強欲ヨ全テヲ喰ラエ 拾肆
触覚がないといういつもとは異なる感覚にも、段々と慣れ始めてきた。いつも通り、とはいかないがそれに近い動きならば出来るだろう。
触った感覚は無いが、両手に持った刀を握り締め、地を蹴った。
嘘のように軽い体と驚くほどの脚力で、たったの一歩の踏み込みでナインテールに接近する。左下から斬り上げるように斬撃を放つ。
「『修羅の解斬』」
それを防ごうと短銃で『不知火』を受け止めるが、『羅刹の契り』の効果で上乗せされたステータスの前でそれは無意味だった。『不知火』の威力は減衰せず、短銃を押し切りナインテールの左腕を切り裂いた。
傷口からは炎が上がり、左手に持っていた短銃を落とす。
その隙を逃さず、『狂い桜』を真っ直ぐに、最短距離で伸ばし、ナインテールの右肩を狙う。
「『羅刹の救撃』!」
システムによって、その速度はあり得ない程の速度を得て奴の右肩を貫いた。
『羅刹の救撃』の効果は斬撃の威力、速度、重みを底上げし100%致命の一撃にするというものだ。致命の一撃が出た場合ダメージは二倍となる。つまり『羅刹の救撃』は純粋な斬撃の強化スキルということだ。
この状況を不利と判断し、距離を置こうとするナインテールに詰め寄り、反撃の隙を与えないよう『不知火』で斬りかかる。俺の刀が触れるかという瞬間にナインテールは両手に持った銃で刀身を撃ち、刀の軌道を変えることで避けた。
銃声が今までよりも大きいと思ったら、ナインテールの両手に持たれていたのは銃剣と短銃ではなくなっていた。その両手に持たれていたのは古式な散弾銃だった。
二丁の散弾銃をこちらに構えると、トリガーを引いた。
「…『ファイア』…」
銃口から四方八方に飛び出る銃弾に危険を感じ、すぐさまその場を離れる。
「『転身』!!」
すぐさま反撃に出ようとしたが、どうやらその隙を与えてはくれないようだ。既にこちらへと向けられた銃口が全てを物語っている。
「…『ファイア』…」
既に弾丸は射出された。今から回避スキルを使おうとも間に合わない。
瞬時にそれを判断すると、精神を研ぎ澄まし、目の前の状況に集中した。『羅刹の契り』の効果によってステータスは底上げされている。後は俺のPSの問題だ。
極度の集中状態に入り、辺りの色は失われ、時間が止まったようにゆっくりに感じる。
俺は正面から迫りくる弾丸の嵐の中に身を躍らせた。
ステータスが底上げされ、現在はHPが51になったとはいえ、『不知火』の“猛炎”の効果でHPが1になっているためあまり関係は無く、銃弾が俺の体を掠めた瞬間に死亡だ。
慎重に、且つ迅速に弾丸を避けながら前に進む。銃弾の嵐を抜けた瞬間に周囲が色づき、時が動き出した。
「…!?」
引き金を引いたと思った瞬間に目の前に俺が現れ、さしものナインテールの顔にも困惑の表情が見て取れる。
このような隙だらけの状況を見逃すはずもなく、俺の刀は既にナインテールの体を捉えていた。
「『『羅刹の救撃』』!!」
渾身の力を籠め、『不知火』が横薙ぎにナインテールの左脇腹を斬り、続けざまに右肩から左ももにかけて『狂い桜』が斜めに線を描く。
横目でナインテールのHPバーが確実に減少するのを確認し、斬撃はさらに勢いを増す。
右へと流れた『不知火』を逆手に持ち、返しながら今度は右の脇腹を深々と斬る。同様に左下に流れた『狂い桜』も逆手に持ち、斬り返す。
「…!!」
『不知火』に斬られた傷口からは炎が、ナインテールを斬ったことによって『狂い桜』は赤い妖気を漂わせ、さらに切れ味が上がる。
連撃に次ぐ連撃。止まらない攻撃でナインテールを追い詰めていく。
