強欲ヨ全テヲ喰ラエ 拾伍
「おっと…まずは服を着ないとな」
気が付いた時にはナインテールが服を着ていた。瞬きをして、目を開いた瞬間には既に黒と赤のリバーシブルコートと黒いスキニーを着ていた。
この感じ、恐らく武器を次々と持ち替えていたのと同じ手段を使ってのものだろう。
「お前も着ろよ。装備を着てないままじゃあ話にならんだろ?」
自分の体を見ると確かに下半身の下着だけを着けた上裸男という変態的な見た目をしていたため、すぐに装備を着ることにした。とはいえ、この格好になったのはナインテールのせいなのだがそれは黙っているとしよう。
ナインテールは俺が装備を着終えるのを見届けると自身の髪をかき上げ、それまでとは違う鋭い眼光でこちらを睨んだ。
「いくぞ」
両手に二丁の拳銃を持っている。ただ、それは通常のものではなく異常なまでに長い砲身を持ったリボルバー式のいわゆるハンドキャノンと呼ばれる類の銃だった。
それを両手に持ち、連射しながら走り抜けてくる。
「…っ!!」
速い。恐ろしいまでの速度と精密性だ。距離を詰められるのに一秒も掛かっていない。『羅刹の契り』を使ってギリギリ動きが見えるかどうかという程だ。
駆け抜けている間に放たれた弾丸は計四発。二発ずつ同時に射出された弾丸は直感で受けては駄目だと感じ擦れ擦れの所で回避した。
そして何よりも恐ろしいのはあれだけの速度で疾走しながら全ての銃弾が的確に俺の急所を捉えていたということだろう。
規格外の強さ。これがユニークモンスターの本領ということか。
いつの間にかナインテールは両手に持ったハンドキャノンをしまい、代わりに両手にはナックルのようなものが装備されていた。
「しっ…!しっ…!」
「くぅっ…!!」
素早く俺の懐に潜り込むと、体の力を使ったアッパーを繰り出してくる。顔を上に向けることで何とか避けたが、代わりにがら空きとなったボディーにジャブとストレートを撃ち込まれる。
拳が触れるかというタイミングでギリギリ刀が間に合い、目の前で交差させ、拳を受け止める。しかし、その威力の強さに後方に吹き飛ばされた。
刀を持つ手に伝わってきた強い振動とこの痺れるような感覚。間違いなく、今まで一番の相手だ。
恐らく、前に戦った時の五輪之介よりも強い。これで五割だというのだから、本気の勝負を挑んだら始まった瞬間に負けが決まるだろう。
ようやく地面に足がつき、止まることが出来た。
「ほぉ…流石だな。今の攻撃で生き残ってるとは…それじゃあこんなのはどうだ?」
俺とナインテールの周囲を暗い影のようなものがドーム状に覆う。光は無く、視界は閉ざされた閉鎖空間の中に閉じ込められた。
視覚を奪われたときのように、音に集中し、ナインテールの動き感じ取る。
僅かに金属が擦れる音が背後から聞こえてきた。瞬間、既にスキルを使っていた。
「『転身』!」
「『ファイア』」
銃声と着弾音が響き渡る。恐らく今の判断は間違っていなかったのだろう。俺がさっきまで居た場所の辺りから着弾した音が聞こえてきた。
今までと同じかと思っていたがどうやら今回は改良型らしい。
俺の足が何かに絡めとられ、その場を動けなくなっていた。粘着性のある罠らしく、中々抜け出すことが出来ない。
「くそっ!!」
左からカチャリと金属音が聞こえてきた。間違いなく動けない状態では弾丸が俺の急所を撃ち抜くだろう。
その場で閃いた機転で、足の罠に『不知火』を突き刺す。早く溶けてくれることを願い、忍耐強く待つ。そして溶けた瞬間に跳びこみ前転をするように転がった。
銃声は間違いなく俺の居た場所を撃ち抜いている。だからといって、無闇に動き回れば罠に足を取られ同じような危機に陥る。
確かに今までよりもヴァージョンアップしているということだろう。俺は最善の策としてその場で最小限の動作のみで回避するという選択肢をとった。
左…!
聞えてきた音から弾が飛んでくる方向を予想し、弾丸が空気を切る音に合わせて回避する。作戦は見事に成功し、弾丸を最小限の動作で回避することが出来た。
右…!?
いきなり右に移動した音に戸惑いを禁じ得なかったが、何とか弾丸を回避することには成功する。だが一体どうして…
上…いや…前方…?後ろか!?
複数の方向からトリガーに指をかける音が聞こえてくる。一体どれを信用すればいいのかも分からない。恐らくこの中で一発だけが正解なのだろう。トリガーを引く音が聞こえた後、すぐに弾丸が空気を切る音に集中する。
上、前、後ろ…!!
