のあるバーに入た。
「マスター、私はいつものを。GENZIさんは…」
「俺もいつものやつをお願いします」
マスター―とは言ってもバーテンダーの格好をしたロボットなのだが―は無言でカウンターに二つグラスを置くと、色鮮やかな液体を注ぐ。
「それでどうしてこんなにプレイヤーが居るのかっていう話でしたよね」
「はい、俺が前プレイしたときはもっとガランとしていたと思ったんですが」
「まあ結論から言うと彼らはGENZIさんを一目見ようとしてこのロビーに入っているんですよ」
「はい?」
グラスに注がれたドリンクを口にしながらサイバーさんは続けた。
「GENZIさん、この前全楽曲のAP達成しましたよね?あれ、BSDプレイヤー全員に速報として運営から通知が来たんですよ。その時は確かGENZIさんのフレンド以外には名前が伏せられた状態でメッセージが送られたはずなんですけど、どこかで名前が漏れたようで…」
「それで今の状況に至る…と」
「その通りです」
おどけたように肩をすくめるとサイバーさんはグラスを置いた。
「本当はGENZIさんとデュオでプレイしたかったんですが生憎と予定がありまして、私はここで失礼しますね」
「あ、サイバーさんありがとうございました」
「こちらこそお話しできて楽しかったですよ。それではまた」
サイバーさんの体は虹色に弾け、ログアウトしていった。
カウンターに置かれたままのグラスに手を伸ばすと、一気に飲み干し、席を立った。もう一曲プレイしようと思い、店を出ると亜三からメールが届いた。
確認してみると、今すぐログアウトして亜三の部屋に来いとのことだった。
溜息をつくとサイバーさんの後を追うように俺もログアウトした。
♦
「ふぅ…」
VRヘッドセットを外し枕の横に置く。少し肌寒かったので椅子の背に掛けていたパーカーを羽織り部屋を出ると、向かいの扉をノックした。
「亜三ー俺だーオレオレ」
「はーい」
ドアが開かれ、亜三がドアの隙間から姿を見せる。
「それじゃあ部屋の中に入って、大事な話があるから」
「おう」
亜三の部屋の中に入ると、甘い香りがどこからともなくしてきた。いつも思っていたが俺と同じ洗剤で洗われているはずなのに何故こうも甘い匂いがするのか不思議でならない。
俺がカーペットの上に座ると、亜三が対面になるベッドの上に腰かけ、神妙そうな面持ちで口を開いた。
「お兄ちゃん、またユニーククエストクリアしたでしょ?」
「あ、うん」
「あ、うん、じゃないよ!もぉー!どうしてそんなに軽々とユニーククエストをクリアしちゃうのー!!」
突然騒ぎ出しギョッとしたが、可愛かったのでそのままにしておくことにした。
「ふぅ…まぁお兄ちゃんに聞きたいのはユニーク関連のことなわけで」
「あー、じゃあ何があったか大体話した方が良い?」
「それでお願い」
「えっと―――」
♦
「―――と、まあそんな感じだった」
俺が話し終わると、亜三はいつの間にか腕に抱えていた人形に顔を埋めていた。
「亜三さーん…?」
「……はぁ…もうユニークの事はいいや…聞いてるだけで新事実の連続で疲れたよ。今回聞きたかったのはそのユニークモンスター、ナインテールの二つ名のこと」
「あいつの二つ名?確か『制裁』だったと思うけど…」
「問題はそれなんだよ!!」
「うおっ!」
がばっと、突然俺の両肩を亜三が力を込めて掴む。
「今までUEOで判明してたユニークモンスターは七体。『神判』のメタノイア、『天暴』の五輪之介、『泡沫』のレヴィシーレーン、『剛覇』のアルクトゥス、『仟剱』のティルグリース、『唆毒』のウェネーウム、そしてお兄ちゃんの倒した『奪掠』のナインテール」
亜三の話を聞いている中で一つ不可解な点があった。
「ん?ちょっと待て、『奪掠』って言ったか?ナインテールの二つ名は『制裁』だったぞ」
「そう、これまで判明していた二つ名と実際の二つ名が違ったの。この話題でネットの掲示板とかはかなり盛り上がってるよ」
「あー…もしかして今回も俺達の名前がワールド全体に…」
俺が言い切る前に亜三は溜息半分に言った。
「アナウンスされてたよ…今回はお兄ちゃんともう一人、麒麟っていうプレイヤーがいたのが幸いだったかな。それでも、この短期間に同じプレイヤーがユニークを二体も倒したなんて言うのが異例のことだからお兄ちゃんは今にも増して捜索されると思うよ」
「うわぁ…」
亜三のウェアラブル端末、振動と共に音を鳴らす。
「ごめんお兄ちゃん、電話みたい。はい――」
電話をその場で聞いていても悪いと思い、亜三の部屋を後にすると、俺にも電話がかかってきた。
「はい、神谷ですが」
「もしもし?俺だよ健仁」
「麟か、どうかした?」
「何か今度UEOで面白いイベントやるみたいなんだよ!あーひとまずログインしてみてくれ」
「いやそれじゃ分からな…」
俺の呼びかけに答えたのはプーっという電話の切れた音だった。仕方がないのでそのまま自分の部屋に戻るとヘッドセットをつけ、ログインすることにした。
♦
「お帰りなさいませ、GENZI様。また一段と有名になられたようですね」
「まあこっちとしてはいい迷惑なんだけどな…」
俺の愚痴に対して、エアリスはAIとは思えない笑顔で俺を送り出してくた。
「ふふ、それではご武運を」
♦
辺りを見回すとこちらに向かって全力で向かってくる黒いプレイヤーが居た。そのプレイヤーは俺目掛けて跳び込んできたので、体をずらして躱すと勢いよく顔面から地面に着地した。
