強欲ヨ全テヲ喰ラエ 拾陸
「ピィー!ピィピィィ!」
髪の毛を引っ張られる感覚と、僅かな痛みを頭皮に感じ、気が付いた。体を少し起き上がらせ、辺りを見渡すが、ナインテールの姿は見られない。
「俺は…勝った…のか?」
「ああ、俺達の勝ちみたいだぜ」
いきなり背後から声を掛けられ、驚いて振り返ると、麒麟が立っていた。その顔には疲労の色が見られ、お互いに満身創痍といったところだろう。
俺が立ち上がると、マーガレットが右肩に乗った。マーガレットは意識を失っていた時懸命に俺のことを守ろうとしてくれた、全くもって良い奴だ。
羽を人差し指で撫でてやると気持ちよさそうに鳴いた。
「そういえば…GENZI、お前もうクエスト報酬確認した?」
「いや、今起きたばっかでまだ確認してないよ」
「俺はもう見たんだけど…まあいいや、とりあえずお前も報酬を確認してみてくれ」
麒麟は何か言いたそうにしていたが、途中で言いとどまり、俺に報酬を見るように言った。何かソワソワしているようにも見えたが一体どうしたのだろうか?
まずはログで確認することにした俺は、最近のログを参照していく。五輪之介の時と同様に、いや、それよりも大量の経験値が獲得できたことは分かった。
ただ、肝心のこのユニーククエストの報酬となるようなアイテムが中々見当たらない。ようやく見つけたかと思うと、報酬の多さに目を大きくした。
まず、五輪之介を撃退した時と同じく称号を手に入れていた。
『征狐者』
“制裁”のナインテールを討伐した証。己が内に眠る九尾との長きに渡る戦いに終止符を打った者にナインテール自ら与えたもの。この称号を持つということは―閲覧不可能―だ、肝に銘じておけ。
効果:相手のカルマ値に応じて全ステータス上昇(大)
この称号以外にも報酬らしきものはいくつかあった。一つは手首に付けるブレスレットのようなアイテムだった。これは直前のログを参照してみた感じMVP報酬、というものらしい。
見た目は白い金属に赤い宝石のようなものが埋め込まれたデザインをしており、割と自分好みではある。このブレスレットだが、ステータスボーナスもそうだが効果も凄い。
『瞬装の腕輪』
HP+5
MP+5
STR+5
DEX+5
VIT+5
AGI+5
INT+5
MND+5
LUC+5
効果:手持ちの装備を瞬間的に装着することができる
この装備を使っていたからナインテールは次々に武器を変えながら戦うことが出来たわけだ。つまりこのアクセサリーを使えば、俺もナインテールのように戦闘中に装備を変えながら戦うというトリッキーなことが出来るのだ
ちなみに報酬はこれで終わりではなく、もう一つ残っている。それはナインテールが使っていた二丁の、異常な程に長いバレットを持ったリボルバー式のハンドキャノンだ。
“二極対銃”『ライフ&デス』
STR+20
DEX+50
効果:魔力を弾丸の代わりに射出することが可能&込める魔力量に応じて威力上昇
『ライフ』:連射性に優れ、この銃でダメージを与えた際、確率でHP回復(小)
『デス』:一撃の威力に長け、この銃でダメージを与えた際、確率でMP回復(小)
特殊効果:“命弾”相手の創傷部を撃ち抜いた際、確率で相手を回復(任意)
“死弾”相手の急所(頭部、心臓部、核)を撃ち抜いた際、確率で相手を即死(任意)
思ったよりも恐ろしい性能をしていたことに今更気が付いた。ただ、俺の場合は直撃した瞬間に死亡するため意味がないのだが。
俺がウィンドウを閉じたタイミングと同時に麒麟が話しかけてきた。
「報酬どうだった!?」
「え…えーっと、称号一つとアクセサリーの腕輪が一つ、あと二丁が対になってるリボルバー式の銃が一つだな」
麒麟の勢いに思わず押されてしまったが、一体どうしてこれほどまでに俺の報酬を気にするのかが良く分からなかった。
俺の言葉を聞くなり目を輝かせると、肩をがっしりと掴まれ麒麟が顔を近づけてくる。
「ちょ、なんだよ!」
「なあ…GENZI…俺達友達、だよな?」
「ああ…そうだけど…」
「ならさ、俺の報酬とGENZIの報酬交換してくれね?」
「は?」
真剣な顔をしていた割に存外どうでもよい提案に思わず間の抜けた声が出る。コイツまさか、それを言うためだけにソワソワしてたのか?