残りのHPは三割五分、約35%というところまで漕ぎつけた。
さらなる追撃を加えようとした矢先、ナインテールが影に沈み込み、どこかへ消えた。
「なに!?」
辺りを見回すがその姿を見つけることは出来ず、警戒を強めた。すると何処からともなく掠れたあの声が響いてきた。
「…『スティール・ファーストセンス』…」
間を置かずに続ける。
「…『スティール・フィフスセンス』…」
「……!!」
体の中で何かがぐらつき、揺れるようなあの感覚が俺を襲う。思わず目を瞑り、しゃがみこんでしまったが、すぐに体の中の揺らぎは収まり、立ち上がり、すぐに異変に気が付いた。
匂いがしない。先程まで感じていた薄暗く、湿った特有の匂いを感じることができなくなっていた。ただそれは戦闘に直接的な害はないためいいだろう。
問題はこっちだ。目が見えない。確かに目を開いているはずなのに目の前は暗く、目を瞑っているように暗転したままだ。
これは致命的だ、五感を奪うとはいっても流石に視覚を奪われないだろうと思っていたのが間違いだった。
これは普通のクエストではなく、ユニーククエスト。そして相手はあの五輪之介と同じユニークモンスターなのだ。これくらいのことをしてきてもおかしくはない。
遠くからぺたぺたとナインテールの足音が聞こえる。視覚が無くなった分研ぎ澄まされた聴覚がナインテールが歩くたびに聞こえる金属音すらも捉える。
音の遠さからして五十メートルは離れているだろう。だがその距離は既に、奴の射程範囲だということをこれまでの攻防で俺は知っていた。
射撃音が聞こえた。
瞬間、俺は横に跳ぶ。地面の岩に銃弾が当たった音がすぐ近くからした。つまり今避けていなければ銃弾に当たって終わりだったわけだ。
次なる射撃音が聞こえ、またしても横に跳ぶと銃弾が当たることは無かった。
次の発砲を警戒していると、地面の岩に躓き転んでしまった。
不味い…!そう思ったが、聞こえてきたのは発砲音ではなく、地面と弾丸が衝突した音だけだった。
「は…?」
思わず間の抜けた声が出てしまう。確かに俺は聞こえてくる音に集中していたはずだ。それなのに、発砲音は聞こえず、地面と弾丸が擦れた音だけが聞こえてきた。
それはつまり…
「…っ!!」
すぐにその場を移動する。一か所に留まらず、とにかく移動し続けた。
恐らく奴が今手にしているのはあの消音機付きの狙撃銃だろう。だとしたら一か所に留まっているなどただの的になるだけだ。
捉えた音は、射出された弾丸が地面と衝突する音と薬莢がはじき出され、地面に転がる音のみ。これまでの発砲音と薬莢が地面に落ちる音から何となくの場所は掴めている。
あとはチャンスを待つのみだ。
奴の持っている狙撃銃は恐らくセミオート式のものだろう。たまに二連射したように、連続して銃弾が地面の岩と衝突する音が聞こえてくることがある。
ならばその弾丸が切れるタイミングを見計らって狙うのみ。
視覚が失われたことによる聴覚の冴えは想像以上のものだった。今ではナインテールが銃の引き金を引く音すら聞こえてくる。
「…っ!」
引き金を引く音に合わせて移動する速度を上げる。後ろで着弾した音が聞こえた。
これで計十発。これまで通りなら三秒以内に次の発砲があるはずだ。
三…二…一……
反応がないということは装弾数が切れたということだ。チャンスは今しかない。
ナインテールがいるであろうと予測していた場所に一直線に向かう。
既に尽きたと思っていたが引き金に指をかける僅かな音を俺の耳は捉えた。
引き金の音…!?
