強欲ヨ全テヲ喰ラエ 拾参
サプレッサーのついたライフルからナインテールが一瞬手を離すと、ライフルは露散するように消え、その手には斬ったはずの銃剣が握られていた。
想えば奴は初め、何も持っていなかったはずなのに何処からともなくあの銃剣と、懐中時計を手にしていた。
恐らくだが銃剣や懐中時計も今のようにして何もない空間から取り出していたのだろう。
それにしてもあの動作、どこかで見た気がするのだが思い出せない。
銃剣を手にしたナインテールは俺にゆっくりと近づいてくる。
俺が注視していると、いつの間にかその左手にはまた懐中時計が握られていた。
そして懐中時計を手にしたということは奴がする行動はただ一つ。流石に何度も同じことをされれば予測できる。
ナインテールが懐中時計を握り締める前に俺は駆けだしていた。
AGIが低下しているため一瞬で距離を詰めるとはいかないが、素早く距離を詰めると左手に持っている懐中時計を狙う。
「『一刀両断』!!」
『狂い桜』が懐中時計を両断…
することはなかった。俺の行動を見透かしているように、背後に跳びナインテールはボソボソと呟く。
「…『セカンドクロック』…『フィフスクロック』…『セブンスクロック』…」
最早恒例となったステータスの確認を行う。
Player:GENZI
Gender:男
Job:羅刹
Clan:無所属
LV:1【70】
HP:1【5】
MP:0【50】
STR:0【550】
DEX:0【500】
VIT:0【5】
AGI:0【300】
INT:0【30】
MND:0【5】
LUC:0【80】
ついに俺のステータスはHP以外、ALL0となってしまったか…
ステータスウィンドウをさっと消すと、ナインテールに向き直る。
もともとステータスなど、あって無いようなものだったのであまり気に留めず戦闘に戻ろうとすると、ナインテールのHPバーが大分削れていることに気が付く。
目測だが、残りのHPは六割、60%といったところだろう。
『不知火』と『狂い桜』のおかげでかなりダメージを与えることが出来た。この刀達を譲ってくれたという点では五輪之介に感謝すべきかもしれない。
姿勢を低く前傾させ駆け、ナインテールの懐に飛び込み、下から斬り上げる。
「『修羅の解斬』」
ナインテールは下から迫る『不知火』を右手に持った銃剣で防ぐと、左手にいつの間にか握っていた短銃で俺の眉間目掛けて発砲した。
至近距離での突然の発砲。予見していないいきなりの事に驚きを隠せなかったが、体は動いていた。
頭を僅かに回転させることで躱したが、鼻先を銃弾が掠め、硝煙と焦げたような臭いがした。
BSDで何度も経験した、曲の終わりに唐突に現れる音符で鍛えられた反射神経がこのような所で役立つとは思っていなかった。
回避の後、すぐさま空いている右手に持った『狂い桜』で斬りかかる。
「『修羅の解斬』!」
反応速度では俺の方が勝っていたが、ナインテールにAGIの差で悠々と追いつかれ、回避される。
一瞬左手に持った短銃で防ごうとしていたが、その動作を中止し、途中で回避という判断に変わっていた。
恐らく、先程の攻防で俺が銃剣を斬ったことから学習したのだろう。だとすればやはりユニークモンスターに搭載されているAIは普通のものよりもかなり高度と考えていい。
『不知火』を受け止めていた銃剣で、『不知火』を勢いよく弾かれ、僅かに体勢が崩れる。
ナインテールはその隙をつき、左手に持った短銃を俺の複数の箇所に向け、連射する。
「っ…!『トライアングルステップ』!!」
通常は地上で使う技だ。だが、応用すればこんなこともできる。
一歩目で地面を強く踏み切り、二歩目で空中を蹴る。空中での動作を無理矢理可能にした技、少し練習すれば誰にでも出来ることだが、今の場面ではかなり有効だ。
俺の元居た場所には計四発の弾丸が撃ち込まれており、もしも判断が遅れていたとしたら確実にGAMEOVERだっただろう。一瞬の判断の遅れが死に直結する。まるで音ゲーだな。