大きく溜息をつくと、『ライフ&デス』を手に持ち、麒麟に押し付けた。
「いいのか!!俺の報酬まだ見せてないけど…」
「俺は銃を使う気ないから元々お前にやるつもりだったよ。それで?麒麟の報酬って何だったんだ?」
「ん?ああこれだよ、これ」
銃にご執心なようで、乱暴に放り投げられたそのアイテムをキャッチすると、見覚えのあるものだった。それはナインテールが使っていた、あのグローブだった。
素早く、それでいて重く威力の籠った連撃を繰り出してきたこのグローブにはかなり苦しめられたが、性能はどれ程のものなのだろうか。
“撃迅装具”『鬼穿』
STR:+50
VIT+10
AGI+20
効果:攻撃を加えるほど威力&速度上昇(中)
特殊効果:“召装”脚具を召喚し装着する
“鬼火”籠手や脚具に施された鬼から火炎を放射
これまでの装備を見て、俺の考えは当たっていたと確信した。やはりナインテールは五割、いや二割や三割程の力しか出さず、敢えて負けようとしていたのだと。
「そういやGENZIはこの変なアイテムゲットした?」
そういってぴらぴらと揺らしたのは一冊の古ぼけた本のようなものだった。そんなものあったかと思いインベントリの中を確認すると確かに手に入れていた。
「ああ、俺も持ってた」
アイテムの名前は『理之書“制裁”』。書いてある内容をざっと見たところ、ナインテールのことについて色々と書かれているようだ。これは時間のある時にでもゆっくりと読むとしよう。
「とりあえずこの後どうするぅ?俺は疲れたからログアウトして一旦寝ようと思うんだけど」
「俺もそうするよ。さっきの戦闘で非常に疲れの溜まる技を使ったから頭が痛くてしょうがない」
「俺と一緒かよぉ。じゃあ先に落ちるわ、じゃね~」
「じゃあなー」
手を振り、麒麟がログアウトしたのを確認すると、メニューを開き、俺もログアウトボタンをタップした。
~~~~~~~~~
「大分疲労困憊といったお顔をしていますが大丈夫ですか?」
戻るや否やエアリスに心配されるがついこの前もこんな具合で戻ってきてログアウトした瞬間にベッドで寝たことを思い出し、苦笑いを浮かべるしかできなかった。
「すぐにログアウトの準備を致しますね。どうぞごゆっくりとお休みください」
「ああ、悪いな」
「いえ、お気になさらないでください。またのご利用をお待ちしております」
スカートの端をつまみ、ぺこりとお辞儀するエアリスに見送られ、俺は現実世界へと意識を戻していった。
~~~~~~~~~
やはり、我が家のベッドが一番だ。体が沈んでいく感覚を感じながら意識がフェードアウトしていくのをゆっくりと感じた。
~~~~~~~~~
朝だ。目を瞑り、次に目を開けた時には朝になっていた。現在時刻は午前八時三十二分、そして今日は月曜日だった。
寝ぼけた朦朧として働かない頭でもう一度デジタル時計の表示を確認した。
今日は2048年の四月十五日、月曜日。天気は快晴。雲一つない空に見える太陽は窓から日を差し込んでいた。
「やっばぁ…!」
昨日は何も考えずに夜通し麟とゲームをしていたが、次の日が平日だなんて考えてもいなかった。いつも通りなら既に家を出発して歩いている頃だ、急がなければ遅刻してしまう。
パジャマをその場で脱ぎ捨て、クローゼットからワイシャツを取り出すと、ボタンをある程度とめ、制服のズボンを履く。ネクタイを手早く着け、ハンガーにかかったブレザーと、床に置きっぱなしの鞄を持って部屋を飛び出した。
「健仁~朝ご飯出来てるわよ~」