「『転身』!」
背後から着弾の音が、前方からは薬莢が地面に落ちる音が聞こえてくる。俺の予想通りの場所にナインテールがいることが今の発砲で明らかになった。
駆ける速度を一段と上げ接近する。
触覚が無かろうと、視覚が無かろうと、嗅覚が無かろうと、音さえ分かればどうとでもなる。
「『修羅の解斬』」
『狂い桜』は上乗せされたステータスによって今までにないほどの加速をみせ、ナインテールを切り裂く。触覚が無かろうと、確かに今、『狂い桜』がナインテールを切り裂いたのを感じた。
これを好機と捉え、円を描くように、ナインテールの胴体を『不知火』で斬る。
「『羅刹の救撃』!」
腹に大きな傷を付け、赤いポリゴンが露散する。
ただ、それを俺が視認する術はない。視認できないため分からないが、恐らく今の攻防で大きくHPを減らしたはずだ。斬撃が全てナインテールに当たり、至近距離にいたため、“炎装威”の壊熱と継続ダメージによってもかなりのダメージが入ったはずだ。
何か金属の鎖のようなものが擦れる音が聞こえた。金属の鎖、それだけでナインテールが次になそうとしていることは読めた。
「…『スティール・セカンドセンス』…」
「間に合えっ!!」
俺は『狂い桜』を伸ばし、斬ろうとするが、それよりも早くナインテールの呟きが聞こえてきた。
「…『スティール・フォースセンス』…」
「くっ…!!」
ここに来てさらに五感を奪われる。
体の芯を揺さぶられるようなあの感覚を感じ、その場でうずくまる。今までのものよりもさらに酷く、仮想の感覚だというのに吐きそうになるほどだった。
だが今まで同様その揺れは一時的なものに過ぎずすぐに立ち上がることができた。
朦朧とする頭と胸のあたりに残る気分の悪さに歯嚙みし、ナインテールがいるであろう方に向き直る。今回はどの五感が奪われるのかと思っていたが俺の最悪の予想を裏切らず、完全に消えていた。
何も音が聞こえない。聴覚だけでなく、恐らくだが味覚も奪われたのだろうがそれは今関係ない。
重要なのは五感全てを失い、今俺は何も感じることが出来ないということだ。暗闇の中、ただ孤独にその場に浮かんでいるような感覚に気分がさらに悪くなる。
孤独感と恐怖で潰されそうになるのを、何とか踏みとどまる。
集中しろ。目も見えず、音も聞えず、匂いも、感触も分からない。そんな状況にも必ず突破口はあるはずだ。
高速でなされる思考の中に一つの光を見つける。俺はその光に手を伸ばし、掴み取った。
「……っ!!…これは…!」
音は聞こえない。
動きも見えない。
それでも俺にはナインテールのリズムが分かった。
これまでの戦闘で覚えた動き。戦闘中に掴んだ音。それらは俺の体に染みついていた。
左右同時…っ!!
ナインテールのリズムが俺に教えてくれる。
ナインテールは左から散弾銃を撃ったかと思うと、俺の影に移動し、右からも散弾銃を撃つ。左右を挟むように放たれた銃弾の嵐を上に高く飛ぶことで回避する。
「『トライアングルステップ』!」
右足、左足と交互の足で空中を蹴り、ナインテールの元に近づくと、その首元に二刀を突き刺す。だがそれは二丁の散弾銃盾にすることで避けられた。
リズムが分かるとはいえ、不利なことに変わりはない。短期決戦に持ち込むべくギアをあげる。
「…ふっ!!」
今から使うのはスキルではなく、俺がBSDで記憶した技だ。息つく暇もない連撃で一気に追い詰め、この決着をつける。
Annihilation of hope…
『狂い桜』を一気に最小限の振りでナインテールの喉元へと届かせ、よろめいた足を『不知火』で切り払う。
「…!?」
そのまま後ろに倒れたナインテールに追撃を加える。
『狂い桜』を右上から大きく振りかぶり、ある程度斬ったところで斬り返す。切り返しの勢いを使って飛びあがり、同時に『不知火』で斬り上げる。
