強欲ヨ全テヲ喰ラエ 拾壱
ぐるぐると渦巻く思考の中、思い出したことが一つある。
それは俺達が初め、ナインテールにキルされたとき、ステータスかスキルを二つ失ったということだ。
今の状況には関係のないことかもしれない。
だがどうしても頭の隅から離れなかった。
疑念を解消すべく、ステータスを見てみると何が起きたのかありありと理解することが出来た。
Player:GENZI
Gender:男
Job:羅刹
Clan:無所属
LV:1【70】
HP:5
MP:10【50】
STR:0【550】
DEX:10【500】
VIT:0【5】
AGI:10【300】
INT:10【30】
MND:5
LUC:0【80】
最悪の状況だ。
だが、これで俺の身に何が起きたのか理解することができた。
恐らく、ナインテールのスキル、『ファーストクロック』と『フォースクロック』の効果は俺のLVとSTRを失わせる、というものだろう。
LVは1以下が存在しないから1に、そしてLVが下がったことによって元々失っていたVIT、LUCと今失ったSTR以外のステータスも軒並み低下したのだ。
一応スキルも確認したがスキルは一つも失っていなかったのが不幸中の幸いと言えるだろう。
俺が今いきなり倒れて動けなくなったのは、防具の必要ステータスを満たしていないからだ。
『不知火』と『狂い桜』はユニーク武器であるためか、必要ステータスというものが存在しないので今の極度に低下したステータスでも使うことが出来る。
だがSTRとDEXが低下したことで俺の攻撃力は大幅に弱体化された。
今のままではダメージを与えることすらままならない。
ただ、このまま倒れたままでは不味いので、防具を全て外し、アイテムボックスの中に収納する。
この際見た目はどうでもいい。
俺は半裸になると態勢を立て直し、ナインテールの事を見据えた。
「………」
無言のまま、ナインテールは俺に向かって弾丸を放つ。
それをその場でしゃがみことによって何とか回避する。
このギリギリの感覚、まるで五輪之介と対峙していた時のようだ。
俺はLVが上がり、楽な戦闘が多くなったことで忘れてしまっていたのかもしれない。
圧倒的強者と渡り合うこの感覚を。
「次は俺から行くぞ…!」
ナインテールの行動を観察しろ。
そして奴の動きを見極め、覚え、動きに乗れ。
「『舞踏』」
舞うようにナインテールの弾丸の嵐を掻い潜っていく。
ステータスが下がったことによって体感が変わろうとも、奴の動きは変わらない。
ナインテールに徐々に近づき、ついに刀の間合いまで近づいた。
「『ソードダンス』!」
システムによって動きがサポートされ、最適な動きでナインテール目掛けて『不知火』と『狂い桜』を振るう。
流れるように繰り出される斬撃を、ナインテールはいとも簡単に銃剣で受け流す。
『ソードダンス』が終わると同時に次のスキルを発動させる。
「『修羅の解斬』」
俺が一次職である『修羅』に就いた時に手に入れたスキル、『修羅の解斬』。
強力なスキルだが発動条件がある。
発動条件は自分よりも相手が強者であることだ。
左手に持った『不知火』を大きく振りぬく。
『不知火』は俺も目で追えぬ程の速度まで加速し、横、縦とナインテールを十字に切り結ぶ。
そして『修羅の解斬』の効果だが…
「………!」
ナインテールは気が付いたようだな。
このスキルの効果はステータスや武器の性能に関係なく、横切りと縦斬りの二撃が当たれば相手の最大HPの5%のダメ―ジを与えるというもの。
相手が自分よりも強者である、という条件さえ満たせば使える強力なスキルだ。
明らかに発動条件の緩さと性能が釣り合っていない。
一言で言えばぶっ壊れスキルだ。
頭上に見えるナインテールのHPバーは僅かに減っている。
『修羅の解斬』を使っていればこのまま勝てるだろうか?
いや、それはない。
五輪之介との闘いで嫌という程思い知らされたはずだ。
ユニークモンスターは甘くないと。
俺のスキルを恐れてか、ナインテールは距離を取り、銃撃を繰り返す作戦に戻っていた。
ここまでの戦闘の中で俺はナインテールのリズムを25%程理解することができた。
ナインテールの銃撃だけであれば、完全に動きを読んでいる。
今の俺に当たることは無い。
「『トライアングルステップ』」
左右にナインテールの視線を動かせながら、近づき斬る。
「『修羅の解斬』!」
今度はクロスを描くように、『狂い桜』で斜めに斬る。
『修羅の解斬』は最大HPの割合ダメージだ。
俺のステータスが低下されようと、関係ない!