予想を外し、全てが実在しており、三方向から銃弾が俺を襲う。予想と違っていたため乱れた集中が、判断を僅かに遅らせる。
「…っ!!『トライアングルステップ』…!!」
高く、上空に飛び上がることで何とか難を逃れたが、今俺は空中に身を投げているという無防備な状態。もしこの状態を狙われたら…
その瞬間八方向から銃を構える音が聞こえた。今、使うしかない…か。
「【オーバークロック】っ…!!」
俺の中で時間が止まったように遅くなるのを感じる。極度の集中状態に入った時に起こる現象だ。
射出された弾丸が空気を切り裂き、振動する音を聞きとる。
………
しばしの沈黙を置き、開いても見えるわけではないが目を大きく開き、目標を定める。
模倣『烈火繚乱』…!!
一つ…二つ…三つ…
四つ…五つ………
六つ…七つ………八つ…!
全ての弾丸を切り、俺の周囲を取り囲んでいた銃弾の包囲網は消え去った。
同時に俺の気も遠のきそうになるが歯を食いしばって耐える。まだ戦いは終わっていない。先程から気になっていた右上に表示されている時刻表示は恐らくナインテールの設けた制限時間のことだろう。
ただ、同時に俺の『羅刹の契り』のタイムリミットでもある。恐らくもってあと数十秒というところだろう。
ナインテールの設けた制限時間は残り十秒。その間を生き延びれば俺の勝利だ。今回は制限時間で勝つのが嫌だなどと言っている場合ではない。
一度でも目を瞑ったらもう立ち上がれない気がして瞬きをせず音に集中する。
拾…
すると視界が晴れた。あの影のような暗い色のドーム状に覆われていたものが取り払われたのだ。
目の前にナインテールが現れ、言った。
玖…
「やっぱり俺にはああいう戦い方は合わない。真っ向から勝負をするとしよう」
捌…
「俺の最強の技とお前の最強の技。この一撃で終いとしようじゃないか」
漆…
言うや否や、ナインテールは右手に銃剣を、左手に短銃を持ち、姿勢を低くして構えた。その気迫から本当にこの一撃で蹴りをつけるつもりなのだと分かってしまう。
対する俺も最強の技、というならばあの二十二連撃の斬撃を放たねばなるまい。両手に力を籠め、柄を握り締める。
陸…
一瞬の静寂。そして誰ともなしに俺とナインテールは同時に駆け出した。片や二丁の銃を構え、片や両手に刀を握り、互いに自身の全力をぶつける。
伍…
「『妖狐ノ型“壱式”』」
乱れるように連射される弾丸の嵐をくぐり抜け、距離を詰める。いつまでも止まぬ弾丸の嵐を全て回避することで突破した。
最小限の動きでナインテールの喉元を狙い、『狂い桜』で斬り払う。
だがその斬撃は易々と回避され、ナインテールに僅かな隙を見せることとなった。
「『妖狐ノ型“参式”』」
いつの間にか手に持たれていたのは散弾銃だった。また大量の弾丸に押し切られることになると考えた瞬間、そのトリガーが引かれた。
銃口から出てきたのは一発の大きな弾丸。その弾丸は赤く発光しており、嫌な予感がした。
「『転身』っ…!!」
赤く発光した銃弾は、空中で爆発し、地面にクレーターをあけるほどの威力を持ち合わせていた。『転身』によって回避しつつ距離を詰めた俺は反撃を加える。
『狂い桜』を右上から大きく振りかぶり、右肩を斬りつける。ある程度の所でばねに弾き返されたように斬り返す。
その勢いで飛び上がりつつ、同時に『不知火』で腿から肩に向かって斜めに斬りつける。
しかしその斬撃はナインテールが体を逸らすこで躱されてしまった。
肆…
空中で体を上下逆さまにして落下しながら、体を捻り、回転を加えた斬撃を見舞った。それらの斬撃はナインテールの脇腹を掠めるだけで大きなダメージとはならなった。
「『妖狐ノ型“伍式”』」
その腕に抱えられていたのはあの消音機付きの狙撃銃だった。銃を構え、正面から弾丸が射出される瞬間に、姿が影に消えた。
耳を澄ましても辺りから音は何一つ聞こえてこない。視界を広く保ちながら眼前に迫る銃弾を躱す。
その時、同時に複数の箇所から金属音がした。背後に四、左右に二。合計六つの金属音。
振り向くとそこには、六発の無音の銃弾が飛んできていた。
「…っ!?」
文字通り音もなく現れた六発の銃弾に驚愕を禁じ得なかったが、今俺は【オーバークロック】を使用している。
少し反応が遅れたとしても、加速された思考速度はそれらに対応した。
初弾を刀で両断し、後続から続く第二、第三の弾丸も真っ二つに斬る。残りの三発も迫りくる弾丸の隙間を縫うように、体を捻り、回避した。体感時間は十数秒程だが、実際は二秒と経っていない。
着地するや否や、既に駆け寄ってきていたナインテールの拳が俺を出迎える。