「痛ったいなぁ…避けることないだろ!」
「いや、普通避けるから」
俺に飛び込んできたのは勿論麒麟だった。立ち上がり、ぱっぱとジャケットやズボンに付いた砂を払うと俺の方に近づき、にやりと笑った。
「俺が言ってたのはこれだよ」
麒麟がそう言いながら取り出したものはチラシのような紙だった。内容はどうやら今度UEOで開催される初めてのイベントについてらしい。
俺はそれを受け取ると、内容に目を通した。
「GENZIも見てるとは思うけど、そのイベントっていうのがどうやらトーナメント式の対人戦みたいなんだよなぁ」
「おう」
「それでさ、二人でその大会出てみたいと思わない?」
俺にすり寄ってくる麒麟の顔を押さえる。
「思わない」
「だよなぁ、思うよ……え?思わないの?」
「いや、だってさ…」
この大会、公式主催初のイベントということもあってかなり注目されそうだ。そんな大会に捜索隊まで結成されている俺と、今回ナインテールを倒したことで有名になった麒麟が参加したらどうなるかなど分かりきったことだ。
「GENZIよ…ちゃんと最後まで読んでみるがいい」
そのまま読み進めていくと、最後の欄にこう記載されていた。
このイベントでは予選を行い、予選にて勝ち上がった上位十六名のみが本選に出場いたします。予選ではプレイヤーネームを非公開とし、本選に出場される際はプレイヤーネームはそのまま公開となりますのでご注意ください。
「俺達も予選なら出ても問題なさそうだけど、出た所で別に何もなくないか?」
「チッチッチ~甘いのだよGENZI君。ちゃんと報酬を確認したかな?」
「あーっと…」
報酬はどうやら二種類あるらしい。予選・本選での勝利数による報酬と、ランキングによる報酬。
何れも報酬の内容はかなり豪華なようだ。
俺がそれらの報酬を見ていると、肩の上に乗っているマーガレットが身を乗り出し、ある一点をくちばしでつついた。
「ピー!ピー!」
マーガレットがつついていたのは、予選報酬の一つである『紅蓮の紅玉』というアイテムだった。そのアイテムが欲しいのかつついてはこちらを見つめてくる。
「ピー?」
マーガレットの潤んだ眼差しと、その鳴き声を聞いて観念した俺はマーガレットを肩に乗せなおし、麒麟の方に向き直った。
ただ、麒麟が居たと思った方向を見てもその姿が見つからず、どこに行ったのかと思えばその場でしゃがみ込み、ブツブツと何か独り言を喋っていた。
これは完全に拗ねているやつだと思い、そっと声を掛ける。
「おーい、麒麟?やっぱり俺もそのイベントの予選出ることにしたわ」
俺の言葉に反応し、耳がぴくりと動く。
「…!!…ホントに?」
「あ、ああ…ただ、俺は例え本選まで行けたとしても降りるからな」
「やっぱりGENZIは俺の友達だぁ!!」
立ち上がり、踊り出す勢いで喜ぶ友の姿を見て思った。本当にコイツは単純な奴だと。
♦
ズカズカと人混みの中を歩いていくと、何故か人混みが男の通り道だけ人がはけ、道が作られる。その道を通り、男は目的のカウンターまで辿りいた。
「予選の登録を頼む」
「かしこまりました。予選ではプレイヤーネームは表示されず、仮名を使うので名前を決めてください」
男は一瞬考え込むような動作をすると、すぐに答えた。
「あ?それじゃあ…“マスター”…だ」
「…はい、登録完了です。それではこのプレートをお持ちください」
受付の女性が鉄で出来たドッグタグのようなプレートを男に渡す。
「そのプレートが予選の際に必ず必要となりますので保管しておいてください」
「おう」
それだけ言い残すと、男はその場を歩き去っていった。
「なあ、あれって…」
「ああ…間違いない、『破壊王』オウガ…!」
彼との再会の時は近い。
♦
彼女が通る道もまた自然と開けていた。人混みの中を悠然と歩くその姿に男性プレイヤーだけでなく、同性であるプレイヤーたちも目を奪われていた。
「私、何か変でしょうか…?先程からすごく視線を感じるのですが…」
「いや、そりゃあ…俺は心に決めた人がいるから大丈夫だが普通の男達ならあんな反応になるだろ…」
「…?」
話している内に受付カウンターについていたので、彼女は受付嬢に話しかける。
「すいません、予選の登録をしたいのですが」
「かしこまりました。予選ではプレイヤーネームは表示されず、仮名を使うので名前を決めてください」
「仮名…“エトワール”でお願いします」
「…はい、登録完了です。それではこのプレートをお持ちください」
「ありがとうございました」
鉄製のドッグタグのようなプレートを受け取ると、彼女は踵を返し、その場を後にしようとした。
「まだ説明途中ですよ!」
後ろを振り向くと笑顔で言った。
「先程並んでいる際に聞いていたので大丈夫です。予選の時必要なんですよね」
「あ、待ってって…!俺も登録お願い、仮名は“ムーン”で!」
男はそれだけ言うと受付嬢からプレートを受け取り、先に歩いて行ってしまった彼女の後を追った。
「あれが『天翼』のクロエさんかぁ…奇麗だったな…」
「ああ…」
「一緒に居たのって同じクラン『セイントローズ』の『賢者』ぽてとさらーだ?」
「多分そうじゃね?名前はふざけてるけどあの人メチャ強いらしいぞ」
日の光を反射する、長い銀髪を揺らしながら歩く彼女と再会するときもまた、すぐそばまで迫っている。