内心冷や汗を掻きながら『トライアングルステップ』の三歩目で空中をさらに蹴り、ナインテールに突撃する。
「はぁぁぁっ!!」
二つの刀を交差させ、接触する瞬間に切り払う。空中には紅と銀の剣閃を残し、地面に着地する。
「…!!」
ナインテールの背中には×印の傷がついたことだろう。振り返って見ると、そのHPはついに五割という所まで減少していた。
これだけ苦労してようやく半分の体力を削ったということか。全くもって骨が折れる。
その瞬間。空気が変わった。
びりっとした緊迫した空気。それでいて底冷えするように恐ろしいその雰囲気に呑み込まれそうになる。その空気を発しているのはもちろん、俺の正面に立つ痩せ細った男だった。
奴の背後に常に展開され続けていた大きな時計、その時計が鐘を鳴らした。男はその場で両膝を着くと自身の肩を抱き、呪文を唱えるように何かを呟いた。
「…『リフレクト・ステータス』…」
少しの間を置き、再度呟く。
「…『スティール・サードセンス』…」
体の中で何かが揺れるような感覚に襲われる。
何事かと思いナインテールを視界に捉えつつ、辺りを確認するが特に変わった様子はない。
周りに変化は見受けられないとすれば自分に何かが起きたと考えるのが普通だ。しかし、体に変化などあるはずも…
いや、ほんの些細な事だが、違和感に気が付いた。先程までは感じていたはずの、上気した肌の熱も、両手に持つ柄の感触も、地面に着いているはずの足の感覚すらも全て感じなかった。
ゆらゆらと立ち上がると、銃剣を構え、ナインテールがこちら見つめる。その眼にはやはり光は感じられず、虚ろなままだった。
駆け出したナインテールの姿に目を見張る。明らかに先程よりも速い。
動きに変化は感じられないが速度は確実に上がっている。まるで突然AGIが上がったかのような機敏となった動きに圧倒される。
後ろか…!
体は先に動いていた。その場を離れるため、足に力を籠め横に跳ぼうとしたが、両足がまるで空中にいるときのように感覚が無く上手く避けることが出来ない。
ここであの違和感が足枷となった。足に感覚がないため思うように動くことが出来ない。
回避行動に失敗した俺はその場で倒れてしまった。俺の頭上を二発の銃弾が通り過ぎる。
運よく下に倒れたことで銃弾を回避することは出来たが、次も同じようなことがあれば今度はどうなるか分からない。
長期戦になるのは不利と判断し、ナインテールを追い詰めるように近づくと、二刀同時に多角から斬る。しかし、俺の攻撃をナインテールはいとも容易く銃剣で器用に二刀とも受け止めると弾き返された。弾かれたことで崩れそうになる体勢を踏ん張ることで耐え、奴を正面に見据える。
明らかに力も上がっている、先程までなら『不知火』は受け止められたとしても、切れ味の上がった『狂い桜』は受け止められなかった筈だ。
それなのに今はその攻撃をいとも容易く防ぎ、弾き返された。
体の感覚が無くなったこと、ナインテールが突然強くなったこと。どちらもナインテールが行った呪文のようなものが関係していると見て間違いないだろう。
ただ、その内容が分からないままでは対策のしようもない。
決して目を離すことなく、正面に捉え続けているが変わった様子は無い。奴も距離を取りこちらを観察しながら出方を窺っているようだ。
その均衡を崩し、先に動いたのはナインテールだった。
ナインテールは大きく飛んだ。この空間は上に松明が設置されていないため、上部は見えない。奴は暗闇と同化し、空中からこちらを狙撃してきた。
その射撃には発砲音が無く、静かに淡々と俺の急所を狙撃してくる。
音もなく飛んでくるそれらを回避できるものは回避し、出来ないものは『狂い桜』で斬っていく。
長い対空時間が終わり、ナインテールが姿を現した。
俺は二振りの刀を一度納刀すると感覚のない足で懸命に地を蹴り、ナインテールとの距離を詰め、間合いに入った瞬間に居合の勢いで一気に刀を抜刀し斬りかかる。
「『『修羅の解斬』』!!」
二刀同時のスキル発動だが、間合い、そしてこの抜刀速度からみても完璧なそれは間違いなく当たる。そう確信した。