しかしナインテールも俺の動きに対応し始めており、回避行動に入っていたが、ギリギリ胸の皮膚を掠り、ダメージを与えることが出来た。
「………!」
ただ虚ろな瞳でこちらを見ているだけだが、またもや斬撃が当たったことにナインテールは困惑している様子が見受けられた。
ただ、今の感じからして次はもう同じ手は通用しないだろう。
既にナインテールは俺の斬撃を見切り始めている。
ナインテールは銃剣を構えると、銃撃を繰り返しながら俺との距離を詰めてくる。
同じ手ではあるが、この攻撃を防ぐ手段が俺には殆ど無く、俺にとっては最も嫌な攻撃方法だ。
「…『ファイア』…」
「…!!『転身』!!」
ギリギリの所で弾丸を回避しつつ、ナインテールとの距離を離す。
距離を詰められれば今以上に苦しい戦いが始まる。
少しずつ、少しずつ…
ナインテールの動きを掴み始めていた。
それでもまだ完璧には程遠い。
今は耐えるんだ。
奴の動きを見ろ。
覚えて、動きを掴み、そしてビートに乗れ!
~~~~~~~~~
「ホラホラ、ドウシタンダ?」
「くそったれ…!!」
マモンは尾に展開した『黒炎』…いや、『狐火』と自身の巨体を活かした同時攻撃で攻めてくる。
俺はそれらの攻撃に防戦一方としか言えない状況だった。
マモンの動きは明らかに先程までよりも速く、力強くなっている。
しかも俺の撃った弾丸は黒い体毛によって威力を吸収され攻撃が通らない。
正に万事休すとはこのことだ。
俺は【インビジブルスペース】を今日だけで二回使った。
このままでは俺の集中力が先に切れ、マモンの同時攻撃に対応できなくなる。
一体どうすれば…
「何ボーットシテルンダヨ!」
「うおっ…!」
すんでの所でマモンの尻尾を回避する。
しかし、少し反応が遅れたためか僅かに頬を掠り、頬から赤いポリゴンが露散する。
ただ掠っただけだというのにHPの半分、五割が削られていた。
「なっ!?」
急いでショートカット欄に入れていた、ハイポーションを飲みHPを回復させる。
少し掠っただけでこの威力、全くもって恐ろしい。
早く決着をつけてしまいたいが、俺の弾丸は奴の体毛で威力を吸収されてしまい、攻撃が通らない。
いや、待てよ…
体毛に吸収されてしまうのならば体毛に覆われていない場所を狙えばいいんじゃないか?
マモンの体をパッと見た時、体毛でおおわれていない場所は一つ。
赤く輝く奴の目だ。
そうと決まれば話は早い。
回避しながら奴の目を狙って射撃し続ける。
「ア?何ダッテソンナニ嬉シソウナ顔ヲシテンダヨ。今カラ俺ニヤラレルッテイウノニ!」
「『狐火』!!」
マモンは驚くべき速度で俺へと駆け寄ると、鉤爪だけでなく、尻尾も使って攻撃し始めた。
追尾してくる『狐火』と鋭い鉤爪、そして的確に狙いを定めてくる九本の尻尾。
ただでさえ回避するので手一杯だというのにさらに攻撃の激しさが増した。
この状況では目を狙うどころの話ではない。
ひとまず『狐火』、鉤爪、尻尾。
このうちのどれかを封じなければ攻勢に転じることは不可能だ。
「『アクロバット』…!」
右から迫りくる鉤爪。上から頭を貫こうとする尻尾。左から体を吹き飛ばそうと迫る尻尾。右から追尾されてきた『狐火』………
このままでは本当に不味い。
ナインテールの猛攻を回避することに意識を集中させながらも奴の三つの攻撃手段の内、どれか一つでいいから封じる手段がないか考えていた。
その時、マモンの尻尾の毛の先端が『狐火』を使っている尻尾だけ黒い体毛ではなく、白い体毛に変わっていることに気が付いた。
もしや、と思い猛攻を回避しながら、合間に一発だけ銃弾を撃ち込む。
「『ファイア』!」
俺の弾丸は吸い込まれるように一本の尻尾の先端へと向かい、命中した。
「グゥゥゥゥゥ!?」
俺の弾が命中した尻尾はポリゴンとなって霧散した。
今まで全くダメージを与えることのできなかったマモンに対して、ようやく有効打を与えることができた。
「貴様ァァァ!!」
マモンの様子は怒り心頭といったようで、がむしゃらに俺に鉤爪や尻尾を振るってくる。
冷静さを欠いたその攻撃は先程までよりも簡単に避けることができた。