「『妖狐ノ型“玖式”』」
どこからともなく現れた、鬼を模したグローブがナインテールの拳に巻き付き、装着される。その拳は俺のみぞおちを的確に穿つ。
グローブに描かれた鬼が口を開き、その口から炎が射出され、拳はさらに加速する。
その拳を力任せに『狂い桜』の刀身で受け流した。
「う…ぉぉぉぉぉ…!!」
力強く重い拳の向きを何とかズラしたことで、俺の横を通り過ぎるようにナインテールが流れていく。そのがら空きとなった横腹を二刀揃えて斜めに斬り上げ、勢いに乗ってバク転することで元の態勢へと戻る。地面に足が着くと同時にクロスを描くように斬り払った。
参…
だが、ナインテールは俺の攻撃など効いていないと言わんばかりに獰猛な笑みを浮かべると、体勢を低く前傾させて駆け、ひらいたはずの距離が一瞬で詰められる
「っらぁ…!!」
回転が地面から足、腰、肩、腕と段階を踏み、強化されながら放たれた右フック。お手本のように奇麗なフォームから放たれる、獰猛で乱暴な一撃。
「燃えろ…!『鬼穿』!!」
ナインテールの声に応えるかのように拳が燃え上がり、火の粉が舞った。
拳が近付くにつれ、ナインテールの拳の炎と俺の“炎装威”の炎が混ざり合い、周囲の温度を上昇させる。
『不知火』と『狂い桜』で受け止めるが、俺は吹き飛ばされ岩壁に衝突する。背中に強い衝撃が走り、衝撃は全身に痺れ渡るように広がった。
ずきりと頭が強く痛む。【オーバークロック】の副作用である頭痛と気怠さに耐え、何とか意識を保っていたがそれもとうとう限界を迎えた。
ここで倒れるわけにはいかない…ここで倒れればここまでの努力も、麒麟の頑張りも、全て無かったことになってしまう…
~~~~~~~~~
「ふぅぅぅぅ…」
俺は大きく息を吐くと、振り切った拳を引いた。
この拳で殴り飛ばした少年はどうなっただろうか。勢いよく壁に激突したようだったが、果たして今ので終わりだろうか。
そうであれば、それまでの男だったということだろう。
一歩一歩を踏みしめるように少年の元へ近付いていく。
俺が見たのは壁にもたれかかり、苦し気な表情で気絶した少年の姿だった。
「ここまで…か」
左の拳を強く握り、振り上げた瞬間、頭に小さな痛みが走る。何事かと思い、上を向くと、白い鳥が俺の頭をつついていた。
この鳥は確か、戦闘中、端の方で体を震わせていたはずだが…
「ピィー!ピー!!」
鳥は少年を庇うように、その前で大きく羽を広げて俺の前に立った。
「そこを退け、退かなければお前も俺の炎で焼かれることになるぞ」
「ピィー!ピピー!ピー!!」
よく見れば、鳥の足は小刻みに震えていた。それでも鳥の目から感じられたのは何が何でもこの少年を助けようとする想いだった。
「くひひっ…お前はやっぱり導き手として素質を持っているみたいだな…」
世界の導き手として、最も必要な素質を。
~~~~~~~~~
暗い空間の中で頭の中に誰かが語り掛けてきた気がした。俺のことを揺さぶるようなその声が聞こえる方から光が伸びてきた。
声が聞こえる方へと歩いていくうちに体が白く、光に包まれていき…
「………っ」
目の前には拳を振り上げるナインテールの姿と、俺の前で翼を大きく広げるマーガレットの姿があった。状況を呑み込むよりも先に体が動いていた。無意識のうちに抜いた『狂い桜』がナインテールの拳を切り落とす。
「…!?お前、起きてたのかよ」
嫌そうな口ぶりとは異なりその顔には笑みを浮かべたナインテールが、切り落とされた手首を拾い上げ、すぐさま元通りに直していた。
「おかげさまでな…」
弐…
視線を交わし、俺達は地を蹴った。
『不知火』を抜くと、二振りの刀を使って高速での突きを連続して繰り出す。
「はぁぁぁぁ…!!」
「せぁぁぁぁ…!!」
ナインテールはその突きに対応するように、持ち替えられた二丁のハンドキャノンで突きを捌き、生まれた隙に銃弾を撃ち込んでくる。
突きを繰り出しながらも俺は退かず、その場で最小限の動作で回避する。超高速で行われる一進一退の攻防の中、互いに掠り傷が増えていく。
壱…
ずきりと激しい頭痛が俺を襲う。だが、ここで倒れるわけにはいかない。
歯を食いしばり、痛みを無視して六連撃の突きが終わると同時に全てをかけて、『不知火』と『狂い桜』を振り上げた。
「『『羅刹の救撃』』っ…!!」
「『ファイア』っ…!!」
虚空へと消える銃声と、鈍くしかし、しっかりとした音が辺りに響き渡る。俺の刀は何か硬い物を両断し、ぱきりと砕ける音が聞こえた。
両者はその場で倒れ込み、GENZIはその場で意識を失った。
「ユニーククエスト『強欲ヨ全テヲ喰ラエ』をクリアしました」