「ごめん母さん!時間無いからパンだけ貰ってく!!」
リビングに立ち寄り、テーブルに置いてあった朝食の品々の中からパンだけを口に詰め込むと、一緒に置いてあった豆乳でそれを流し込む。玄関まで走り、急いで靴を履くとドアを開け駆け出した。
「気を付けて行ってくるのよ~?」
~~~~~~~~~
家から学校までは歩いて約三十分かかる。ホームルームのチャイムが鳴るのは八時五十五分。
そして現在時刻は何と八時四十分だ。つまり、歩いていては間に合わない。俺はあまり運動が出来ないわけではないが、外で活動をしないので体力が無い。
つまり、
「はぁ…!はぁ…!」
まだ春だというのにワイシャツを肘までまくり、息を切らしながら坂道を走っていた。右手には鞄とブレザーを抱え、走り続ける。
今ちょうど八時四十五分になった。このまま走っていては間に合わない、こうなれば仕方がない。奥の手を使うとしよう。
そう思っていた矢先、俺の前方で同じく息を切らしながら坂道を走る俺と同じ高校の制服を着た女子が居た。
「はぁ…はぁ…」
その女子生徒も息絶え絶えといった具合でこのままではホームルームのチャイムまでに間に合わないだろう。
「そこのお前!このまま走ってても間に合わない!ついてきて!」
後ろから肩を叩き、その女子生徒を追い越し、僅かに前を先導する。俺が使う奥の手とはこの時間だけ空く、モノレールだ。この時間帯、通勤で電車を使う人は私鉄を使って出勤する率が多く、モノレールはかなり空く。
何とかモノレールに二人して乗車することが出来た。
俺は改めて女子生徒を見ると何処かで見たような気がしてならなかった。銀色の髪、翠色の瞳、これだけ目立つ組み合わせなら覚えていてもおかしくないのだが。
「あ…あの、あなたは確か、先日道を案内してくれた方ですよね?」
「あ…!思い出した!あの時の」
どこかで見たことがあると思っていたら、つい数日前に道に迷っていたあの女子だった。私服も似合っていたが制服も良く似合っていると思う。人形のよう、というのだろうか。
「あなたがくれたあのジュース、独特な風味でしたけどとっても美味しかったです。それにあれを飲んでからしばらく集中力が上がった気がして」
「お、分かりましたか?あれはALIENと言って―――」
~~~~~~~~~
「―――なんですよ。あ、すいません。こんなに長々と話しちゃって」
「いえいえ、あの飲み物がすごく好きなんですね」
俺のエナドリ愛を語っていても笑顔で聞いてくれる女子というのは今までいなかったので、是非とも彼女にもエナドリの素晴らしさをもっと知ってもらいたい。
そうこうしていると車内アナウンスが流れる。どうやら目的の駅に着いたらしい。
「着きました。ここで降ります」
「あ、待ってください…!あっ…」
彼女の声で振り返ると、モノレールのドアとホームとの段差でつまずいた彼女が前に倒れてきた。何とか倒れてきたその体を両肩を持つことで支える。
「大丈夫ですか?」
「あ、えと、はい…」
彼女の両肩を支えた状態だと、俺の方が身長が高いため上から見下ろす形になるのだが、その…走った汗で湿った白いワイシャツというのは透けやすく…教育上あまりよろしくないものが透けて見えてしまった。
「…!?…あの、よければこれで汗を拭いてください。それとブレザー着た方がいいかと…」
「…?……あっ…」
お互いに顔を赤くさせてホームで立ち止まってしまったが、そういえば今の時間は何時なのかと腕時計型のウェアラブルデバイスで時間を確認すると、時刻は八時五十分になろうとしていた。