大振りなそれらを避け生まれた隙に弾丸を撃ち込む。
「『ファイア』…!」
「『ファイア』!」
二発とも尻尾の先端に命中し、2本の尻尾がポリゴンの欠片となって霧散した。
これで残りの尻尾は六本。
俺は今のマモンの姿を見て一つ試してみたいことが生まれた。
「はは!馬鹿狐だなぁ。本当にやる気あるのぉ?」
先程のマモンの怒った様子を見て思ったのだ。
もしかしたらユニークモンスターのAIは普通のそれよりも高度なものを積んでいるのではないかと。
もしそうだとしたら、俺の無駄に鍛えられた心理学の知識が有効かもしれない。
俺の狙い通りであれば…
「貴様…俺ヲ舐メ過ギダ」
「あれ?」
マモンの反応は俺の予想していたものではなく、底冷えするような冷静さを取り戻した声だった。
俺の予想ではマモンはさらに逆上して、俺の思い通りに動いてくれるようになるはずだったのだが…
今のマモンの声からは先程までの怒りも終始見受けられた慢心も消え、ただ冷静に俺のことを見据えていた。
「これは完全にやらかしたわぁ…」
「フンッ!」
マモンは『狐火』を常時展開するのを止め、六本の尻尾と鉤爪による攻撃を主体とした戦い方にシフトしていた。
結果として『狐火』を封じることには成功したが、これが良い方向に傾いたといえるのか微妙なところだ。
マモンは俊敏な動きで俺を追い詰め、確実に狙いを定めてから尻尾を使って攻撃してくる。
「『アクロバット』!!」
「ソレハ読ンデイル」
「…!?」
『アクロバット』を使った瞬間に六本の尻尾から『狐火』が現れ、俺の追尾を開始する。
しかし、それは同時に俺に攻撃の機会を与えたも同じ。
俺は尻尾を狙おうとして異変に気が付いた。
尻尾の先端が黒い体毛で覆われている!?
一体どういうことだ?先程までは確かに白かったはずだが…
「…がはッ…!」
マモンの鉤爪が俺の胸を抉る。
考えている余裕は無かった。
俺は初めてマモンの攻撃を正面からもらってしまった。
そのまま勢いに乗せて吹き飛ばされ、何度かバウンドしながら停止した。
「く…そ…!」
俺のHPは残り二割というところまで削られ、視界の端は赤くなり、危険を知らせている。
ひとまずHPを回復するべく、ハイポーションを飲んだ時に気が付いた。見知らぬデバフが俺についていることに。
デバフは黒い傷のマークで、何か体に変化があるのかと思い、自分の胸部を見ると、このマークがついている理由が分かった。
俺の胸に鉤爪の跡が残ったままなのだ。
通常ダメージを受けたとしても回復すればその部位は元に戻るのだが、俺の胸の傷は残ったままだ。
しかも傷からはナインテールの体から噴き出したような黒煙が漏れ出している。
だがこれといって害があるわけでもなかったので今は頭の片隅に置いておき、目の前のマモンに集中する。
「行クゾ」
そう言い残すとマモンの姿が消えた。
音もなく、静まり返る空間。
その瞬間は唐突に訪れた。
目の前に猛スピードで突進してくるマモンの姿が突然現れたのだ。
頭では反応できたが体がついてこなかった。
俺はその場でトラクターにはねられたかのように空中に打ち上げられる。
「うっ!……」
マモンは俺が打ち上げられたのを確認すると、空中で縦に回転し、オーバーヘッドを決めるかのように俺に尻尾を叩きつける。
何とか二丁の銃をクロスするように前に出し防いだが、またしても吹き飛ばされる。
「……!!」
吹き飛ばされた先には既にマモンが戦闘態勢を取った状態で待ち構えていた。
「まず…!?」
「『狐火』」
この瞬間での『狐火』の発動と、同時に繰り出される鉤爪、尻尾。それらが全て俺に命中する。
間一髪のところで鉤爪は上体を逸らすことで回避することが出来たが、左腕を『狐火』に焼かれ、右足を尻尾に貫かれた。
残りのHPは一割を切り、『狐火』による火傷の状態異常と右足を貫かれたことによる継続ダメージで残ったHPもみるみる減っていく。
まだだ…まだ終わらせない…俺は何が何でもコイツに勝たなくてはならないんだ…!
吹き飛ばされる最中、俺はあるアイテムを使い、勢いそのまま壁に打ち付けられた。