しかし、ナインテールは俺の予想を上回っていた。
二刀による攻撃を回避するべく一度後ろに跳び退るが、それでも俺の間合いからは確かに抜けていなかった。
その瞬間だった。
「…『二重回避』…」
「なっ…!?」
空中を蹴り、後ろに跳び退るという同じ回避動作を連続で行った。二度目の回避で、先程までは入っていた間合いから抜け、俺の刀は虚空を斬った。
予想はしていたがこれまで使わなかったため、回避スキルは持っていないと踏んだのが仇となった。
後悔している暇もなく、ナインテールの攻撃の手は激しくなり、また回避することで手一杯となってしまう。だが戦闘中だというのに、俺の脳内は戦闘と関係のないはずのことを考えていた。
『二重回避』というスキル…突然強くなったナインテール…失われたステータス…死亡した際にも失われたステータスとスキル…ナインテールがこれまで呟いたスキルの名前…突然消えた触覚…
一見何の繋がりも見えてこない点と点が集まることで繋がり、線となっていく。
そして見えた、これまで起こっていた出来事の全てが。
「…くそっ…そういうことか…!」
今ナインテールが使った回避スキル、『二重回避』のおかげで全ての謎が解けた。『二重回避』は元々麒麟のスキルだったが初めてナインテールに殺された際に失っていたものだ。
そのスキルを奴が今使った。それでようやく気付くことができた。
これまで俺が失ったと思っていたステータスは全てナインテールによって奪われていたのだ。
呟かれていたスキル名には必ず英語の序数が含まれていた。その序数はステータスを上から数えた順のものだった。
突然強化された様子からみて恐らく、奪われた俺のステータスは今ナインテールに反映されている。直前に呟いていたスキル、『リフレクト・ステータス』とは恐らく俺から奪ったステータスを自分に反映するという意味だろう。
その直後に呟かれたスキル、『スティール・サードセンス』。訳すと第三感を奪う、という意味になる。つまり第三感、触覚を奪うということだ。だから俺は突然手足の感触や自身の熱を感じなくなったとみている。
これで奴が突然強くなったタネは分かった。
ただ一つ問題があるとすれば、分かったから何だ、という話である。確かにナインテールにステータスやスキル、五感を奪われているということは分かったが、それが分かっても対策のしようがない。
「うおっ!?」
こんな余計なことを考えている余裕があるならば、目の前の敵に集中すべきだ。今の攻撃も危なかった。ギリギリ躱すことが出来たが、本当にギリギリだ。
俺もそろそろ、腹を括らねばなるまい。
「ノウマク・サマンダ・ボダナン・ラタンラタト・バラン・タン…!」
体の奥底から力が漲ってくる。視野は広がり、体は軽く、今なら空をも飛べるのではないかという気分になる。
今俺が唱えたのはパッシブスキル『羅刹の契り』の特殊効果を発動させるための呪文だ。
『羅刹の契り』はパッシブスキルであるのに特殊効果を持っているという異例のスキルだ。特殊効果は相手が自身よりも圧倒的に格上の相手であること、発動のキーとなる呪文を唱えることで発動できるものだ。
効果は、十分間、自身の各ステータスに最大値の十倍の値を上乗せし、尚且つHP、MPの自動回復に加え状態異常の無効、さらにスキル『羅刹の救撃』を使用できるようにするという頭のネジが何百本もぶっ飛んだような性能をしている。
大きなメリットがあるということは、特大のデメリットがあるということだ。そのデメリットというのは効果時間後、装備中のアイテムの消滅、ステータスの初期化というあまりにも重いデメリットだ。
ただ、このデメリットは必ずしも受ける必要はない。
『羅刹の契り』を使う必要があると判断し、使用した相手を効果時間内に撃破できればこのデメリットは受けない。
ただし、その場合『羅刹の契り』は再使用までに168時間、つまり丸々一週間分のクールタイムを必要とする。
それはつまり、
「お前を倒せば何の問題もないってことだ…!」
特大のリスクを抱え、戦いはさらに白熱する。