上半身に縦の線が入り、赤いポリゴンが吹き出す。
それで攻撃は終わらず空中で体を捻り、体を上下逆さまにすると、体を回転させ、その勢いにのせて斬撃を放つ。
ここまでで八連撃。だがまだ終わらない。
着地すると二刀を揃えて斜めから斬り下ろし、勢いに乗せ体を回転、元の体勢に戻すとクロスを描くように斬り払う。
流石にナインテールも黙って受けているだけでなく、二丁の銃を使い、片方は足元を狙って、片方は体の前に出し、斬撃を防いだ。
「う…ぉぉぉぉぉぉ!!」
僅かに飛び上がり銃弾を回避、左に回転しながら斬撃を放つ。ナインテールを正面に捉えると六連続の突きを放つ。
「これで…最後だ…っ!!」
『不知火』と『狂い桜』を大きく振りかぶる。それを止めようと二丁の銃で受け止めようとするが、防ぎきれず、深々とナインテールの両肩に食い込んだ。それでも力は緩めず、己の持て得る全てをその一撃に乗せ、叫んだ。
「『『羅刹の救撃』』っ!!」
刀が俺の想いに呼応するように発光し、さらに刀身はナインテールの体に食いこみ、横に刀の向きを変え斬り返す。ナインテールの両腕がぼてりと落ちた。そこで俺の二十二連撃は終わり、ナインテールも静かになった。
その瞬間俺の体に感触が戻ってきた。それを事きりに嗅覚、視覚、味覚、視覚と五感が戻ってくる。
見えるようになった目でナインテールのHPバーを見ると部位欠損や壊熱、“炎装威”の継続ダメージがまだ入っており、終わっていないことを物語っていた。
ナインテールのHPは僅かながらまだ10%程残っていたのだ。
「っ…!あんだけやられてまだ生きてんのかよ…!」
俺の言葉など聞こえないといった風に、落ちた左腕に近づくと断ったはずの腕がひとりでに元に戻った。呆然と見ているともう片方の腕に近づき、左腕で拾い上げると、右腕も元通りに戻っていた。
「嘘…だろ…?」
俺の声に気付いてか、ナインテールはこちらに顔を向けた。その瞳は先程までの虚ろな瞳ではなく、理性の光を宿したものだった。
「ありがとう、俺の事を殺そうとしてくれて。お前の仲間がアイツを倒してくれたおかげで俺も最後に理性を取り戻すことが出来た」
「え…?は、いや…」
「驚くのも無理はない。ただ今の俺が元々のナインテールの姿だ。今までのは俺であって俺じゃない」
「はあ…」
全くもって何を言っているのか分からないが、話が通じる相手な分さっきまでよりかはマシなのだろう。
「まあそれはいい、俺がお前とお前の仲間のステータス、スキルを奪っていたみたいだからな。返しておいたぞ」
ステータスを確認してみると、確かに俺のステータスが全て元に戻っていた。恐らく麒麟も元通りになっていることだろう。
「さて、アイツが戻ってくる前に死ぬとす……いや…待てよ?」
何を思いついたのかブツブツと独り言を始めたかと思うと、俺の方を向いた。
「お前、確か五輪之介に依頼されたんだったな?」
「ああ、まあ…」
少し思案顔をしたかと思うと、笑みを浮かべこちらに再度向き直した。俺は知っている、ああいう笑みをしている奴は大抵良からぬことを考えていると。
「そうか…なら俺と最後の勝負をしよう」
「はぁ?何言ってるんだよ…だってもう正気に戻ったんだろ?」
「世界の導き手となる存在の力、この目で見てからでないと死ねないだろう?勿論ハンデはつけるぞ。俺は五割程度の力しか出さない、それに放っておいても直に死ぬ。その制限時間は精々三分といったところだろう。その間生き残ればお前の勝ちで良い」
その話を聞いて思わずため息をつく。
「どうしてお前らユニークモンスターっていうのはハンデをつけたがるんだ…」
「ふっ…そうしなければ戦いにすらならないからだ。さぁ、いくぞ…!」
ナインテールとの最後の戦いが始まろうとしていた。それがこれまでの比にならない程厳しい戦いであることを俺は予想もしていなかった。