「ヤバい!!走らないと間に合わない!」
「え!?」
「急いで!」
「え、はい!!」
俺達はホームを駆け抜け、駅を出ると、真っ直ぐ道沿いに走った。正面に高校の姿が見えてくる。
「見えてきましたよ!」
校門の前に立つ指導の先生が時計型のウェアラブル端末とこちらを交互にちらちらと見ている。俺も端末を起動し、時刻を確認すると、八時五十三分。本当にギリギリだ。何とか走り切り、俺と彼女は校門の中に滑り込むことができた。
「はぁ…!はぁ…!」
「はぁ…はぁ…」
お互い呼吸が荒く、その場で膝に手を突き、肺に酸素を送り込んでいた。ある程度息を整えると、げた箱へと向かい歩いていく。
靴をしまい、上履きに履き替えると階段を上り、二年三組へ向かう。
「あ…あの…職員室は…どこで…しょうか?」
息絶え絶えに彼女が聞いてきて思い出した。
彼女はうちの学校に今日から転入してくるのだから職員室に行かねばならないのか。
「職員室は…このまま右の突き当りが…そうです。急いだほうがいいかもしれないですよ…もうすぐチャイムが鳴るので」
「分かりました。ありがとうございます、それじゃあまた」
彼女とはそこで別れ、俺は教室に向かった。ふと思い出したがそういえば彼女に名前を聞くのを忘れていたが、まあどうせ会う機会もあるだろう。その時に聞けばいい。
教室の扉を開けると、既に俺以外の生徒たちは席に着いていた。全員の視線が俺に集まる。
そそくさと鞄を後ろのロッカーの中に入れ、先生が来る前に自身の席に着いた。
俺が席に着くと、前の席に座っている麟が話しかけてくる。
「なぁなぁ、健仁知ってるか?今日転校生来るんだってさ!しかもうちのクラス!楽しみだよなぁ…女子だといいなぁ…」
「知ってる、というかさっき一緒に来たし」
「うぇ!マジで!?どんな子…っと先生が来たから前向いとかないと」
扉を開ける音と共に担任の先生が教室に入ってくる。先生は教卓まで来ると、ちょうどチャイムが鳴った。
「今日はホームルームの前に転校生を発表します。星乃さん、どうぞ」
「はい」
扉を開けクラスに入ってきたのはやはり彼女だった。
「星乃クロエです。父がフランス人でついこの間までフランスに住んでいたので分からないことがあるかもしれませんが、よろしくお願いします」
笑顔ではっきりと喋る彼女ならすぐにこのクラスになれることが出来るだろう。すると、彼女、もとい星乃と目があった。
「あ、あなたと同じクラスだったんですね!これからよろしくお願いします」
瞬間的に星乃に集まっていた視線は俺へと集まった。あまり注目されるのは好きではないのでやめてほしいのだが。
「ああ、こちらこそよろしく」
差し出された手を握り返すと、周りの主に男子からの視線が強くなった気がしたが気のせいということにしておこう。
「なんだ、神谷君は星乃さんと知り合いだったんですか。それならちょうど神谷君の隣の席が空いているので星乃さんの席はそこにしましょう」
「はい、分かりました先生」
隣の席に着いた星乃は俺の方に改めて挨拶をした。
「さっきはありがとうございました。それとこのハンカチ、洗って返しますね」
「いいよ、気にしなくて。俺は神谷健仁、改めてよろしく」
UEOを初めてからたったの数日の激動の日々はこうして幕を閉じる。
五輪之介、ナインテールという絶対的な力を持ったユニークモンスターを撃破し、静かな日々が戻ってくるかと言えばそんなことは決してない。
これからさらに激しさを増していくことなど知る由もなく、ただどこまでも広がる青空を眺めていた。